闇からの襲撃
「さき、全力で走るわよ!」
言うが早いか、アリスは悲鳴の聞こえた地点に向かって、校庭を全速力で駆け出した。
「うん、分かったよ」
さすがに非常事態だと察したのか、さきもアリスのあとにすぐさま続いていく。
夜空には月が顔を覗かせているが、校舎の影や、大きな木の裏は闇で閉ざされている。あるいは、その闇に彼が潜んでいる可能性だってなくはない。襲撃される恐れだってある。しかし、今はカミラの無事を確認するのが最優先事項である。辺りを警戒する時間すら惜しかった。
お願い、カミラさん。どうか無事でいて!
祈りにも似た思いを抱きながらアリスは必死に走った。
そんなアリスの思いが通じたのか、視線の先に人影が見えてきた。場所は校舎の裏側付近である。ちょうど正門の反対側に位置している。
「カミラさん!」
急いで人影に近寄っていく。人影は間違いなくカミラだった。体育で使う用具入れ倉庫と思われる建物の前で、全身を震わせながら呆然と立っている。さらに、地面に倒れ伏せている人影があった。傍にはまぜか野球のバットが転がっている。
「カミラさん、大丈夫?」
アリスはカミラに駆け寄った。
「ア、ア、アリスさん……」
カミラが今にも消え入りそうな声でつぶやいた。
「大丈夫! もう大丈夫だから!」
アリスはカミラを安心させるように、カミラの体を強く抱き締めた。カミラの体の震えが、腕から直に伝わってくる。カミラがどれだけの恐怖を感じたのか、それだけで察することが出来た。見たところカミラは特段に怪我をしている様子は見受けられなかった。アリスは少しだけほっとした。とにかく最悪な事態だけは免れたみたいである。
しかし、まだ油断は出来ない。なぜならば、地面には倒れた人物がいるのだ。金髪が月の光に鈍く反射している。
その人物は──アルカール・優希で間違いなかった。ただ、なぜカミラを襲ったはずの優希が地面に倒れているのか、そこが理解出来なかった。
「こっちは心配ないよ。詳しいことはのどかに診てもらわないと分からないけど、完全に気を失っているみたいだから」
さきが地面に膝を付いて、優希の体の状態を注意深く観察している。
「そう、分かったわ。のどかが来たら診てもらえばいいわ」
アリスがそう言っているそばから、タイミング良くのどかと京也がやってきた。二人にがっちり守られるようにして、きららの姿もある。
「きららさん、大丈夫?」
アリスはまずはきららに確認をとった。
「はい、わたしは大丈夫です……。別になんともありませんから……。それよりも、カミラは──」
襲われたわけではないきららも恐怖によるものか、体を小刻みに震わせている。
「きらら、私も大丈夫よ……。ただ、ちょっと怖かったけど……」
きららとカミラがお互いの無事を確認し合う。これで二人の無事は確認できた。次にすべきことは──。
「──彼の状態を診てみるわ」
のどかがさっそく優希の状態を診る。
「どうやら気絶しているみたいね。耳の後ろに大きなこぶが出来ているから、おそらくここを何かで強打されて、その衝撃で気を失ったんだと思うわ」
のどかの視線が地面に転がるバットに自然と向けられる。
「これがその衝撃を産み出したものみたいね」
そこでのどかは解答を求めるように、次にカミラの顔に目をやった。
「カミラさん、答えられる? もしもまだ怖かったら無理に答えなくてもいいからね」
アリスは優しく問い掛けた。
「ええ、もう……大丈夫だから……。みんながいれば……怖くはないから……」
カミラはようやく落ち着いたのか、アリスの体から離れて、何があったのかとつとつと話し始めた。
「私、玄関の前でずっと待ってたの……。でもそうしていたら、緊張してきちゃって……トイレに行きたくなったの……。それできららに一言断って、トイレに行くことにしたんだけど……。今思えば、そのときにアリスさんたちにも連絡すれば良かったんだよね……。でもトイレはすぐ近くにあるし、犯人もまだ姿を現さないと思って……それでひとりでトイレに向かったの……」
カミラの話通り、皆が今いる場所からさらに奥に行ったところにトイレが見える。カミラの話はまだ続く。
「──トイレを済ませて、外に出てきて、さあ戻ろうかと歩き出そうとしたら、背後に何かを感じたの……。それで怖くなってここまで走ってきたところで……突然、背中から乱暴に抱きすくめられて……」
そのときの恐怖が蘇ったのか、カミラが体を大きく震わせた。
「大丈夫、カミラ?」
きららがカミラの心情を気遣う。
「うん、大丈夫だから。それにこのことはしっかり話さないといけないから。──とにかく、恐怖で体が固まってしまいそうになったけど、そのときに授業で習った痴漢撃退法を思い出したの。それで背後の相手に肘を入れたら、体の束縛が一瞬だけ緩んで……。だから私は全力で逃げようとしたんだけど、蹲った相手に足首を掴まれて、その場で転んじゃったの……。今度こそもうダメだと思ったとき、地面に転がるバットが目に入ってきて……。それでそのバットを掴んで、あとは無我夢中でよく覚えていないんだけど……」
おそらくカミラは恐怖で記憶が曖昧なのだろうと、アリスは思った。
「たぶん振り回したバットが、運良くこの人の後頭部に直撃したんだと思うんだけど……。気が付いたときには、この人は地面に倒れていて……。そうしたら、遠くの方からアリスさんが呼ぶ声が聞こえてきて……」
途中何度も言いよどみながらも、カミラは最後までちゃんと何が起きたのか説明をしてくれた。
「カミラさん、事情はよく分かったわ。ありがとうね」
アリスはお礼を述べると、最後にもう一度カミラを抱き寄せて、その体を強く抱き締めた。
「不幸中の幸いってやつだな。こんなものが都合よくここに転がっていたんだからな」
京也がバットを軽々と拾い上げて、その場で一度素振りをした。ヒュッという空を切る音があがる。力の無い女子高生でも、上手い具合に急所に当たれば、相手を倒すことぐらいは出来そうである。
「とりあえず、こうして犯人を捕まえることが出来てよかったわ。二人とも今夜は協力してくれてありがとうね。最後に危険な目に合わせてしまったことは部長としてちゃんと謝るわ。──本当にごめんなさい」
アリスはその場で深々と頭を下げて、謝罪を示した。こうでもしないと、部長として申し訳が立たなかったのだ。
「ううん、そんなのいいから。アリスさん、もう頭を上げてよ。アリスさんたちのお陰で、私たちもこれで安心して学校生活に戻れるんだから」
襲われたのにも関わらず、カミラが優しい言葉で労ってくれた。
「うん、わたしたちの方こそお礼をしなきゃいけない立場なんだから。──ありがとうございました」
きららもお礼を言ってくる。




