覚醒
新たな従者が加わり一ヶ月が経つ頃。拠点は順調に拡大しているが、またもや新たな問題が発生していた。
レオンは自室にアインスを呼び、そのことについて訝しげに尋ねる。
部屋の奥には玉座のような肘掛付きの椅子が置かれ、その椅子にレオンは腰を落としていた。
「レベルがまだ20にも到達していないだと?」
「はい……、私のスキルで獲得経験値を増やしてはいるのですが……。力及ばず申し訳ございません」
目の前で深々と頭を下げるアインスを見ながら、レオンは思いを巡らせていた。
(レジェンド・オブ・ダークはレベル100でプレイすることを前提に作られている。1ヶ月も普通にプレイしていれば、自ずとレベルは100になるはずだ。それなのに、新たに加わった従者たちのレベルが上がらないのはどういう事だ?しかも、戦闘職の従者は鍛錬場で24時間訓練してるんだろ?アインスがスキルまで使っているのに、1ヶ月でレベルが20にも満たないとは……。考えられるとすれば、この世界では獲得経験値が激減するということか。全く本当に厄介だな……)
「レベルが上がりやすい序盤でこれだからな。レベルを100まで上げようとすれば、何十年かかるか分かったものではないな」
「はい、それと職業なのですが、新たに取得した職業は全員未だ初級クラス、中級クラスに転職した者は誰一人おりません」
「経験値は疎か、熟練度まで激減しているということか」
レオンは軽く溜息を吐き出してメニュー画面を開いた。
課金ショップを選択して、戦闘教本と訓練教本に視線を移す。
(まさかこれを買う日が来ようとは。昔はこんなもの誰が買うんだと馬鹿にしていたのに……)
レジェンド・オブ・ダークにも課金でレベルを上げる手段はある。
しかし、元々レベルが上がりやすいため、プレイヤーからは見向きもされないアイテムであった。
【戦闘教本・極……レベルを最大値まで上げる】
【訓練教本・極……取得している職業全てをマスタークラスに転職させる】
(購入するとしたら戦闘教本・極と訓練教本・極の二つだろうけど、これ10000ポイントもするんだよな。かと言って、中途半端なアイテムを購入してもレベルは最大まで上がらないし、職業もマスタークラスには届かない。仕方ないか……)
レオンは従者47人分の教本を購入し、課金ポイントに視線を移した。
(残りの課金ポイントは8662000ポイントか、大分使ったがまだまだ余裕はある)
「アインス、これを飲み干せ」
レオンが出したのは覚醒の秘薬、それをアインスに差し出した。
「レオン様、これは?」
「覚醒の秘薬だ。お前の上限レベルを引き上げる」
「これが噂に聞く覚醒の秘薬。よろしいのですか?これは希少アイテムの中でも別格のはず」
「構わん。レベル100の魔物が襲ってこないとも限らないのだ。寧ろ弱いままでは私が困る」
「……それではお言葉に甘えていただきます」
アインスが覚醒の秘薬を飲み干すと同時に、レオンは従者の管理画面でアインスの上限レベルを確認した。
(上限レベルが90に上がっている。覚醒の秘薬の効果はこの世界でも問題なしか)
「アインス、これも飲み干せ」
レオンは再び覚醒の秘薬をアインスに差し出した。
「このような希少なアイテムを二つも?」
「言っただろ?弱いままでは困ると」
「はい……、ではいただきます」
アインスは可愛らしくコクコクと喉を鳴らしながら覚醒の秘薬を飲み干す。
(よし、上限レベルが100に上がった。これでレベル100の雑魚敵なら互角以上に戦える。後は他の従者のレベルも上げないとな)
「アインス、他のナンバーズのレベルも100まで引き上げる。通話で他のナンバーズと、そうだな、アーサーも私の部屋に来るように伝えろ」
「アーサーもでございますか?」
「ああ、彼女のスキルは私を守るのに適しているからな。私の守護者としてレベルを100まで引き上げる」
「……畏まりました」
アインスは自分が守護者として選ばれないことに僅かに顔を顰めた。
しかし、自分の所持しているスキルが守りに適さないのも事実である。
レオンの安全を優先するならば、アーサーを守護者として傍に置くのは賢明な判断であった。
程なくして扉を叩く音が聞こえてくる。
レオンが頷くのを見てアインスの口が開いた。
「入りなさい」
アインスがそう告げると、扉が開かれナンバーズとアーサーが部屋に足を踏み入れた。
迷うことなく颯爽とレオンの前に跪き、代表してツヴァイが挨拶をする。
「レオン様、ナンバーズとアーサー、ご命令により参りました」
「うむ、よく来てくれた。今日呼んだのは他でもない。お前たちのレベルを引き上げようと思ってな」
「私たちのレベルを?」
「詳しい話は後にしよう。アインス、例の物を渡してくれ」
「畏まりました」
アインスは一礼すると、事前に受け取っていた覚醒の秘薬を、ナンバーズにそれぞれ2本、アーサーに1本渡してレオンの横に戻った。
「アインスがお前たちに渡したのは覚醒の秘薬だ。それを飲み干し、レベルの上限を引き上げてもらう」
「覚醒の秘薬……、よろしいのですか?」
「ツヴァイもアインスと同じことを言うのだな。構わん、アインスも既に飲んでいる」
ツヴァイのみならず、他のナンバーズやアーサーも、希少なアイテムを本当に使用していいのか戸惑った。
しかし、アインスが既に服用していると知るや小瓶に口をつける。
「……では、いただきます」
レオンは従者の管理画面を開きながら、ツヴァイたちが覚醒の秘薬を飲み干すのを黙って見守る。
覚醒の秘薬を全て飲み終えるのを見届けてから管理画面に視線を落とした。
(よし、ナンバーズは全員上限レベルが100に上がってるな。アーサーはと……)
そこでレオンの視線がピタリと止まる。
レオンは見間違いではと、アーサーの上限レベルを何度も確認した。
しかし、そこに表示されているレベルは……
(レベル105だと!?)
レオンは混乱しながらも推測を立てる。
慌てふためくようなレオンの態度に、従者たちはどうしたのかとジッと視線を向けていた。
(落ち着け!アーサーの上限レベルは最初から95と他の従者よりも高かった。恐らく4周年目の記念として、アーサーの上限レベルだけ少し高めに設定されていたんだろう。そこまではいい、問題は次だ。覚醒の秘薬で最大上限レベルの100を超えたと言うことは、アップデートで最大上限レベルが100から引き上げられたという事になる。問題は何処まで引き上げられたかだ。それを見極める必要がある……)
レオンは隣に佇むアインスに視線を移した。
アインスは「なんでしょうか?」と小首を傾げている。
(可愛い……。じゃなくて!取り敢えず試してみる必要があるな)
「アインス、これを飲み干してくれ」
「これは覚醒の秘薬。ですが、私の上限レベルは既に100になっております。これ以上の服用は意味がないと思われますが?」
「それをこれから確かめる。いいから飲み干すのだ」
「畏まりました」
アインスは覚醒の秘薬を受け取り一気に飲み干した。
レオンは直ぐに管理画面でアインスの上限レベルを確認する。
(上限レベル110。やはりアップデートで上限レベルが引き上げられたのか……)
アインスも自分のステータスを確認して上限レベルを知ったのだろう。驚愕の表情でレオンを見つめていた。
「アインス、もう一度だ」
レオンは再び覚醒の秘薬を取り出しアインスに差し出した。
「え?ですが……」
「最大上限レベルを確かめる。いいから飲み干せ」
「は、はい」
本来であれば手に入れることの困難なアイテム、どのようにしてこれ程の数を手に入れたのかは気になるが、レオンの命令は絶対である。
アインスは戸惑いながらも覚醒の秘薬を飲み干した。
(上限レベル120だと?まだ上がるのか?)
その気持ちはアインスも同じらしく目を大きく見開いている。
二人がなぜ驚いているのか状況を把握していない他の面々は、唯々ジッと事の成り行きを見守っていた。
「アインス、もう一度飲んでもらう」
「……はい」
言われるがままアインスは覚醒の秘薬を飲み干す。
レオンは管理画面を確認して大きく息を吐いた。
(変化なし、最大上限レベルは120か。後は従者たちのレベルをどうするかだが……。ナンバーズは上位者としてレベル120、アーサーは俺の守護者としてレベル115、他の従者はレベル110でどうだろうか?全員レベル120にして序列が変わりでもしたら困る。かと言って低すぎると他のプレイヤーに殺されないとも限らない。俺がこの世界に来ているということは、他のプレイヤーも必ずいるはず。友好関係を結べればいいが、中には問答無用で襲ってくる相手もいるかもしれない。それを考慮すれば、レベル100では不安が残る)
「どうやら上限レベルは120のようだな」
「はい……、ですが希少なアイテムを一つ無駄にいたしました」
「構わん、覚醒の秘薬はまだ400本以上ある。何も問題はない」
「そんなに?やはりレオン様は特別なのですね」
アインスは頬を赤く染めながら潤んだ瞳でレオンを見つめていた。
見れば他のナンバーズやアーサーまでもがレオンに熱い視線を向けている。
その眼差しに、レオンは照れ隠しをするように言葉を発した。
「そ、それよりも、他のナンバーズの上限レベルも120まで引き上げる。アーサーの上限レベルは115とする。これはナンバーズが上位者であるためだ。アーサーもそれでよいな?」
「はっ!我が主の御心のままに」
「よし。では今からお前たちに覚醒の秘薬を渡す。アインスこれを皆に」
「畏まりました」
アインスは恭しく一礼すると覚醒の秘薬を受け取った。
レオンは再び管理画面で従者の上限レベルを確認する。
ナンバーズの上限レベルが120、アーサーの上限レベルが115になっているのを確認すると、今度は手元に戦闘教本・極を出した。
「アインス、私の前に来い」
「はい」
アインスはレオンの前に跪き頭を垂れる。
「うむ、そのまま動くなよ」
レオンの持つ戦闘教本・極が開かれ、ページが瞬く間に捲れられていく。
最後に教本が音を立て閉じられると、教本は虚空に消えるようになくなっていた。
それと同時に、アインスには膨大な経験値が流れ込み、一瞬にしてレベルが120まで上がっていた。
「レオン様これは?」
「レベルを最大まで引き上げる課金アイテムだ。取得する職業は後でゆっくり選ぶとよいだろう」
アインスが瞳を輝かせながら身を乗り出してレオンに迫る。
「レベルを一瞬にして最大まで引き上げるとは、流石はレオン様です!」
「ま、まぁな。それより他の者たちのレベルも上げなくてはならない。アインスは私の横に移ってくれ」
「はい」
アインスは満面の笑みでレオンの横に立つ。まるで其処が自分に与えられた特別な場所であるかのように。レオンはアインスに気圧されながらも、威厳を保つため即座に体裁を取り繕う。
そして厳かに口を開いた。
「では、名前を呼ばれた者は前に出よ。ツヴァイ」
「はっ!」
ツヴァイが前に出てレオンの目の前で跪いた。
レオンはアインスの時と同様に、戦闘教本・極を使い、ツヴァイのレベルを最大まで上げる。
別にレオンが態々教本を使わなくてもよいのだが、どちらが上位者なのかを知らしめるために、レオンは敢えて自分の手で従者のレベルを上げていた。
部屋にいる全ての従者のレベルを最大まで上げ終えると、レオンはインベントリを開いて従者たちを見渡した。
「さて、レベル上げも終わり後は職業だが、直ぐには決められないだろう。時間をかけて後悔のないように選択しろ。それと、今からお前たちにあるアイテムを渡す。直接インベントリに移すため後で確認をするように。これを使用することで、取得している職業を全てマスタークラスまで転職することができる。取得する職業が全て決まった後に使用するがよい」
「はっ!」
従者たちの声が幾重にも重なり部屋に木霊する。
レオンはナンバーズとアーサーのインベントリに訓練教本・極を移し終えると、アインスに視線を向けた。
「アインス、ここにいない従者にはお前からアイテムを渡しておいてくれ。覚醒の秘薬は2本、教本はそれぞれ一冊渡すように。今私が説明したことも忘れるな」
レオンはアインスのインベントリに覚醒の秘薬72本、戦闘教本・極36冊、訓練教本・極36冊を移し終えると、それを受け取りアインスも大きく頷いた。
「畏まりました」
(よし、取り敢えずこんなものか。アインスの手から希少なアイテムを受け取れば、ガチャの従者たちもアインスが如何に偉いか身を持って分かるだろうからな)
「では、以上だ。私は暫く一人になりたい」
その言葉を受け、全員部屋を出て自室へと戻っていった。
唯一、守護者として命じられたアーサーだけは、レオンの部屋の前で立ち止まり、不審者の侵入を防ぐため不寝番として残っている。
誰もいなくなった部屋でレオンは覚醒の秘薬を取り出す。
従者の上限レベルが120まで上がっていたのだ。当然プレイヤーの上限レベルも上がっていて然るべきである。
(さてと、俺も上限レベルを上げないとな。従者よりも弱くては、主として失格の太鼓判を押されかねない)
レオンは覚醒の秘薬を一気に飲み干す。
微かな甘さが口に広がり思ったよりも飲みやすい。
(思ったよりも美味しいな。上限レベルも上がっている)
ステータスを確認してから、レオンはもう一度覚醒の秘薬を飲み干した。
(上限レベル120。問題は無いみたいだけど、試しにもう1本使ってみるか。もしかしたら、プレイヤーの上限レベルは従者よりも高いかもしれないしな)
レオンは更に覚醒の秘薬を飲み干す。
ステータスを確認し見間違いではと何度も見直した。
(うわぁ……、まさか上があったとは。半分冗談のつもりだったのに、レベル130まで上がるのかよ……。もう上はないよな?)
レオンは戸惑いながらも覚醒の秘薬を取り出し飲み干した。
そして、ステータスに視線を落とし目を丸くする。
(嘘だろ?上限レベル140って……、流石にバランス崩れすぎだろ?)
これ以上はないだろうと思いつつも、レオンは覚醒の秘薬を再び取り出し飲み干した。
上限レベルの表示が150になっているのを見て絶句する。
(…………)
もう何も言うまい。レオンは覚醒の秘薬を飲み続ける。
途中で上限レベルの表示が文字化けしたがお構いなしで飲み続けた。
文字化けした表示が僅かに変化しているため、上限レベルはまだ上がっているらしい。
レオンは半ばヤケで飲み続ける。すると11本目を飲んでも文字化けが変化しなくなった。試しにもう1本飲んでみるがやはり変化はない。
(覚醒の秘薬を11本飲んだ時点で表示に変化がない。ということは、恐らく上限レベルは200か?文字化けしてる時点で間違いなく不具合だろ……。この状態で戦闘教本・極を使っても大丈夫なのか?)
不安は残るがこのままでは従者よりも弱いまま、レベルはどうしても上げる必要がある。
レオンは課金ショップから戦闘教本・極と訓練教本・極を購入し残りの課金ポイントを確認した。
(残り8642000ポイント。まさかガチャよりも教本で使うポイントの方が大きいとは……)
レオンは戦闘教本を手に取り使用する。
ベージが勢いよく捲れ上がり教本が閉じられると膨大な経験値が流れ込んできた。
レオンは恐る恐る自分のステータスに視線を落とす。すると、全てのステータスが文字化けして読み取れない状態になっていた。
(えぇ……、全ステータスが文字化けして全く分からない。追加の職業は後でゆっくり選ぶとして……、これ大丈夫なのか?)
恐らくステータスは高いと思うのだが、文字化けして読み取れないため不安であった。
もし、仮にステータスが減少していたらと思うとぞっとする。この世界での死をまだ経験していないため、蘇生できるかも疑わしい。そう考えると自分の強さを確認する必要があった。
部屋を飛び出ると、そこにはアーサーが佇み周囲を警戒している。レオンは丁度いいとばかりにアーサーを部屋に引き込んだ。
「アーサーいいところにいた。お前に少し頼みがある」
無理やりアーサーの手を引いて部屋に戻り、悠然と椅子に腰を落とす。
アーサーはといえば、不意に手を引かれ頬を赤らめている。普段の凛々しい姿とは違い乙女のように恥じらいでいた。
(え?誰これ?可愛いんですけど……)
普段見ることのないアーサーの一面に戸惑うも、そんなことに躊躇っている場合ではない。レオンはレベル10の剣を取り出しアーサーに差し出した。
「アーサーその剣で私の左腕を斬ってくれ」
レオンは右手で剣を差し出し、横に突き出した左腕を斬るように指示を出す。突き出した左腕は袖が捲られ素肌を晒していた。
咄嗟の申し出にアーサーは混乱するばかりである。主を斬ることなど従者のアーサーに出来るわけがない。アーサーはレオンに考え直すように懇願する。
「レオン様、私には主君を傷つけることはできません。何卒ご再考ください」
「そう難しく考えるな。怪我をしても直ぐに治すから問題はない」
「で、ですが、主君に危害を加えるなど臣下として有るまじき行為、私にはそのようなことはできません」
(なんて融通が利かないんだ。俺の為を思うなら斬ってくれよ)
レオンはどうしようか考えるも、答えは分かりきっている。
ステータスが減っていようが増えていようが、自分で自分を傷つけても実力を測ることはできない。
手っ取り早く自分の実力を確かめるには、戦闘職の従者に攻撃してもらうに限る。もし、レベル115のアーサーの攻撃でダメージが殆どなければ自分は強いと確信できる。
逆に予想よりもダメージが多い場合にはステータス減少の疑いが浮上する。
恐らく減少していることはないだろうが、それでも万が一ということもあり、確認せずにはいられなかった。
有事の際に実は弱かったでは目も当てられない。
レオンは語気を強めてアーサーに命令する。
「アーサーこれは命令だ!この剣で私の左腕を斬れ!」
強く命令されアーサーも引くに引けない。顔を顰めながらも遂にレオンの手から剣を受け取り身構えた。
「ほ、本当によろしいのですか?」
「問題ないと言ったはずだ。遠慮はいらん、全力で剣を振り下ろせ」
アーサーの喉がゴクリと鳴り緊張が伝わって来る。
(お前がそんなに緊張していたら、こっちまで緊張するだろうが!)
「では参ります!」
腕を斬る程度であれば、例え腕を斬り落としても死にはしない。
回復魔法の効果は確認されているため、腕を切り落とされても直ぐに魔法で治すことができた。
アーサーもそれを理解しているのだろう。言われるがまま全力で剣を振り下ろす。
振り下ろされた剣がレオンの左腕に当たると、「ガキン!」という硬質な音と共に、レベル10の剣は見事に折れた。
斬られた左腕には擦り傷一つ付いていない。そのことにアーサーは安堵の溜息を漏らす。
レオンはと言えば折れた剣をまじまじと見ていた。
(HPは減っていない。それにしても武器が折れるとは……。どんなに弱い武器でも、ゲームの中では折れるということはなかったんだがな)
正確にはHPは文字化けして見ることが出来ない。しかし、横に伸びるHPのゲージが減っていないことから、ダメージを受けていないのが見て取れた。
レオンはレベル20の剣をアーサーに差し出す。
「アーサーよくやった。次はこの剣で頼む」
「……はっ!」
アーサーは顔を顰めるも剣を受け取り身構えた。
「では参ります!」
結果は先程と同じ、剣は折れてレオンにダメージは入らない。
するとレオンはレベル30の剣を取り出し同じことが行われた。当然のようにダメージはないが、今度は剣が一撃で折れることはなかった。
これが幾度となく繰り返され、剣のレベルは遂に100まで上がっていた。
(ダメージが全く入らない。何故だ?)
如何にレベルが高くとも、全くダメージが入らないのは不自然であった。本来であれば、どんなに弱い攻撃でも僅かにダメージが入るからである。
レオンはふと自分の右手首の装備を見てある事に気付いた。
そこには、朱雀、青龍、白虎、玄武の踊るような姿があしらわれた銀のブレスレットが嵌められている。
(ああ、なるほどな。LRアイテム、守護獣の腕輪を装備しているのをすっかり忘れていた……。これは自身の最大HP5%のダメージを無効化、若しくは軽減する効果がある。レベルが上がり、恐らく俺の最大HPはとんでもないことになっている。加えて防御力も格段に増しているはず。最大HP6%以上のダメージなんて入るわけがない。それこそ、LRの武器を装備するか、強力なスキルを使わなければ無理に決まっている)
もはやこの時点でレオンの強さは疑いようがない。
しかし、レオンはどれほどのダメージを受けるのか検証したかった。
仲間たちとよくやっていたダメージ量の測定。どの程度の武器でどれだけのダメージが入るのか。その再現である。
レオンは守護獣の腕輪を外し、アーサーにSSRアイテム、聖剣エクスカリバーを差し出した。
外見はアーサーのコスチュームに施されている剣と同じである。見覚えのある剣に思わずアーサーが尋ねた。
「レオン様、これは?」
「SSRアイテム、聖剣エクスカリバーだ。お前がコスチュームとして身に着けている剣があるだろ?それのオリジナルでもある。これでもう一度頼む」
そう告げると、レオンは右手で剣を差し出し、再び左手を横に突き出す。
アーサーは剣を受け取り鞘から抜き放つと、その見事な輝きに心奪われ、魅入られるように暫し眺めていた。
(随分気に入ってるみたいだな。アーサーには無理なお願いもしたし、褒美として渡してもいいのかもしれない)
「アーサー、これが終わったら褒美としてその武器はお前にやろう」
「え!?ですが、このような見事な武器をご下賜なされてよろしいのですか?」
「構わん。他の従者にも何れそれなりの武器を持たせるつもりでいる。早いか遅いかの違いでしかない」
「……それでしたら、この聖剣エクスカリバー、有り難く頂戴いたします」
アーサーは剣を抱くように胸元に引き寄せた。
嬉々とした表情からはアーサーの喜びがこれでもかと満ち溢れている。
「水を差すようで悪いが早くしてくれないか?」
レオンは左手を横に突き出したままであった。
その様子にアーサーが慌てて剣を構える。
「申し訳ございません。これ程の武器をご下賜くださるレオン様の寛大さに私も覚悟を決めました。もし、万が一にもレオン様の身に何かございましたら、その時はこの剣で私を処断してください。では、参ります!」
(え?)
レオンが何を言ってるんだと驚く中、聖剣エクスカリバーがレオンの左腕に勢いよく振り下ろされた。
守護獣の腕輪を外したことで障壁がなくなり、エクスカリバーの刀身が深々とレオンの左腕に食い込む。
しかし、その見た目より傷は浅く、振り下ろされた刀身には僅かに血が付く程度であった。
これも防御力の高さ故である。当のレオンはといえば、傷は浅いにも関わらず苦痛で顔を歪めていた。
(いってぇええええええええ!)
左腕には浅い切り傷がついている程度であるが、普段から痛みに耐性の無いレオンはそれだけでも内心大騒ぎである。
アーサーがいる手前平静を装うが、本当に平然とした顔をしているのか定かではない。
左腕に走る痛みはレオンにとってそれほど衝撃的であった。
(クソッ!俺は馬鹿か!これはゲームじゃないんだ!痛みを感じることは容易に想像がつくじゃないか!)
「治癒」
回復魔法を唱えると、傷は一瞬にして塞がり痛みは直ぐに消えてなくなった。
(ふぅ……、ダメージがなくなると痛みも消えるのか。昔はよく仲間内でダメージ量の測定をしていたからな。その時の癖が思わず出てしまった。今度からこんな馬鹿な真似はできないな)
レオンは落ち着きを取り戻すと、みっともない姿を見せていないか気になり、アーサーの様子を横目で窺う。
すると、そこには魂の抜け殻のように、真っ青な顔で呆然と立ち尽くすアーサーの姿があった。
(なんだ?どうしたんだ?)
「おい!どうした?しっかりしろ!」
レオンは椅子から立ち上がりアーサーの肩を激しく揺らした。
その声にアーサーの瞳が僅かに揺れ動く。
「何があった?大丈夫か?」
「れ、レオン様?はっ!お怪我は!お怪我は大丈夫ですか!」
今度は立場が逆になり、アーサーがレオンに詰め寄ってきた。
「え?いや、問題はない。この通り傷も全て塞がっている」
レオンは左腕をアーサーに見せながら説明する。
傷を確認してアーサーは気が抜けたのか、その場にへたり込み安心したように溜息を漏らした。
「レオン様にあれ程の大怪我を負わせるなど、最早私には生きる価値もございません。このアーサー、最後の願いでございます。どうか最後はレオン様の手で殺してください」
アーサーはレオンの前で跪き、頭を深く垂れながら、聖剣エクスカリバーを両手で恭しく差し出した。
(えっ?大怪我?いや、擦り傷だから。すっごく痛かったけど擦り傷だから。俺も内心大げさに騒いだけど所詮は擦り傷だから。ほら、血も殆ど出てないし)
「抑、腕を斬り落とされても死ぬわけではない。お前もそれを分かっていたからこそ、私に斬りかかってきたのだろ?少し血が出たくらいでそんなに騒ぐことではない」
レオンは話をしていて、(俺も内心騒いでただろ!)と自分に突っ込みをいれていた。
「ですが、私はレオン様がお怪我をされた時点で、この命を投げ出す覚悟でございました」
(いやいや、お前自分の命を捨てるつもりで俺を斬ってたの?忠誠心が天元突破しておかしなことになってない?)
「私は怪我を覚悟の上で、お前に斬りかかるよう命じたのだ。お前が悪いわけではない。それにお前は私の守護者だろ?お前がいなくて誰が私を守ると言うのだ」
「それは……」
「アーサー、お前に罪はない。あるとすれば、お前の気持ちも知らず無理な願いを言った私にある」
「そのようなことは断じてございません。主のために命を投げ出すのは臣下として当然の務め。レオン様に罪などあろうはずがございません」
(うわぁ、埒が明かない。何なのこの子?もしかして反抗期なのか?大人しく従っていれば可愛いのに。よりによって、自殺願望でもあるのかよ)
「ではこうしよう。今回の件は私に罪はない。そしてアーサー、お前にも罪はない。これでよいな?」
「ですが、それでは私の気が収まりません。この命を持って償わせていただきます」
(何なんだ?もしかして何か特殊なプレイなのか?俺には全く理解できないんですけど……。そう言えば、さっきは強めに命令したら言うことを聞いてくれたな。強く命令すればいいのか?)
引き下がらないアーサーに、レオンは敢えて怒鳴り声を上げてみた。
「何度も言わせるな!私の命令が聞けないのか!」
「も、申し訳ございません!」
レオンの不機嫌そうな声に、アーサーは緊張した面持ちで深々と頭を下げた。
「その剣を持っていま直ぐ下がれ!」
「はっ!失礼いたしました!」
機敏に立ち去るアーサーの後ろ姿を見て、レオンは面倒な守護者を持ったなと肩を落とす。
(アーサーを言い聞かせるには強めに命令すればいいのか。他の従者はどうなんだろ?アーサーみたいなのばかりだと先が思いやられるな……。それに新たな問題もある。痛みを感じるのは戦闘では致命的、痛みでまともに戦えなくなる。これもどうにかしなくてはならないな……)