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レジェンド・オブ・ダーク  作者: 粗茶
第一章 未知の世界
3/17

異変

 翌日、玲音は早々に帰宅して手早く食事と風呂を済ませる。

 椅子に座り21時になるのを秒読み数えて心待ちにしていた。


(あと30秒か……)

 ・

 ・

 ・

 ・

(3)

(2)

(1)


 時間ぴったりにログインをして、いつもと変わらぬ天空城の自室に出るはずだった。

 しかし、レオンのいる場所はレジェンド・オブ・ダークではよく見慣れた普通の民家。

 始めた時に最初に与えられる拠点であり、必要最低限の家財道具しか置かれていない殺風景な民家であった。

 その拠点に、ぽつんと置かれた椅子にレオンは座っていた。視線を落とせば目の前では10人の男女が跪いている。


 それは忘れようもない、レオンが最初に作った10人の従者。ドイツ語の1から10までを名前とし、レオンがナンバーズと設定した者たち。

 ナンバーズの統括者、(アインス)から始まり、(ツヴァイ)(ドライ)(フィーア)(ヒュンフ)(ゼクス)(ズィーベン)(アハト)(ノイン)10(ツェーン)の10名である。

 それぞれが、戦闘、内政、生産に特化した職業を取得し、ゲームを始めた頃はレオンと共にクエストをこなした想い出深い従者たちであった。

 訳の分からぬ状況にレオンは首を傾げる。


(最初の拠点といい、何らかの不具合でも生じたのか?)


 レオンはメニュー画面を開きログアウトを試みるが、ログアウトをする画面がロックされているのか開くことができない。

 今度は運営に連絡を入れようとサポート画面を選択するがこれも開かない。


(ログアウトもできなければ運営に連絡することもできない。アップデートで問題が起きたのかもしれないな)


 次にレオンはフレンドリストを開いて仲間への連絡を試みる。

 戦いの庭園(バトルガーデン)の面々であれば、自分同様アップデート直後にログインしている可能性が高い。

 そう思ったレオンだが、その期待は裏切られる。


(どういう事だ?フレンドリストに名前が一つもない)


 次にレオンはギルド画面を開いてそこから仲間に連絡を試みる。

 しかし、そこに表示されている文字は予想外であった。


(ギルドに未所属だと?)


 そこには本来表示されるべきギルドの情報はなく、未所属と記されていたのだ。


(馬鹿な!なぜ未所属に……。コタツさんが俺をギルドから追放した?いや、有り得ない!)


 従者たちは顔を上げて困惑した表情をしている。


(えっ?こいつらが話しかけたのか?)

 レオンは左手に嵌められた5つの指輪を見る。

 そこに嵌められているのはギルドの宝であるGR(ゴッドレア)アイテム、フォルトゥーナの指輪リング・オブ・フォルトゥーナ


(俺をギルドから追放するなら、この指輪は必ず回収するはずだ)


 レオンの手元にフォルトゥーナの指輪リング・オブ・フォルトゥーナが有るということは、ギルドに未所属になっているのもアップデートにおける不具合と見て間違いなかった。

 抑、ギルマスのコタツは仲間を平然と切れる男ではない。

 レオンは一瞬でも仲間を疑ったことを恥じる。自分を快く受け入れてくれた戦いの庭園(バトルガーデン)の皆に申し訳ないと。


 しかし、こうなるとレオンにできることは何もない。運営や仲間と連絡は取れず、ログアウトもできない。

 後は不具合が改善するまでジッと待つしかないのだが、こんなことは初めてのことである。

 ゲームの中から出られないなど、安全面から考えても大きな問題になるのは想像に容易い。


(こんな大きな不具合起こして、配信停止にならなければいいけど……)


 今のレオンにとってレジェンド・オブ・ダークはなくてはならない生活の一部だ。

 ここで多くの友人に出会い、共にギルドを発展させてきた。それはレオンにとってかけがえのない思い出であり、大切な宝でもある。

 レオンが走馬灯のように過去の想い出に浸っていると、不意に誰かに話しかけられた。


「レオン様、私たちは如何すればよろしいでしょうか?」


 声の方に視線を向けると、跪いていた

 目の前にいる女性、ナンバーズの統括者であるアインスが口を動かした。


「ここはレオン様の古い拠点と思われますが、天空城から移られたのでしょうか?」


(アインスが話している?しかし、従者には会話をする機能はないはず。今回のアップデートで新たに追加された?)


 レジェンド・オブ・ダークのベータ版配信の際に、レオンが丸一日を費やして作り上げたのが、目の前で跪く従者たちである。

 レオンの作った設定で、アインスはナンバーズの統括者ということになっている。今思えばナンバーズは厨二臭くて笑ってしまうが、その当時は格好いいと思っていたのも事実だ。


 レオンの作ったアインスは内政に特化した仕様になっている。

 主に拠点の維持コストを下げたり、他の従者を効率よく動かすための職業を取得させていた。

 見目麗しい女性で、真珠のような銀色の長髪に琥珀のような黄金の瞳、透き通るような白い肌を覆うのは清楚な純白のドレス。長身の小顔で当然のように目鼻立ちも整っている。

 申し訳程度の黄金の装飾品が、より一層アインスの美しさを際立たせていた。


(こうして改めて見るとアインスは綺麗だな。まぁ、アインスに関わらず、従者の女性は全員俺の好みが反映されてるから、綺麗だと思うのは当然なんだけど)


 レオンが従者に見とれていると、返答がないことにアインスは表情に影を落とす。


「あの、レオン様?私が何かご不快にさせるような発言をしたのでしょうか?」


(ん?どうしたらいいんだろう……。普通に話しかけていいのか?)


「いや、そんなことはない。なぜこの場所にいるのかは私にも分からないが、恐らくアップデートによる不具合だろうな」

「アップデート?でございますか……」

「まぁ、お前には分からないだろう。暫くすれば復旧するだろうから、それまで暫し待て」

「はい……、お役に立てず申し訳ございません」


 アインスは跪いたまま顔を伏せて視線を落とした。

 何処とない悲しそうな仕草に、その場の空気が重くなる。


(なんだこれ?もしかして感情もあるのか?普通に会話が出来るだけでも凄いのにどうなってるんだ?)


 それからレオンはログアウトや運営への連絡を幾度となく試みるが、一向に改善する様子がない。

 痺れを切らせたレオンは外に出て様子を見ることにした。初期の拠点に窓はなく外の様子を知ることはできない。

 だが、拠点のある場所は見なくても分かる。最初の拠点は必ず王都の街中にあるからだ。


(まいったな。外に出て様子を見るか。もしかしたら同じ境遇のプレイヤーがいるかもしれない。情報の交換が出来れば、この状況も変わるかもしれないからな)


「外に出て様子を見る」


 態々(わざわざ)話すことでもないが、何となく口に出していた。自分でもNPCノンプレイヤーキャラクターに話しかけるなどおかしいとは思うのだが、感情があるかもしれないと思うと唯のNPCとして扱うには抵抗があった。


「では、私たちもお供いたします」


 レオンの言葉に当たり前のようにアインスが返答する。

 こうして見るとプレイヤーにしか見えない。

 レオンが歩き出すと、その後ろをアインスたち従者が付き従う。その光景にレオンは何処となく違和感を感じていた。


(なんだこの感じ?何かがおかしい……)


 レオンは違和感を覚えながらも従者を従え外に出る。

 そこは石畳で整備された見慣れた街中ではなく、初めて見る森の中であった。

 拠点の周りの一定範囲は綺麗に芝生で整備されている。しかし、そこから一歩外は鬱蒼と草木が生い茂っていた。

 人の手が加えられた形跡はないため、恐らく原生林であろうことが窺える。

 振り返ると、拠点の裏側には切り立った岩肌が聳えおり、見上げれば微かに山脈の頂きが窺える。

 そのことから山脈の麓にいることだけは理解できた。しかし、明確な場所を示す手掛かりは何もない。


「ここは何処だ?なぜこんな場所に拠点がある?」


 レオンは独り言のように思わず呟いた。それは返答を求めてのことではない。しかし、当然のようにそれに答える者がいる。


「申し訳ございません。無知な我々をお許し下さい」


 答えたアインスのみならず、他の従者までもが苦虫を噛み潰したように表情を歪めていた。

 そこでレオンは初めて先ほどの違和感に気が付く。


(まて?なぜ従者が全員付き従っている?パーティーはプレイヤーを含めて6人までのはずだ。プレイヤーに付き従う人数は5人までと決められている。抑、俺は従者とパーティーを組んでいない。これも今回のアップデードで変わったのか?何かがおかしい……)


「さっきのは私の独り言だ。お前たちに言ったわけではない。気にするな……」

「……はっ」


 アインスたち従者は深々と頭を下げる。

 だが、表情は暗いままであり、納得していないのが見て取れた。恐らく問いに答えられないことを恥じているのだろうが、ゲームのAI(人工知能)がそんな反応までするのかと疑わずにはいられない。

 この頭を傾げたくなる状況に、レオンはどうするべきかと思いを巡らせていた。


(どうする?相変わらずログアウトも出来なければ運営に連絡も取れない。(そもそも)、ここは本当にレジェンド・オブ・ダークの中なのか?少し調べる必要があるな……)


 レオンは横目でちらりとヒュンフを見る。

 ヒュンフは隠密行動、索敵、暗殺に特化したダークエルフの女性である。

 美しい銀色の髪は動きが阻害されないように肩口で切り揃えられ、ガーネットのような深い紅色の瞳は獲物を捉えた獣のように鋭い。

 長身の身に纏うのは闇に溶け込むようなフード付きの黒い外套、麻痺効果のある短剣を携え、足元には砂漠や森林などでの移動阻害を軽減するブーツを履いている。

 装備品は全てレベル80、レオンの従者の中では最も探索に適した従者である。


「ヒュンフ、この付近に魔物がいないか調べろ。レジェンド・オブ・ダークの魔物と違いがある場合は直ぐに報告に戻れ」


 レオンは内心ドキドキしながら命令を下す。もし、嫌だと言われたらどうしようかと気が気ではない。

 しかし、それも杞憂に終わる。ヒュンフは一歩前へ出るとレオンの前で跪いた。


「畏まりました。魔物は殺してもよろしいでしょうか?」

「構わん。だが、自分より格下だけを狙え。お前が手傷を負うことは許さん」

「はっ!レオン様の従者に相応しい働きをいたします」


 そう告げると、ヒュンフの姿は影も形もなく消え失せていた。


 レオンは暫くその場で佇む。ヒュンフが直ぐに戻る保証など何処にもないが、この世界のことが気になり動くことができずにいた。


「レオン様、我々は如何いたしましょうか?」


 アインスたち他の従者が、レオンの命令を待つように佇んでいる。


「そうだな。何が変わったのか確かめる必要がある。お前たちのインベントリに異常はないか?」


 従者にもアイテムが持てるようにインベントリが設定されていた。その数は100種類と少ないが、従者には主に回復アイテムや予備の装備を持たせるだけであり、それだけの容量があれば十分であった。

 そう言いながらレオンも自分のインベントリを確かめる。

 レオンのインベントリの最大所持数は9999種類9999個で変わらないまま、所持しているアイテムにも変化はない。

 次に所持金を確認するが、これも以前と変わらず膨大な金額が入っている。

 最後に課金ポイントの確認だが、これも変わりなかった。


(インベントリや所持金は問題なしか)


 レオンがメニュー画面を開いて色々と確認していると不意にメッセージが現れた。


【アインスさんからフレンド申請があります】


(はぁ?フレンド申請?)


 目の前ではアインスがあたふたしながら涙目になっていた。


「も、申し訳ございません。フレンドという項目が追加されていましたのでつい……」


(え?本当にお前なの?)


 従者からのフレンド申請など聞いたこともない。

 だが、百聞に一見はしかず。レオンはフレンド申請を受け入れる。

 するとレオンのフレンドリストにアインスが追加された。


「アインス、お前のフレンドリストにも私の名前は出ているな?」


 アインスは笑みを浮かべ喜々として答える。


「はい、出ております」

「そうか、では実験だ」


 レオンはフレンドリストからアインスを選択して通話を試みた。

 傍にいても聞こえないような小声で独り言のように呟く。


『アインス、私の声が聞こえるか?』


 するとアインスの耳元でレオンの声が聞こえてきた。


『えっ、レオン様?き、聞こえます』

『なるほど。通話機能も使えるのか』


 レオンは通話を解いてアインスに視線を移す。


「今のはフレンド同士で会話ができる通話機能だ。小声で話しても相手にはっきりと話し声が伝わり、遠く離れた場所でも会話ができる。主にその場にいないフレンドと会話をしたり、レイド戦での連携などに多く使われる。この機能はかなり大きい、私も含め従者も全員フレンドに登録しておけ」


 言い終わると同時に他の従者からレオン宛にフレンド申請が次々と入ってくる。

 レオンは全員のフレンド申請を受け入れアインスに視線を移した。


「他に変わったことはないか?」


 アインスは虚空を見て何かを操作するように視線を動かしている。


「ございません」

「そうか、ではヒュンフが戻るまでそのまま待機していろ」


 レオンは従者に命令を下し自らのメニュー画面を操作した。

 レジェンド・オブ・ダークには年齢という概念がある。

 年齢により僅かではあるがステータスも増減するため、自分の職業に合わせて年齢を設定するプレイヤーも多い。

 20代では物理が向上し、30代以降は物理が低下する代わりに魔力が向上する。10代ではステータス増減の恩恵は受けられない。

 戦いの庭園(バトルガーデン)のギルマスであるコタツは魔法職を取得している。彼が老人の姿をしていたのは魔力向上の恩恵を最大限受けるためのものであった。

 尤も、最大限の恩恵と言っても微々たるもの、多くのプレイヤーは見た目重視で年齢を決めている。

 斯く言うレオンも見た目重視で年齢は20代に設定していた。


 レオンはステータス画面を開いて自分の年齢を確認する。

 そして、その横にあるタグが固定(ホールド)になっていることを確かめると納得したように頷いた。


 レジェンド・オブ・ダークでは現実世界と同じようにプレイヤーや従者も歳を取る。

 だが、年齢の経過によるステータスの増減を嫌うプレイヤーも多く、年齢の経過を止めることができるようになっていた。

 操作は簡単で、ステータス画面を開き年齢経過を固定(ホールド)にするだけである。それだけで年齢は固定され歳を取らなくなる。

 もし、年齢を経過させたい場合には経過(アクティブ)を選択するだけの簡単操作であった。


 次にレオンは従者の管理画面を開き、同じように年齢が固定されているか確認を行う。

 尤も、年齢が経過しても年齢操作(エイジコントロール)の魔法で自在に年齢を変えることはできた。

 しかし、今は想定外の非常事態。魔法が正常に発動しないことも考えられる。

 そのためレオンは出来る限りのことを行う。

 このままログアウトできないという最悪の事態に備えて……


 暫くすると、レオンは茂みの奥から気配を感じて目を凝らしていた。

 少し遅れて従者たちもレオンを取り囲むように動き出す。


「遅くなり申し訳ございません」


 茂みの中から現れたのは魔物を片手に持ったヒュンフであった。

 魔物はコボルト、茶色の毛色から下位のソルジャークラスであることが窺える。

 コボルトは体が麻痺して動けないらしく、微かに体を痙攣させていた。

 しかし、問題はそこではない。

 レオンはまたも訳の分からぬ状況に頭を抱えたくなる。


(コボルト?コボルトを麻痺させるのは分かる。だが、魔物を麻痺させて持ち運ぶ機能はレジェンド・オブ・ダークにはない。どうなっているんだ……)


 レオンは内心焦りつつも冷静を装いヒュンフに労いの言葉をかけた。


「ご苦労。そのコボルトは麻痺しているようだが……、よく運べたな?」


 ヒュンフはどう説明しようか戸惑っていた。

 しかし、言葉に出すよりも実際に見せた方が早いと行動に移す。


「レオン様これをご覧下さい」


 そう告げると、ヒュンフはコボルトの首に短剣を振り下ろした。

 コボルトソルジャーはレベル6の弱い魔物、頭が胴体から簡単に切り落とされる。

 それと同時に首から血飛沫(ちしぶき)が溢れ出し、地面を真っ赤に染め上げていった。


「な、なんだこれは?」


 突然の出来事にレオンは呆然となる。


(どういう事だ?レジェンド・オブ・ダークは15歳以上対象のゲーム、魔物は血を流したりはしない。そんな過剰な演出は認められていない。それに、殺された魔物は本来消えてなくなり死体は残らないはずだ)


 周囲には鼻を突くような血の匂いが立ち込め、これがゲームではなく現実であるとまざまざと見せ付けられた。


(それにこの血の匂い。レジェンド・オブ・ダークには匂いなんてなかった。これはもう間違いない。ここはゲームの中とは違う現実の世界だ)


 ヒュンフはレオンに自分の体験したことを話し始める。


「魔物を数体殺したのですが、どれも同じように死体は消えず、アイテムも落としませんでした。他に殺した魔物はオーガ、ライカンスロープ、サイクロプス、どれもソルジャークラスです」


 レオンは俯き瞳を細めると、虚空を見つめて暫しの間考え込んだ。


(どれもレベル20以下の弱い魔物か……。だが、偶々(たまたま)弱い魔物に遭遇しただけかもしれない。レベル100の魔物に出くわしたら従者たちに勝ち目はない。早急に手を打たなければ)


 やるべき事は多々あるが、先ずは自身と従者の身の安全を考えなくてはならない。

 レオンは顔を上げて周囲を見渡し一度大きく頷いた。


「結界を張る」


 レオンはインベントリから守護者の偶像を取り出す。

 アインスがレオンの手の中にある金属の人形を見て不思議そうに首を傾げた。


「レオン様、それは?」

「これは守護者の偶像、濃霧でエリアの外側を囲み、レベル50以下の魔物を寄せ付けない効果がある」


 レオンが偶像を持った手に力を入れると、偶像はすうっと消えてなくなる。

 すると拠点の外側に濃密な霧が立ち込め周囲の森が見えなくなった。それとは真逆に芝生で囲まれた拠点の中は霧が一つも発生していない。


「なるほどな。芝生で整備された土地までエリア内。つまり、周囲の芝生も拠点に入るわけか」


 次にレオンはメニュー画面を開いてそこから課金ショップを選択した。

 購入するのは愚者の指輪(リング・オブ・フール)、これを従者たちに装備させる必要があった。

 これは常に魔物に警戒できるようにとの配慮である。

 元々、愚者の指輪(リング・オブ・フール)は誰でも購入できるように価格が低く設定されている。そのため、膨大な課金ポイントを持つレオンには全く負担にならない。

 レオンは指輪を10個購入して自分の手元に出した。


「お前たちにこれを渡しておく。装備することを忘れるな」


 差し出された指輪に従者たちは目を丸くする。

 アインスは指輪をまじまじと眺めてからレオンへ視線を移した。


「これは愚者の指輪(リング・オブ・フール)ではございませんか?」

「なんだ知っているのか?」

「はい、天空城を散策中に聞いたことがございます。何でも食事や排泄、睡眠を必要としなくなる課金アイテムだと」

「その通りだ。この世界は今までの世界とはまるで別物、警戒を怠ることはできない。故にこれからは24時間体制で警戒に当たる必要がある」

「それでこれほどまでに貴重なアイテムを下賜なされるのですね」


 アインスは瞳を輝かせながらレオンを見つめていた。


(千円で買えるし、そんなに貴重なアイテムでもないんだけどな……)


 レオンはそんなことを考えながら指輪を次々と渡していく。

 指輪を受け取った従者たちはアインス同様歓喜の表情で打ち震えていた。


(大げさな気もするが、喜んでくれていることに変わりはない。まぁいいか)


 最後にレオンはヒュンフを呼び寄せフレンド申請をした。

 突然現れたメッセージにヒュンフは困惑するも、次のレオンの言葉で頬を緩ませる。


「ヒュンフ、フレンド申請を受け入れろ。詳しいことは後で他の者から聞くがいい」

「はっ!畏まりました」


 ヒュンフは混乱しながらも嬉しそうに笑みを浮かべた。

 その様子を見てレオンも僅かに表情を綻ばせる。


「拠点の中に戻る。やることは山ほどあるからな」


 レオンは自室の椅子に座り部屋の中を見渡す。

 従者のいるスペースも考慮され部屋は幾つかあるが立派とは言い難い。部屋には窓もなく必要最低限の家財道具しか置かれていなかった。

 何より守りが不安である。ゲームであった頃ならば、個人の拠点に許可もなく誰かが侵入するなど有り得ないことであり、魔物が入り込むなど考えられないことであった。

 しかし、この世界はゲームとは違う。ヒュンフがコボルトを連れ込んだように、拠点内に魔物はいとも簡単に侵入してくる。

 それらのことを改善するため、レオンは目の前で跪く従者たちに命令を下す。


「ツヴァイ、ドライ、フィーア、ヒュンフ、ゼクス、戦闘職を取得しているお前たちには拠点の防衛に当たってもらう。いいか、絶対に拠点の外には出るな。拠点内に入った魔物を確実に殺すだけでいい。それと、高レベルの魔物が侵入した際には直ぐに私に知らせるのだ」

「はっ!一命に代えても任務を全ういたします」


 番号がそのまま序列になっているため、代表してツヴァイがレオンに返答した。

 ツヴァイは攻撃魔法職ばかりを取得している魔女っ子である。 

 レオンは外見重視のため、コタツのように年齢を高く設定していない。

 寧ろその逆、最低年齢の10歳に設定していた。

 ツヴァイはピンクダイヤのように輝く美しい桃色の髪をツインテールで纏め後ろに流していた。

 幼い体には不釣合いな大きな杖を持ち、ゴスロリ風の可愛らしいローブに身を包んでいる。

 その幼い体とは裏腹に、サファイヤのような大きな碧眼からは強い意志が感じられた。


(一命に代えてもっていうのは余計だな……。蘇生できるか分からない以上死なれたら困る)


 レオンのそんな思いなど露知らず、ツヴァイたちは意気揚々と外へ出ていった。

 その後ろ姿を見送り、レオンは僅かに肩を落としながら残りの従者たちに視線を移す。


「そう言えばアインス、お前は先ほど天空城を散策中に、と言っていたな。その時の記憶があるのか?」

「はい、ございます」

「他の者たちもか?」


 レオンの言葉に残りの4人も同意するように頷いた。

 その反応を見てレオンは天空城の光景を思い浮かべていた。

 レジェンド・オブ・ダークにおいて、ギルドに入れるプレイヤーの数は最大50人であった。ギルドの拠点に出せる従者は一人10人まで、そのため最大で500人の従者が拠点内を闊歩していた。

 プレイヤーを含めると総勢550人のアバターで天空城はいつも賑わっており、その様子は圧巻の一言では言い表せないほどであった。

 その光景がもう見られなくなるのかと思うとレオンは目頭が熱くなる。

 だが、直ぐに現実に立ち返り従者たちに向き直った。今はやるべきことをやらなければならない。感傷に浸るには早過ぎると自分に言い聞かせる。

 レオンは跪く従者を見据えながら今後の指示を出した。


「そうか記憶があるのか……。お前たち5人には新たな拠点作りを行ってもらう。この建物の裏にある岩肌に洞窟を掘り、そこを新たな拠点とする。作る施設は天空城を知っているなら分かるな?それと、拠点の内装を作る際に木材も必要になるが、周囲の森を伐採するのはリスクを伴うため許可できない。幸い私は沙羅双樹(さらそうじゅ)の苗木を腐るほど持っている。洞窟内に苗木を植林して木材を確保するための施設を用意しろ。確か人工太陽はアインスが作れたな?」

「はい、仰る通りでございます」

「よし、木材が増えるまで内装は必要ない。本当は黒曜石のような美しい素材で内装を仕上げたいのだが……、今は贅沢は言ってられないからな。ズィーベン、お前は私の従者の中で唯一魔法大工(マジックカーペンター)を取得している。その働きに期待しているぞ」

「はっ!レオン様のご期待に添えるよう全力を尽くします」


 主に期待されていることにズィーベンは胸を高鳴らせた。

 ドワーフのズィーベンは高齢の男性でありながら、筋肉の隆起した引き締まった体をしていた。白髪混じりのブラウンの髪はオールバックに整えられ、顔を覆うような髭は綺麗に手入れがされていた。厳つい顔付きでいかにも職人といった風貌をしている。

 焦げ茶色の厚手の作業服を着用し、腰からは大工道具を下げているが、それらは立派な防具であり武器でもあった。


「細かなことはアインスの指示で動けば問題はないだろう。では、早速作業に取り掛かるがいい」

「はっ!お任せ下さい」


 アインスの声に他の4人も頭を下げ部屋を出ていった。


(ふぅ、何とかなったかな?みんな今は俺の言うことを聞いてくれている。だが、感情や意思があるならいつ裏切らないとも限らない。先ずは俺が上位者として振る舞い、失望されないようにしないとな)







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