表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レジェンド・オブ・ダーク  作者: 粗茶
第一章 未知の世界
9/17

街 1

 そこかしこから威勢の良い声が聞こえてくる。

 喧騒の中、レオンは門番に渡された通行証に視線を落としていた。

 渡された羊皮紙には何やら書かれているが、見慣れぬ文字のため読むことができない。

 説明を聞いた限りでは、この通行証は一度きりのもので、街を出る際に門番に渡す必要があるとのこと。

 逆に言えば、この通行証を紛失した場合、容易に街から出られなくなる。

 尤も、レオンは転移(テレボート)の魔法が使えるため、一度行った場所であれば何処でも行き来自由なのだが……。

 レオンは通行証をまじまじと眺めては「う~ん」と、唸り声を上げる。


「予想はしていたが文字が分からないな。まぁ、言葉を理解できただけでも良しとするか。もし、言葉も通じなければ、身振り手振りで説明をする羽目になっていたからな」

「レオン様、解読の魔法で読めるのではないでしょうか?」


 フィーアに言われてレオンも(あっ!そう言えば……)と、心の中で呟いていた。

 本来であれば語学は一から学ばなければならない。しかし、幸いにもこの世界には魔法がある。文字を読むだけなら魔法で十分補うことが出来た。

 実際に読めるようになるかは不明であるが、それでも試す価値は十分にある。

 レオンは羊皮紙を片手に持ち魔法を試みた。


「[解読(ディサイファー)]」


 再び羊皮紙に視線を落とすと、今まで読めなかった文字が読めるようになっていた。

 書かれていた内容は日付と名前。そして、他国の人間であるという事だけ。実に簡単なことしか書かれていない。

 フィーアも魔法を唱えたのだろう。羊皮紙を覗き込み、吐き捨てるように呟いた。


「こんな紙切れ一枚で街に入れるとは、なんと愚かな……」

「そう言うな。我々にとっては好都合ではないか」

「も、申し訳ございません。その通りでございます」


 足を止め深々と頭を下げるフィーアに、レオンは眉間に皺を寄せる。

 今のレオンとフィーアは夫婦という間柄。それが、こんなに畏まっていては疑われるのは明白である。

 レオンは門番とのやり取りを思い出しげんなりする。本当に夫婦なのかと何度も問われ、おまけにフィーアが怒り出したりと散々であった。

 結局、最後は支配(ドミネート)の魔法で事なきを得たが、再詠唱時間(リキャストタイム)もあるため、頻繁に揉め事を起こされては対応できなくなる。


「フィーア、この街にいる間は、私のことをレオンと呼び捨てにしろ」

「何を仰っているのですか?レオン様を呼び捨てになど、できるわけがございません」

「私たちは夫婦ということになっている。妻が夫を呼ぶのにレオン様はないだろ?」

「確かに私とレオン様は、ふ、ふふ、夫婦でございます。では――だだ、旦那様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」


 顔を真っ赤にしながら(ども)るフィーアに、レオンは「旦那様?」と疑問を呈していた。


(昔の日本ではそう呼んでいた時代もあったらしいが、それだと夫と言うよりは店の主に聞こえるな。夫婦って感じがしないんだが……)


「なぜ旦那様なんだ?普通にレオンと呼んだ方がよいのではないか?」

「呼び捨てなどとんでもございません。良き妻は夫のことを旦那様と呼ぶと聞き及んでおります。そして、見送りや出迎えは三つ指をついて行うのだと」


(えぇ……。それ、いつの時代の人?(そもそも)、誰から聞いたんだ?)


「それは誰かに教わったのか?」

「教わったと言うわけではございませんが、この世界に来る前、天空城で獅子王様が仰っているのを聞いたことがございます」


(獅子王さん!あんたそんなこと言ってるから、天照(あまてらす)さんに愛想つかされるんだよ!二人が離婚した原因がなんとなく分かった気がする。天照さんも苦労したんだな。……はぁ、二人は今頃どうしているんだろ?他のみんなも無事だといいけど……)


 レオンの記憶に嘗ての仲間たちが蘇る。

 戦いの庭園(バトルガーデン)のメンバーであり、実際の夫婦でもあった獅子王と天照が離婚した記憶はまだ新しい。あの時はギルド中で大騒ぎをしたな。と、嘗ての光景を懐かしむ。

 しかし、それもほんの束の間。じっと見つめるフィーアの視線を受けて現実に立ち返った。


「うむ。やはり旦那様はないな。私の呼び方は今までと同じで構わない。無理強いしても良くないだろうからな」


(お芝居とは言え、獅子王さんの二の舞にならないとも限らない。フィーアには嫌われないようにしないとな)


「……畏まりました」


 フィーアにとって、愛する主を旦那様と呼ぶのは一つの夢であった。

 またとない機会を失い、フィーアは表情に影を落とす。

 それでも、お芝居とは言え夫婦という関係は他の従者を一歩抜きん出ている。

 常に一緒に行動できることから、これ以上ない滑り出しとも言えた。レオンの姿を見ているだけで自然と頬が綻んでくる。


 レオンはそんなフィーアを横目で見ながら、(表情がころころ変わるなぁ)と、関心を寄せていた。

 正直に言えば可愛いのである。

 それもそのはず、ナンバーズの女性は元々自分の好みに合わせて創った従者。可愛いに決まっている。

 レオンはそんなフィーアを気遣うように、人混みを避けながら、門番に聞いた場所を目指していた。


「大分歩きましたが、まだ着かないのでしょうか?」

「街全体が大きいからな。距離があるのは仕方ない」

「冒険者ギルドですか――この世界にもあるのですね」

「手っ取り早く情報を集めるなら、冒険者ギルドほど便利なものはない。尤も、私の知る冒険者ギルドと同じであればの話だがな」


 教えられた方向にひたすら歩いていると、聞いていた建物が視界に飛び込んでくる。

 頭ひとつ抜きん出たそれは決して新しいとは言えない。年季の入った木の柱は幾つもの傷を刻み長い年月を感じさせる。

 それでも手入れが行き届いているのか、それとも部分的に立て直したのか、外観は全体的に見ると綺麗であった。

 木の木目を生かした外壁が特徴的で、どこか暖かさを感じさせる造りになっている。

 レオンは迷うことなく、その建物――冒険者ギルド――の扉を叩いた。


 「カラン、カラン」と心地よい音が部屋中に響き渡る。

 扉を開け、先ず最初に視界に入ったのは、正面の大きな掲示板。そこには、所狭しと依頼と思しき張り紙が張り出され、数人の男女が真剣に吟味を重ねていた。

 視線を僅かに左に逸らすと、長いカウンターが部屋を分断するように置かれ、その奥には受付と思われる女性が数人座っている。

 誰もが退屈そうに(くつろ)ぎ、中には頬杖をついている女性までいた。

 昼時という時間帯も関係しているのだろう。冒険者ギルドの中は閑散としいて活気がない。

 初めて見る客に受付の女性は好奇の視線を送り、依頼を選んでいた冒険者も横目で様子を覗っていた。


 レオンはそれらの視線を撥ね退け、真っ直ぐにカウンターを目指す。

 頬杖をついて欠伸(あくび)をしている、少し態度の悪い受付嬢の前で立ち止まると、女性は面倒くさそうに顔を顰めた。

 他が空いているだろうと言わんばかりに、隣の受付嬢を見やる。

 それからチラリと視線を戻すが、それでもレオンが動かないことから、女性は観念したように挨拶をしてきた。


「いらっしゃいませ。今日はどのようなご要件でしょうか?」


 少し気だるそうに挨拶をする女性に、レオンは僅かに笑みを浮かべた。


(やる気が感じられないなぁ。サラリーマン時代の俺と同じで、親近感すら感じるぞ……)


 どのようなご要件も何も、見たこともない新顔が冒険者ギルドでやる事は限られている。

 それは……


「依頼を頼みたい」


 まぁ、普通は依頼を頼む客だろう。

 受付嬢もそれを予期していたのか既に用紙を取り出していた。


「では、こちらに依頼者の名前と依頼内容、期限や報酬の金額も記入してください」

「すまないが、私たちは遠い異国から来たため文字が書けない。代わりに書いてくれないか?」


 すると女性はあからさまに嫌な顔をする。

 隣の受付嬢を見るが、「担当は貴方でしょ」と、首を横に振り取り合わない。

 やむなくレオンへと視線を戻し、(わざ)と聞こえるように盛大に溜息を漏らしていた。

 余程仕事をしたくないのだろう。これには流石のレオンも苦笑いを浮かべる。

 それでも仕事はきちんとこなすようで、努めて丁寧に話しかけてきた。


「では、依頼者の名前をお伺いしてよろしいですか?」

「レオン・ガーデン」

「依頼内容を教えていただけますか?」

「近隣諸国の一般的な情報。それと、名の知れた強者の情報が欲しい」


 それは、この国の人間であれば誰でも知っていること、金を出してまで求める情報ではない。

 受付嬢も「はぁ?」と口を開け呆れるが、当のレオンは大真面目である。


(折角、金が手に入ったんだ。情報を買わない手はない。何よりこの手段が一番手っ取り早いからな)


「えっと、依頼内容はそれでよろしいのですか?」

「先ほども言ったが、私たちは遠い異国から来て間もない。何も分からないため情報が欲しい」

「なるほど……。では期限と報酬の金額はどうされますか?」


(報酬か……。冒険者ギルドに来るまでの間、道すがら買い物客を観察していたが、多くの客が銅貨で支払いをしていた。それを踏まえるなら銅貨はないな。報酬が少なければ依頼を受ける冒険者がいないかもしれない。例えいたとしても時間が掛かる恐れがある。報酬は多くしても時間は短縮したい)


「期限は明日まで。報酬は金貨1枚だ」

「金貨1枚?本当ですか?」


 訝しげに尋ねる受付嬢に、レオンは「そうか、少ないのか」と、頷き返す。


「では金貨2枚にしよう」


 目の前の女性は瞳を大きく見開き声を上げる。


「この依頼、私が受けるわ!エミー、後はよろしくね!わたし休憩時間に入るから!」

「えっ!?ちょっと、ニナずるいわよ!私だってその依頼受けたいのに!」

「何言ってるの?この人の担当を断ったエミーが悪いのよ。こういうのは早い者勝ちよ」


 ニナと呼ばれた受付嬢は同僚の女性を一瞥(いちべつ)すると、満面の笑みでレオンへと向き直った。


「こちらの依頼は、私が責任を持ってお受けいたします」

「まぁ、別に誰でも構わないが――受付が依頼を受けてもよいのか?」

「私たちも冒険者として登録をしております。問題はございません」

「そうか、ならばお願いしよう」

「はい。ここは人目がありますので、お部屋の方にご案内いたします」


 ニナはそそくさとカウンターを出ると、奥の部屋へと二人を案内する。

 レオンにとっても直ぐに情報を貰えるのは渡りに舟、断る理由は何処にもない。

 報酬も所詮は他人から奪ったもの、どれだけ無くなろうと痛くもなかった。

 奥の部屋に入ると、其処にあるのは簡素な机と椅子だけ、調度品の類は何もなく、人が数人入るのがやっとの空間であった。

 少人数用の談話室であろうその場所は、防音になっているのか扉は重い。

 促されるまま椅子に腰を落とすと、机を挟んだ反対側にニナが座り、レオンとフィーアを交互に見て口を開く。


「先ずは自己紹介をしましょう。私はニナ・エムス、よろしくお願いしますね」

「私はレオン・ガーデン。隣に座るのは妻のフィーア・ガーデンだ。よろしく頼む」

「こちらこそ、では何から教えましょうか?」

「先ず、この国や近隣諸国のことを教えて欲しい」


 ニナはレオンの言葉に二つ返事で了承すると、ゆっくりと、そして丁寧に話し始めた。

 これは報酬が高額であることから、彼女なりの配慮である。


「この国はアスタエル王国、この街は東にあるメチルの街です。この国は貴族制で――」


 それから様々な情報を教えてもらうが、結局のところレオンの一番知りたかった情報は何もない。

 名の知れた強者の中に、プレイヤーがいるのでは?と、思っていたのだが、その(ことごと)くがプレイヤーではなかった。

 何年も前から知られているという時点で、プレイヤーの可能性は皆無である。

 プレイヤーであるならば、レオンと同時期にこの世界に来たはず。何年も前から知られているはずがないのだから……。

 考え込むレオンに、ニナが心配そうに覗き込む。

 尤も、心配なのは報酬を全額貰えるのか、その一点に尽きた。

 情報不足であれば、知りうる情報を幾らでも話そうと身を乗り出していた。


「どうでしたか?」

「ん?あぁ、分かりやすい説明だった。感謝する」

「良かったです」


 そう言うとニナは両手を広げて差し出した。その分かりやすい仕草にレオンも直ぐに気が付く。

 マントの下に手を入れ、懐から取り出したかのように金貨を2枚手に出した。

 その金貨を机の上に置くと、ニナは満面の笑みでそれを受け取った。


「これで依頼は終わりだな」

「はい。ありがとうございます」


 立ち上がろうとするニナをレオンは手で静止した。

 「はい?」と、不思議そうに首を傾げるニナに話しかける。


「その前に一つ訪ねたいことがある。他国の人間でも冒険者になれるのか?」

「勿論なれます」

「そうか、冒険者になれるのか……」

「もしかして冒険者になりたいのですか?」

「いや、知り合いがいるかもしれないと思ってな」

「知り合いですか?」

「あぁ、探しているのだが、何処にいるのか見当もつかない」

「それこそ――いえ、何でもないです……」


 ニナは、それこそ依頼を出されたらよろしいのでは?と、言いかけてやめた。

 何処に居るかも知れない人物を探すのは容易ではない。膨大な時間を要するため、引き受ける冒険者は皆無、依頼を出しても意味がないからだ。 


 レオンもまた依頼を出しても無駄だろうと思っていた。

 外見は変装や魔法で幾らでも偽ることができる。それを踏まえるなら、自分で直接探すしかないと。


「ニナ、冒険者の登録リストを見せてもらえるか?」

「流石にそれは無理です。関係者以外は見ることができません」


(だよな……。まぁ、いいか。見たところで偽名を使っている恐れもある。名前をそのまま信じるのも危険だしな。俺なら看破の魔法も使える。やはりこの目で直接確認するしかないか)


「無理を言ったな。忘れてくれ」

「はい。また依頼がありましたら私までお願いします」

「うむ。その時はまた頼む」


 レオンは鷹揚に頷くと椅子から立ち上がり、それに(なら)うようにフィーアも部屋を後にした。

 ニナは冒険者ギルドから立ち去る二人を見送ると、所定の場所に腰を落とす。

 その様子を同僚のエミーが恨めしそうに見つめていた。

 無言の圧に耐えかねたニナが肩を(すく)める。


「なに?言いたいことがあるなら言いなさいよ?」

「いいわね。金貨2枚」


 ジト目でそう告げるエミーに、ニナは「ふふん」と、得意げに金貨を2枚取り出した。


「さっき手伝っていれば、美味しい食事でも(おご)ってあげたんだけどなぁ~」

「ぐっ!悔しい。あの客が私の前に来ていれば……」

「そう落ち込まない。あの客また来るかもしれないじゃない」

「そ、そうよね」


 エミーの声が高くなる。今度来た時は自分が美味しい思いをしようと妄想を膨らませた。

 しかし、ニナに抜かりはない。依頼は自分のところへと声はかけている。次もあるなら間違いなくニナが担当になるだろう。


「ねぇニナ、あの羽振りの良かった人って独身?」

「エミーあの人のこと狙ってるの?残念だけど既婚者よ。一緒にいた人が奥さんみたい」

「結婚してるのか……。金持ちは女作るの早いわねぇ」

「でも、夫婦って感じがしないのよね。自分の夫のことをレオン様って呼んでたし」

「なにそれ?夫に敬称を付けて呼んでるの?」

「何でも屋敷に仕えていた使用人で、その時の癖で今でもレオン様って呼んでるみたい」

「屋敷に仕えていた使用人?やっぱり何処かの豪商かしら?金持ちの旦那を捕まえるなんて羨ましい」

「う~ん。それにしては話し方が一々偉そうなのよね。商人と言うよりは貴族って感じかしら」

「金持ちの貴族か――この国の貴族は(ろく)なのがいないからな……」

「でも、あの人は遠い異国の人だし、どうなんだろ?話してる分にはまともそうに思えたけど」

「どこの国の人?」

「教えてくれなかったわ。内密な旅だからって」

「ふ~ん……」


 エミーはやる事もなく、だらんと体をカウンターに預ける。

 部屋には受付嬢以外誰もいない。先程までいた冒険者も、既に依頼を受けて冒険者ギルドを後にしていた。

 冒険者がいなくなり人目がなくなると、他の受付嬢も読書をしたり、裁縫をしたりと、思い思いに過ごしていた。

 静まり返った部屋には、いつしか寝息が聞こえてくる。

 エミーが隣に視線を移すと、ニナはカウンターに突っ伏し、気持ちよさそうに寝息を立てている。

 ニナの頬を指先でつつくが起きる気配がまるでない。


(これだけ神経が図太ければ、将来大物になるわね……)


 すやすやと寝息を立てる同僚を、エミーはいつまでも微笑ましく眺めていた。




 冒険者ギルドを後にしたレオンとフィーアは賑やかな繁華街を歩いていた。

 大通りは人で溢れ、道行く人々は店の軒先で足を止めては商品を吟味している。

 所狭しと屋台も並び、香ばしい匂いや、甘い匂いが漂っていた。


「レオン様、これからどちらに?」

「この世界独自のアイテムが気になる。店に並んでいる商品を調べるぞ」


 フィーアは無言で頷くと、レオンの後ろについて歩く。

 二人は店先で足を止め、乱雑に置かれた商品に手を伸ばした。

 どれもが初めて見るアイテムであるが、鑑定をすると、そのレベルの低さにレオンは顔を(しか)め、フィーアもゴミを見るように表情が無くなる。

 見るからに(ろく)なアイテムが置かれていないことから、堪らずレオンが心の内で愚痴を零す。


(この世界にはレベルの低いアイテムしかないのか?ガラクタばかりじゃないか……)


 次々と商品を鑑定していくが、アイテムとしてのレベルは10以下――中にはレベル20前後のアイテムもあったが、法外な金額が書かれていた。

 レベル20のアイテムに支払う金額ではない。

 武器や防具はどれも低い数値で特殊効果は何もない。回復アイテムは僅かな効果で即効性に欠けていた。

 こんな物を誰が買うんだと思わず毒を吐きたくなる。

 だが、実際に買う客もちらほら見ているため、これがこの世界の一般的なアイテムなのかと納得する他なかった。

 店の商品をある程度鑑定し終えると、フィーアがどうしたものかとレオンに尋ねる。


「レオン様、次の店に行かれますか?」

「いや、もう必要ない。これ以上は時間の無駄だ」


 周囲の店を見てレオンは言い切る。

 軒先には同じように武器や防具が並んでいたが、ここと似通ったものしか置かれておらず、他の店を覗いても結果は目に見えていた。


「これから如何いたしましょうか?」

「そうだな。そこら辺の屋台で何か買ってみるか、この世界の食べ物はどんな味がするのか興味がある。フィーアも食べてみないか?」

「いえ、私は結構でございます」

「そうか……」


(俺だけ食べるのは少し申し訳ない気もするが――まぁ、好き嫌いもあるだろうし、無理強いはできないか)


 肉を焼く匂いに誘われ、レオンは一つの屋台に目星を付ける。

 そこには、串に刺された肉を一心不乱に焼く店主の姿があった。絶妙なタイミングで肉を返す手捌きは名人芸と言えよう。

 肉は美味しそうな油を(したた)らせながら焦げ目を作っていき、炭に落ちた油が煙と共に香り付けをしている。

 その香りに吸い寄せられるように、道行く人が屋台に群がっていた。 

 早速レオンも注文を試みる。


「店主、この肉を一つくれないか?」

「銅貨1枚だよ!」


 威勢の良い声が響き渡る。レオンが銅貨を渡すと、店主は慣れた手つきで素早く肉を差し出した。

 表面がカリカリに焼けた肉は、油が滲み出て見るからに美味しそうである。


 レオンは堪らず、歩きながら肉に(かじ)りついた。

 しかし、その表情は咀嚼(そしゃく)する度に険しくなる。噛めば噛むほど肉の臭みが口の中に広がり、吐き気を覚えて思わず口を手で覆った。


(不味い……。なんだこの獣臭さは。香辛料や味付け、焼き加減は最高なのに、それを素材の肉が全部台無しにしている)


 他の客の様子を覗うと、みな一様に美味しそうに頬張り、誰一人嫌な顔をしていない。

 その驚愕の事実にレオンは肩を落とす。


(この世界では肉の臭みは当たり前なのか……。店主には悪いがこの肉は食べられない)


 レオンは肉を捨てる場所がないか辺りを見渡すと、フィーアが物欲しそうにこちらを見ているのに気付いた。

 手元の串肉をジッと見つめて視線を外そうとしない。


「フィーアも食べたいのか?美味しくないが――そんなに食べたいならもう一つ買ってこようか?」

「い、いえ、レオン様はその肉をどうなさるのかと思いまして」

「私はもう食べないから捨てるつもりでいる。だが、ゴミ箱らしき物が見当たらなくてな」

「では、私にいただけないでしょうか?」

「食べたいなら新しく買ってやるぞ?」

「そうではございません、それをいただきたいのです」

「ん?まぁ、捨てるのも勿体無いか。これで良いのであればお前にやろう。それと、愚者の指輪(リング・オブ・フール)は外す必要はない。あれは飲食不要になるアイテムだが、食事ができなくなるわけではないからな」

「畏まりました。それではいただきます」


 フィーアは串肉を受け取り、レオンが齧り付いた場所を真剣な眼差しで見つめる。

 喉をゴクリと鳴らして同じ場所に齧り付き――フィーアの唇は空をきった。

 串肉はレオンが齧り付いた肉だけが、串ごと切り落とされなくなっている。

 僅かに視線を逸らすと、口をもごもごと動かすヒュンフがレオンの影に溶け込んでいた。

 こうなると犯人は一人しかしない。


「レオン様!ヒュンフが、ヒュンフがレオン様のお肉を横取りいたしました。許しがたい行為です!」


(えっ?肉がなんだって?)


 切実に訴えるフィーアに、レオンが串肉を確認する。

 確かに上の肉が一つ無くなってはいるが、その下にはまだ肉の塊が幾つも刺さっていた。


「肉の一つくらいよいではないか。他にも肉が刺さっているだろう、もっと食べたければ新しいのを買ってやる。そんなに落ち込むな」

「そういうことではないのです……」


 フィーアはそう呟くと、大事な部分がなくなった串肉を悲しげに見つめ、残りの肉に僅かに齧り付いた。

 その口からボソリと言葉が漏れる。


「美味しくない……」

「だからそう言っただろ?無理に食べることはない」


 それでもフィーアは首を横に振り、黙々と食べ続ける。

 自ら欲したことによる使命感であろうか。鬼気迫る表情に、何処か執念のようなものさえ感じられる。

 レオンはフィーアを止めることもできず、ただ静かに見守ることしかできなかった。


 空はいつしか茜色に染まり、街には長い影が伸びる。

 レオンは沈みかける夕日を眺めながら、大通りをゆっくりと歩いていた。

 日が暮れてからは商売をしないのだろう。通りに面した店では早くも店仕舞いの準備をしている。

 家路を急ぐ住民たちは、足早に路地裏へ消えていき、人影は見る間に(まば)らになっていく。

 それを見越したかのように空の色も変わり、街は黒一色に染まっていった。

 通りに設置された魔道具(マジックアイテム)(ほの)かな光を放つが、その微々たる光では全てを照らすことはできない。

 所々が闇に閉ざされた夜道を、レオンは新鮮な気分で堪能していた。

 冷たくなった空気が肌に心地よく、空には漆黒の闇を彩るように、満点の星が輝いている。

 都会では見ることのできない光景に、レオンは足を止めて夜空を見上げた。 


(星を見なくなったのはいつからだろう……。中学、高校?少なくとも就職をしてからは、空を見上げることなんてなかった気がする)


「暗い夜道も悪くないな」 

「ですが、これで街の治安を守れると思っているのでしょうか?」


 レオンは路地裏に目を凝らし肩を竦めた。

 そこは明かり一つなく、全てが闇に飲み込まれている。


「それは無理だろう。路地裏には明かり一つ無い。衛兵が巡回しているようだが、この街の全てを見て回るには人数が少ない様に見える」


 レオンの知る現代においても犯罪は無くならない。

 夜道は街灯に照らされ、至るところに監視カメラが備え付けられても尚、当たり前のように犯罪は起こっている。

 それを考慮するなら、この街では犯罪が横行していてもおかしくないと思えた。

 レオンの言葉を聞いたフィーアは苦言を呈す。


「このような街にいつまでも滞在するのは危険かと。レオン様を狙う人間がいるやもしれません」

「別によいではないか?身包み剥いで抹殺すればよい。蘇生実験の検体として回収するのも悪くない。犯罪を犯すような人間なら、さぞ恨みを買っているだろう。消えてもさほど不思議ではないからな。恐らく大きな騒ぎになることもないだろ」

「ですが、もし万が一にもお怪我をされては一大事です」

「対策はしてある。私が怪我をすることはない」

「それなら良いのですが……」


 フィーアとてレオンの強大な力は認識している。

 この世界の人間に襲われたところで無傷であろうことも。

 それでも、大切な主が襲われているところを、誰が見たいと思うだろうか。

 その真意を悟ってもらえず、フィーアは深い溜息を漏らした。


 夜の大通りを歩いていると、二頭立ての豪奢な馬車がゆっくりと近づいてきた。

 御者は手綱を握りながら器用にランタンを持ち、何かを物色するように周囲を見渡している。

 その様子は人を探しているようにも見えるが、何処か不審な感じがした。

 違和感を覚えつつ、そのまま馬車をやり過ごそうと歩いていると、馬車はレオンの横で止まり、御者の男が口を開く。


「見ない顔ですね。旅の人ですか?」


 レオンは不意に話しかけられ戸惑うも、何も答えないのは失礼に当たる。

 馬車は外観から恐らく貴族のもの。無視をして騒ぎになりでもしたら目も当てられない。


「あぁ、各国を旅して回っている」

「そうですか、羨ましいですね。夜は危険ですので気をつけてください」

「そうか、気遣い感謝する」

「では、良い旅を」


 御者は笑顔でそう告げると馬を走らせた。

 馬車の小窓に掛かるカーテンが揺れ動き、微かに視線を感じたが、それは一瞬のこと。

 その時は気にも止めなかった。




 レオンらと別れた馬車では、30代と思しき男が甲高い笑い声を上げていた。

 御者席に繋がる小窓を開け、嬉しそうに御者に話しかける。


「ビストール、今度の女も中々綺麗ではないか?今ある玩具(おもちゃ)はもう壊れかけているし、交換するには丁度良いだろ」

「シリウス様、もうお止めになりませんか……。お父上がご存命であれば、きっと悲しまれております」

「黙れ!貴様は誰のお陰で今の生活ができると思っている!大恩ある我が公爵家に逆らうと言うのか!」

「それは……」

「ふん!いつも通り男は殺して女は(さら)ってこい!」

「……畏まりました」


 ビストールは頷くことしかできない。孤児だった自分を助けてくれた恩を返すためにも。

 それが間違っていると分かっていても、ビストールにはどうすることもできなかった……


 屋敷に戻ったシリウスは、久し振りに玩具(おもちゃ)を寝室に呼び寄せた。

 それは若いメイドの少女。僅かな明かりが灯された寝室で、少女はシリウスの人形となる。

 逆らうことも泣き叫ぶことも許されない。ただ感情の持たぬ人形として扱われる。


「脱げ。お前の醜い体を(さら)して見せろ」


 少女は言われるがままメイド服を脱ぎ去る。

 顕になったのは白い肌ではない。至るところにアザがある赤黒い肌。

 酷い暴行を受けたであろうその肌は、所々が醜く腫れあがり、鞭で叩かれたようなミミズ腫れが全身を覆っている。

 シリウスは少女の全身を舐め回すように見ると、


「いつも通りだ。上手くやれなかったら――分かるな?」


 その言葉に少女の体が小刻みに震えた。

 少しでも不快にさせたら、待っているのは拷問という名の遊び。

 少女は震える唇で言葉を紡ぐ。


「ご奉仕させていただきます」


 ベッドに横になるシリウスに覆い被さり、その後は一心不乱に体を動かした。

 喜んでもらうため、自らの命が少しでも永らえるために……




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ