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レジェンド・オブ・ダーク  作者: 粗茶
第一章 未知の世界
15/17

北へ 1

 屋敷に戻りサラマンダーを従え、レオンは時間通り街の北門にやって来た。

 ミハイルはレオンを見つけると、大きく手を振り声を掛ける。


「レオンさん!」


 ミハイルに答えるように、レオンも片手を軽く上げた。

 そして、近くにいる数頭の馬を見て眉を(ひそ)めた。

 ポーターは荷物を馬に(くく)り付け、ミハイルの傍でも馬が(いなな)いている。

 明らかに馬での移動を示唆(しさ)していた。


「ミハイル、馬で移動するのか?」

「はい。今回は街道だけを通ります。それに、急いだ方が良さそうですから……」


(急いだ方がいい?今回の依頼は何か訳ありか?)


「急いだ方がよいとはどういうことだ?」

「不穏な噂が流れた理由がちょっと……」


 ミハイルの歯切れの悪い言葉に、レオンが首を傾げた。


「理由だと?」

「はい……。北の国境にある城塞都市、ベルカナンとこの街は、定期的に兵士が行き交い、連絡を取り合っていたのですが、ベルカナンから兵士が戻らないとのことなんです。それで、先週も騎兵を向かわせたらしいのですが、その騎兵も未だ戻らないと……」

「なるほどな。それで北にある獣人の国が、何かしているのではと噂が流れたわけか」

「その通りです。元々、獣人と人間は昔から仲が悪く、事あるごとに争ってきました。彼らは人間を食料としか見ていませんし、人間も彼らを魔物としか見ていません。そのため、大きな争いが起こることも度々(たびたび)あります」


(獣人は人間を食べるのか?俺の想像していた獣人と随分違うな……)


「急いだ方が良いとは、その城塞都市が落とされているかもしれないという事か?」

「城塞都市ベルカナンは、堅牢な造りで有名です。簡単に落ちるとは思えないのですが、万が一も考えられます。早急に調べる必要があるでしょう」

「まぁ、そうだろうな」

「もし、獣人の手に落ちているなら、僕たちは直ぐに撤退をします。何よりも情報を持ち帰ることが優先です。間違っても戦おうなんて思わないでください」

「当然だな。城塞都市を落とすとなると、それなりの戦力と見て間違いない。数人で戦うのは馬鹿のすることだ。それにしても、この国は随分と悠長だな?連絡の兵士が戻らない時点で、十中八九城塞都市は落ちているだろ?何を呑気に調査をしているのだ。私なら直ぐに軍を動かすぞ?」


 ミハイルもそれには同意であった。

 だが、この国で軍を動かすには、国王のみならず、国を支える有力貴族も納得させなければならない。

 その有力貴族の中には、寧ろ今回のことで、国王の力を削ごうとする者までいる。

 多少なりとも貴族の事情を知るミハイルは、苦笑いを浮かべることしかできなかった。


「この国も一枚岩ではないのです。確たる証拠がなければ軍は動きません。それに、戻らない兵士たちは、道半ばで、魔物に殺されているだけかもしれませんから」

「そうか、魔物に殺されている可能性もあるのか……」

「その通りです。軍を動かして何もなかったでは、扇動した貴族も詰め腹を切ることになります。だから、しっかりとした調査が必要なんです」

「面倒なことだな……」


 レオンの言葉に同意するように、ミハイルは頷いてみせる。

 そして、馬の手綱を引き、レオンの前に一頭の馬を指し出した。


「レオンさんとフィーアさんは、二人でこの馬を使ってください。サラマンダーには乗りづらいでしょうから」


(確かに。うちのゆたんぽは、背中が丸くて掴むところがないからな。後で(くら)でもつけてやらないと……)


「うむ。分かった」


 思わず頷いてしまったが、レオンは実際に馬に乗ったことがない。

 ゲームの中では幾度となく乗ってきたが、所詮はゲームである。

 実際の馬のように暴れることもなければ、言葉を理解して思い通りに動いてくれる。

 しかし、いま目の前にいるのは、自らの意思を持った馬である。

 馬はレオンと目が合うと、さも嫌そうに顔を背けた。


(乗れる気がしねぇえええ!何だこの無愛想な馬は……)


 一向に馬に(またが)らないレオンを見て、ミハイルが心配そうに話し掛ける。


「レオンさん、どうかされましたか?」

「いや、何でもない」


 レオンは助けを求めるようにフィーアに視線を移す。


「フィーア、お前は馬に乗れるか?」

「問題ございません」


(おお!乗れるのか!流石は優秀なフィーアさんだ)


「フィーア、お前が先に乗れ。私はお前の後ろに乗る」

「畏まりました」


 しかし、フィーアが近づくと、馬は突如暴れだした。

 余程近づかれたくないのか、後ろ足を何度も蹴り上げる。

 気分を害したフィーアは舌打ちをすると、馬の手綱を強引に引き寄せた。


「ちっ!大人しく言うことを聞きなさい![支配(ドミネート)]」


 突然の力技にレオンも呆気に取られる。


(まさかの力尽くだと!支配(ドミネート)の魔法は気付かれていないだろうな?)


 支配(ドミネート)は生きとし生ける者を、意のままに操る上級魔法。

 そんな魔法を使えると知れたら、面倒に巻き込まれるのは目に見えていた。

 制限時間はあるが、その気になれば、一国の王でさえも操ることが出来るのだから。

 レオンは魔法が気付かれていないか、周囲を大きく見渡した。

 だが、不幸中の幸いと言うべきか、馬が死角となり、誰も魔法には気付いていない。

 そのため、魔法のことに触れる者は誰もいなかった。

 レオンが安堵のため息を漏らしていると、馬が暴れたことで、ミハイルが心配そうに口を開いた。


「フィーアさん大丈夫ですか?」

「問題ありません」

「しっかりと訓練された馬を用意したんですが、申し訳ありません」

「お気になさらず」


 フィーアは頭を下げるミハイルを一瞥(いちべつ)すると、颯爽(さっそう)と馬にまたがり、レオンに手を差し伸べた。


「レオン様、お手をどうぞ」

「うむ」


 レオンはフィーアの手を取り、見よう見まねで馬に飛び乗った。

 フィーアが絶妙な力で引き上げたこともあり、レオンは難なく馬に跨ることができた。

 ミハイルは馬が暴れないことに胸を撫で下ろすと、自らも馬に跨り指示を出す。


「では出発します!僕が先導しますので、みなさんは後を付いてきてください」


 その言葉を皮切りに、一行は北へ向けて進路を取った。

 先頭はミハイルのパーティーが努め、その後ろにレオンやポーターが続き、最後尾をサラマンダーが、地面を滑るように移動している。

 街道を駆ける馬の足音を聞きながら、レオンはまだ見ぬ獣人に思いを馳せていた。


(獣人なら、ふさふさの尻尾が生えた、可愛い女の子は外せないよな……)


 期待に胸を膨らませながら、レオンの新たな旅が始まろうとしていた。


 街を出てから既に二日、幾つかの村に立ち寄りながら、レオンたちは城塞都市ベルカナンに着実に近づいていた。

 ミハイルの話では、このまま順調に行けば、明日にもベルカナンにつくとのこと。

 最初に連絡が取れなくなってから、優に半月は経つ。

 もし、ベルカナンが落ちているなら、いつ獣人と出くわしてもおかしくはない。

 自ずと周囲への警戒心も高まっていた。

 尤も、レオンは探知系の魔法で、周囲に敵がいないことを知っている為、呑気なものである。

 レオンが退屈そうに何度も欠伸(あくび)をしていると、ベティがレオンの隣に馬を並べ、、これみよがしに「やれやれ」と、肩を竦めてみせた。


「もう少し緊張感を持て!襲って来るのは獣人だけじゃないんだぞ?魔物だっているんだからな」

「注意はしている。問題はない」


 そう言いながらも欠伸(あくび)が出てしまい、レオンは慌てて口を手で覆った。

 その態度に呆れたのか、ベティは深い溜息を漏らすと、レオンに警告をする。


「分かっているのか?今回の依頼は命懸けだ。もしベルカナンが落ちているなら、近づくだけでも命に関わる」

「大げさな……」

「はぁ~。お前は知らないようだが、ベルカナンには魔導砲が備え付けられている。獣人共に奪われていたら、それだけでも脅威になるんだぞ?」

「魔導砲だと?」


 魔導砲。その言葉にレオンは反応する。

 レジェンド・オブ・ダークにおいても魔導砲は存在していた。

 対ギルド戦専用防衛兵器、魔導砲、破壊の根源オリジン・オブ・カタストロフィ

 それは、究極の攻撃魔法の一つ、破壊の根源オリジン・オブ・カタストロフィを放てる課金アイテムであった。

 これにも勿論、冷却時間という名の再詠唱時間(リキャストタイム)が備わってはいるが、その一撃の破壊力は、今のレオンにでさえダメージを与えかねない。


(もし、ゲームの魔導砲と同じなら、放たれる魔法は究極の攻撃魔法。俺やフィーアはなんとかなるが――他の奴らは全員死ぬぞ……)


 ベティはレオンと初めて視線が合うと、「ふん」と鼻を鳴らした。


「何だ?興味があるのか?」

「ああ、出来れば詳しく教えて欲しい」

「いいぞ。魔導砲は強力な魔法を撃ち出す兵器だ。何でも炎を撃ち出すと聞いたことがある」


(炎だと?俺の知ってる魔導砲と違うな。この世界独自の魔導砲なのか?)


 レオンが怪訝そうに悩んでいると、一頭の馬が下がってきた。

 馬に乗っていたのは、ミハイルの取り巻きの女性。狩人(ハンター)のシェリーと、魔術師のウィズである。

 二人の話を聞いていたのだろう。ベティの言葉をウィズが否定した。


「ベティ、炎じゃないわよ。前にも教えたでしょ?突風火球ブラストファイヤーボールよ」

「そうだったか?まぁ、どっちにしろ炎を出すことに変わりないだろ?ウィズは細かいんだよ」

「ベティが大雑把過ぎるのよ!」


 項垂れるウィズであったが、レオンの視線に気付いて更に嫌な顔をする。


「何よ?」


(うわぁ、不機嫌そうだ……。冒険者ギルドで舌打ちしたのも、確かこの子だよな……)


 レオンは話しかけるのを躊躇するも、ウィズが話していた突風火球ブラストファイヤーボールが気になった。

 恐らく名前から、突風(ブラスト)火球(ファイヤーボール)を掛け合わせた魔法なのだろうが、ゲームの時には存在しない魔法である。

 しかも、それが魔導砲から放たれると聞かされては、尋ねないわけにはいかない。 


「その突風火球ブラストファイヤーボールとは何だ?突風(ブラスト)の魔法と、火球(ファイヤーボール)の魔法を同時に放つのか?」


 レオンが尋ねると、ウィズは渋々口を開いた。

 その如何にも嫌そうな暗い声に、手綱を握るシェリーが苦笑いを浮かべる。


「魔導砲に魔力を充填すると、火球(ファイヤーボール)突風(ブラスト)で撃ち出されるのよ。通常の火球(ファイヤーボール)より射程も長いし威力もあるわ。纏めて数十人吹き飛ばすこともできるのよ」


(なんだ……。所詮は火球ファイヤーボールか。聞いた限りだと、威力自体は大したことはないな。それよりも魔導砲だ。魔力を充填するとはどういう事だ?)


「もう一つ聞きたい。魔力を充填とはどういう事だ?」

「う、煩いわね。そんなこと私も知らないわよ」

「何だ知らないのか……」


 レオンが肩を落とすと、ウィズが目に見えてムッとする。


「知らなくて悪かったわね!(そもそも)、私はこんな依頼は反対だったのよ。下手したら、その魔導砲の標的になるのよ。冗談じゃないわ。本当はミハイルを説得して断るはずだったのに……」


(それで、俺が手伝うと聞いて舌打ちをしたのか……)


 レオンが顔を顰めていると、シェリーがウィズを(なだ)めていた。


「レオンさんが悪いわけじゃないだろ?それに、魔導砲の射程距離は分かっているんだから、射程距離に入らなければどうってことないよ」

「そうなんだけどさ……」


 シェリーは貞腐れるウィズを尻目に、レオンに軽く頭を下げる。


「レオンさんもすみません。この子は冒険者になって、まだ日が浅いんです。許してください」

「別に構わんとも。私も冒険者になったばかりだ。不安に思うのも無理はない」

「ありがとうございます」


 シェリーは一言そう告げると、ニコッと笑顔を見せた。

 その笑顔を見ながらレオンは思う。

 ベティは脳筋、ウィズは生意気、シェリーは良い子、何かあったらシェリーは守ってやろう、と。


 途中で一度馬を休ませ、また街道を突き進む。

 代わり映えのしない景色が続く中、不意にミハイルが馬を止めた。

 一点をじっと見つめ険しい表情になる。

 その視線の先では黒い煙が上がり、その煙を見て、ベティやシェリー、ポーターたちも表情を曇らせた。

 レオンは領域探査(エリアサーチ)の魔法を使い、頭の中に広がる敵影を見てほくそ笑む。


(いよいよ獣人とご対面かな?さて、どうなることやら……)


 シェリーはミハイルの隣に馬を並べ、神妙な面持ちで話し掛けた。


「ミハイル、あの場所って確か……」

「ええ、村がある場所です」


 ベティやポーターも知っていたのだろう。二人の会話に同意するように頷いている。

 立ち(のぼ)る黒煙は飯炊きに出るそれとは明らかに違う。家屋のような大きなものが燃えている証拠でもあった。

 みなが表情に影を落とす中、話の流れが分からないのか、ウィズが首を傾げて尋ねる。


「なに?どういうことよ?」


 ベティはウィズに近づくと、乱暴に頭をグシャグシャ撫で回す。

 だが、その視線は黒煙を睨み決して目を逸らさない。


「ちょ、何よ?」

「あそこにある村が襲われている。いや、襲われた後かもしれねぇな」

「えっ?」


 ウィズの顔が徐々に青褪めて行くのが見えた。

 冒険者になり、まだ日の浅いウィズは、人の死に対し免疫が殆どない。

 依頼の最中で魔物に食べられる人間を見たことはあるが、その時は何度も嘔吐を繰り返していた。

 ウィズはその時の光景を思い出し、胃の底から酸っぱいものが込み上げてくる。

 しかし、それをグッと堪えた。

 普段はうざったいベティの大きな手が、今はウィズの心を落ち着かせてくれる。

 ウィズはそれに感謝しながら、黒煙に視線を向けた。

 あの下に人間がいる。そう思うと、いてもたってもいられなかった。


「ミハイル!生きてる人がいるかも知れない!直ぐに助けに行きましょ」

「ウィズ、落ち着いて。先ずは相手の戦力を確認しないと」

「なに呑気なこと言ってるの!今こうしてる間にも、誰かが殺されているかもしれないのに!」

「ウィズ、下手に動けば全滅だって有り得る。僕が言ってる意味、分かるよね?」

「分かるけど……」


 ウィズもミハイルの言いたいことは理解している。

 慎重に行動しなければ、仲間を危険に巻き込むと言いたいのだと。

 だが、理性では理解しているが、感情では納得出来ないのだろう。

 ウィズは何かを言いたそうに、口を開く真似事をしては俯いていた。


 ミハイルもウィズの気持ちは痛いほど分かる。

 誰だって助けられる命は、助けてやりたいと思うのが当たり前だ。

 だが、そのために仲間を犠牲にすることは絶対にできない。

 パ-ティーを束ねる者として、仲間の命が何よりも優先されるのだから……


「先ずは街道から外れて、近くの森に身を隠します。今後のことは、それから考えましょう」


 ミハイルの言葉で隊列は動き出す。

 街道から外れて近くの森を目指すが、近くといっても街道からは随分と離れている。

 馬から降り、草木を掻き分けながらの移動の為、森の中に入る頃には、それなりに時間も費やしていた。

 森の中に身を隠すと、直ぐに今後のことが話し合われた。

 最初に口を開いたのはミハイルである。


「村を襲ったのが獣人か魔物かは分かりませんが、先ずは相手の戦力を確認する必要があります。僕とシェリーが偵察に出ますので、他のみなさんはここで待機してください」


 ミハイルは小さいころから場数を踏んだAランクの冒険者、狩人(ハンター)のシェリーは気配を消すことに長けている。

 大勢で動けば返って見つかりやすいため、少数精鋭で行くなら、この二人が誰よりも適任であった。

 反論は出ないと思われたが、それにレオンが異を唱える。


「ミハイル、私も行こう」

「レオンさんも?ですが大変危険です。もし見つかったら、命の保証は出来ませんよ」

「安心しろ。私にはこれがある」


 レオンが取り出したのは、いつぞやの暗殺者から奪った同化(カモフラージュ)マント。

 マントを羽織り、フードを被ると、レオンの姿は見る間に周囲に同化する。

 多少の違和感はあるが、一見しただけでは直ぐには見つけられない。

 その姿を見て誰もが目を丸くする。


「凄い!こんな魔道具(マジックアイテム)を持っているなんて!」


 レオンはフードを外して姿を見せると、ミハイルに視線を移した。


「これなら問題はないだろ?」

「いや、ですが……。レオンさん、それを僕かシェリーに貸してくれませんか?」


 正論であった。素人と思われるレオンが使うより、ミハイルやシェリーが使った方が何倍も効率が良い。

 もっと言えば、どちらか一人だけが姿を暗まし、一人で偵察に出た方が安全である。

 だからこそレオンは貸すことができない。

 そんなことをすれば、偵察に同行したいというレオンの願いは(つい)えてしまう。


「駄目だ。これはとても貴重な魔道具(マジックアイテム)。誰にも貸すわけにはいかない」

「そうですよね……」


(すまんミハイル。本当は他にも三着持っているんだが――マントの下から魔道具(マジックアイテム)をポンポン出したら、お前ら絶対突っ込むだろ?それ何処に持ってたんだよ!って……。それに、透明化(インビジブル)は中級の魔法だから、見せるわけにはいかないしな)


 肩を落とすミハイルを見て、ウィズがレオンを睨みつける。


「貸して上げなさいよ!あんたが使うより、ミハイルやシェリーが使った方が、何倍も役に立つわ!」

「貸してもよいが、私も同行するのが条件だ」

「はぁ?あんたみたいな素人なんか、そのマントがなければ、直ぐに見つかるに決まってるじゃない!死にたいの?」

「そんなつもりはない」

「わけ分かんないわ。頭がおかしいんじゃないかしら?」


 流石に言い過ぎだと感じたのだろう。ミハイルはウィズに鋭い視線を送り(たしな)めた。


「ウィズ!誰だって貴重な魔道具(マジックアイテム)は簡単には貸せない。僕が魔法銃を貸せないのと同じだよ。例え貸したとしても心配は尽きない。自分の目が届くように、魔道具(マジックアイテム)の傍に居たいと思うのは仕方ないよ」

「……そうなんだ」

「分かったらレオンさんに謝って」

「ごめんなさい……」


 ウィズも悪気があっての発言ではないが、思い返せば何も知らずに、随分と酷いことを言っている。ミハイルの言葉を受けて、ウィズは深々と頭を下げた。

 そして、レオンもまた、ミハイルの言葉に感心していた。 


(なるほど……。貴重な魔道具(マジックアイテム)なら、ミハイルの言ったことも一理あるな。お陰で事が上手く運びそうだ)


「冒険者になったばかりでは仕方ないだろ?謝る必要はない。それより、私も付いて行っても構わないかな?魔道具(マジックアイテム)で姿も隠せるし、邪魔になるようなことはしない」

「回復魔法が使えるレオンさんがいるのは正直助かります。こちらからもお願いします。僕とシェリーが先行しますので、レオンさんは後から付いてきてください」

「了解した」

「ベティ、後のことは頼んだよ」

「任せな!こっちはしっかり守ってやるよ」


 ミハイルはベティの言葉に頷き返すと、シェリーとレオンに目配せをして動き出した。

 魔物に注意を払いながら、三人は森の中を駆け抜ける。森は魔物の領域、戦えないポーターの安全を考慮するなら、長く留まるわけにはいかない。

 あっという間に、村に近い森の端までやって来た。

 ミハイルとシェリーは木の陰に身を隠し、レオンもフードを被り姿を暗ます。


 村の周りには太い木の柱が打ち付けられ、壁のように村を取り囲んでいた。

 遠目に見ても、容易に侵入できない作りになっている。

 だが、その入口を閉ざす大きな門扉(もんぴ)は打ち破られ、無残にも地面に倒れ伏していた。

 それを目にしたミハイルは、悔しさの余り、強く下唇を噛み締める。

 一方のレオンはと言えば、獣人の姿を追い求め、入口から微かに見える人影に注目していた。

 視界に入ったのは、全身を毛で覆われた二足歩行の狼。

 レオンの頭に思い浮かんだのは、ワーウルフと呼ばれる魔物であった。

 しかし、ミハイルの言葉がそれを否定する。


「やはり獣人か……」


 ミハイルの言葉を聞いて、レオンはもう一度その姿を観察した。

 言われてみれば、レオンの知るワーウルフと少し違いがある。

 ワーウルフは本来全裸であるが、ミハイルが獣人と呼ぶそれは、衣服を身に纏い、武器を手に持っている。

 レオンは確認するようにミハイルに尋ねた。


「ミハイル、あれが獣人なのか?」

「ええ、そうです。外見はワーウルフとよく似ていますが、その知能は人間のそれと何ら変わりません。あれは獣人の狼族です」


 ミハイルの言葉にレオンはがっくりと肩を落とす。


(人間を食べると言うから、ある程度の覚悟はしていたが……。あれはどっからどう見ても魔物だ……。獣人?巫山戯(ふざけ)るな!!人の期待を裏切りやがって!可愛い(けもの)()とか期待しただろうが!!)


「ミハイル、あれを見て」


 シェリーの視線の先にあるのは物見櫓(ものみやぐら)、その上では数人の獣人が周囲の警戒に当たっていた。

 しかも、村までは障害物のない草原や畑、黄金色の作物が穂を垂らしてはいるが、その中に身を隠しても、上からでは丸見えであった。


「これでは近づけない、どうすれば……」


 ミハイルが難しい顔で、櫓の上の獣人をじっと見つめる。

 この距離で仕留めるのは至難の業。

 例え魔法銃で殺せても、もし死体が下に落ちたら、更に警戒されてしまう。

 所々に大きな木が生えているなら、隙を見て移動することもできるが、身を隠せる場所は全く見当たらない。

 シェリーが心配そうにミハイルに視線を向けた。


「無理することない。夜まで待った方がいいよ」


 ミハイルは上空を見上げ、眉間に皺を寄せた。

 太陽はまだ高い位置にあり、夜まで待つとなると、何時間も無駄にすることになる。

 残してきたベティたちの身の安全も気になった。

 ミハイルがどうするべきか悩んでいると、不意に背後から鳴き声が聞こえてきた。


「きゅう」

「えっ?」


 三人が一斉に振り返ると、そこにはサラマンダーの巨体があり、レオンに頭を摺り寄せていた。


(ゆたんぽぉおおお!!お前何でここにいるんだよ!ちゃんとお留守番してないと駄目だろ?いや、そう言えば、ゆたんぽには何も指示を与えていないような……)


 サラマンダーは体が大きい上に赤い。どう考えても目立つに決まっている。

 三人が驚いているのと同様に、櫓の上の獣人も、同じように驚愕の表情でサラマンダーを凝視していた。

 その様子にミハイルとシェリーが即座に気付く。


「気付かれた?獣人がこっちを見てる」

「いや、サラマンダーに目がいってる。僕らは気付かれていないと思う」


 獣人たちはサラマンダーに警戒するも、誰も一人近づこうとはしない。

 出来ることなら戦いたくはないのであろう。サラマンダーには何もせず、ただ遠巻きに見ているだけであった。

 その様子を見る限り、レオンらに気付いている素振りはない。

 ただ、集まってきている獣人の数が多い。視界に捉えただけでも、その数は優に百を越えている。


「やはり僕らには気付いていないようです。レオンさん、これからどうしますか?」


(どうしますかって言われても――どうすんのこれ?まぁ、うちの子が悪いんだけどさ……。ここは本人に責任を取ってもらうか……)


「そうだな。ゆたんぽに獣人たちを襲わせよう」

「サラマンダーにですか?」

「うむ。あの程度の獣人たちであれば、ゆたんぽが殺されることもないだろうからな」

「確かにサラマンダーは打たれ強い魔物ですが、あの数を相手にするのは無理があります」

「我々も何もしないわけではない。身を隠しながら、魔法や弓矢で援護をする。あれだけの数を相手にするなら、それしか方法はないだろうからな。それとも、戦わずに街に戻るのか?そんなことをすれば、次の村が襲われることになるぞ?」


 情報を持ち帰ることが何より優先されるが、ミハイルには村人を見捨てることは出来なかった。

 百人程度であれば倒せない数ではない。

 それに、獣人を捕らえることが出来れば、より詳細な情報を入手することができるかもしれない。

 ミハイルが頷くのを見て、シェリーも覚悟を決める。


「戦いましょう」

「了解した」


 レオンは頷き返し、サラマンダーの瞳を覗き込む。


「ゆたんぽ、お前はあの獣人たちを襲え。あれは我々の敵だ。一匹たりとも逃すな。だが、村は燃やすなよ」

「きゅう」


 サラマンダーはひと鳴きすると、森から出て獣人たちの元に迫る。

 獣人たちが身構える中、サラマンダーは足を止め、突如「きゅるぅうう」と、唸り声を上げた。

 途端にサラマンダーの皮膚が熱を帯びる。

 頭の上には大きな炎の鶏冠(とさか)が揺らめき、それは頭の先から尻尾の先まで、一本の線のように真っ直ぐに伸びた。

 全ての鱗の間からは炎が溢れ出し、サラマンダーの体を炎が纏う。

 呼吸をする度、口からは炎が漏れ出し、周囲の大地が焼け焦げていた。


 本来の姿になったことにレオンが満足していると、隣でミハイルとシェリーが瞳を見開いていた。


「レ、レオンさん、あれは何ですか?」

「ゆたんぽだ」

「いえ、それは分かるのですが――あれはサラマンダーですよね?」

「その通り、サラマンダーだな」

「燃えているんですが……」

「当然だろ?サラマンダーは炎を操る魔物だからな」

「…………」


 ミハイルは今まで自分が遭遇したサラマンダーを思い出す。

 その記憶の中にあるのは、固い鱗に覆われただけの頑丈な魔物。

 炎を身に纏う魔物は見たことがない。

 だが、それは獣人たちも同じである。

 唯々(ただただ)呆然とサラマンダーを眺め、目に見えて動揺していた。


 サラマンダーは獣人の中に突撃すると、牙で噛み付き爪で薙ぎ払い、同時に全てを燃やす尽くす。

 獣人たちが武器を構えて近づこうにも、炎が邪魔をして近づくことすらできない。

 武器を投げつけるも、硬い鱗の前では、まるで歯が立たない。

 仲間が燃やされるのを見て心が折れたのか、獣人たちは次々と蜘蛛の子を散らすように逃げ出して行く。

 だが、それをサラマンダーが見逃すわけがない。

 レオンから受けた命令は、一匹たりとも逃すな(・・・・・・・・)である。


 サラマンダーは大きく息を吸い込んだ。

 体からは激しく炎が溢れ出し、大気の温度が一気に上昇する。

 体内に溜めた込んだ膨大な炎を圧縮し、サラマンダーは炎の吐息(ブレス)を地面に叩き込む。

 それは、レオンが幾度となくゲームで見てきた魔物のスキル、炎魔人(イフリート)吐息(といき)

 放射状に伸びた炎は、瞬く間に全てを飲み込み、視界は一瞬にして赤一色に染まっていった。

 その炎の速度に比べれば、獣人の逃げ足など愚鈍な亀の如きである。

 炎が消えた後に残されていたのは、赤く熱を帯びた不毛の大地だけであった。













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