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レジェンド・オブ・ダーク  作者: 粗茶
第一章 未知の世界
8/17

旅立ち

 真っ直ぐに伸びる街道を二人の男女が歩いていた。

 一人は何処にでもいるような黒髪の男。紺色のマントを羽織っただけの軽装で武器は何も持っていない。

 もう一人は青い髪の見目麗しい女。男同様、紺色のマントを羽織り手には金属の杖を持っていた。

 女は男の直ぐ後ろを寄り添うように歩き、傍から見れば仲の良い兄妹や夫婦のようにも見える。

 まだ陽は昇ったばかりで気温は低く、朝露で濡れた草木は陽の光を受けて光り輝いていた。

 女は白い息を吐きながら男に尋ねる。


「レオン様、飛行(フライ)の魔法で街まで飛ばれないのですか?」

「久し振りの外だからな。歩いて移動する。それよりフィーア、以前装備を渡した時にも言ったが、状態異常を防ぐアルテミスの指輪リング・オブ・アルテミスだけは破壊されるなよ」


 女はそれに大きく頷き深々と頭を下げた。


「はい。十分注意いたします」


 街道を歩くのはレオンとフィーアであった。

 二人は旅人を装うため、敢えて汚れの目立たない紺色のマントを羽織っていた。

 人目を引かぬよう最善の注意を図った結果、二人ともレベルの低い装備品を身に纏っている。

 フィーアは自分が握り締める金属の杖を見て顔を顰めた。

 そこには普段身につけている豪奢な杖はない。いま手にしているのは所々傷ついた見窄らしい金属の杖、魔法の威力を高める効果もなければ攻撃力も高くない。ただ丈夫だけが取り柄の杖であった。


「はぁ~、このような見窄らしい格好をしなければならないなんて……」


 後方から聞こえるフィーアの声にレオンは苦笑いを浮かべる。


「この世界の人間は総じてレベルが低いらしいからな。目立たないためにも装備品のレベルは抑えなければならない。レベル100のアイテムを装備していては、直ぐにプレイヤーだと気付かれてしまう」

「その情報は何処から入手したのでしょうか?」

「ガリレオだ。身に付けている装備品から、この世界の住民はレベルが低いと判断したらしい。いま身につけているマントもガリレオに選んでもらったものだ」


 それを聞いたフィーアは小さく舌打ちをする。

 レオンに視線を移せば、身に纏うのは見窄らしい紺のマント。フィーア自身がそのマントを身に纏うのに然したる問題はない。

 しかし、偉大な主がそれを身に纏うのは、フィーアにとって屈辱以外のなにものでもなかった。


(私は兎も角、レオン様に見窄らしい格好をさせるなんて……。ガリレオは後でお仕置きね)


「お言葉ですが、レオン様に見窄らしいマントは相応しくないかと」

「そうか?もしかして私と同じマントは嫌だったか?」

「えっ?いや、そういう訳ではございませんが……」


 大好きな主と同じ物を身につけているのに嫌なわけがない。寧ろその逆、嬉しいに決まっている。


「うむ。ならこのマントで問題ないな」

「は、はい……」


 フィーアは反論もできず頷くことしかできなかった。

 よく考えればレオンとお揃い、それほど悪いことではない。寧ろ自慢話ができるというものだ。その様子を思い浮かべ思わず頬が緩んでしまう。

 レオンは嬉しそうなフィーアを肩越しに眺めながら微笑み返した。

 何がそんなに嬉しいのか分からないが、機嫌が良いのは何よりである。これがムスっと不機嫌な人間と一緒であれば、此方まで気が重くなってしまう。

 街までの道程は長い、一緒に行動するなら誰だって笑顔の同行者がいいに決まっている。


(よく分からないがフィーアが楽しそうで何よりだ。後は街についた時にボロが出ないように話しを合わせないとな)


「フィーア、旅の目的を今のうちに決めでおこう。街に入る際に聞かれるかもしれない。辻褄が合うように話を合わせる必要がある」

「全てはレオン様の御心のままに」


 フィーアの言葉を聞いてレオンは眉間に皺を寄せた。


(それは俺一人で決めろってことか……。まぁ、別にいいんだけどさ。俺の考えた設定が上手くいくとは限らないし、ちょっと憂鬱だな……)


 レオンからしてみれば、こう言う決め事は複数の意見を聞いてから決めたかった。みんなで意見を出し合い内容の幅を広げたいと言うのもあるが、一番の目的は責任を分散することにある。

 自分一人に全ての責任を押し付けられるのを嫌ってのことであった。


「それでは、私たちは知り合いを探して旅をしていることにしよう。(あなが)ち嘘でもないしな」

「よろしいかと存じます」

「うむ。では、私たちは遠い異国の地から来たことにする。それであれば、この国の文化や習慣が分からずとも怪しまれることもないだろう」

「畏まりました」

「後は私たちの関係だな。遠い異国で一緒に旅をする仲だ。一番怪しまれないのは家族だが、髪の色が違うため兄妹では無理がある。私たちは夫婦ということにしておこう」

「……………」


 返事がないことにレオンが後ろを振り返ると、フィーアは足を止め瞳を大きく見開いていた。体を小刻みに震わせ何かを言おうと口を開くが、肝心の言葉は聞こえてこない。

 フィーアの尋常ならざる様子にレオンも焦る。


(もしかして嫌だったのか?よく考えたらそうだよな。芝居とは言え、いきなり夫婦なんて言われたら誰だって嫌に決まっている)


「あぁ、すまない。今のは忘れてくれ。夫婦はちょっと不味かったな」


 止まった時が動いたかのように、途端にフィーアが詰め寄った。


「不味くありません!ふ、ふふ、夫婦でいいではありませんか!」

「えっ?だって嫌だろう?」

「い、嫌ではございません!」


(ども)ってるし、嫌そうにしか聞こえないぞ……)


「お前がよいのであればそうしよう。では、私たちは夫婦という設定にする」

「はい。とても素晴らしい設定でございます」

「後は家族構成やどんなところに住んでいたかなど、細かなことを決めなくてはならないが……。まぁ、それは歩きながらゆっくり考えるか」


 そう言って歩き出すレオンの横にフィーアが並ぶ。

 横目でチラリと様子を窺えば、それに応えるようにフィーアは微笑み返してきた。


(夫婦か、芝居だと分かっていてもなんか照れくさいな。これは手くらい握ってもいいのだろうか……)


 緊張しながらフィーアの手を軽く握ると、フィーアもまた同じ力で握り返してくる。その柔らかな手の感触にレオンは有頂天になる。

 いつしか互いの腕が密着し、吐息が聞こえるほどすぐ真横にフィーアの顔が近づいていた。

 肩を寄せ合い歩いていると、二人の間を突如、漆黒の矢が通り過ぎていく。

 恐らく何らかのスキルであろうが、それはまるで嫉妬や絶望、有りと有らゆる負の感情を纏った禍々しい増悪の塊に見えた。それが遥か彼方に消えるのを見て二人は呆然となる。

 矢の飛んできた後方を振り返ると、そこには街道の真ん中で弓を握り締め、ギリギリと歯ぎしりをするヒュンフの姿があった。

 目は血走り明らかに殺意や敵意が向けられている。

 数秒後、矢の飛び去った遠くから爆音が響いてくる中、ヒュンフは親の敵でも見るようにレオン――フィーア――を睨んでいた。


(やっべぇよ!そりゃ怒るよな!俺のやってることは傍から見たらセクハラだもの!部下にセクハラするセクハラ上司と変わらないもの!)


 ヒュンフはレオン――フィーア――を睨んで怒声を張り上げた。


「どういうつもりだぁああああ!!貴様の行動は殺されても文句は言えないぞ!分かっているのかぁああああ!!」


(いや、全くごもっとも。ほんとに申し訳ない。セクハラ上司で申し訳ない……)


 だが激怒しているのはヒュンフだけではない。レオンとの一時を邪魔をされたフィーアもまた、怒りの形相で負けじと睨み返していた。


「どういうつもりなのかしら?レオン様に薄汚い矢が当たったら、あなた責任を取れるの?」

「私がレオン様に当てるわけがないだろ?まぁ最も、お前には当たるかもしれないがな」

「そう、それはレオン様に対する反逆と見ていいのかしら?」

巫山戯(ふざけ)るなよ!私はレオン様に密着するお前を引き離そうとしただけだ!」

「……はぁ、分かったわ」


 途端にフィーアが魔法を唱え始めた。


「[多重障壁マルチプレックスシールド]」

「[魔法障壁(マジックシールド)]」

「[反射の盾(リフレクターシールド)]」

「[肉体強化(フィジカルブースト)]」

「[魔法強化(マジックブースト)]」

「[肉体再生(リジェネーター)]」

「[聖域(サンクチュアリ)]」

「死になさい![聖なる閃光(ホーリーレイ)]」


 フィーアの手から一筋の光が放たれた。

 光は大きさを増しながらヒュンフの居た場所を正確に貫き彼方に消える。

 しかし、其処には既にヒュンフの姿はない。不意にフィーアの背後から声が聞こえてくる。


「〈次元移動(ディメンシュンムーブ)〉」

「〈暗殺(アサシネーション)〉」


 スキルで背後に回り込んだヒュンフの手には、アポイタカラで作られた最高硬度の短刀が握り締められていた。

 瞬時に振り下ろされた短刀によって、フィーアに掛けられた多重障壁が薄氷を割る様に音を立てながら崩れていく。

 その様子にフィーアが思わず舌打ちをした。


「ちっ![完璧な盾(パーフェクトシールド)]」


 突如現れた強固な盾に、ヒュンフの短刀が甲高い音を響かせ弾かれた。

 ヒュンフは素早く距離をとりながら崩れた体勢を立て直し身構える。そして蔑むように言葉を放った。


完璧な盾(パーフェクトシールド)再詠唱時間(リキャストタイム)が長い。暗殺アサシネーションに合わせて使うとは愚かとしか言い様がないな」

「はぁ?怪我人に言われたくないわね。回復手段を持っていないなんて、本当に可哀想」


 フィーアの言葉通り、短刀を握り締めたヒュンフの右手からは、(おびただ)しい量の血が流れ落ちていた。

 反射の盾(リフレクターシールド)で受けたダメージだが、見た目よりは傷は浅く行動に支障はない。

 そのためヒュンフは鼻で笑う。


「ふん!攻撃手段に乏しいお前が、私を殺せると思っているのか?」

「あら、私が貴方に勝てないとでも?長期戦になったら間違いなく私が勝つわよ」


 言葉を交わしながら、二人は油断なく互いの出方を覗っていた。

 レオンはその様子に、口をポカンと開けながら呆然と立ち尽くす。


(お前たちなにやってんだぁあああ!?全く意味が分からん。俺が玉座の間で言ったことを理解してないのか?(そもそも)、なんで戦っている?俺が悪いのか?俺のセクハラが元凶なのか?)


「馬鹿者!!何を勝手に戦っている!私が玉座の間で言ったことを忘れたのか!」

「しかしレオン様!ヒュンフはレオン様に矢を放ちました!許しがたい反逆行為です!」

「私がレオン様を狙ったかのように言うな!私はお前をレオン様から引き離そうとしただけ!レオン様を狙うわけがないだろ!」


 2人は互いに睨み合い視線を外すことはない。

 今にも相手に襲いかかろうとしていた。


(つまりあれか?ヒュンフは俺がセクハラをしているから、フィーアと引き離そうと矢を放ったわけだ。それをフィーアは俺を攻撃したと思い込み、ヒュンフが謀反を起こしたと勘違いしていると。はぁ……、まいったな。身勝手に異性の手を握るのは立派なセクハラだ。どう考えても全ての元凶は俺じゃないか……)


「いいから落ち着け!悪いのは私だ!お前たちが争うのは間違っている!」

「レオン様が悪い?何を仰っているのですか!悪いのはヒュンフです!」

「何を言っている!悪いのはフィーアだろ!」


(はぁ、(らち)が明かない。だが、いい加減に止めないと不味いな。蘇生実験もしていないのに、いま死なれたら本当に困る)


「いい加減にしろ!!私の言葉は絶対だ!これ以上続けるなら、私が力尽くで止めるぞ!」


 レオンの怒声に、フィーアとヒュンフは互いに視線を外した。


「も、申し訳ございません」

「お許しください」


 深々と頭を下げて謝罪する二人にレオンは首を傾げる。


(あれ?なんか違うな?謝るのは俺のはずなんだが……。まぁ、いいか。それよりも、今は二人の仲直りが先決だな)


「よし、では二人とも仲直りの握手をしろ。それでお前たちの争いは見なかったことにする」

「畏まりました!!」


 二人は返事をすると、互いに歩み寄り笑顔で握手を交わした。

 しかし、その表情とは裏腹に、手には尋常ならざる力が込められていた。

 純粋な筋力はヒュンフが上であるが、今のフィーアは肉体強化(フィジカルブースト)で身体能力を強化している。 結果、互いの力は拮抗し、ミシミシと骨が軋む音が聞こえていた。遂にはゴキっと骨が折れる音まで聞こえてくる。

 それでも互いに笑顔は崩さない。暫くすると何事もないかのように同時に手を離した。

 レオンは少し離れた場所から眺めていたため、互いの骨が折れる音までは聞こえていない。笑顔で握手を交わす二人の様子に、ほっと胸を撫で下ろしていた。


(大事にならなくて本当によかった。仲直りもできたことだし、これで一安心だな)


 レオンは二人に歩み寄り、ヒュンフの前に(おもむ)ろに手を(かざ)した。


「旅を続ける前に、ヒュンフの傷を癒す必要があるな。[回復(ヒーリング)]」


 瞬く間に傷はなくなり、握手で折れた骨も綺麗に治っていく。

 一方のフィーアは、事前に唱えていた肉体再生(リジェネーター)の魔法で既に傷は完治していた。

 長期戦になったら間違いなく勝つと言ったフィーアの言葉は(あなが)ち間違いではない。

 尤も、ヒュンフとてそれを理解している。もし、あのまま戦闘が続けられていたら、恐らく強力なスキルで早々に決着をつけていたに違いない。

 序盤に完璧な盾(パーフェクトシールド)を使わせた時点で、ヒュンフの勝ちは確定していたと言っても過言ではなかった。


 レオンはヒュンフの衣服を見て顔を顰める。そこにはべっとりと血液が付着し赤く染まっていた。


「ついでに衣服も綺麗にしておこう。[洗浄(ウォッシュ)]」


 付着していた血液が瞬時に消え失せる。

 綺麗になった衣服を見て、ヒュンフは直ぐに頭を下げた。


「レオン様ありがとうございます」

「よい。そんなことより痛くはないか?」

「はっ!もう痛みはございません」

「そうか。ところで、ヒュンフは痛くても戦えるのか?」

「痛みなど我慢すれば良いだけ、戦闘に支障はございません」

「そ、そうか、我慢か。フィーアも痛みは感じるのだろう。お前も問題なく戦えるのか?」

「当然でございます。痛み程度で戦えぬ者など、レオン様の従者には誰一人としておりません」

「……と、当然だな。つまらぬ事を聞いた。忘れてくれ」


(えぇ……、痛みに耐えるとか凄すぎない?我慢強いにも程があるだろ……)


 レオンは気を取り直し二人を見据えた。

 今後の争いを避けるためにも今回の件は叱らなければならない。内心溜息を吐きながら重い口を開いた。


「よく聞け!お前たちナンバーズは従者の手本となるべき存在!それが身内で争いなど、恥ずかしいと思え!」

「レオン様のご不快はごもっとも。どうか我々に罰をお与えください」

「私もこの首を差し出す覚悟はできております」


 フィーアとヒュンフの言葉にレオンは盛大に顔を顰める。


(阿呆かぁああ!!どうして直ぐに自殺したがるんだ!首なんて欲しいわけないだろ!)


「私が先ほど言った言葉を覚えていないのか?今回の争いは見なかったことにすると言ったはずだ。当然、罪には問わない。先ずは自分の立場を(わきま)え反省しろ!」

「……畏まりました」


 顔を伏せ、見るからに落ち込む二人に、レオンは肩を落とす。 


(抑、全ての元凶は俺だ。二人に罰を与えるのは間違っている。かと言って、俺が謝る雰囲気でもないんだよな……。取り敢えず街に行くか、立ち止まっていても埒が明かない)


「では、旅を続けるぞ」

「はっ!」


 レオンの言葉に二人は頷き、ヒュンフは再び姿を消した。

 歩き出すレオンの後方を、フィーアが寄り添うように後を追う。叱られたことが余程堪えているのか、神妙な面持ちで笑顔はない。

 その様子にレオンは眉間に皺を寄せる。


(反省しろとは言ったけど空気が重いな。そう言えば、まだ二人の関係について詳細な打ち合わせをしていない。気は重いが話しかけてみるか……)


「フィーア、私たちの関係だが――」


 それからは二人の関係について詳細な打ち合わせを行い話を詰めていった。

 尤も、レオンが一方的に話をし、それにフィーアが頷くだけである。反論が出る訳もなく僅かな時間で話し合いは終わる。だが、その過程――結婚までの経緯や夫婦生活の話――でフィーアに笑みが戻ったことがレオンにとっては何よりであった。

 恐らく自分の将来のことを思い、まだ見ぬ男性に思いを馳せているに違いない。それを思うとレオンは居た堪れなくなる。お芝居とは言え相手が自分で申し訳ないと。

 全て話し終えると忘れないように頭の中で反芻する。

 フィーアも同じことをしているのだろう。肩越しに後方をちらりと見ると、フィーアが小声で何かを呟きながら歩いている。時折見せる口元の歪みが気にはなるが、敢えて訪ねたりはしない。

 それは夫婦と言う設定に未だ納得していない抵抗の現れ、レオンから見れば分かりきったことである。

 だからと言って、夫婦以外に良い設定が思い浮かばないのも事実。結局のところ、フィーアには我慢してもらうしかないのだから。


 それから二人は黙々と歩いた。辺りには何もない草原が広がり、魔物の一匹すら出てこない。

 本来であれば退屈な光景だが今のレオンは違っていた。

 半年振りの外は見るもの全てが新鮮、景色を眺めて歩いているだけでも退屈はしない。

 時には街道に生えている雑草を抜き、まじまじと眺めては鑑定をしている。

 そんな楽しい一時も束の間、レオンは不意にその足を止めた。

 遠くに目を凝らし一点を見つめる。 


「あれは馬車か?」

「どうやらそのようです」


 歩みを進め近づくと、はっきりとその様子が見えてくる。

 馬車は街道の端に横倒しになり粉々に破壊されていた。

 馬は息絶え、散乱した馬車の瓦礫に混じり多くの人間が倒れている。

 恐らく荷台に乗せていた荷物であろう。大量の穀物が周囲に散らばり足の踏み場もない。

 瓦礫や穀物を踏み越え、倒れている人間に近づくが、誰一人としてピクリとも動かず呼吸音もしない。

 よく見れば、馬車の破片が深々と体に突き刺さり顔から血の気は失せている。

 もう既に命の灯火は消え失せていた。


「酷い有様だな」


 倒れている人間からは、いまだ血液が流れ出ている。

 それが、死後それほど時間が経っていないことを表していた。

 倒れている死体は全部で7体。箇所は違うが、どれも馬車の破片と思しきものが突き刺さり絶命している。

 これほど多くの死体に直面するのは、レオンにとって初めての経験。

 しかし、レオンに動揺した様子はない。落ち着き払い周囲――()いては自分――の状況を冷静に確認していた。


(魔物に襲われたか?いや、この状況だと馬車で何かが爆発したのかもしれない。それにしても、これだけの死体を見ても何も感じないとは。スキルを取得したことで、幾つかの感情を失った弊害か……)


 レオンも自分の変化には薄々気が付いていた。

 何気ない普段の生活では分からないが、今回のような非日常の下では、それをまざまざと思い知らされる。

 だが、これも自らが選んだこと、レオンに後悔はない。

 同じように死体を眺めていたフィーアが不思議そうに首を傾げていた。

 その様子にレオンは訝しげに尋ねる。


「どうかしたのか?」

「レオン様、この人間は再復活(リスポーン)しないのでしょうか?」


 フィーアにはレジェンド・オブ・ダークの知識しかない。

 ゲームの世界では、プレイヤーや従者が死んだ場合、死体は60秒その場に放置される。

 そして、その60秒の間に蘇生されなければ、自動的に拠点で再復活(リスポーン)する仕組みになっていた。

 (ゆえ)に、人間の死体が放置されていることが不思議でならない。この人間たちには再復活(リスポーン)する拠点はないのかと、レオンに訪ねているのだ。

 レオンにもはっきりしたことは分からないが、ある程度の予想はつく。


「恐らくだが、この世界の住人には再復活(リスポーン)する場所、拠点と呼べるものが無いのだろうな」

「ですが、我々には拠点がございますが?」

「他の世界から来た私たちは操作盤(コンソール)を開くことができる。そこから拠点申請を行えるが、この世界の住人はそれが出来ないのだろう。抑、私たちとてこの世界では再復活(リスポーン)できない恐れもある」


 フィーアはそれを聞いて「なるほど」と、神妙な面持ちで頷き返していた。


「それよりもこの惨状だ。誰かに襲われたのか?」


 粉々になった馬車を見る限り、それなりの威力があるのは目に見えている。

 馬車の壊れ方を見ても魔物と考えるのは難がある。もしや、と、レオンの脳裏をプレイヤーの影が一瞬過ぎった。

 しかし、そう思ったのも束の間、フィーアから思わぬ言葉を聞かされる。


「先ほど放ったヒュンフの矢が当たったのでしょう」


(確かに矢はこの方角に飛んだが、矢が当たった程度で馬車が粉々になるのか?)


「それにしては随分と広範囲に破片が飛び散っているな。ヒュンフの矢は強力だが、当たっても貫くのではないか?」


 レオンの疑問は最もである。瓦礫や穀物は馬車を中心に放射状に広がっている。馬車で何かが爆発しなければこうはならない。

 その疑問にフィーアは微笑み返し、いとも簡単に解決してくれた。


「先ほどヒュンフが放った矢は破裂する矢(バーストアロー)でございます。馬車程度であれば一撃で粉々になるでしょう」

「…………」


(そう言えば、あのとき遠くから爆発音が聞こえていたな……)


 レオンも納得する他ない。破裂する矢(バーストアロー)ば矢が当たった地点を中心に爆発を引き起こす。この惨状も頷けると言うもの。

 しかし、それだけに頭を抱えたくなる。目立たぬように行動するはずが、街に着く前から何をしてくれているんだと。

 ヒュンフとて(わざ)と狙ったわけではない。それはレオンも十分承知している。

 あの時の矢は自分の行いを(いさ)めるためのもの。ヒュンフに悪気は無いのは明らかであり、咎めることができるはずもない。

 レオンは死体を見渡し肩を落とす。


「流石にこのままでは不味いな。街に着く途中で誰かとすれ違えば、間違いなく私たちが疑われる」

透明化(インビジブル)の魔法で姿を消しては如何でしょうか?」

「いや、それでも危うい。例え誰にも気付かれずに街に侵入できたとしても、真っ先に他所者が疑われる恐れがある」

「それでは全員蘇生させると言うのは?」


 確かに何れは蘇生実験をしなくてはならない。しかし、もし生き返ったとしても、この状況を説明しようがなかった。

 真っ先に犯人にされてもおかしくないため、当然のように却下する。 

 

「馬鹿を言うな。蘇生させてこの惨状をどう説明するつもりだ」

「では如何いたしましょうか?」


 レオンは瓦礫と化した馬車を見つめて思いを巡らす。

 死体の半数以上が剣と鎧で武装していることから護衛と判断できる。それと身なりの良い商人と思われる男。

 一度に7人もの人間が消えたら騒ぎになるのは明白である。

 もし仮に、これから行く街の住民であったなら、その騒ぎに巻き込まれかねない。

 面倒事を避けるためにレオンが導き出した答えは、


(魔物に殺されたことにするのが一番無難だな……)


「フィーア、金目の物を全て回収しろ」

「畏まりました」

「ヒュンフ!」

「はっ!ここに」


 レオンの影の中から、跪いたヒュンフが姿を現した。

 自分が揉め事を招いたと気に病んでいるのだろうか、何処となく表情に陰りが見える。


「落ち込んでいるようだが気にするな」

「ですが、私の放った矢でレオン様にご迷惑を……」

「些細なことだ。それより周囲に人影はあるか?」

「半径2キロに人影はございません」

「うむ。お前はそのまま警戒に当たれ。他の者が近づいたら直ぐに知らせろ」

「はっ!」


 ヒュンフは表情一つ変えることなく、再び影の中に潜るように消えていった。

 入れ替わるように、アイテムの回収を終えたフィーアがレオンの傍に歩み寄る。


「レオン様、金目の物は全て回収いたしました」


 死体に視線を移すと、身に付けていた剣や鎧は何処にもない。

 フィーアが全て自分のインベントリに収納したのだろう。収納するだけならアイテムに触れるだけでよい。後は自分の意思で収納できるため、鎧を脱がす手間もなく時間は掛からない。

 それでも時間にすると僅か数分、その手際の良さにレオンも感心するばかりである。


(さて、回収したアイテムは後でゆっくり鑑定するとして、先ずはこれの後始末だな。何が手掛かりになるか分からない。やはり全て燃やしてしまうか)


「フィーアは少し離れていろ。何が証拠になるか分からんからな。全て燃やして灰にする」

「畏まりました」


 レオンは離れていくフィーアを横目で確認すると魔法を唱えた。


灰塵(かいじん)と帰すがいい![地獄の業火(ヘルフレイム)]!」


 青白い炎が上がり瞬く間に瓦礫の山を飲み込んでいく。

 髪や肉の焼ける不快な匂いを周囲に漂わせながら、蒼炎は更に勢いを増して激しく燃え上がる。

 レオンは満足気に大きく頷くと、フィーアに視線を向け命令を下した。


「よし、先ずは予定通りか。フィーア、お前は拠点に戻りノエルを連れて来い」

「畏まりました」


 フィーアは頷き返すと即座に転移(テレポート)の魔法を唱えていた。

 消える去るフィーアの姿を見送り振り返ると、燃え盛っていた蒼炎は既に消え失せ、死体や瓦礫は全て灰と化していた。


(燃え尽きるのはほんの一瞬か、ゲームの時には魔法で死体を燃やすなんて、想像すらしていなかったのに……)


 レオンが思いに(ふけ)っていると背後から声が聞こえてくる。


「レオン様、ノエルを連れてまいりました」


 振り返ると、そこには頭を下げて一礼するフィーアと、恭しく跪いている少女の姿があった。

 命令を下してから1分も経っていない。拠点までは転移の魔法で一瞬とは言え、その余りの速さに驚きを隠せない。


(もう連れてきたのか?フィーアは随分と仕事が早いな。俺のサラリーマン時代とは大違いだ)


「ご苦労だったな」


 レオンはフィーアにそう告げると、紫髪の少女に視線を移した。


「ノエル、お前の力を借りるぞ」

「はっ!何なりとお申し付けください」


 召喚士(サモナー)のノエルは緊張した面持ちで頭を下げた。それと同時に、初めて偉大な主の役に立てることに歓喜に打ち震えていた。

 一度は必要ないと言われ、酷く落ち込んだ反動もあるのだろう。今は高鳴る鼓動を抑えられないほどに感極まっている。

 そんなノエルの異変にレオンも気付く。レオンの目から見ればノイルの状態は(かんば)しくない。

 息は荒く顔も赤い、体も小刻みに震えて今にも倒れそうに見える。


「ノエル、もしかして体調が悪いのか?」

「そのようなことはございません。寧ろ調子は良いくらいです」

「そ、そうか?では、サラマンダーを召喚してくれ」

「はっ!直ぐに召喚いたします」


 ノエルはすっと立ち上がると、後方を振り返り両手を前方に(かざ)す。

 地面に魔法陣が現れ光り輝く中、ノエルの召喚が始まろうとしていた。


召喚(サモン)――」


 光は一層輝きを増し、魔法陣から浮かび上がるようにサラマンダーがその姿を現す。

 巨大な体躯に赤い鱗、口元からは鋭い牙が覗き、大地には頑強な爪が深々と突き刺さっている。

 呼吸をする度に炎が脈打ち牙の間から漏れ出していた。

 爬虫類のトカゲを何百倍にも大きくしたような外見から、通称火トカゲと呼ばれる炎の魔物がサラマンダーである。


 ノエルは召喚を終えると、レオンの元に振り返り再び跪いた。


「レオン様、サラマンダーを召喚いたしました」

「うむ。これはお前の支配下にあるのだな?」

「はっ!その通りでございます」

「では、このサラマンダーを長時間維持できるか?召喚を維持している間は常にMPを消費するからな。無理にとは言わないが、出来ることなら誰かに討伐されるまで維持してもらいたい。恐らく3日もあれば討伐されると思うのだが……」

「あのぉ~、レオン様?非常に申し上げにくいのですが、どうやらこの世界では召喚した魔物は完全に定着するようです」

「定着だと?」

「はい」

「どういう事だ?帰還しないということか?」

「その通りでございます。故に、召喚を維持するためにMPを消費することもございません」


(なにそれ?つまり無制限に召喚を維持できるってこと?召喚士(サモナー)最強じゃない?もしかして従者最強は召喚士(サモナー)のノエルと、悪魔召喚士(デモンサモナー)のメリッサになるんじゃないのか?序列が変わりそうで怖いんですけど……)


「それは制限なく召喚できるという事か?」

「数は召喚できるのですが――少々問題がございます。増やしすぎると制御ができなくなるのです。それともう一つ、レベルの高い魔物ほど制御が難しく、制御できる数が減少いたします」


(それだと召喚最強とまではいかないか。確か玉座の間でヴァルキリーを1000体召喚すると言っていたな。それはレベル40のヴァルキリーは1000体制御できると言うこと。だが、どんなに数がいても、強力な範囲魔法であれば一撃で殺すことも可能だ。レベルが低ければ意味がない。召喚の最高レベルは85、それで何体制御できるかだ……)


「ノエル、最高レベルの召喚では何体制御可能だ?」

「5体まで制御可能でございます」


(戦力としては微妙だな……。敵対するプレイヤーを殺すには厳しいか)


「制御できる数が分かっていると言うことは、今まで召喚を繰り返してきたのだろう?今まで召喚した魔物たちはどうしている?」

「他の従者との戦闘訓練で全て死亡しております」


(あぁ、なるほど。そういう使い方もあるな……)


「うむ。良くわかった。話は逸れたが、サラマンダーでこの周辺を荒らして欲しい。人間も適当に殺して構わん」

「畏まりました」

「ノエルへの要件は以上だ。拠点には一人で戻れるか?」

「私も転移(テレポート)の魔法が使用できます。問題ございません」

「そうか、誰にも見られず拠点に戻れるな。もう下がってよいぞ」

「はっ!失礼いたします」


 レオンは消え去るノエルを見送りサラマンダーに視線を送る。

 そしてフッと苦笑いを浮かべてサラマンダーに語りかけた。


「精々派手に暴れてくれよ」


 サラマンダーはレオンの言葉に応えるようにひと鳴きすると、巨大な体躯に見合わない素早い動きで、草原の中へと姿を消していった。

 

「さて、要らぬ道草を食ったな。街に急ぐとするか」

「はい」


 フィーアは二つ返事で答えると、レオンに気になることを尋ねた。


「レオン様、よろしかったのですか?」

「ん?何のことだ?」

「人間を(あや)めてもよいと」

「あぁ、あれか、他にも襲われた人間がいなければ不自然だからな。もしかして嫌だったのか?」

「そのようなことはございません。我々以外の生物などゴミ同然、どうなろうと構いません。(むし)ろ、レオン様からそのお言葉を聞けて、大変嬉しく思っております。私もこれで心置きなく人間を殺すことができますので。あっ!勿論、レオン様に歯向かう愚かな人間をでございます」

「そうか……」


(思い返せば俺も随分と酷いことを言っている。だが自分の身を守るためには仕方のないこと。この世界の住人には悪いが犠牲になってもらう。俺が大切なのは自分自身と(かつ)ての仲間、そして俺に従う従者たち。この優先順位だけは絶対に譲れない。そのためにも、先ずは仲間の情報を早く集めなくては……)


 レオンは街までの道程(みちのり)を急ぐが、他の誰かとすれ違うことはない。

 不思議に思い、懐中時計を取り出し時間を確かめる。

 時計の針は6時を指し、出発してから然程(さほど)時間は経っていない。

 この世界の時間が地球と同じかは不明であるが、拠点を出てから(およ)そ1時間。陽が昇ると同時に出発したため、まだ早朝である。

 街までの距離を考慮すると、人を見かけなくても十分不思議ではなかった。先ほどの馬車は暗いうちに街を出たか、()しくは近隣の村から出たことが窺える。

 レオンは時間を確認して納得すると、フィーアから受け取ったアイテムを取り出し鑑定を始めた。

 剣や鎧を取り出しては、その都度、落胆の溜息が漏れる。


(レベル10にも満たないとは、ガラクタ同然じゃないか……)


 レオンは気を取り直し、硬貨の入った袋を取り出し中身を確認した。

 恐らく商人の持ち物だろう。中に入っていたのは金貨と大量の銀貨、袋は大きく膨らみ手にはずっしりと重量感が感じられた。

 レオンは金貨を一枚取り出し翳してみる。

 それは、レジェンド・オブ・ダークで使用されている金貨とは全くの別物であった。

 異なる模様が描かれ大きさも僅かに違っている。


(ここはレジェンド・オブ・ダークと異なる世界。使用されている金貨も違っていて当然か……)


 レオンは金貨を仕舞うと、他の硬貨が入った袋も確かめる。

 それは、僅かな金貨と銀貨、そして大量の銅貨が入っている袋。硬貨の種類や量から、護衛の持ち物であろうことが窺えた。

 銀貨や銅貨も取り出して確かめるが、やはり見たことのない模様が描かれ、レオンの知る硬貨とは違っている。

 恐らく、貨幣価値も違うであろうことは容易に想像がつく。

 全ての確認が終わるとやる事もなくなり、景色を楽しみながら自然と歩みを早めていた。

 その甲斐あってか、一時間も歩く頃には、ぽつりぽつりと(まば)らに人影が見えてくる。否応がなしに街に近づいているのだと実感させられる。

 歩みを進めると更に人影は増え続け、そして、遂に街の外壁が姿を見せた。

 遠くから見ても大きさが伝わるほど巨大である。

 壁は左右に何処までも伸び、その高さは近くに生えている木々を優に超えていた。

 街をすっぽりと覆う石壁はまさに圧巻の一言。それは街に近づくにつれ徐々に大きくなり、遂には視界を覆い尽くすまでになる。

 レオンは巨大な門の前で立ち止まり空を見上げた。

 石造りのアーチ状の門は、空に架かるように悠然と佇んでいる。

 その壮大さに、思わず瞳を奪われ息を飲む。

 

(綺麗だ……)


 レオンのその思いとは裏腹に、門は古びた石造りで、見た目は決して綺麗とは言えない。

 しかし、無骨ながらも長年の時を経ているそれは、苔生(こけむ)し一部が崩壊しても尚、その大きさと頑強な門構えから、レオンの心を虜にしていた。

 青空に溶け込む姿は、まさに古びた遺跡を彷彿(ほうふつ)とさせている。そういう意味では美しく感じるのかもしれない。


 不意に足を止めたレオンにフィーアは首を傾げた。レオンと同じように空を見上げるが、またも不思議そうに首を傾げる。


「レオン様?どうかなされたのですか?」


(フィーアは何も感じないのか……。共感できないのは少し寂しいな)


「いや、何でもない。先を急ごう」


 門から街の中を覗くと、外に出る人で長蛇の列ができていた。一方、街の外で並ぶのはレオンたちを含めても僅か数人だけ。

 この時間帯は街から出る人は多くても、街に入る人は少ないのだろう。

 二人は殆ど待つこともなく門の中に通された。









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