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第一話 中年ハゲと闘技場


「おや、これは随分と可愛らしいお姿で」


 その声に俺は顔を上げる。


 目線がずいぶんと低くなった。見上げると、アイツの邪念に染まった不快な顔が視界に入って来る。

 手元……いや、足元を見下ろすと毛がびっしりと生えそろって獣のようになった前足が見える。毛色は自分の髪の毛の色と同じだった。


「これは失敬……! いやはや、大賢者様とあろうものがこのようなお姿になるなど、笑いをこらえるのに必死ですよ!」


 俺に向かってアイツは嘲笑する。アイツが何かを口に出すたびに、俺の中の怒りが膨れ上がって行く。


 ……このような奴にはめられるとは、俺はいったいどこで間違ったのだろう。

 

 こいつへの怒りよりも、過去の自分への怒りが湧いてくる。俺はどうしてか悔しくなって、アイツを睨みつける。


 何が賢者だ。


 何が最強だ。


 何が―――。


「ああ、滑稽ですなぁ! どんな気分ですか、ケイオス=キサラギ殿?」


 ああ、滑稽だ。お前みたいなやつを弟子にしてしまった俺の今の情けない姿は、滑稽に違いない。


「まぁ、畜生に成り果てた奴に、何を言っても無駄ですかな。……それにしても、まさか、こんな雑魚の代名詞のようなものになるとは思いませんでしたよ」


 おれを心底愉快そうに、愉悦の表情で見下ろすアイツは言った。そうだ、俺は―――


「最弱の魔物、ホーンラビットなんかになるとは……」


 俺は、ウサギになった。





「師匠、あれを見てください! リザードマンの方ですよ、中々にやると思いませんか?」  


 中年のハゲ頭が俺の方を向き、声を掛けてくる。この炎天下の中、この観客数だ。闘技場はものすごい熱気に包まれている。

 中年ハゲ―――、弟子のガリウスは額に汗をびっしりとかきながら、楽しそうに言った。


「師匠! どうです、この娯楽は。ほら、市民も熱狂しています」

 

「つまらん」


 ガリウスは同意を求めるように聞いてきたが、俺はそれを一蹴する。


 こんな物を見て、何が面白いと言うのか。


 俺には到底理解出来なかった。ガリウスは俺の答えが気に入らなかったのか、少し不満げな顔になって言った。


「どうしてです? 彼らが生を求めて必死に戦う様は、愉快の一言でしょう。他のどのような娯楽よりも、面白い」


 魔物が必死に戦っているのが面白い? どこがだ。

 大体こいつらは、()()()()()()()()


「くだらない、こんな低俗な物」


「くだらないだなんてとんでもない。クズ共が足掻く姿は笑いが止まりませんよ。なんたって、彼らは国に歯向かった犯罪者共なのですから」


 クズが。


 俺はどうしてこんな性根の腐った奴を弟子にしてしまったのだろう。今すぐにでも破門にしてやりたい。

 大体、こんな俺の親みたいな年のおっさんを押し付けてくる王国も王国だ。いったい何を考えてるんだ。

 俺は眉をしかめつつ、目の前の試合をちらりと眺める。

 自分の眼前ではリザードマンとワイルドキャットが熾烈な戦いを繰り広げている。

 ガリウスの言ったとおり、こいつらは元々人間だった。彼らは生き残るために必死に戦っていた。


 グォォォ!!


 緑がかった鱗に全身を包まれているリザードマンは咆哮すると、その筋肉質な腕をワイルドキャットに向かって振り下ろした。

 ワイルドキャットは、その身軽な体を使ってあっさりと避ける。そこへすかさずリザードマンがファイアブレスで追い打ちをかけるが、ワイルドキャットはそれも避けると、鋭い爪をリザードマンに向けて襲いかかる。

 

 両者共一歩も引かない。


 何故ここまで必死なのか。それには理由がある。

 もし、どちらも戦わなかった場合、その時は両方とも死ぬことになる。

 彼らの心臓部には、人間と違い魔石がある。試合を拒否した場合、その魔石を砕かれてしまうのだ。魔石を失った魔物はそのまま死に至る。

 魔石を砕くために胸のあたりには小規模な爆裂魔法の術式が刻み込まれている。術式は術者の意思によって、発動をコントロールすることができるのだ。彼らの命は術者に握られていることになる。

 だから彼らは必死に戦うのだ。戦えばどちらかは生き残ることができるからだ。


「「「おおお!!」」」


 戦局が動いたのか観客が沸いた。その歓声に再び前を見ると、リザードマンが膝をついている。肩を深く切り裂かれたようだ。リザードマンは苦しげなうなり声を上げている。


「はは、ワイルドキャットが勝ちそうですな。ワタシとしてはリザードマンがやられるとは思っていなかったんですがねぇ」


 ガリウスが楽しそうに自分の予想を語っている。だが、そんな物は俺の耳には入らない。こんな物はただただ不快だ。俺にはもう我慢できなかった。


「ちょっと用事が出来た。俺は席を外すよ」


 そう適当な理由をつけて俺は席を立とうとする。するとガリウスは不思議そうに用件を聞いてきた。


「はて、このあと何か予定などありましたかな? 何をなさるので?」


「あー、新作の魔術の研究だ。いま、新しい手法をひらめいたんだ」


 俺は内心舌打ちしつつ、用件をでっち上げて言う。ガリウスはそれに納得したように、ニコリとした。


「師匠の新作ですか。このガリウス、楽しみにしていますぞ」


 お前なんかに楽しみにされても困る。


 そんな本音は口には出さず、今度こそ会場を出る。一刻も早く、この不快な空間から逃げ出したかった。


「ケイオス様、お供します」


 俺が闘技場から出ると、後ろから付いてくる者があった。従者のマリだ。俺が立ち止まって振り返ると、その髪色と同じ深い藍色の瞳で、頭1つほど下の位置からじっとこちらを見つめてくる。


「……別に一人でも大丈夫だけど?」


「いえ、大賢者様ほどのお方ともなれば、いつ何があるかわかりませんので」


「その呼び方嫌いなんだけど」


「……申し訳ございません、ケイオス様っ」


 俺はちょっとムッとして文句を垂れながら、彼女のサラサラの髪をワシャワシャと撫でる。彼女はびっくりしたのか、ビクリと肩を震わせて亀のように首を引っ込めた。まるで怯えられているみたいだ。

 ちょっと傷付く反応に、俺は軽く息を吐くと彼女が付いてくることを了承した。別に彼女がついてきて困ることはないのだ。


「それで、新作の魔術と聞きましたが、どのような物なんでしょうか」


「ああ、それね。本当は何も考えていないさ」


「ならばなぜ先程はあのようなことを?」


「あの中年ハゲの顔を見るのが嫌だったからだよ。まったく、気持ち悪い」


 俺がガリウスのことをそう揶揄すると、ピンとくるものがないのか、マリは少し首をひねって考える。


「中年ハゲ、とはガリウス様のことですか?」

 

 少しの間があって、ようやく思い至った彼女が確認を取ってくるので「そうだ」と短く肯定してから、俺は彼女に日々の不満をつらつらと語っていく。

 

「毎日毎日あのおっさんに師匠だの何だの呼ばれて本当に吐き気がする。自分の二倍以上も年上の人間が猫なで声で喋ってくるのなんて、悪寒がするよ」


「そうでしょうか、私には理解しかねますが」


「当事者じゃなきゃ分からないと思うよ。この気持ち悪さは。……王国もなんであんな奴を寄越してきたんだか、研究室を使う条件にあんな奴をそばに置けってふざけるなよ」


「大方俺を監視するための者なのだろうが、邪魔くさくて仕方がない。監視役ならもうちょいマシなやつを付けてほしかった」


「それは気の毒ですね」


 マリは適当に相槌を打ってくれる。彼女は俺の愚痴をいつも嫌がらずに聞いてくれる。内心では嫌がっているのかもしれないが、ありがたいことだ。

 そうやって彼女に愚痴っているうちに、王宮内の自分の研究室に着いた。彼女を伴って中に入る。

 物が散乱して雑多とした室内の中ほどにある、ソファとテーブルに腰掛ける。他がごちゃごちゃしている中、ここだけは綺麗にしてあった。


「お茶を入れてきましょうか」


「いや、いい」


 そう言って席を立とうとするマリを止める。そして、魔術を使ってお茶を出してみせた。


「これは、どこから?」


 彼女が目をまんまるにして驚く。俺はその反応に満足し、ドヤ顔で何が起こったのかを語って見せる。


「これは物質変換術を使って作ったんだ。太古の研究者が追い求めた、まさに錬金術のような物だよ」


「えと、これは何からできているので?」


 湯気が出ているお茶を両手で挟みながら聞いてくる。原材料をわざわざ隠すこともないので、サラリと答える。


「ん? オリハルコンだけど」


 俺の答えを聞き、ぎょっとしたようにカップから手を離すマリ。なんだか可愛らしい。


 ……まぁ、実は自分より年上なんだけど。


「……」


「気にすることはないよ。大した量は使ってないから、そんなに高い物でもない」


 何か遠慮するような仕草を見せる彼女にそう促す。俺の言葉を聞いたマリは、湯気の上がるカップをもう一度眺めて、


「……夏なのに、温かいお茶はどうかと思います」


 

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