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怪物探偵倶楽部 ~アリス・イン・モンスターズ~  作者: 鷹司
第二章 美少年、美少女、そして事件
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転校生は美少年

 アルカール・優希の存在は、昼休み前にはもう全校生徒に知れ渡っていた。特に女子生徒たちの間では、わずか半日あまりで数多くの噂話が出回るほどまでになっていた。


 曰く──さる貴族の血を引いたご子息だの、未来の妃を日本に捜しに来たとある王族の王子だの、あるいは、クーデターで祖国を追われた大統領の隠し子だの……。


 その噂話はすべて日本人とルーマニア人とのハーフである優希の美貌に起因していたのは言うまでもなかった。あたかも学校に突然アイドルがやってきたかのようなもので、校内中、上を下への大騒ぎとなっていた。 


 もっとも、噂の元である本人はといえば、次から次へと繰り出されてくる女子生徒たちからの質問攻めにも、当たり障りのない言い方で如才なく受け答えをしていた。むろん、その間も嫌な顔ひとつ浮かべない。女子生徒たちが目にハートマークを浮かべるのも、至極当然の反応といえた。


 かくして──優希は転校初日にして沼津第一高校イチの人気者になっていた。



 ────────────────────



「まったく女性と話すというのは、洋の東西を問わずに疲れるものだな。もっとも、そのおかげで彼らについての情報をだいぶ仕入れることが出来たわけだけど──」


 まだ授業中だというのにも関わらず、優希は学校の屋上にいた。転校初日で気疲れしたので保健室で休むと担任にウソを言って、教室から抜け出してきたのである。


「しかし彼らはいったい何者なんだ? 昨日はうまくごまかして帰ってきたけど、怪物探偵倶楽部という名称が少々気にはなるな……。単なる好奇心旺盛な普通の高校生による倶楽部なのか、それともまさか──いや、さすがにそれはボクの考えすぎか……。こんな狭い地域に『我々と同じ者』たちが、複数も居るわけないだろうし……」


 優希は頭に思い浮かんだ仮説を、即座に自ら首を振って否定した。


「とりあえず、今は彼らの存在はいったん忘れることにしよう。ボクにはやることがあるからな。まあ、ボクの邪魔さえしてくれなければ、それでいいんだから──」


 優希が熟慮の末に結論を導いたとき──。


「あれ? 転校生くん、こんなところで何してるの?」


 優希以外は誰もいないはずの屋上に声があがった。


「えっ、あ、あの……」


 優希は少し言葉に詰まりながらも、素早く声の方に鋭い視線を振り向けた。


 屋上のドアを背にして立つ、同じクラスの男子生徒の姿があった。たしか名前は橋塚俊実(はしづかとしみ)といった覚えがある。


「転校生くん、ひょっとしてタバコでも吸いに来たのかな? 優等生に見えるけど、実はっていうタイプだったの?」


 俊実は興味津々といった表情を隠すことなく、優希のことを面白そうに見つめてくる。この状況を楽しんでいるのだろう。


「あっ、おれは先生に告げ口なんてするつもりはないから、心配しなくてもいいよ」


 俊実は何か勘違いしているみたいだった。優希が今一番心配しているのは、先生に告げ口されることではなく、俊実に見られたという事実の方なのだ。俊実は教師には言わないと言ったが、どう見ても口が堅そうなタイプには見えない。あるいは教師には告げ口をしなくとも、友達には簡単に話してしまうように見える。むろん、優希が授業を抜け出して屋上にいたことを話されたからといって、ただちに困るわけではなかった。しかし、優希としては彼らのことだけではなく、今この街で起きている怪奇事件についての情報も得たかったので、もうしばらくの間は優等生というキャラを演じていたいという考えがあった。女子生徒たちも相手が優等生だと気を許してくれるのか、何かといろいろ話を聞かせてくれるのだ。



 ここは仕方がないな。大事の前の小事とも言うから、彼の口を封じるのが選択肢として一番正しいだろう。



 優希は対応策を固めた。


「ちょっといいですか? 学校のことで訊きたいことがあるんですが──」


 優希は人当たりの良い笑みを浮かべて俊実に近付いた。


「ん? 訊きたいこと? おれで分かることなら教ええるけど……」


 俊実は一切不審に思っていないように見える。まさか転校生が何かしでかすとは思いもしていないのだろう。気の抜けた表情で優希の顔を見つめてくる。


 次の瞬間──。


「さあ、ボクの眼をじっと見て!」


 優希は『人間離れした』圧力を伴うほどの眼力を秘めた瞳で、俊実の瞳を一瞬で射抜いた。


「ん、ん……? は、はあ……」


 俊実は全身から力が抜け落ちたかのようにして、その場にくずおれた。屋上に倒れる寸前のところで、優希は両手で俊実の身体を支えた。


「とりあえず、これでよしと」


 俊実の身体をゆっくりと屋上の床に横たわらせる。



 一時間ほど彼の記憶を消さしてもらおう。目を覚ましたときに多少は不審に思うかもしれないが、寝惚けていただけだと思うはずだろうからな。 

  

 

 俊実を真剣な眼差しで見つめる優希の瞳は、元のブラウン色から一変、今は『真っ赤』に染まっていた。まるで鮮血がべったりと付いた筆で、瞳を全部塗り潰したかのようだった。


「おい! おまえ、そこで何をしてるんだ!」


 突然、野太い声が屋上のドアの裏から聞こえてきた。荒っぽくドアを開け放って、大またで勇ましく屋上に姿を見せたのは──。


「あっ、君は──」


 相手の顔に見覚えがあった。昨日も会ったし、今朝も会った。



 この少年か……。これはマズイ相手かもしれないぞ……。



 思わず心中でぼやいてしまう。

 

「すみません、何か勘違いをしているみたいですが──」


 とりあえず優希は下手に出て、相手の様子を伺うことにした。瞳の色はいつのまにか元の紅茶を思わせるきれいなブラウン色に戻っている。


 「オレの勘違いだって? ふざけたことを言いやがる! おまえ、俊実に何かしたんじゃないのか?」


 声の主──コウが疑心に満ちた眼差しで優希のことを睨んでくる。



 まいったな。どうやら、さきほどの光景を見られていたみたいだ。しょうがない。なるべく穏便に済ませたかったが、こうなった以上は、この生徒にも催眠術を掛けて──。



 優希が次の手を打とうとしたとき、再び、屋上に別の声が乱入してきた。今日の屋上は満員御礼らしい。


「あれ? コウ、どうしたんだよ?」


 コウの声と違って、警戒心がまったく感じられないとぼけた声である。気持ちよさ気に大きな欠伸をしながら屋上に現われた少年にもまた、優希は見覚えがあった。昨日も会ったし、今朝も会った。



 まいったな、この生徒か……。これであのヘンテコな倶楽部の部員が二人揃ったけど……。イヤな状況だな……。



「──あっ、ちょうど良かった。この人がいきなり倒れてしまって、どうしたらよいか困っていたところなんです。良かったら、手を貸してくれませんか?」


 ここはあくまでも下手に出ることにした。もしも相手がひとりならば簡単に催眠術を掛けてしまえばなんとかなるが、相手が二人となると勝手が違ってくる。いったん催眠術を掛けることは諦めて、冷静に場を収める方針に転換することにした。


「はあ? いきなり倒れただって?」


 不信感丸出しの顔付きのままコウが優希の方に向かってくる


「ええ、そうなんです。昨日遅くまで起きていたみたいで、屋上で昼寝するとか言ってたんですが、いきなり身体がふらついたかと思ったら、このような状態になってしまって──」


 優希はよどみなく答えていく。


「ああ、そうだったんだ」


 さきは優希の言葉をすっかり信じ込んでいるようだった。


「おい、それって本当なのか?」


 一方、コウはまだ不信感を拭えていないらしく、優希の顔と横たわる俊実の顔を交互に見つめている。


「いえ、本当にボクは何もしていませんから。だいたい、この人と会ったのも今日が初めてなんですから」


 優希は滅相もないという風に首を振った。


「コウ、この転校生くんもこう言っているんだから、もういいだろう。それよりも今は俊実くんを保健室に連れて行くのが先だろう」


「──さきがそこまで言うなら、分かったよ」


 さきに言われてようやくコウが険しい眼差しを優希から外した。


「それじゃあ、この少年のことはお二人にお任せしますね。ボクは教室に戻りますので」


 優希は足早に屋上のドアに向かって歩き出した。


「待てよ──」


 コウがさっと優希の歩みを阻むように行く手に立ち塞がった。


「──コウ……」


 さきが慌てたようにコウに近寄る。


「さき、そんなに心配するな。オレは何もしないからさ」


 コウはそう答えつつも、優希の制服の胸倉をいきなりぐいっと掴んだ。


「おまえ、本当に何もしていないんだよな? もしも何か分かったら、そのときは覚悟しておけよ!」


 コウの言葉は完全に恫喝である。


「さっきも言いましたが、ボクは何もしていませんよ。する理由もないですからね」


 優希は胸元にあるコウの右手をさりげない風を装いながら払いのけると、今度はわざとらしく制服の胸元の乱れを直して、再度歩みを進めた。



 屋上のドアが閉まる音──。そして、屋上には横たわったままの俊実と、不満そうな顔で屋上のドアを見つめ続けるコウと、眠りに落ちる寸前のサキの三人だけが取り残された。



「まったく、昨日のことといい、今朝のことといい、どうもあいつは怪しいんだよな。絶対に何か隠しているぜ。──なあ、さきはどう思う?」


 コウがさきに訊いたとき、残念ながらさきはすでに眠りの王国に旅立った後だった。


「おいおい。それじゃ、オレがひとりで俊実を保健室まで運ばなきゃならないじゃんかよ……」


 コウの悲しいぼやきだけが屋上に虚しく響くのだった。

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