女子高へレッツゴー!
翌日の放課後──アリスたち六人は授業を終えるとすぐに事件調査の為の行動に移り、今現在、こうして千本浜高校の正門が見える場所に陣取っていた。
千本浜高校──県下では有数の新学校として名を馳せており、同時に女子高としては生徒たちの容姿レベルが格段に高いことでも有名だった。
「でも、のどか。警察でも調べきれないことを、あたしたちが調べることなんて本当に出来るの?」
アリスは隣に立つのどかに当然の疑問をぶつけてみた。
「私たちには警察が持っていない、わたしたちだけの武器があるでしょ?」
のどかは正門から出てくる生徒の流れから目を離すことなく答えた。
「えっ、武器?」
「そうよ。同じ高校生であるということよ」
「なるほど、そういうことね。つまり警察には話しづらいことも、同じ高校生のあたしたちにならば心を開いて話してくれるかもしれないっていうことね?」
アリスはのどか張りの頭の回転の速さを見せた。たまには部長として格好いいところを見せないと、部長としての威厳が保てなくなる。
「まあ、そんなところよ。もちろん確実にそう上手くいくとは限らないけど、可能性もなくはないわけだからね」
「だけど、肝心の被害者たちのことを知っていそうな生徒を、この状況下でどうやって見つけ出すの?」
アリスはうんざりとした眼差しを、正門周辺に出来た人垣に向けた。
マスコミがこぞって一連の『吸血鬼事件』についてセンセーショナルな言葉で面白おかしく騒ぎ立てていることは知っていたが、まさかこれほどまでの騒ぎになっているとは、実際に自分の目で見るまで思ってもいなかった。
正門周辺には少なくとも五台のテレビ局の車両が止められており、テレビクルーの人数ともなると、正門から出てくる千本浜高校の生徒の数より多いときている。とてもじゃないが、この人数の群れを掻き分けて、被害者のことを知る生徒を見付け出して、さらに詳しい話を聞くというのは、それこそ事件の犯人を見付けるのと同じくらい難しそうな塩梅だった。
「でも、用意周到ののどかのことだから、そのあたりのことはしっかり考えてあるんでしょ?」
自分の出番はなしと思っている櫻子は電柱に背中を預けた姿勢のまま、退屈そうに人の波を見つめている。
「えっ、のどか、そうなの?」
無い知恵を必死になって絞ってどうしようかと考え込んでいたアリスは、まるでマリア様を見つめる信者のごとき目でのどかに救いを求めた。
「この高校に中学時代の友人が何人か通っているの。昨日そのうちのひとりに連絡をして、事件について詳しく知っていそうな生徒を紹介してもらえることになったんだけど──」
のどかは先ほどからずっとその友人の姿を、人の群れの中から捜していたのだ。
「あっ、のどか! 久しぶり!」
ちょうどそのとき、タイイングよくのどかのことを呼ぶ声が聞こえた。のどかを含めた六人は、いっせいにその声の方に顔を向けた。
黒縁の眼鏡を掛けた制服姿の生徒が、のどかに向かって元気に手を振りながら走って来る。なんだか随分と走り方が危なっかしいそうに見えたが、案の定、テレビカメラの配線コードに足を引っ掛けて、ドタン。右手で膝を擦りながら走っていると、今度は目の前を横切るテレビクルーとまともにぶつかり、ゴツン。それでも諦めることなく左手で額を押さえながら走ってくる。
次に身体をぶつけたら押さえる手がないわね、とアリスは心配に思ったが、幸いにしてそれ以上の被害を出すことなく、生徒はのどかの元までやってきた。
「野次馬ばっかりだから、どこにいるのかとのどかのこと心配しちゃった」
その生徒の第一声を聞いて、いや、あなたの方が心配だから、とアリスは思ったが、無論、実際に口に出して言うことはしなかった。部長としての礼儀である。
「ごめんね、真由花。まさかここまでマスコミの数が多いとは思ってもみなかったから、学校の方に近付けなくて困っていたところだったの」
のどかが旧友──真由花に親しげに声を掛けた。
「みんな、こちらが私の中学時代の友人の日比谷真由花よ」
のどかが真由花の紹介をした。
アリスたち五人は軽く頭を下げて、順番に簡単な自己紹介をしていった。
「──ちょっとのどか、いいかな?」
五人の自己紹介を聞き終わるやいなや、真由花はなぜかのどかの手を引っ張って、少し離れたところまで移動していった。
「ねえ、あの五人なんだけど、本当に大丈夫なの? なんだか普通の人とは若干違うような気がするんだけど……。わたしの気のせいかな?」
真由花が鋭い質問をのどかにぶつけた。
アリスが『人並み外れた地獄耳の聴力』で、二人の会話を盗み聞きしているとは、もちろん、真由花のあずかり知らぬところである。
「あの……真由花……。そんなことないから大丈夫よ。五人とも私たちと同じ、ごく普通の高校生だから安心して」
のどかが素早く五人のフォローをする。
「そうなの? だったらいいんだけど……。ほら、今回の事件について聞かれたから、てっきりあの五人はどこか普通じゃない、おかしな人たちなのかと思っちゃって……」
ひょっとしておかしな人ってあたしたちのことなの、とアリスは疑問に思ったが、口に出しては言わなかった。激しく否定したかったが、部長として最低限の礼儀は守ろうと思ったのである。
「ま、ま、真由花……。あ、あ、あの、本当に大丈夫だから。私のことを心配してくれるのはうれしいけど、本当に本当に大丈夫だから!」
必死に仲間のフォローをするのどか。
「分かったわ。のどかがそこまで言うのならば、いくらあの五人が得体の知れない人間だったとしても、心配はご無用ってことね」
ひょっとして得体の知れない人間ってあたしたちのことなの、とアリスは怒りにも似た感情で思ったが、むろん、口に出しては言わなかった。我慢の限界はとっくに越えていたが、ぐっと堪えたのである。
「ま、ま、真由花! 私のことは本当にもういいから! とにかく、さっき電話で話した例のお願いについてなんだけど、大丈夫だった?」
アリスたちの剣呑な雰囲気を肌で敏感に感じ取ったのどかが、真由花に話を急かした。
「それなりバッチリよ! 例の事件の被害者二人には、いつも一緒に行動していた友人が三人いるの。その三人ならば、もしかしたら被害者二人について何か知っているかもしれないわ。のどかのことを話したら、三人もぜひ会って話がしたいって言ってくれたから」
「それでその三人とはどこで会えるの?」
「この近くに『チェリーブラッサム』っていう名前の、うちの学校の生徒行き付けのオシャレなカフェがあるんだけど、そこで待っていてくれるように話をつけておいたから。たぶん、行けばすぐに分かるはずよ。なにせ目立つ生徒だからね」
真由花は話のセッティングまで済ませてくれていたらしい。よし、今までの暴言はすべて水に流すことにしよう、とアリスは気持ちを新たにした。
「ありがとう、真由花。恩に着るわ。もしもなにか困ったことがあったら、いつでも私に相談してね。そのときはなんでも力になるから。──それじゃ、私は友達も待たせていることだし、これで行くから」
のどかがアリスたちの方に引き返して来る。
「のどか、わたしたちはいつまでも友達だからね! 例えのどかが不気味な仲間にそそのかされて、警察のお世話になることがあったとしても、わたしはのどかを見放さないからね!」
真由花がのどかの背に向かって少女マンガのヒロイン染みたセリフを叫ぶ。
ひょっとしてだけど、不気味な仲間ってあたしたちのことなの、とアリスは思って、頭に血が上って烈火のごとき怒りの言葉を今度こそは吐き出そうと心に決めたのだが、そのときにはすでに真由花の姿は野次馬の中に消えていた。
「──ねえ、みんな。あの子、ああ見えて、実はすごく性格の良い子なのよ」
のどかの言葉に頷く者は誰一人いなかったのは言うまでもない──。