三人の美少女
真由花に対してモヤモヤとした気持ちを抱きつつ、アリスたち六人は指定されたカフェに向かうことにした。今は自分たちに向けられる好奇の意見よりも、事件解決が最優先事項であるのだ。
通り沿いに建てられたウッド調の外装のカフェは迷うことなく見付かった。さっそく店内に入ると内装は一変、ファンシーな雰囲気で飾られており、女子高生に人気があるのも頷けた。
アリスたちはカフェのスタッフに聞くことなく、目当ての生徒をすぐに見付けることが出来た。真由花が言っていた通り、すごく目立つ生徒だったのである。
ひとりはいかにも今風といった感じの茶髪の少女。ひとりはきれいな黒髪を可愛らしくポニーテールでまとめた、お嬢様然とした少女。そして、最後のひとりはハーフらしく光り輝くようなブロンドの髪をした、モデル然とした少女。タイプが異なる美少女が三人揃っているのだ。これで目立たないわけがない。この三人が『吸血鬼事件』の被害者たちの友人らしい。
六人は部長のアリスを先頭にして、三人が座るテーブル席に近寄って行った。
さっそくアリスたちに気が付いたのか、三人がこちらに顔を向けた。心なしか、若干、表情が硬く感じられる。
「──初めまして」
アリスは六人を代表して挨拶をした。
「真由花さんから話は聞いていると思いますが、沼津第一高校の『怪物探偵倶楽部』の部長を務めている魔王堂アリスと言います。それから、あたしの後ろに控えているのが、同じ倶楽部の部員たちです」
そう言って、アリスは順番に部員の紹介をしていった。
「こちらこそ初めまして。カミラ・ミラコージュと言います」
ブロンドの少女が立ち上がって挨拶をしてきた。
「あたしは池口ミユと言います。よろしくね!」
次に茶髪の少女が立ち上がり元気良く言った。口調に似て、全身から快活な雰囲気がにじみ出ている。
「わたしは天上宮きららと言います。よろしくお願いします」
ポニーテールの少女が静々と立ち上がって、綺麗に九十度腰を曲げて、頭を下げた。古風な振る舞いだったが、この少女には実に似合っていた。
「さっそくで悪いんだけど、事件についての話を──」
アリスが話を切り出すと、カミラが手で軽く制した。
「そのことだけど、奥に広いテーブル席を取ってあるから、そこでゆっくり話しましょう」
そう言って、カミラがアリスたちを店の奥へと案内してくれる。
カミラたちが店内を歩き出すと、カフェ内にいた他の千本浜高生たちが、チラチラと視線を向けてきた。事件が事件だけに、皆興味があるのだろう。しかし、話しかけるほどの勇気はないようである。
「──悪いわね。他の生徒たちには出来るだけ話を聞かれたくないから」
奥に設けられたイスに座るなり、カミラが説明した。
「こちらこそ、いきなり事件の話を聞きたいだなんて無理なお願いをしてしまって、悪かったと思っているわ」
アリスは普段は使わないような丁寧な口調で言った。
「そんなことないわ。私たちも早く今回の事件が解決することを望んでいるの。だから私たちで協力出来ることがあれば、喜んで協力させてもらうから、気を遣わずに何でも話を聞いてちょうだい」
「ありがとう。そう言ってもらえると、こちらとしても助かるわ」
カミラは見た目こそクールビューティーに見えるが、内面はとても心優しい少女のようで、アリスもひとまず安心した。
「えーと、それじゃ、どこから話を始めようか──」
「そうだ。とりあえず、あなたたちのことを詳しく聞かせてもらえるかしら? 一応、真由花にも聞いたんだけど、いまいち話の要領が得なくて……」
「──あの子らしいわね」
のどかがひっそりと口元に苦笑を浮かべた。たしかにあの子ならありえるかも、とアリスも内心で思った。
「その……探偵倶楽部というのならば、私でも理解は出来るんだけど……。怪物探偵倶楽部となると、どんな倶楽部なのか想像すら出来なくて……。ごめんなさいね。あなたたちのことを悪く言っているわけじゃないのよ」
カミラはアリスたちにしっかりフォローを入れながら、倶楽部の活動内容の確認を求めてきた。
カミラの言い分ももっともだった。なにせ日本全国津々浦々探しても、『怪物探偵倶楽部』という酔狂な名称の倶楽部は、おそらくひとつしかないだろうから。
「簡単にいうと──怪しい事件、不思議な事件、不可解な事件、その他現実では有りえない奇妙な事件を専門に取り扱う探偵倶楽部といったところよ」
アリスは部長らしくよどみなく答えると、連絡先が印刷されている倶楽部の名刺をカミラに手渡した。
「それじゃ、その怪物探偵倶楽部の皆さんがこうして私たちに話を聞きに来たということは、今回の『吸血鬼事件』はやっぱり人外の仕業と──」
恐る恐ると言った感じで話すカミラの言葉を、アリスが引き継いだ。
「ええ、カミラさんたちは驚かれるかもしれないけど、あたしたちは今回の事件には『本物の吸血鬼』が関わっていると考えているわ」
「────!」
「────!」
カミラとミユが揃ってハッと表情をこわばらせた。
「そんな……」
文字通り絶句といった表情を浮かべたのはきららである。元々色白の顔だったが、今は青褪めているようにも見える。
賑やかなカフェ内で、ここのテーブル席だけ、沈黙の空気に包まれた。
「──もちろん、あたしたちの推理が間違っている可能性もあるんだけど……」
沈黙を破るようにして、アリスは話を再開した。三人はまだ動揺しているかもしれないが、事件についての話を聞かなければならない。今は三人に同情するよりも、犯人を見つけることの方が重要なのだ。
「そこで質問なんだけど、今回の事件について何か気が付いたことがあったら教えてもらえるかしら? あたしたちはどんな些細なことでもしっかりと聞くから」
アリスは真剣な眼差しでもって、三人の顔を見つめた。
「──うーん、あたしは特に気が付いたようなことはないけど……。きららはどうなの?」
小首を可愛らしく傾げたミユがきららに話を振った。
「わたしも特にこれというようなことは……。正直に言うと、今でもよく分からないんです……。事件の事情を聞きに来た刑事さんにも話したんですが、突然、仲の良かった友人が襲われて、しかも二人立て続けに襲われて……。わたしたちも不安な気持ちのままずっと過ごしてきたんです……。それが今度は犯人が本物の吸血鬼だなんて聞かされて、いったいわたしたちの身の回りで何が起こっているのか……」
きららは両手で自分の身体を抱き締めるようにしたが、身体が小さく震えているのは誰の目にも明らかだった。友人を襲われたことに対する悲しみと、次に自分が襲われるかもしれないという恐怖とで、精神的に相当参っている様子が窺い知れた。
「ごめんなさい。辛いことを思い出させてしまったみたいで……」
「いいえ、お気遣いなく。カミラも言ってたけど、わたしも早く今回の事件が解決することを望んでいるんです。だから、何かのお役にでも立てればと思ったんですが……」
「きららさん、本当にありがとう。あなたの気持ちはしっかりと受け止めたから」
アリスはこれ以上きららに話を聞くことは無理だと判断して、まだ話を聞いていない最後のひとりに目をやった。
「カミラさんはどうかしら? なんでもいいから何か気付いた点はない?」
「ごめんなさい、私もこれといって思いつくようなことがなくて……」
カミラが伏し目がちに答えた。
せっかくのどかの友人である真由花が話し合いの場をセッティングしてくれたが、有益な情報を手に入れることは出来そうにない雰囲気だった。