夜に響く悲鳴
「アリス、何をそんなに怒っているの? 今は大切な作戦の最中だよ」
事情を知らないさきが正論を発したが、タイミングが絶妙に悪かった。むしろ最悪なタイミングだった。アリスの怒りが爆発した。
「あたしだって好き好んで怒っているんじゃないわよ! ていうか、これが怒鳴らずにいられるとでも思ってんの! コウのバカがドジを踏んだのよ!」
完全にとばっちりを受けて、アリスの怒りの『口撃』を受ける羽目になった不幸なさきである。
「ああ、もうこんなことだったら、チーム編成をもう少し慎重に考えるべきだった!」
アリスが頭を掻き毟らんばかりに喚いていると、再び、スマホが着信音を上げた。
「コウ、勝手に電話を切るなああああああーーーーーーっ!」
アリスが怒りの声をスマホに向けて放ったが──。
「──悪いけど、私はコウじゃないわよ」
ひどく淡々とした声がスマホから返ってきた。
「えっ?」
「えっ、じゃないわよ。さっきからこっちの方にまでアリスの怒鳴り声が轟いているわよ。私たちは彼の到着を静かに待っていなきゃいけないはずでしょ? 部長がしっかりしないでどうするの?」
のどかが部長に反論を許さない口調で苦言を呈してきた。
「だって、のどか……。コウたちがさ……」
しかし、その先の言葉が出てこなかった。のどかが相手となると、論理的な舌戦で勝つことは到底無理であると分かっているのだ。
「──何かあったんでしょ? いったい何があったというの?」
のどかが語気を少しだけ柔らかくした。
「コウが言うにはね──」
アリスはコウの話をのどかに伝えた。
「──分かったわ。あの二人のことだから、もしかしたらと危惧していたけど……」
のどかもアリスと同じ不安を持っていたみたいだ。
「とにかく、彼がもう部屋を出てしまったのならば、後はこちらで厳重に警戒するしかないわね」
のどかは早くももう次の手立てを考えている。このあたりの頭の切り替えの速さが、倶楽部の頭脳役と言われる所以である。
「アリスたちもしっかりカミラさんときららさんの見張りを頼むわよ」
「うん、分かった。そうだね、今は自分たちの任務に集中しないとね」
冷静なのどかの声を聞いているうちに、アリスも一時の焦りから平常心を取り戻した。しかし、事態の方がアリスたちを待ってはくれなかった。
「アリス、大変だよ!」
突然、アリスの隣にいたさきが大きな声をあげた。
「ちょっとさき、どうしたの? 大きな声は出さないでって言ったばかりでしょ?」
自分のことを棚に上げて、平然とさきを注意する心優しい部長なのだった。
「だって、カミラさんが!」
さきが珍しくアリスの言葉に反論した。右手でもってカミラときららがいるはずの玄関口を指差す。
「カミラさんが、どうしたっていうの?」
アリスはさきの指差す方に目を向けた。
「えええええええええーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
再びの絶叫。さきが指差す方にいるはずのカミラの姿が消えていたのだ。今はきららだけがひとり寂しそうに突っ立ている。
「どういうことよ! もしかして、もう彼がこっちに来ているっていうこと?」
秒単位で目まぐるしく変わる事態に、とてもじゃないが頭が追いつかない。こういう場合、頼りになるのはやっぱりのどかである。
「ねえ、のどか。そっちでカミラさんの姿はちゃんとフォロー出来ているよね?」
「えっ? カミラさん? ちょっと待ってて。今、京也に聞いてみるから。──ねえ、京也。カミラさんの様子はどう?」
のどかが京也に確認する声が聞こえる。五秒も待たないうちに返事があった。
「ごめん、アリス。こっちでもアリスたちの声に気を取られている隙に、カミラさんの姿を見失ったわ」
のどかが珍しく焦り気味の口調を見せた。常に冷静沈着さが売りののどかにしては、極めて稀なケースだった。
「えええええーーっ! それじゃ、どうしたらいいの?」
「非常事態が起きたんだから、見張りはすぐに解いて、二人の身の安全の確保に努めるわよ!」
「う、う、うん……分かった」
「私と京也はすぐにきららさんの所に向かうから、アリスたちはカミラさんを捜して!」
冷静さを取り戻したのどかが、矢継ぎ早に指示を繰り出す。
「うん、了解。──どうやら今夜は、部員全員で大失態しちゃったみたいね……」
「アリス、まだ何かが起こったわけじゃないんだから。今は出来ることをやらないと!」
「──うん、分かってる」
のどかの声に励まされたアリスは萎えそうになる自分の気持ちに活を入れた。
そうだ。のどかの言う通り、今はやれることをしないと!
「さき、あたしたちはカミラさんを捜しに行くわよ!」
アリスが自らの失態を取り戻すべく、猛然と駆け出そうとしたとき──。
「きゃあああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
夜のしじまを切り裂いて、女性の悲鳴が響き渡った。それは間違いなくカミラの悲鳴だった。




