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レジェンド・オブ・ダーク  作者: 粗茶
第一章 未知の世界
14/17

冒険者 3

 一行は翌朝の早朝から素材の回収を行い、昼には街への帰路についた。 

 サラマンダーは当然のように街の入口で止められ、フィーアを残し、レオンだけが冒険者ギルドに足を運んだ。

 ギルドに入り、カウンターに視線を向けると、ミハイルたちは依頼の報告をしている真っ最中であった。

 いつものカウンターが空いており、レオンが目の前に立つと、ニナが明るく挨拶をしてくる。


「レオンさん、いらっしゃいませ」

「騎乗魔獣の登録がしたい」

「ミハイルさんからお話は伺っております。騎乗魔獣の登録は問題ございません」


 隣に視線を向けると、ミハイルがレオンを見て頷き返した。

 話は通してある。と、言いたいのだろう。


「そうか、では手続きを頼む」

「それでは手続きに銀貨10枚いただきます」


 レオンは銀貨20枚を取り出すと、代筆を頼むと伝え、その内の10枚をニナに手渡した。

 ニナは銀貨を受け取り、快く了承する。 


「いつもありがとうございます。少々お待ちください」


 ニナはそう告げると書類の代筆を始める。

 ある程度書き進めると、不意にその手を止めてレオンに視線を向けてきた。


「レオンさん、騎乗魔獣のお名前は何と仰るのでしょうか?」

「名前?名前はサラマンダーだ」

「あ、いえ、種族名ではございません。騎乗魔獣に付けるお名前です」

「サラマンダーでは不味いのか?」

「騎乗魔獣を種族名で呼ぶ方はいらっしゃいません。新たに名前を付けられた方がよろしいかと」

「名前か、考えてなかったな……」


 レオンは腕組みをして暫し黙考した。


(赤いからな。外見から、タバスコ、トマト……、何か違う気がする。いや、難しく考える必要はない。ここはもっと簡単に……)


「よし。名前は《《ゆたんぽ》》にする」

「ゆたんぽ、でございますか?」

「その通りだ」


(うんうん。体が暖かいサラマンダーには、これ以上ないくらい、お似合いの名前だな)


 ニナは変わった名前を聞いて、「ゆたんぽ?」と、首を傾げるも、言われた通りに名前を書き込む。

 全ての記入が終わると、書類を持って奥に消え、暫くすると腕輪(ブレスレット)を片手に現れた。


「この腕輪(ブレスレット)は、サラマンダーが騎乗魔獣であることを証明するものです。常に身につけてください」


 レオンは冒険者の腕輪(ブレスレット)と並ぶように、左の手首に騎乗魔獣の腕輪(ブレスレット)を嵌めた。


「これで手続きは終了だな?」

「はい。お疲れ様でした」


 隣を見るとミハイルの姿はなく、部屋の片隅でガストンやベイクと話をしていた。

 報酬の入った袋を手にしていることから、取り分の話でもしているのかもしれない。

 そんなところに話し掛けるのは野暮と言うもの。

 そのまま立ち去ろうとしていると、それに気付いたベイクがレオンに声を掛けた。


「じゃあなレオン。フィーアちゃんによろしくな」

「レオンさん、ありがとうございました」

「別にそんな挨拶など必要ないだろ?どうせ明日になれば、ここでまた顔を合わせることになる」

「確かにガストンさんの言う通りですね」

「分わかんねぇだろ?ギルドに来る時間帯が違うかもしれねぇし、すれ違いはよくあるからな」


 そんな三人の声を背中に受けて、レオンはただ片手を上げて立ち去っていった。


 街の外に出るとサラマンダーが嬉しそうに駆け寄ってくる。

 頭を撫でる度に「きゅうきゅう」鳴いて、とても(いと)おしい。

 レオンはサラマンダーを撫でながら言い聞かせるように語りかけた。


「これから街に入るが、絶対に炎は出すなよ。人間や馬を襲うのも駄目だ。よいな?」

「きゅう」


 サラマンダーはひと鳴きすると、分かったと言わんばかりに頭を下げた。

 フィーアとサラマンダーを従え街に入り、レオンはサラマンダーを泊められる宿を探す。

 しかし、どの宿もサラマンダーお断り、厩舎を備えている宿もあるが、馬が怯えるため絶対に駄目だと(かたく)なに譲らない。

 行く当てもないため、結局、冒険者ギルドへと戻ってきた。

 ミハイルたちは部屋の片隅で談笑しており、レオンを見ては何故いるんだと首を傾げている。


(さっき、格好良く立ち去ったのに情けない……)


 レオンはそんなことを思いつつも、ニナの前に顔を出す。


「レオンさん、どうなされました?……まさか!私の手続きに不備でもあったのでしょうか?」


 ニナは焦る。

 先ほど銀貨を10枚も貰ったというのに、これで手続きに不備でもあったら信用を失いかねない。

 しかし、レオンの次の言葉で胸を撫で下ろした。


「いや、そうではない。どの宿もサラマンダーお断りでな。騎乗魔獣を持っている冒険者は、宿をどうしているのか聞きに来た」

「そういう事でしたか……。騎乗魔獣を持っている冒険者は、みなさんお屋敷を買われていると聞いたことがございます」


(家ではなく、お屋敷か……。騎乗魔獣を飼うには、それなりの広さが必要なんだろうな。さぞお高いに違いない……)


「それなら、今すぐに購入できる屋敷を知らないか?」

「今直ぐでございますか?流石にそれは……」

「では、屋敷でなくとも良い。土地や倉庫など、取り敢えず広い場所を購入出来ないか?」

「……申し訳ございません。私はそのようなことに(うと)く、全く存じ上げません」


 ニナが申し訳なさそうに頭を下げる中、隣の受付嬢が割って入った。


「使われていない倉庫ならございます。売ってもらえるかは分かりませんが……」

「それは本当か?持ち主のところに案内してくれ。礼はする」

「本当ですか!?あっ!私はエミーと申します。困ったことがあったら何でも仰ってください」


 エミーは此処ぞとばかりに自分を売り込む。

 今まで隣でニナのことを見ていただけに、どれだけ美味しい思いをしているのかも知っていた。

 そのため気合の入れようも半端ではない。

 エミーはカウンターを出ると、レオンの手を引き、急かすように連れ出した。

 しかし、ひょっこりと顔を覗かせるサラマンダーを見て顔が青褪める。


「え!?あの、サラマンダーってこんなに大きいんですか……」

「なんだ?見たことがないのか?」

「じ、実物を見るのは初めてです。ミハイルさんが、レオンさんの騎乗魔獣にしても問題ないと仰るので、ニナにも許可を出したんですけど――これ、絶対に駄目ですよね?」


(駄目ですよね?とか、言われても知るか!騎乗魔獣の許可はもらったんだ。今更取り消すなんて認めないからな!)


 サラマンダーの巨体に固まるエミーだが、そんなことはレオンの知ったことではない。

 既に騎乗魔獣として登録されているため、今更エミーが何を言っても後の祭りである。


「エミーと言ったか?早く倉庫の持ち主の元へ案内せよ」

「す、すみません。直ぐに御案内いたします」


 そうは言ったものの、やはり不安は過る。

 それを払拭するかのように自分に言い聞かせた。


(――もしかしたら、体が大きいだけで大人しい魔物かもしれない。少なくともミハイルさんのお墨付きだし――きっと大丈夫よね……)


 エミーは自分を納得させるように頷くと、静かに歩き出した。

 向かった先は繁華街の一角。大きな店の前でエミーは足を止めた。

 平屋建ての建物で、店の幅は優に50メートルはある。


「使われていない倉庫は、ここの店主が保有しています」

「店主だと?ここは店なのか?」


 レオンは軒先に視線を向けるも、広い店の軒先には何も置かれておらず、一見すると普通の屋敷のようにも見える。


「中に入ると分かりますよ」


 エミーはそう告げると店の中へと消えていき、レオンも後を追うように足を踏み入れた。

 サラマンダーは入れないため、フィーアと一緒に店の前でお留守番である。

 レオンは外観から広い店内を想像していたが、予想に反し店内は手狭に感じられた。

 それもその筈、店内には所狭しと大きな袋が山積みにされ、それが店の奥まで続いている。

 人の歩ける場所はほんの僅か、その中を奥へ奥へと進んで行くと、数人の人影が見えてきた。

 店の裏側には荷馬車が停められ、店主と思しき中年の男が、使用人に指示を出して袋を運び出している。

 それを見てレオンも、「なるほど」と、納得をした。


(ここは卸問屋みたいなところか……)


 エミーはお目当ての人物を見つけると、大きく手を振って声を掛けた。


「トマスさん!」

「ん?エミーちゃん?」


 エミーはトマスと呼ばれた中年の男に歩み寄り、握手を求めて真っ直ぐに手を伸ばす。

 トマスはその手を握ると、懐かしそうにエミーの顔を覗き込んだ。


「お久し振りです。トマスさん」

「エミーちゃん久し振りだね。今日はギルドの買い出しかい?」

「いえ、ちょっとお願いがありまして……」

「お願い?まぁ、ギルドにはこちらも世話になっている。無理な願いでなければ力になるよ」

「本当ですか!トマスさん、使っていない倉庫を持っていますよね?」

「ああ、持ってるよ。それがどうかしたのかい?」

「その倉庫を売ってくれませんか?」

「――あの倉庫か、確かにもう使わなくなったが……。ギルドは幾らで買い取ってくれるんだい?」

「ギルドではないんです。購入したいという冒険者の方がいまして……」

「なるほど。後ろの……。お初にお目に掛かります。私はトマス商会のトマス・ネイベルと申します。失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


 どのような人物であれ、客に違いはない。

 トマスは自己紹介をすると、努めて丁寧に名前を訪ねた。


「レオン・ガーデンだ。わけあって広い土地が必要になった。是非、倉庫を売って欲しい」


 トマスはレオンに視線を向けると、それとなく、上から下まで舐めるように観察をした。

 確かに上等な衣服を身に纏ってはいるが、まだ若く、とても倉庫を買えるほどの金を持っているようには見えない。


「見たところお若いようですが、倉庫を購入できる資金はお持ちでしょうか?」

「それは倉庫の値段にもよるな。それと一つ聞きたい。使っていない倉庫とは、この店よりも広いのか?」


 トマスは更に訝しむ。倉庫の購入は決して安いものではない。

 本来であれば念入りに下見をして、立地条件や倉庫の大きさを確認するのが常識である。仮に倉庫が必要なくとも、土地の広さは確認して然るべきであった。

 購入する直前に尋ねるなど、正気の沙汰とは思えない。

 そんな馬鹿な買い方をするのは、頭のおかしい貴族くらいのものだ。

 トマスは小さく溜息を漏らすと、笑顔でレオンの質問に答える。


「倉庫の大きさはこの店と同じでございます。それが六棟並んでおります」

「そうか……」


(この店と同じ大きさ?随分と馬鹿でかいな。それなら一つで十分だ)


 レオンは俯き何度も頷くと、トマスに再び視線を移した。


「では、倉庫の値段を教えてくれないか?」

「そうですね。使っていないとはいえ、それなりの場所ですし……。金貨360枚で如何でしょうか?」


 それは通常の倍の相場に当たる。

 しかし、レオンはそんなことなど知る由もない。

 レオンの手持ちは精々金貨10枚、とても購入できる金額ではなかった。


(金貨360枚か、流石に高いな……。確かに手持ちの金はないが――)


 レオンは微かにほくそ笑む。


「実は金はない」


 レオンの言葉に、やはり冷やかしかと、トマスの眉がピクリと動いた。


「代わりにこれで支払いたい」


 しかし、レオンの取り出した一本の剣を見て表情が変わる。

 レオンが取り出したのはレベル60青玉剣(サファイヤソード)。その名の通り、宝石の青玉(サファイヤ)で出来た剣であり、当然、鞘も全て青玉(サファイヤ)で出来ている。

 しかも、見た目以上に頑丈で、簡単に壊れることはない。

 さらに、剣を振るうと、軌跡が数秒青く残るという、変わった特殊効果を持っていた。

 尤も、見た目重視の剣のため、同レベルの武器と比べても攻撃力は高くない。


 トマスは吸い込まれるように、青玉剣(サファイヤソード)を見つめ続けた。


「も、持ってもよろしいでしょうか?」

「構わんとも」


 トマスは鞘から剣を抜くと、その青く輝く刀身に感嘆の声を上げた。


「美しい。これ程の剣を何処で……」

「この剣は我が家に代々伝わる家宝だ。金貨360枚と釣り合うと思うが――これでも不服か?」

「い、いや、確かにこれは……。念のため、鑑定をしてもよろしいでしょうか?」

「鑑定?別に構わんが――時間が掛かるのは困るな」

「それでしたら心配無用です。直ぐに終わりますので――[鑑定(アプレイズ)]」


(ん?鑑定の魔法が使えるのか。確かにこれなら時間も掛からないな)


 鑑定をしたトマスの表情が百面相のように変わっていった。


「ほ、本物――」


 呆然と立ち尽くすトマスを見て、レオンが返答を急かす。


「そろそろ答えを聞きたい。倉庫を譲ってくれるのか。それとも、その剣にそれだけの価値はないのか。お前の答えはどちらだ?」


 トマスに話し掛けながら、レオンは断られた時のために、次の剣を準備をする。

 外套の下に隠すように持ったのは、宝石シリーズの一つ 、レベル70縞瑪瑙剣(オニキスソ-ド)

 しかし、その出番はなかった。

 トマスは剣を鞘に収めると、薄らと苦笑いを浮かべた。


「仰る通り、この剣であれば金貨360枚の――いえ、それ以上の価値がございます。試すようなことをして申し訳ございません。倉庫の適正な価格は金貨180枚です。六棟全てお譲りいたします。差額の金貨180枚は、今すぐにお支払いしますので、少々お待ちください」


(六棟で金貨180枚?一棟の金額じゃなかったのか……)


 トマスは近くの部屋に入ると、金貨の入った袋を持ってやって来た。

 青玉剣(サファイヤソード)は既に手元にはない。剣の価値は金貨360枚、それを考慮するなら、直ぐにでも人目の触れない場所に移したいと思うのは普通だろう。

 トマスは金貨の入った袋を差し出すも、レオンは直ぐには手を伸ばさなかった。

 そして、気になっていたことを訪ねる。


「トマス、どうして私に本当のことを話した?倉庫の金額を誤魔化していれば、今お前が手に持っている金貨を、手放すことはなかった筈だ」


 トマスはどうしたものかと、こめかみを数回擦る。

 そして、考え込むように、僅かに瞳を閉じてから話し始めた。


「レオン様が後で倉庫の適正な価値を知れば、私は信用を失います。そうなればレオン様は、もう二度と私のところで商品を買うことはないでしょう。また、そんな話が広まれば客は遠のき、私は商売を続けられなくなります。商人にとって信用は何よりも代えがたいものです。最初に倍の金額を言ったのは、レオン様が適正な価格で、お支払いできないと思ったからです。それで、直ぐにでも諦めてもらおうと――ですが、今考えると愚かなことをしました。どうかお許し下さい」


 トマスは深々と頭を下げて謝罪した。

 その真摯な態度はレオンの心にも伝わってくる。


(いい人だな……。それっぽいことを言ってるけど、阿漕(あこぎ)な商売をしている人間はいくらでもいるはずだ。情報統制された現代社会ですら、そんな人間は後を立たないというのに……)


「そうか……。では、その金貨はいただいていこう」

「はい。では確かに」


 レオンは袋を受け取ると、中身を確認せずに懐に仕舞い込んだ。

 それはトマスを信用しているという証。レオンの粋な仕草に、トマスの顔も自然と綻んでいた。

 レオンは店を出ると、謝礼として金貨を1枚エミーに手渡す。


「謝礼はこれで足りるか?」

「金貨!?多いくらいですよ!」

「そうなのか?まぁ、私の感謝の気持ちだ。受け取ってくれ」

「は、はい……」


 金貨1枚あれば、一年は遊んで暮らせる大金である。

 エミーは金貨を受け取ると、大切そうに懐に収めてレオンに視線を向けた。 


「ありがとうございます。それにしても、あんなに綺麗な剣を持っていたんですね。宝石で出来た剣なんて初めて見ましたよ。レオンさんは何処かの貴族様なんでしょうか?」

「そ、そうだな。遥か遠い国のな……。そんなことより、お前が倉庫まで案内すると言っていたが、ギルドに戻らなくても大丈夫なのか?」

「大丈夫です。私の居ない分は、ニナがどうにかしますから、たまには私も楽をしないと」

「そうか、では案内を頼む」

「はい。お任せください」


 エミーを先頭に繁華街を抜け、大通りを南に30分ほど歩いただろうか。

 街の景色も変わり、倉庫街のような場所に出てきた。

 大きな倉庫が幾つも立ち並び、周囲に人の気配は全く感じられない。

 広い大通りは閑散としていて、レオンたち以外、住民の姿は見当たらなかった。


「随分と寂しい場所だな……」

「もう直ぐ収穫の時期が来ます。そのうち周辺の村から大量の小麦が、この倉庫街に運ばれて来ます。そうなると、この辺も大勢の人で賑わいますよ」

「そうなのか?」

「はい。尤も、この辺りに民家はありませんから、賑やかなのは収穫の時期だけです」

「まぁ、考えようによっては静かで良い場所だな」

「そうですね。……あ!この場所です。トマス商会の看板が出ています」


 エミーの視線の先には、古びた看板が立てられている。

 レオンも解読の魔法で看板を見ると、確かに其処にはトマス商会と書かれていた。

 倉庫は大通りに面して三棟、その後ろに三棟並んでいる。その敷地の周りを、人の背丈ほどの塀が取り囲んでいた。

 敷地の広さは200メートル四方、いや、もっとあるかもしれない。

 屋敷を立てるには、十分過ぎるくらいの広さがある。


「この塀で囲われた土地が、全てレオンさんの土地になります」

「うむ。これだけの広さがあれば十分だ。エミーにも世話になったな。気を付けて帰ってくれ」

「はい。私はこれで失礼します」


 エミーはレオンに一礼すると、踵を返してギルドへと戻っていった。

 レオンはそれを尻目に、「さて」と、一言呟いた。

 サラマンダーに視線を移して、頭を優しく撫でてやる。


「今日からお前の名前はゆたんぽ(・・・・)だ」

「きゅう?」


 首を傾げるサラマンダーを見て、レオンは再度話しかける。


ゆたんぽ(・・・・)、が、お前の名前になるのだ。よいな?」

「きゅうきゅう」


 サラマンダーは理解したのか、嬉しそうに頭を擦りつけてくる。


「いい子だ。先ずは倉庫の中を確認しておくか……」

「きゅう」


 倉庫を開けると其処(そこ)には何もなく、ただ広い空間だけが広がっていた。

 当然このままでは生活ができないため、レオンはフィーアに命令を下す。


「フィーアは拠点に戻り、ズィーベン、アハト、ノイン、それから、司祭(ドルイド)のバステアを連れて来い」

「畏まりました」


 フィーアの消え去る様子を見送り、レオンはトマスから受け取った袋の中身を確認した。

 其処には大量の金貨の他に、土地の権利書も入れられており、土地の名義もレオンに書き換えられていた。


(土地の権利書も入っていたのか……。名義も俺に変わっている。これで自由に屋敷を建てることが出来るな)


 レオンは倉庫から出て敷地内を見渡した。

 地面は土が剥き出しで少し柔らかい。雨が降ろうものなら、泥濘(ぬかるむ)のは容易に想像がついた。


(敷地内は全て芝生にするか……。ゆたんぽは芝生の方が落ち着くだろうしな。屋敷の大きさは――)


「レオン様、ズィーベン、アハト、ノイン、バステアをお連れしました」


 レオンはフィーアの声に視線を向けると、そこでは従者たちが佇み、レオンの指示を待っていた。

 レオンは鷹揚に頷き、従者たちを見据える。


「うむ。ご苦労だった。お前たちを呼んだのは他でもない。この場所に、私の屋敷を建てて欲しいのだ」


 ズィーベンは周囲を見渡し、「ここに?」と、眉間に皺を寄せた。

 周囲は殺風景な倉庫街、不審に思うのも無理はない。


「レオン様、この場所とは、この塀で囲まれた場所でございますか?」

「その通りだ。屋敷は大きくなくともよい。サラマンダーが適度に動ける庭も用意せよ」

「はっ!ご命令とあらば」

「アハトとノインはズィーベンを手伝い、屋敷の内装や、家財道具を用意しろ」

「畏まりました」

「フィーア、お前は敷地内に結界を張れ、認識阻害の魔法も忘れるな」

「お任せ下さい」


 レオンは最後に司祭(ドルイド)のバステアへ視線を移す。

 バステアは初老の男性エルフで、若草色の長い髪を靡かせながら、レオンの命令を心待ちにしていた。

 レオンから直接声を掛けてもらえることは滅多にない。

 緊張した面持ちで、その時を静かに待つ。


「バステア、お前は確か植物の育成に長けていたな。お前には、サラマンダーが快適に過ごせる庭造りを任せる。出来るか?」

「はっ!お任せ下さい。必ずやレオン様のご期待に応えてみせます」

「うむ。では頼むぞ」


 各々がレオンの命を受け立ち去る中、残されたサラマンダーも仕事が欲しいのか、突如「きゅうきゅう」と鳴き声を上げた。


「どうした?」

「きゅうきゅう」

「ん?よく分からんな……。ゆたんぽは何もしなくともよい。邪魔にならぬ場所でゴロゴロしていろ」

「きゅう」


 サラマンダーはひと鳴きすると、言われた通り敷地の壁際でゴロゴロと回転を始めた。

 その様子は(はた)から見ると、遊んでいるようにしか見えない。


(えぇ……。そういう事じゃないんだけどなぁ……。まぁ、本人が楽しいならいいか……)


 レオンはサラマンダーを暫し眺めると、そっと拠点へ帰っていった。

 翌朝レオンが戻って見たのは、グルグルと目を回し、覚束(おぼつか)ない足取りで歩く、サラマンダーの姿であった。




 翌日。レオンは完成間近の屋敷を出ると、フィーアを伴い朝一番で冒険者ギルドへ来ていた。

 にも関わらず、依頼が張り出された掲示板の前では、既に数人の冒険者が依頼を吟味している。

 自分が一番でないことに少し落胆しながらも、レオンは掲示板の前で足を止めた。

 朝早く来た甲斐もあり、張り出されている依頼の数も多い。

 レオンは解読の魔法を使い、依頼の内容に視線を落とした。


(魔物の討伐、荷物運び、商隊の護衛、色々あるな……)


 しかし、レオンは依頼を眺めるだけで、依頼を受ける気は更々(さらさら)なかった。

 冒険者になった本来の目的は、プレイヤーを探すためであり、依頼を受けるためではない。

 朝一番に来たのも、多くの冒険者は早朝に依頼を受けると、事前に聞いていたからだ。

 レオンはギルド内を見渡し、それとなく冒険者の装備を確認した。


(装備品のレベルが低いな。魔法で姿を偽っている冒険者もいない。プレイヤーはいないか……)


 レオンは部屋の片隅に移動すると、ギルドに入ってくる冒険者を次々と調べていった。

 しかし、プレイヤーや、その従者らしき影は見当たらない。

 レオンが肩を落としていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「レオンじゃないか。こんな隅っこでどうした?依頼を受けないのか?」

「ガストンか。今日はそんな気分ではない」

「はぁ、お前はお気楽な奴だな……」

「お前は今日も依頼を受けるのか?昨日受け取った報酬で、暫くは遊んで暮らせるだろ?」

「馬鹿な事を言うな。冒険者は長くは続けられない。稼げる内に稼ぐのが当たり前だ」


(長くは続けられない、か……)


 ガストンの言葉を聞いて、レオンはギルド内を見渡した。

 大勢の冒険者で溢れ返ってはいるが、言われてみれば、若い冒険者が多いように見える。


(確かに中年の冒険者は少ない気がする。老人に至っては誰もいないな……。老いには誰も勝てないという事か)


「ガストンも大変だな」

「お前は他人事のように――まぁ、いいか……。俺は仲間のところに戻る。お前も若い内に稼がないと、後で後悔することになるぞ?」


 それはガストンなりに、レオンを心配しての言葉であった。

 ガストンはレオンの肩を軽く叩くと、仲間の元へと戻っていった。

 暫くすると、ギルド内は打って変わって閑散となり、ギルドに入ってくる冒険者もいなくなる。

 レオンもやる事がなくなり、小さく溜息を漏らした。


(プレイヤーも見当たらないし、俺も帰るとするか……)


 レオンが帰ろうとしていると、見覚えのある人物が入ってきた。

 すれ違いざまに目が合い、お互い自然と足を止めていた。


「ミハイル、随分と来るのが遅いな」

「僕は昨日依頼を頼まれまして、今日は荷物を運ぶポーターを借りに来たんです。レオンさんは依頼を受けられたんですか?」

「いや、私は依頼を受けていない」


 それを聞いたミハイルは、此処ぞとばかりにレオンに詰め寄った。


「それなら丁度良かった。レオンさん、僕の依頼を手伝いませんか?」

「まぁ、やることもないから構わんが――依頼の内容にもよるな」

「僕が受けたのは調査依頼です。北にある獣人の国で、不穏な動きがあるとの噂で。その噂の真相を探るのが、僕が受けた依頼の内容です」


 ミハイルの言葉にレオンの眉がピクリと動いた。

 それもそのはず、獣人とは、レオンが前々から関心があった種族である。


(獣人……。ゲームにはいなかった種族だ。ニナから話を聞いた時に、いつかは会いに行きたいと思っていたが――)


「私たちが手伝っても大丈夫なのか?」

「勿論ですよ。サラマンダーを従えているレオンさんがいるなら、僕も心強いです」

「ミハイルがそこまで言うなら、手伝うのも悪くはないな」

「本当ですか!」

「あぁ、構わんとも」

「ありがとうございます!それでは今から二時間後、街の北門に来てください」

「了解した。今から二時間後だな」


 レオンの言葉を聞いて、ミハイルは笑顔でカウンターに向かっていった。

 だが、それとは対照的に、仲間の女性たちの表情は暗い。中には露骨に舌打ちをする女性までいる。

 それにはレオンも黙ってはいられない。

 尤も、親しくもない女性に、直接文句を言えるだけの勇気はないため、心の中で密かに毒を吐いた。


(何だよ!俺が何かしたのか?あぁ、そうか。道中ミハイルとイチャイチャできなくなるからか?いや、それならポーターも邪魔になるだろ?(そもそも)、お前ら、人が居ようが構わずイチャイチャしてただろ!何で俺が舌打ちされるんだよ!)


 レオンが心の中で思いの丈を叫んでいると、傍から冷ややかな声が聞こえてきた。


「レオン様、あの不敬な(やから)を殺す許可をいただきたいのですが――よろしいでしょうか?」

「えっ!?」


 声の方に視線を向けると、鬼の形相で睨みを利かせる、フィーアの姿が其処にはあった。

 その冷たい視線に、レオンも僅かに後退(あとずさ)る。


(ほら、うちのフィーアさんもお怒りだぞ!だが殺すのは駄目だろ?冒険者ギルドで殺人事件は、流石に不味いからな。早く(なだ)めて怒りを鎮めないと……)


「フィーア、つまらん事で怒るな。屋敷に戻るぞ」

「ですが、あの女はレオン様に対し無礼を――」

「私は気にしていない。フィーアよ、もっと大らかな心を持て。そんなに怒ってばかりでは、折角の美貌が台無しになるぞ?」

「び、美貌!レオン様がそのように仰るのであれば……」

「うむ。分かればよい。では屋敷に戻るか」

「はい!」


 明るいフィーアの声を聞いて、レオンは安堵の溜息を漏らした。

 だが、同時に怪訝そうに顔を顰める。


(怒ったり笑ったり、相変わらず感情の起伏が激しいな。情緒不安定なんだろうか?)


 そんなことを考えながら、レオンは屋敷への帰路に着くのであった。







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