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レジェンド・オブ・ダーク  作者: 粗茶
第一章 未知の世界
7/17

従者

 三人を見送ったレオンは、気を取り直してアインスに視線を移す。


「アインス、私も外に出て情報を集める。この世界に来ているのは恐らく私だけではない。(かつ)ての仲間や、他のプレイヤーの情報を集める必要がある」


 レオンの言葉にアインスが顔を上げて頷いた。


「畏まりました。それでは供回りにナンバーズとアーサー、それに、召喚士(サモナー)のノエルも同行させましょう。ノエル、今すぐに使い捨ての戦乙女(ヴァルキリー)を1000体召喚しなさい」


 アインスの言葉を受けて、一人の少女が嬉々として立ち上がる。

 肩口で切り揃えた紫色の髪を(なび)かせ恭しく頭を下げた。その表情からは喜びが満ち溢れ、透き通るような碧眼を輝かせていた。

 ノエルは嫉妬や羨望の眼差しを受けながら、その手を掲げて召喚の体制に入る。巨大な魔法陣が床に浮かび上がる中、それをレオンの声が静止した。


「まて!1000体もここで召喚するつもりか!」


 レオンの言葉にノエルの動きがピタリと止まる。

 玉座の間は広いため1000体程度であれば十分召喚可能であった。しかし、ここは神聖な玉座の間である。召喚した多くの戦乙女(ヴァルキリー)でこの場を(けが)すことは許されない。それに、召喚した戦乙女(ヴァルキリー)を外に出すことも考えれば、初めから外で召喚した方がいいに決まっていた。

 ノエルが助けを求めるようにアインスに視線を向けると、アインスはいとも簡単にノエルに責任を押し付けた。


「ノエル!召喚と言ったら外でするに決まっているでしょう!仮にもレオン様のおわす玉座の間で召喚をしようなどと、恥を知りなさい!」


 ノエルは泣きそうになりながらも即座に跪き、深々と頭を下げ謝罪の言葉を口にした。


「レオン様お許し下さい」


 その姿にレオンも居た堪れなくなる。


(えぇぇええええええ!アインス、お前ちょっと酷すぎない?今すぐに召喚しろって言ったのお前だろ?って言うか、1000体も召喚できるもんなの?確かに天使系の中でも最下級の戦乙女(ヴァルキリー)ならレベル40しかないけどさ、1000体も召喚を維持するのは無理があるだろ?)


 聞きたいことは山ほどあるが、先ずは理不尽なことを平然と告げるアインスを叱る必要があった。

 あの調子では他の従者が耐えかねて裏切る恐れもある。レオンが思い描く主従関係がいつ崩壊しないとも限らない。


「アインス!自分のミスを他人に押し付けるな!従者統括として恥ずかしいと思え!」


 アインスの体がビクッと大きく震えた。

 恐怖で強張るアインスの姿がレオンの瞳に映る。そこには気丈ないつもの姿は何処にもない。幼い子供のように肩を震わせ瞳の端に大粒の涙を貯めていた。


(レオン様に嫌われた……。これ以上生きていてはレオン様を不快にさせてしまう……)


 アインスはレオンの顔を覗き込むようにして言葉を絞り出す。


「レオン様をご不快にしたことは許しがたい罪。この命で償わせていただきます」


(はぁ?)


 レオンが何のことだと首を傾げていると、何処からともなくアインスが短剣を取り出し握り締めていた。


(え?嘘だろ!?ちょっと待てぇぇええええ!!)


 次の瞬間、アインスは力の限り自分の喉元に短剣を突き刺した。

 いや、突き刺さるはずであった。

 レオンはレベル200のステータスを駆使して寸前のところで短剣を受け止めていた。


(あっ、あっぶねぇ……。何なんだ……。俺の従者は自殺願望者しかいないのか?) 


 アインスが涙目で不思議そうにレオンのことを見つめていた。

 まさかレオンが助けるとは微塵も思っていなかったのだろう。どうして?と言いたげにジッとレオンの瞳を覗き込む。

 一方のレオンはと言えば、アインスの突拍子しもない行動にふつふつと怒りが込み上げていた。

 まだ蘇生実験もしていないのに勝手に死なれては目も当てられない。

 レオンは声を荒らげてアインスを睨んだ。


「アインス!何を馬鹿なことをしている!」

「レオン様をご不快にさせるなど従者統括として失格。これ以上、レオン様のお傍にいることはできません。この命を持って償うのが最善と判断いたしました」


(いや、なんでだよ!普通に謝ればいいだけだろ?いきなり命を絶つとか頭おかしいだろ!)


 アインスの言葉に他の従者も、さも当然と言わんばかりに頷いている。

 レオンはそれを目の当たりにして頭を抱えたくなった。


(こいつら全員やっべぇよ!少し目を離した隙に集団自殺でもしてるんじゃないか?きつく言い聞かせないと駄目だな……)


「アインス!お前は私が創り出した私の従者だ!そうだな?」


 唐突に告げられアインスはキョトンとするも、それは至極当たり前、当然のことである。

 アインスはレオンを見据えて大きく頷いた。


「その通りでございます」

「言うなればお前は私の所有物だ。それが自らの意思で命を絶つなど許しがたいと思わないか?」

「それは……」


 アインスは直ぐに返答できずに口ごもる。

 言われてみれば当然である。所有物である自分が、主の許可もなく勝手に命を絶つなど傲慢としか言いようがない。

 レオンは悠然と玉座に戻り腰を落とすと、一度従者たちを大きく見渡した。

 そして、大きく息を吸い込み声を張り上げる。


「全ての従者に告げる!お前たちは例外なく私の物だ!私が死ねと命じるまで死ぬことは許さん!それまで私に尽くし私のために生きよ!」

「はっ!!」


 幾重にも声が重なり大気が大きく振動する。


「アインス、一つの失敗は一つの成功で償えばよい」

「はっ!慈悲深いレオン様のお言葉、このアインスしかと胸に刻みました」


 従者たちから向けられる熱い眼差しに、レオンは鷹揚に頷き返した。


「うむ。大分話が逸れたが本題に戻ろう。アインス、森の外に街を確認していたな?」

「はい。ガリレオのスキル、神の眼(ゴッドアイ)により、幾つかの街や村を確認しております」


 従者の一人である天文学者のガリレオは、離れた場所を見通すスキル、神の眼(ゴッドアイ)を有していた。

 だが、それは万能ではない。神の眼(ゴッドアイ)は離れた場所を見通すことはできるが、音声を捉えることはできなかった。更には、一日の使用回数と使用時間に制限が有るため、得られる情報も限られている。

 詳細な情報を入手するためには直接街に赴く必要があった。


 レオンは跪く白髪の老人に視線を向けた。

 その顔には数多くの皺が刻まれ、顎からは長い髭を蓄えていた。真っ白な髪は長く伸ばされ地面に横たわっている。

 品の良さそうな老人の物腰とは裏腹に、体は細いながらも鍛え上げられ、しっかりと筋肉がついていた。

 背筋も真っ直ぐに伸び、齢い70を超える肉体とは思えないほどである。

 身に纏うのは上質な白いローブ、傍らには捻くれた木の杖を置いていた。


「ガリレオ、ここから一番近い街は何処にある?」


 視線を向けられていた白髪の老人は、恭しく顔を上げて口を開いた。


「少々遠くにございます。ここから真っ直ぐ北へ60キロ行かれますと街道がございます。そこから街道沿いに東へ20キロの場所に街はございます」

「少し距離はあるが飛行(フライ)の魔法なら直ぐだな。先ずはその街で情報収集を行う。それと、街に入るのに1000体も戦乙女(ヴァルキリー)を引き連れていては目立つ。召喚は必要ない」


 初めての晴れ舞台が無くなったと知るや、召喚士のノエルはがっくりと肩を落とす。

 しかし、アインスにとっては些細なこと。さして気にする様子もなくレオンの言葉に頷いた。


「畏まりました。それでは、我々ナンバーズとアーサーだけ同行いたします」


 確かに万全を期すならそれくらいは必要だろう。しかし、それは嘗ての話。今のレオンはレベル200、誰かを守ることはあっても、守られることはまずない。

 それに、人数が多ければ多いほど、それだけ懸念材料が増えるのは目に見えていた。


(他のプレイヤーがいるかもしれないのに目立つのは不味い。同行者は必要最小限に抑える必要がある。特にガチャの従者であるアーサーは絶対に駄目だ。ここにプレイヤーがいるぞと教えているようなものだ)


「アインス、他のプレイヤーがいるかもしれない。彼らが我々に危害を加えないとも限らない」

「では、戦闘に優れた従者全員でレオン様の護衛に当たります」


(え?いや、そうじゃなくて、目立たないように最小限の人数で行動したいんだよ……)


「いや、そうではない。目立たぬよう私一人で行動する。私の補佐役としてヒュンフには陰から支援してもらう」


 従者たちは瞳を大きく見開き驚愕の表情を見せた。

 供回りを連れず一人で行動させるなど危険極まりないこと。そんなことを従者たちが簡単に許すはずもない。

 即座にアインスが異を唱える。


「お、お待ちください!お一人での行動は危険でございます!せめて、ナンバーズとアーサーはお連れください!」

「何かあればヒュンフに出てきてもらう。問題はない」

「ですが!レオン様の護衛がたった一人では不安でなりません!どうかご再考ください!」


 アインスのみならず、ヒュンフ以外の従者全員が不安そうに見上げていた。

 同行を許されたヒュンフだけは、ひとり勝ち誇ったように笑みを浮かべている。

 思い詰めた表情で懇願するアインスを見て、レオンは思わず眉間に皺を寄せる。


(俺に護衛は必要ないと思うんだよな。だってレベル200だし……。一度、俺の実力を知らしめた方がいいのかもしれない)


「仕方ない。お前たちに私の力の片鱗を見せてやる」

「レオン様?」


 アインスが顔を上げて、レオンの顔を不思議そうに見上げていた。


「では、行くぞ!スキル〈混沌の夜(ナイト・オブ・カオス)〉!」


 レオンは言葉とともにスキルを放つ。

 使用したスキルは混沌の夜(ナイト・オブ・カオス)、相手に暗闇、沈黙、眠り、混乱、恐怖、のバッドステータスを与え、同時にMP(マジックポイント)SP(スキルポイント)を減少させる最悪の上位スキルである。

 従者たちは全ての状態異常をアイテムで無効化しているが、MP(マジックポイント)SP(スキルポイント)へのダメージを防げるわけではない。

 しかも、与えるダメージ量は使用者のMP(マジックポイント)SP(スキルポイント)に比例するという、一風変わった仕様のスキルである。


 レオンから発せられた闇の波動に従者たちが一瞬にして強張った。

 恐怖のバッドステータスは無効化しているにも関わらず、背中を冷や汗が伝い身動きが取れなくなるほどである。

 その様子にレオンは満足そうに頷いた。


(このスキルはMPとSPにダメージを与える。HPは減らないから従者を死なせる心配もない。これで俺の力を分かってくれるだろ)


 次にレオンは管理画面を開き従者たちのステータスを確認した。

 全ての従者のMP(マジックポイント)SP(スキルポイント)が半分以下に減少し、黄色く表示されているのを見て呆然となる。


(半分以下だと!?こんなに強力なスキルだったか?いや……、このスキルは使用者のMPとSPに比例してダメージを与える。それだけ俺のステータスが高いと言うことか……。今の俺はどんだけ強いんだよ……)


 自分でもドン引きである。


「あぁ、お前たち大丈夫か?」


 従者たちは体を小刻みに震わせ、みな俯いたままであった。

 そんな中で、アインスが僅かに顔を上げてレオンを熱い眼差しで見つめる。その顔は熱に浮かされたように赤くなり、息遣いも荒い。額には玉のような汗も滲んでいた。


「素晴らしいお力でございます!流石は我らが主レオン様!まさかこれほどのお力を持っていようとは!このアインス、改めてレオン様の偉大さに感銘を受けました!」


 アインスが発する強烈な圧にレオンは思わず仰け反った。


「そ、そうか、私の力を知ったのなら護衛が必要ないことも分かるな?」

「はい……。これほどの力をお持ちのレオン様を護衛するなど、身の程を(わきま)えるべきでした。どうかお許しください」


 深々と頭を下げるアインスに、レオンは口元を引き攣らせる。


「いや、まぁ、分かればよいのだ。私はこれより自室に戻り旅の支度をする。一時間後に呼びに来てくれ」

「畏まりました」


 アインスの言葉と同時に他の従者も更に深々と頭を下げた。

 それはレオンが玉座の間を出ても暫く続けられた。まるで、そこに偉大な主がいるかのように従者たちは動こうとしない。あれ程の力を見せられ、誰もが歓喜に打ち震え余韻に浸っていた。


 レオンは玉座の間を離れ自室に戻る廊下で先程の光景を思い出す。


(アインスたち大丈夫かな?息遣いも荒かったし、皆かなり疲弊しているように見えた。それに床にも汗が滴り落ちていたからなぁ……。あぁ、悪いことしたな、どうしよう……)


 レオンは罪悪感に(さいな)まれながら自室へと戻っていった。




 一方の玉座の間では従者たちがようやく立ち上がっていた。

 隣で息を荒げるアインスにツヴァイがボソリと呟く。


「変態」


 アインスは横目でギロリとツヴァイを睨みつける。


「それ私に言ってるの?」

「股間を濡らして息を荒げてる馬鹿のことを言ってる」


 ツヴァイは抑揚のない声でそう告げると、半眼でアインスの足元に視線を落とす。

 そこには小さな水溜りがあり、そこから女性特有の生物臭が漂っていた。

 しかも、それはアインスだけではない。女性従者の半数以上が同じような状態になっている。

 至る所から匂いが立ち込め、玉座の間に充満しつつあった。

 アインスは憐れむような眼差しでツヴァイを見つめる。


「ツヴァイは子供だからレオン様の魅力が分からないのね。あれ程の力を受けて感じることもできないなんて、可哀想に……」

「レオン様は最高に素敵なご主人様。それを何処かのビッチが(けが)れた目で見るのが許せない」


 途端にアインスの額に青筋が走る。


「言わせておけば、このクソガキがぁぁぁぁああああああああ!!誰がビッチだぁぁあああ!!」

「やる気?私に勝てると思ってるの?ブチ殺すわよ」

「上等だぁ!やってみろやぁあ!魔法職のお前がぁああ!この至近距離でいい気になってんじゃねぇぞぉぉおおおお!!」

「ほんと下品、こんなのが序列1位だなんて信じられない。今すぐ消し炭にしてあげる」


 二人は互いに睨み合い一触即発の状態。

 流石に不味いと思ったのか、他の従者が間に割って入った。

 最初に動いたのは銀髪碧眼の偉丈夫。

 ドイツ語で3を意味するドライである。

 困ったように短い髪をガシガシと()きながら二人の間に割って入る。

 全身鎧(フルプレート)を身に纏うドライは防御に特化しており、この場の誰よりも仲裁の適任者に見えた。

 しかしながらドライは極端なまでに無口である。

 間に入り必死で両手を広げて落ち着くように促すも、二人の睨み合いが収まることはない。

 終いには、二人の間でおろおろするばかりである。その様子を傍で見ていた一人の男が深い溜息を漏らす。

 男の名はゼクス、その名はドイツ語の6を意味する。

 真っ黒な漆黒の髪に燃えるような赤い瞳、身の丈は高く、細っそりとした引き締まった体つきをしていた。

 オールバックにした髪に切れ長の目、整った容姿であるが、その顔立ちは何処か神経質にも見える。

 真っ白なスーツに身を包み、胸元には黒いネクタイを締めている。両手に嵌められた黒い革の手袋が、白いスーツと相まって、より一層際立って見えた。

 しかし、その派手な見かけとは裏腹に、礼儀に(うるさ)く忠義に厚い。

 そんなゼクスが二人のやり取りに痺れを切らせたのは必然と言えよう。


「いい加減にしないか!レオン様のお言葉を忘れたわけではあるまい!我々は恐れ多くも偉大なる主、レオン様が創り出した従者!それが主の命もなく殺し合いなど恥を知れ!」


 その言葉で二人はやっと互いに視線を外した。

 アインスが(おど)けたようにゼクスに話しかける。


「本気で殺し合いをするわけがないでしょ?ねぇ、ツヴァイ」

「全くその通り。ゼクスは考えすぎ」


 二人の殺気が消えたことで、間に入っていたドライはホッと胸を撫で下ろす。

 序列1位と2位のいざこざに、他の従者たちは肩を竦め呆れていた。尤も、その中にはアインス同様、床を汚した者もいる。本来であれば他人事(ひとごと)ではない。しかし、突然の騒ぎに、みな一様にそのことを忘れ傍観していた。

 ドライは汚れた床を見渡し肩を落とす。深い溜息を漏らした後、二人の女性へと交互に視線を向けた。


「ノイン、アハト、お前たちの魔法で床を綺麗にしてくれ。このままではレオン様のお叱りを受ける」


 ゼクスの視線の先では、紺のショートヘアに紺色の瞳をした女性が佇んでいた。

 名前はドイツ語の8を意味するアハト。

 女性でありながら執事服を身に纏う見目麗しい男装の麗人である。その格好から分かるように、レオン専属の執事であり、護衛も兼ねている。

 取得している職業は家令(スチュワード)は勿論のこと、多くのことに対応できるように、戦闘職から生産職まで幅広い職業を有していた。


 ゼクスが僅かに視線を下げると、アハトの股間部分が大きく濡れていることに「お前もか……」と、思わず顔を手で覆いたくなる。

 まさかと思いもう一人の女性にも視線を移す。


 金髪のセミロングに碧眼の少女。

 名前がドイツ語の9を意味するノインである。

 可愛らしいメイド服を身に纏うレオン専属のメイド。

 取得している職業はメイド長(ハウスキーパー)は勿論のこと、アハト同様、戦闘職から生産職まで幅広い職業を有していた。


 ゼクスが視線を落とすと案の定と言うべきか、フリルのついたスカートの裾からから見え隠れするのは、足元に滴り落ちる水滴であった。

 何事もないかのように佇むアハトとは違い、ノインは恥ずかしそうに頬を赤らめ俯いている。

 女たちのあまりの節操のなさに、ゼクスは処置なしとばかりに深い溜息を漏らさずにはいられなかった。


「ゼクス、さっきから何か言いたそうだな?」


 呆れたようなゼクスの仕草が気に入らなかったのだろう。アハトは股間が濡れるのはさも当然と言わんばかりに悪びれた様子もない。真っ直ぐにゼクスの瞳を見据え言葉を投げかけてきた。

 ここまで堂々とされては呆れを越して返す言葉もない。


「……いや、何でもない。早く汚れた床と衣服を綺麗にしてくれないか?」

「分かった。私は衣服を綺麗にするから、ノイン、貴方は床の方をお願い」


 ノインはそれに頷き返し魔法を発動させた。


「[清掃(クリーン)]」


 瞬く間に床は綺麗になり、塵一つ落ちていない状態になる。空気も全て入れ替えたかのように、女性特有の生物臭も消え清々しい空気で溢れていた。

 次にアハトが魔法を発動させる。


「[洗浄(ウォッシュ)]」


 その場にいた従者全員の衣服は疎か体の隅々までが一瞬で綺麗になっていった。

 まるで風呂上がりのような爽快感が全身を包み込む。

 全てが綺麗になると、アインスはすっきりした顔で従者たちに指示を出した。


「これで何も問題ないわね。みんな持ち場に戻りなさい」


 その言葉に従い従者たちは玉座の間を後にした。

 後に残ったのはナンバーズとアーサーのみである。

 アーサーはいつものように、玉座の後方にあるレオンの居住区へと続く扉の前で佇む。

 残りのナンバーズは、みな一箇所に集まり何やら相談事をしていた。


「さて、護衛は必要ないにしても、レオン様の身の回りのお世話をする従者は必要よね」


 アインスの言葉に、その場にいた全員が首を縦に振る。


「むさ苦しい男は除外すべき。レオン様のお世話は女性の役目」

「ツヴァイの言う通りだ。ここは執事である私が担当しよう」

「アハトずるいです。レオン様のお世話はメイドである私が行います」


 そんな不毛な言い争いが続く中、不意にクスクスと笑い声が聞こえてきた。

 自ずと声の方に視線が集まる。その視線の先では一人の女性が口元を手で覆い上品に笑い声を上げていた。

 女性の名はフィーア、ドイツ語で数字の4を意味する。

 フィーアは見目麗しい若い女性で回復魔法のエキスパートである。

 長く艶めく水色の髪に大きな碧眼、愛嬌のある顔立ちで見るものを虜にするような美貌を兼ね備えていた。

 身に纏うのは真っ白なローブ、手には金属の杖を持ち、その先端には大きな宝石が嵌められている。

 真っ直ぐに伸びる水色の髪を揺らしながら、クスクスと面白そうに笑うフィーアにアインスが睨みを利かせた。


「なにがそんなに可笑(おか)しいのかしら?」

「だって、レオン様のお世話係は私に決まっているでしょ?私はレオン様のお世話をするために創り出されたのよ。それなのに無駄な相談をしているから、つい可笑しくて」


 確かにフィーアは創り出される際に世話好きのお姉さんという設定にされていた。そのことを他の従者たちも知っている。だからといって世話係を譲るような従者はここにはいない。当然のように反対の声が上がる。


「レオン様のお世話係は可愛い私の努め。おばさんの出る幕じゃないわ」

「ちびっ子のツヴァイにレオン様のお世話は務まらない。やはりここは執事の私が最も相応しい」

「何を言ってるんですか!レオン様のお世話係はメイドの私が適任です」

「ちょっと!みんな勝手なことを言わないで!レオン様のお傍に最も相応しいのは従者統括の私よ!」


 同行が決まっているヒュンフは一人余裕でそんな5人のやり取りを退屈そうに眺めていた。

 そこで、あることに気付く。


(あれ?ツェーンが話に参加していない?)


 周囲を見渡せば、ツェーンが残念そうに俯いていた。


「ツェーン、貴方は話に加わらないの?レオン様のお世話ができるのよ?」


 ヒュンフの言葉にツェーンは深い溜息を漏らす。


(はぁ~、それが出来ればどれだけ嬉しいことか……)


 ドワーフのツェーンは可愛らしい少女である。

 その名前はドイツ語で10を意味し、レオンの設定で、同じドワーフのズィーベンとは孫と祖父の関係にあった。

 シュートヘアのブラウンの髪に、ブラウンの瞳。これは祖父のズィーベンと全く同じである。

 製造に長けており、職業は鍛冶師(ブラックスミス)など数多くの生産職を取得していた。

 その体は、がっしりしているズィーベンとは対照的で、体の線は細く今にも折れそうなほど脆く見える。

 だが、その小柄な体型とは裏腹に、巨大な鎚を軽々と振り下ろす力強さを兼ね備えていた。


 ツェーンがレオンの世話係に手を上げないのには理由があった。それは、既にレオンから別の命を受けていたからである。

 ツェーンがレオンから受けた命とは、拠点を作る際に採掘した鉱石から、どれだけ高レベルの武器を造りさせるのかの検証であった。

 一朝一夕(いっちょういっせき)で検証が出来る訳もなく、それには膨大な時間を有することになる。

 そのため、ツェーンは他のことに時間を割くことができなかった。レオンの役に立てることは喜ばしいことであるが、やはり傍でお世話をするには遠く及ばない。大好きな主の傍に居られることに比べたら、全てが劣って見えてしまうのは仕方のないことなのかも知れない。

 ツェーンは5人のやり取りを嫉妬混じりの視線で眺めることしかできなかった。


「私はレオン様から勅命を受けているから参加できない」


 ツェーンの言葉にヒュンフは「なるほど」と頷いた。

 暫くすると5人の話し合いにも決着がつく。結局のところ誰も譲らず、世話係はレオンの判断に委ねることになった。

 その様子を遠くから眺めていた人物がいる。

 蚊帳の外にいるアーサーは、5人のやり取りを見て「いいな……」と、小声で呟いていた。




 一時間後、レオンの寝室にはアインス、ツヴァイ、フィーア、ヒュンフ、アハト、ノイン、が集まっていた。

 同行が決まっているヒュンフは余裕の表情であるが、他の5人はいつになく真剣な眼差しをレオンに向けている。


「レオン様の仰る通り護衛は必要ないでしょう。しかし、身の回りのお世話をする従者は必要です。私を含めた5名の中から相応しい従者をお選びください。勿論、5名全員お選びいただいても構いません」


 アインスの突然の言葉にレオンは「えっ?」と驚くばかりである。


(身の回りのお世話って必要なのか?(そもそも)、ヒュンフがいるから必要ないと思うんだが……)


「ヒュンフがい「ヒュンフは周囲の警戒など多岐に渡り役目がございます。レオン様のお世話をする従者が他に必要です」


 レオンの言葉を遮り、アインスが有無を言わせまいと畳み掛ける。

 他の5人も真剣な表情で頷き合っていた。


(これは断れない雰囲気だな。誰か一人選ぶしかないか……)


 レオンは5人を軽く見渡すと、直ぐに同行者を決めた。


「では、私の世話役としてフィーアの同行を許す。それでよいな?」


 選ばれたフィーアは喜々として答えた。


「はっ!必ずやレオン様のお世話を全ういたします」


 深々と頭を下げるフィーアを横目で覗いながら、アインスが異を唱える。


「レオン様、なぜお一人なのですか?他にもお世話をする従者が居た方がよろしいのでは?」

「玉座の間でも言ったが、他のプレイヤーに見つかるわけにはいかない。目立たないためにも人数は少ない方がよいのだ」


 今度はツヴァイが涙ながらにレオンに詰め寄った。


「なぜフィーアなのですか?私では駄目なのですか?」

「駄目ではないが……、ツヴァイは少々目立つからな。執事のアハトやメイドのノインも人目を引きやすい。アインスには拠点の管理がある。消去法でフィーアを選んだまでだ」

「そんな……」


 選ばれなかった4人から一斉に溜息が漏れる。


「フィーア、ヒュンフ、傍に来い。転移(テレポート)で洞窟入口まで移動する」


 選ばれず表情に影を落とす4人を尻目に、レオンは転移(テレポート)の魔法を唱えるべく、フィーアとヒュンフを呼び寄せる。

 フィーアとヒュンフはレオンの胸に(もた)れ掛ると、レオンは二人の腰に手を回して引き寄せた。

 その瞬間、「ミシ」っと、大気が軋むような不快な音が耳に飛び込んでくる。4人から放たれた殺気に、フィーアとヒュンフは思わずビクッと体を震わせた。

 レオンは恐怖に対する耐性を持っているため何も感じないが、それでも二人の変化や圧迫するような視線を受け、アインスたちから殺気が放たれたのは直ぐに理解できた。

 殺気の元凶に恐る恐る視線を向けると、そこにはいつも通り笑みを浮かべる4人の姿があった。

 しかし、その顔は笑ってはいるが、目は死んだ魚のように虚空を見つめ焦点があっていない。

 大きく見開いた瞳は血走り、眼球は絶えず小刻みに揺れ動いていた。


(怖っ!選ばれなかったかくらいで、そこまで怒ることないだろ……。いや、ちょっと待てよ。よく考えてみたら半年も拠点から出ていないんだ。外に出たい気持ちは当然か……)


「そうか、お前たちもそんなに外に出たかったのか。気付いてやれなくてすまなかったな」


 途端に4人の表情が満面の笑みになり、アインスが喜びの声を上げる。


「私たちのお気持ちに気付いてくれたのですね」


(やはりそうか。拠点内に人工太陽があるとは言え外には出たいよな)


「うむ。他の従者も外に出ることを許す。但し、拠点から遠くに離れるなよ。それと、必ず三人以上で行動するのを忘れるな。レベル120のレイドが出ないとも限らない。十分注意するんだぞ」


 同行を許されたと思っていた4人は想定外の言葉に呆然となる。

 レオンはそんな4人の表情に気付くこともなく「では、行ってくる」と、一言告げて転移(テレポート)の魔法を発動させた。

 4人は何も言えない。消え去る様子を嫉妬混じりの視線で見送ることしかできなかった。


 レオンたちが立ち去った後、寝室に残された4人は一向に動こうとしない。

 目の前にあるのはレオンのベッド。4人は互いに牽制し合うように横目で動向を覗っていた。


「貴方たち早く持ち場に戻りなさい」

「アインス何を言っている。私はレオン様の執事、ここが私の持ち場だ」

「メイドの私もレオン様の寝室が持ち場です」

「レオン様が戻るまでこの寝室は私が守る」


 4人は誰一人動こうとしない。誰もが隙あらばレオンのベッドに飛び込もうとしていた。

 これをレオンが知ったなら、きっと頭を抱えながら「なんでだよ!」と、突っ込みを入れていたに違いない。

 女性従者たちの譲れない戦いが新たに幕を開けようとしていた。





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