転校生の正体は?
「あいつは絶対に変だ! 様子がおかしい! 行動が怪しい! すべてが不自然すぎる!」
昼休み。食堂ではなく部室に集まった六人は、さっそく今朝の話の続きを始めたのであるが、誰よりも早く開口一番、コウが優希について言い出した。
「いきなりどうしたの? あいつが変って、どういう意味よ?」
アリスはすごい剣幕を見せるコウに問い質した。六人は長机をぐるりと囲んでイスに腰掛けていたのだが、コウは立ち上がって熱弁を振るっている。
「だから、屋上であいつに会ったんだよ──」
そう言ってコウが屋上で優希に出くわした話を皆に話して聞かせた。
「ちょっと、コウ。授業中にどこに抜け出したのかと不思議に思っていたら、そんなところにいたの?」
コウの話が終わるやいなや、櫻子が電光石火の速さでツッコミを入れた。
「そんなのオレの勝手だろうが。オレみたいな行動派の人間には、ゆっくりと身体を休める時間が必要なんだよ」
「あら、授業を抜け出したのは肉体的な理由じゃなくて、精神的な理由の方が大きいんじゃないの?」
「はあ? どういうことだよ?」
「難しい授業を受けていると、頭がパニくるってことよ。特にあんたみたいなマッスル脳の人間はね」
コウに対する櫻子の言葉は相変わらず容赦がない。
「そっちの方こそ、流行りのファッション以外のことは、何も頭に入っていないだろうが?」
コウも負けずに言い返す。
「きっと櫻子の頭をCTスキャンしたら、ブランドのロゴマークしか写らないんじゃないのか?」
「うまい! コウに座布団一枚!」
いらぬツッコミを入れて櫻子にきつく睨まれたのは、もちろん、無神経なさきである。
「はいはい、冗談はそこまでにして、さっさと本題に移るわよ」
コウと櫻子のやり取りに慣れきっているアリスは昨日みたいに茶々を入れることなく、事務的に話を打ち切って、元の優希の話を再開した。
「とにかく、コウの話を聞く限りじゃ、優希くんが授業中に教室を抜け出して屋上にいたのは、たしかにおかしいわね」
「なあ、アリスもそう思うだろう?」
話を済ませてやっと気持ちが落ち着いたのか、コウがイスに座り直して、同意を得たという風に大きく頷いた。
「彼はいったい屋上で何をしていたのかしら? そこが問題じゃないの?」
のどかが冷静に指摘した。
「それから俊実くんの容態も気になるわね。もしも、本当に優希くんが俊実くんに何かしたというのならば、その点もしっかりと調べてみないとね」
「あいつが俊実に何をしたのかは分からないけど、俊実のあの倒れ方は絶対におかしかったぜ! なんかこう、まるで突然糸を断ち切られたマリオネットみたいだったというか──」
珍しくコウが詩的な表現をした。
「その喩え、上手い! 座布団二枚!」
またまたいらぬツッコミをしたのは、もちろん、さきである。
「さきは黙ってて!」
アリスは間髪をいれずにさきに怒鳴った。
「アリス、そう怒鳴るなって。さきもその現場に一緒にいたんだろう? さきはどう思ったんだ?」
京也がさきに救いの手を差し伸べた。
「うん、ぼくもおかしいと思ったよ。いや、むしろ許せないと激しく憤りを感じたよ!」
常にぼけーとしているさきにしては珍しく憤慨を露わにした。
「ちょっと、さき……どうしたのよ……?」
いつものさきらしからぬ反応にアリスは驚いてしまった。もしかしたら、さきもいよいよ本気になったのかもと思ったほどだ。しかし、アリスの予想はぬか喜びに終わった。
「だってそうじゃないか。 昨日、事件現場で出会った少年が、今日『謎の転校生』として学校に現われるなんて、ありきたりもいいところだろう! ワンパターンも過ぎるよ!」
さきの言葉は残念ながら他の部員の心に響くことはなかった。
「さき……。なんか怒っているポイントが、あたしたちと微妙にズレているというか、なんというか……」
「だいたい、オリジナリティーがないよ! 最近の若い連中は型通りのことしか出来ないんだから! せめて変装してくるとか方法はいくらでもあるのにさ。もしも、これが映画のワンシーンだったら、ぼくは間違いなく席を立っているところだよ!」
「──アリス、すまない。さきに訊いたおれが悪かったよ」
京也は苦笑いを浮かべた。
「き、き、奇遇ね……。あたしも今、同じことを思っていたところよ……」
「あっ、でもまだ、この手の『謎の転校生』のパターン比較について、映画や小説での例を交えて詳しく説明しないと──」
「──さき、あなたの話はもういいから。だ、か、ら、これ以上、ごちゃごちゃ言わないでね!」
アリスは優しい言葉を冷たい口調で言い放つと、さきのたわ言を封じ込めた。
「あら、それでお仕舞いなの? 私はもう少し話を聞きたかったのに」
部室のドアの外から可愛らしい声が聞こえてきた。
「ちょっと姉さん──!」
声の主に最初に気付いたのどかが慌てて部室のドアを開けて、姉のほのかを室内に招き入れた。
「姉さん、外で何をしてたの?」
「何って、のどかが橋塚くんの容態を聞きたいっていうから、わざわざ保健室からここまで遠出して教えに来たのよ」
ほのかは当然でしょという口調で答えた。
「たしかに姉さんにはそう頼んだけれど、だったらいつまでも外にいないで、すぐに部室に入ってくればいいのに」
「だって、中に入るんだったら、さっそうと格好良く入りたいでしょ? だから、外で部室内の話を聞きながら、ここぞというタイミングを見計らっていたのよ」
「もう、タイミングなんていつでもいいでしょう!」
のどかはマイペースのほのかに完全にお手上げ状態だ。
「ていうか、ほのか先生、部室内の話を聞くって……それって盗み聞きなんじゃ……?」
アリスはおずおずと確認の質問をほのかに投げ掛けた。
「えー? そうなの? 私、盗み聞きしちゃっていたの?」
ほのかは切れ長の美しい目を何度もぱちくりさせるが、その様子からは深刻さは微塵も感じられない。もっとも、質問をしたアリスもこの程度の答えが帰ってくることぐらいは予想していたが……。
「──それで姉さん、俊実くんの容態はどうなの?」
のどかがようやく肝心要の質問をした。
「そうだったわね。橋塚くんの容態ね……容態ね……。ヨウダイはドーダイ──なんてね」
ほのかのこのうえなくくだらないダジャレに、部室内に氷点下の寒風が吹き荒れる──。
「うまい! 座布団三枚です!」
この状況下で楽しそうな声を上げたのは、言うまでもなくさきしかいない。
「さきくん、本当に今のダジャレ面白かった?」
「すごく面白いダジャレでしたよ! さすがほのか先生!」
さきがほのかを褒めちぎる。この二人、なぜか非常に馬が合うのだ。どうやら、精神的波長が重なるらしい。
だが、そんな仲睦まじげな様子の二人を見て、快く思わない者がひとりいた。
「ちょっと、さき! さっきからくだらないことばっか言ってんじゃないわよ!」
アリスはさきをきっと睨みつけた。
「あれ? アリスちゃん、どうしたの? そんなにプンプン怒ったりして。もしかしてアリスちゃん──」
ほのかが意味深な目でアリスを見つめてきた。
「あっ、えっ、いえ、違います! 違いますよ! あたしは別にさきとほのか先生が仲良くしているからといって、怒ったわけじゃなくて、その、つまり、今は重要な話をしているところで、だから──」
アリスは焦ったように言い訳じみた説明を始めたが、ほのかはまったく違うことを思っていたらしい。
「──分かった。アリスちゃんもダジャレ大会に入りたかったんでしょ?」
「えっ?」
思わず間の抜けた声を上げてしまうアリス。
「なんだ。それならそうって言ってくれればいいのに。私もアリスちゃんのダジャレ聞きたいな」
「あはは……あはは……。そ、そ、そうでした……。あたしもダジャレ、言いたかったんです……。ほら、あたし、口下手だから……。中々二人の輪の中に入れなくて……あはは……あはは……」
仕方なくアリスはほのかの話に合わせるのだった。
「なんだ、アリスもダジャレが好きなんだ。じゃあ、こういうのはどうかな? 『ヨウダイもと暗し』」
本当の状況をまったく理解していないさきが、調子に乗って続ける。
「わあー面白い!」
ほのかがすぐに反応した。
「じゃあ、こんどは私の番ね。──えーっと、えーっと……」
「姉さん!」
ほのかの言葉を断ち切るようにして、のどかが珍しく大きな声を出した。
「えっ、どうしたののどか? だって、次は私の番だから──」
「だから、今はダジャレはいいの! とにかく俊実くんの容態を早く教えて!」
「もう、のどかは本当に怒りっぽいんだから。そんなに怒ってばかりいると、眉間に深い皺が出来ちゃわよ。皺といえば、今、面白いダジャレが思い浮かんだんだけど──私の『師は皺』だらけ──」
「姉さーーーーーーーーーーーーーーん!!!!!!!!!!!!!」
のどかの悲鳴にも似た声が部室内に響き渡った。




