消えた少年
「それでD組の沙耶香とはどうなの?」
櫻子がコウに問い質した。
「だから、沙耶香はただの友達だからさ……」
コウが当たり障りのない返事をする。すでに、この不毛なやり取りは十人以上続いていた。もしも櫻子の追求がこの後も続いたら、きっと朝になっても終わらなかっただろう。だが、コウにとっては幸いにもそうならずに済んだ。
事態が急変したのだ。
「お、お、おい櫻子、ちょっとあれを見ろよ!」
櫻子の追求の手にほとほと疲れ果てていたコウの目が、重要な発見をしたのである。
「そんな見え透いたウソにダマされるわけないでしょ!」
櫻子はコウを睨みつけたままである。
「ウソじゃないって! いいからオレの話を真剣に聞いてくれよ! とにかく、今すぐあの野郎の部屋を見てみろよ!」
コウは櫻子を説得するように優希の部屋を何度も重ねて指差した。
「コウ! この期に及んで本当にあんたは往生際が悪いわね!」
「いや、本当だからさ! 先ずはあの野郎の部屋を見てくれよ! このままじゃ、オレたちはとんでもない失態を演じることになるんだぞ!」
「…………」
ただ事ではない様子を見せるコウの態度に、櫻子もようやく不審なものを感じたらしい。マンションの方にゆっくりと目を向ける。その途端──。
「えええーーーーーーーーーっ! なんでえええええええーーーーーーーーっ!」
文字通りの絶叫である。点いていたはずの優希の部屋の明かりは、いつの間にか消えていた。無論、優希の影などまったく見えない。
「ちょっとコウ! どうすんのよ! 部屋は真っ暗だし、あいつがいないじゃない!」
櫻子がコウの服を掴んで、上下左右にブンブンと乱暴に振り回す。
「だから、さっきから何度も大変だって言ってるだろう!」
コウが言い返すが、すでに遅きに失した感があるのは否めない。
「大変なのはアタシだって分かっているわよ! そんなことよりも、これからどうするのかってことをアタシは言ってんの!」
「どうするもなにも、元はと言えば、櫻子がくだらないことを聞いてきたのが悪いんだろうが」
コウが開き直ったように言い返した。
「なによ、コウがいけないんでしょ! 私憤で行動しようとするから、その隙を狙われたんじゃないの!」
櫻子がいつもの如く言い返す。お互いに責任をなすり合うという、見苦しい展開が始まった。
「私憤私憤っていうけどな、櫻子だって同じようなもんだろうが!」
「はあ? アタシは今夜の作戦に忠実に行動していたでしょ! 文句を言われる筋合いはこれっぽっちもないわ!」
「ああ、たしかに作戦には忠実だったよ──」
「それじゃ、どこに文句が──」
「その服装さえ間違っていなかったらな」
コウが櫻子の服装にチェックを入れた。今夜の櫻子の出で立ちは、これからデートにでも行くんじゃないかというような、モデル顔負けの派手な格好だった。
「なんなんだ、その服装は? どう見ても、これから監視をしようっていう人間が着る服じゃないと思うけどな」
「えっ、だから、この服装は、その……」
急に口ごもる櫻子。今度は櫻子が劣勢状態に追い詰められていく。
「どうせ、カミラさんと張り合おうとでも考えたんだろう?」
コウが鋭い指摘を見せる。
「ぐっ……」
絶句する櫻子。所謂、図星というやつである。
「まあ、カミラさんはあれだけの美貌の持ち主だからな。沼津第一高校イチの美少女を自認している櫻子が、プライドの炎をメラメラと燃やすのも分からないでもないが、オレたちは今大切な作戦を実行しているんだぞ。カミラさんとファッション対決をしているときじゃないんだからな」
「…………」
珍しく正論を口にするコウに対して、櫻子はまったく反論出来ずにいた。
「だって……カミラさんみたいな美女に負けたくないし……アタシもファッションには自信があったから……」
櫻子が小さな声で負け惜しみの言葉をぶつぶつとつぶやく。この期に及んでまだカミラとの美女対決を気にしているのだ。
「とにかく、あの野郎が消えちまったことはたしかなんだから、急いでアリスに連絡を入れないとな」
私憤に駆られたコウといい、プライドに駆られた櫻子といい、どっちもどっちであることは言うまでもなかった。この二人、こんなところまで似通っているのだ。もっとも、そのことを第三者が指摘したら、二人は真っ向から全力で否定するだろうが……。
「──いいわよ、アタシが悪かったんだから、アタシがアリスに連絡するわよ」
櫻子がゴージャーズな服のポケットから、目にも鮮やかなキラキラと装飾が施されたスマホを取り出した。
「ああ、頼むよ。きっとアリスに怒鳴り散らかされるだろうけどな……」
コウがやれやれという風に頭を振った。
今夜の作戦はまだ始まったばかりである──。




