THE プロレス2 〜プロローグ 2〜
プロレスの歴史には常に戦争という影が張り付いていました。辛く苦しい戦争の記憶、そして先の見えない復興、再びいつ訪れるともしれない戦争の影。それらの不安からひととき逃避するため、人はプロレスという、血生臭く、どこかアングラな世界に熱狂せずにはおられなかったのかもしれません。
日本でプロレス興行を成功させ、国民的英雄となった男にも戦争の影が見え隠れします。
男の名は本名ではありません。元幕内力士だったため、現役時の四股名をそのまま名乗っていたのです。なぜ本名に戻さなかったか。それはもう今では常識ともなっている出自にまつわることなので、敢えて触れるまでもないでしょう。
力士だった頃は関脇止まりでしたが、一説によると素行に問題があったため、部屋を破門されたとの説が有力ですが、真相は藪の中です。ただ、同門に後に大横綱となる力士が弟弟子におり、その弟弟子が毎日稽古で張り手の稽古台にされ、足腰立たないほど引き回されたともいうので、もしかすると大関、横綱も狙える実力を有していたのかもしれません。この時の張り手がゴッドハンドの異名をもつ、稀代の空手家の指導を受け、空手チョップとして開花したというのはもう定説です。
しかし、その空手家とも男は決別することになります。それは有名な柔道家との一戦。国民的英雄となったプロレスラーと、国民的柔道家によるプロレスの試合です。
高専柔道、武徳会でも敵なしと言われ、日本史上最強とまで讃えられた柔道家をそのプロレスラーは文字通り、凄惨な試合で血祭りにあげ、日本プロレスの地位は盤石なものとなります。
が、この試合は後に試合中に行われただまし討ちだったという疑惑が浮上。その疑惑の端緒となったのが試合を観戦していた空手家の乱入と、その後のプロレスラーへの敵対だったのはもう、この世界に興味のある人なら周知の事実です。
空手家はプロレスラーに指導するかたわら、柔道家とも親交があったのは自他ともに認めるところ。その空手家が、出自に関してだけ言えばプロレスラーと近しいはずなのに、なぜ柔道家の側に付いたのか? これがその根拠のひとつともされていますが、全ては歴史の闇の彼方です。
そしてこの三人の登場人物もまた、戦争に人生を翻弄された男たちだったのです。
くどいようですが、ここでのお話は筆者が出版物や世間に流布する噂を元に再構成したただの前振りであり、事実とは全く関係ございませんことを明らかにすると共に、フィクションであると割りきっていただくことを重ねてお願い申し上げます。