冒険者 2
「こんなところにサラマンダーだと?」
訝しむガストンの言葉にみな一様に重い腰を上げた。
サラマンダーは冒険者に視線を向けて、長い尻尾を地面に何度も叩きつける。
それは大地を揺るがし、レオンの元まで振動が伝わってきていた。
威嚇とも思える行動に、ベイクが言葉を吐き捨てる。
「こっちを威嚇してるのか?舐められたもんだぜ」
「あの様子だと今にも襲ってきそうだな。被害が出てからじゃ遅い。ここで仕留めるぞ」
「僕もガストンさんの意見に賛成です。サラマンダーを野放しにするのは危険ですから」
「ベイク、お前も文句はないな」
「逃げても追ってきそうだしな。背後から襲われるのは御免だぜ」
「よし、各自戦闘準備を整えろ。時間はないぞ」
冒険者たちは戦いを覚悟する。
ガストンらが戦いの準備を着々と進める中、レオンだけが呆然と立ち尽くしていた。
サラマンダーの意味不明な行動に首を傾げるも、いくら考えても答えが見いだせない。
(俺はさっき人間を襲うなと、ノエルに連絡を入れたはずだぞ?うちの子は何がしたいんだ?訳が分からん)
「フィーア、あのサラマンダーは先程から何をしている?」
「恐らく、レオン様にお会い出来て嬉しいのかと」
「へぇ……。ん?今度は首を上下に動かし始めたぞ?あれは何だ?」
「恐らく、レオン様、ここにいますよ。と、アピールをしているのではないでしょうか」
「…………」
(なにそれ?ちょっと可愛いかも。とか思ってしまったろうが!)
堪えきれなくなったのか、サラマンダーが滑るように接近してくる。
その素早さに、ガストンが思わず声を上げた。
「こいつ速いぞ!急いで散開しろ!」
「しかも速いだけではありません!今まで見てきた、どのサラマンダーよりも大きい!」
「あぁ、もう、ドラゴンの後だぜ?何でこうも大物ばっか出やがるんだ!」
「ベイク!つべこべ言わずに動け!」
「動いてんだろが!お前は何処を見てやがる!!」
「お二人とも喧嘩は後です!僕のパーティーが正面を請負います!」
「じゃあ俺のパーティーは右だ!ベイクのパーティーは左に回れ!」
「一々言われなくても分かってるよ!レオン!お前らはそっから動くなよ!」
冒険者は一斉に駆け出し、見る間にレオンたちから遠ざかっていった。
ドラゴンの時と同じように、ミハイルがサラマンダーに魔法銃を向け、トリガーを引いた。
魔法の矢は見事に命中するも、サラマンダーの勢いは弱まる気配が全くない。
真っ直ぐミハイル――レオン――に向かって突進してくる。
「ベティ!」
「任せな!!〈不動金剛盾〉」
ベティと呼ばれる大柄な女性が盾を構え、サラマンダーの前に立ちはだかる。
盾でサラマンダーの突進を受け止め、左右から一斉に攻撃が繰り出される筈であった。
しかし、サラマンダーはベティの眼前で直角に曲がり、しかも、速度を緩めることなく後方に駆け抜けていった。
その動きにベティが信じられないと声を上げる。
「巫山戯るな!!あいつ本当にサラマンダーかよ!あんな動き有り得ないだろ!!」
「不味いです!皆さん早く戻って!!」
「くそがぁあああああ!!待ちやがれぇえええええ!!」
ミハイルの声にガストンがドカドカと走るも、とても追いつける速度ではない。
それはベイクも同じこと、走りながら剣技を繰り出すも、距離が遠すぎるのか、命中してもサラマンダーは意に返さない。
それはミハイルの魔法銃も同じであった。
雨の様な魔法の矢を受けても、サラマンダーの速度が落ちる気配がまるでない。
遂には魔法銃のカートリッジも空になる。
レオンに突進するサラマンダーを見て、ミハイルがあらん限りの声を上げた。
「レオンさん逃げて!!」
ミハイルの悲痛な叫びが草原に木霊する。
しかし、サラマンダーは目と鼻の先、誰の目から見ても逃げるのは不可能に見えた。
ポーターが逃げ惑う中、レオンはどうしたものかと俯き思い悩んでいた。
(馬車の件はドラゴンがやったことに出来るし、今更サラマンダーを殺す意味がないんだよな。ちょっとだけ可愛いし……)
誰もが食べられると思った瞬間、サラマンダーはピタリと足を止めていた。
「きゅう、きゅう」
可愛らしい声にレオンが顔を上げると、目の前にはサラマンダーの姿があった。
甘えるように頬を当ててくる様は何とも愛おしい。
その様子にレオンが感激していると、不意にサラマンダーの巨体が吹き飛ばされた。
サラマンダーは数メートルも吹き飛ばされ「きゅうきゅう」悲しげに鳴いている。
フィーアはサラマンダーに歩み寄り、許せないと言わんばかりに、その瞳を鋭く睨みつけた。
「レオン様の御身に触れるとは何事ですか!!身の程を弁えなさい!」
叱られたサラマンダーは、ゴロンと仰向けになり、「きゅきゅう」と鳴き声を上げている。
その様子にレオンのみならず、その場にいた誰もが目を丸くしていた。
(何やってんだフィーア!!俺たちは初心者の冒険者なんだぞ!)
だが時既に遅い。最初に駆け付けたミハイルが我が目を疑うようにレオンに訪れる。
「レオンさん。これは一体どういうことですか?フィーアさんがサラマンダーを殴ったように見えたんですが……」
「うむ。殴り飛ばしたな」
「殴り飛ばしたなって……」
ミハイルはサラマンダーの巨体を見て眉間に皺を寄せた。
恐らく体重は数千キロ、いや、もっとあるかもしれない。
そのサラマンダーを力でねじ伏せるには、一体どれ程の筋力が必要だろうか。
「いや、普通無理でしょう?何処にサラマンダーを殴り飛ばす女性がいるんですか?」
「目の前にいるではないか。フィーアはあれで中々強い。サラマンダーに遅れを取るほどやわではない」
「そんな馬鹿な……」
訝しむミハイルであったが出来ないことはない。
殴ったように見えただけで、スキルや魔法で吹き飛ばすことは可能であった。
尤も、あれ程の巨体を吹き飛ばすことが出来るのは、超一流の冒険者のみである。
つまりそれは、フィーアがそれだけの実力者であることを物語っていた。
ミハイルが思考を巡らせる間も、何故かサラマンダーは、フィーアから説教を受けている。
その光景は何処からどう見ても、サラマンダーがフィーアに屈服しているようにしか見えなかった。
自ずとミハイルの答えも導き出される。
(やはりフィーアさんは只者ではない。もしかしたらレオンさんも……)
レオンもフィーアの行動は不味いと感じていた。
実力を隠して目立たないようにするつもりであったが、少なくとも今回の件で、サラマンダーより強いと認識されてしまったのだから。
だがレオンは短絡的に、まぁいいか。と、直ぐに開き直っていた。
所詮はレベル32のサラマンダーである。これより強い人間はいくらでもいるだろう、と。
レオンがサラマンダーに視線を向けると、未だにフィーアの説教が続いていた。
服従の姿勢なのだろう。ずっと逆さになり「きゅうきゅう」鳴いているサラマンダーが不憫でならない。
(一体いつまで叱るつもりだ?ずっと逆さで可哀想じゃないか……)
「――レオン様の御身に触れて良いのは、レオン様に選ばれし従者のみ。お前の様なトカゲ風情が、気安く触れて良いお方ではないのです。抑、お前は――」
「フィーア、もう許してやれ。サラマンダーも十分反省をしている」
「ですが、このトカゲには多少きつく言った方が――」
「必要ない。抑、何でサラマンダーが叱られている?」
「レオン様の御身に触れたからです!」
(……はぁ?それだけ?以前からおかしいとは思っていたが、うちのフィーアさんの頭は大丈夫なんだろうか?)
「フィーア、私はそんなことは気にしていない。今後、このような馬鹿な真似は絶対にするな」
「それでは、レオン様の御身に触れる、不敬な輩を見逃せと仰るのですか?」
「触れるだけなら構わんだろ?過剰に反応するな」
「レオン様がそこまで仰るなら……。トカゲ、レオン様の寛大なご配慮に感謝なさい」
「きゅきゅう、きゅう」
(やっぱり可愛い……。でも、拠点にいるペットはプライドが高いんだよな。連れて行ったら喧嘩になるかもしれない。この子は街で飼えないかな?)
言葉を理解できるのか、サラマンダーは許しの言葉を貰うと、ゴロンと回転して元に戻った。
ベティが身構えるも、レオンが直ぐに静止する。
「よせ!サラマンダーに敵意はない」
「んなもん信じられるか!」
ベティの意見は最もであった。冒険者になりたての新人に何が分かるものか。
言葉を鵜呑みにして殺されたら、たまったものではない。
だが次の瞬間、レオンの言葉を後押しするかのように、ミハイルの声が聞こえてきた。
「ベティ!危険はないから武器を下ろして!」
自分たちのリーダーには逆らえないのか、ベティは渋々武器を収める。
ドカドカと足音を立てながら、ガストンたちがやってくるも、レオンがサラマンダーを撫でているのを見て、驚きを通り越して呆れていた。
それはベイクも同様である。レオンに頬ずりをするサラマンダーを怪訝そうに見ると、武器を下ろして溜息を漏らした。
「はぁ~。レオン、そのサラマンダーに危険はないんだな?」
「この通り私に懐いている。可愛いではないか」
「か、可愛い?お前の美的感覚おかしいんじゃないのか?」
「失礼な奴だな。それは暗に、私の妻は可愛くないと言っているのか?」
「ちげぇよ!フィーアちゃんは超絶可愛いに決まってんだろうが!」
話があらぬ方向に向かい、ガストンが肩を竦めた。
「お前らは何の話をしてるんだ……。ベイク、お前はちょっと黙ってろ。レオン、そのサラマンダーをどうするつもりだ?お前に懐いてるようだが、街には入れんぞ?かと言って、このまま野放しにすることもできん。今すぐ殺すしか手はない」
「馬鹿なことを言うな。人間は殺さぬように言ってある。街に入れても問題はない」
「あのなぁ、どう考えても問題はあるだろ?それに、サラマンダーが人の言葉を理解できると思っているのか?」
「うむ。このサラマンダーは賢い。お前よりも賢い」
「何でだよ!!」
「きゅうきゅう」
「はら、この通り、落ち込むなと励ましているぞ?」
「適当なことを言うな!俺は真剣にだな――」
「ガストンさん落ち着いてください」
見かねたミハイルが間に入るも、ガストンは納得しかねると、憮然とした表情で俯いていた。
ミハイルもそれは当然だろうと苦笑するも、先ずは話を進めるためにレオンへと向き合う。
「レオンさん、サラマンダーを街に入れる方法はあります。騎乗魔獣として、ギルドに登録することです」
「騎乗魔獣だと?」
「はい。冒険者の中には、捕らえた魔物を自分の足がわりに使う人もいます。尤も、ギルドの厳しい審査がありますから、誰でも騎乗魔獣を持てる訳ではありませんが……」
「なるほど。ギルドに登録か」
納得したように何度も頷くレオンを見て、ミハイルは更に話を進める。
「先程から見ていましたが、恐らくレオンさんであれば問題ないかと」
「うむ。では決まりだな。街に戻ったら、早速手続きを行うとしよう」
しかし、ミハイル以外の冒険者は表情を曇らせた。
Gランクの冒険者が騎乗魔獣を持つなど前代未聞である。
ギルドの審査を通るのかと、ベイクが疑問を呈した。
「ミハイル、それはいくらなんでも無理があるんじゃないか?騎乗魔獣にするためには、それを押さえ込むだけの実力が必要なんだぞ?」
「それなら問題ありません。先ほどフィーアさんお一人で、サラマンダーを屈服させていましたから。ギルド派遣のポーターも見ていたので、街に戻ればギルドに報告は上がります」
「まじかよ……。フィーアちゃんって、もしかして凄く強い?」
「少なくとも僕よりはずっと強いですね」
「げっ!お前より強いとか冗談だろ?」
ベイクが疑うのも無理はない。
ミハイルは、この国では知らぬ者はいないAランクの冒険者。
そのミハイルより強いと言うことは、フィーアの実力はSランクに匹敵しておかしくない。
話を聞いていた他の冒険者も、唯々唖然とする他なかった。
ミハイルのランクを知らないレオンとフィーアだけが、取り残されたように話について行けずにいた。
ガストンが呆れたように地面に倒れ込む。
「もう俺は知らん。後はギルドが判断するだろ」
「ふむ。どうやら騎乗魔獣の登録は問題なさそうだな。で?これからどうするのだ?」
「先ずは手分けして、ドラゴンの素材を回収しましょう」
ミハイルの言葉を皮切りに、ポーターも含めた総出で、ドラゴンの解体が始まる。
レオンとフィーアも最初は素材の回収に参加していたが、自分たちが貰う分の鱗を回収してからは、ずっと高みの見物を決め込んでいた。
小振りとはいえドラゴンである。鱗は硬く剥がれ難く、牙や爪も簡単に切り落とせるものではない。
ドラゴンを討伐したのは昼前にも関わらず、陽が沈むのはあっという間であった。
「今日の作業はこれで終了しませんか?」
「俺も腹が減って死にそうだ。早く飯が食いたい」
ガストンはミハイルに同意すると、大袈裟に自分の腹を摩って見せた。
結局、ドラゴンの解体は一日では終わらず、今日はこの場所で野営をすることになった。
昼からこうなることを予想していたのだろう。
ミハイルの指示のもと、午後に入ってから数人のポーターが、食事と野営の準備をしていた。
そのため、既に食事の用意は整っている。
石で作った即席の竈の上には、大きな鍋が二つ乗せられ、その中では見たこともない具材が、グツグツと音を立てながら煮込まれていた。
その他にも、串に刺された肉が竈で炙られ油を滴らせている。
周囲には食欲を唆らせる匂いが立ち込め、いつしか竈を囲うように人が集まっていた。
二つの鍋を見て、ガストンが「おぉ!」と声を上げる。
「鍋が二つとは随分と豪勢だな」
「依頼は一日で終わりましたからね。水も食料も、まだまだ豊富にあります。今日は沢山食べてくだい」
「流石ミハイルだ。気が利くじゃないか」
ガストンはドカっと腰を落とすと、早く配膳しろと、ポーターを急かすように見つめた。
レオンも同じように腰を落とし、鍋に視線を向ける。
(確かドラゴンの肉を入れてたよな……。大丈夫なのか?)
ずっと高みの見物を決め込んでいたレオンは、切り分けたドラゴンの肉を調理しているところも見ていた。
そのため、鍋に投入した肉や、竈で焼かれている肉も、全てドラゴンの肉だということは分かっている。
ただ、この世界では肉に関して良い思い出はない。
屋台で食べた獣臭い肉の味が脳裏を過ぎる。
レオンが顰めっ面をしていると、隣に座るフィーアも、心配そうに鍋を見つめていた。
そんな二人が気になったのか、ミハイルはレオンの隣に座ると、心配するように二人の顔を覗き込んだ。
「お二人とも暗い顔をして、どうしたんですか?」
「ミハイルか。屋台で食べた臭い肉を思い出してな……」
「臭い肉ですか?……もしかしてレオンさん、串に刺さった肉を食べませんでしたか?」
「食べたが――よく分かったな?」
「あれはジャイアントラットの肉を使っていて、独特の臭みがあるんですよ。その臭みが好きだと好んで食べる人もいますが、嫌いな人も大勢いますから」
「そうなのか?」
「実は僕も、あの肉は嫌いなんです。でも今回はドラゴンの肉を使っています。多分レオンさんでも大丈夫だと思いますよ」
「ミハイルがそう言うなら食べてみるか……」
「是非、そうしてください。きっと美味しいですから」
ミハイルはそう告げてレオンに微笑みかける。
話を聞いていたベイクが、フィーアの隣に腰を落として口を開いた。
「もしかしてフィーアちゃんも肉が嫌い?でもドラゴンの肉って超上手いんだぜ?」
フィーアはベイクを一瞥すると、無視するようにレオンに視線を移す。
「レオン様、お食事の前に、お体をお清めいたします」
「そうだな。では頼む」
「畏まりました。[洗浄]」
レオンのみならず、その場にいた全員の体が一瞬で洗い流される。
血が付着した武具も綺麗になり、汗による匂いやベタつきもなくなっていた。
突然のことに、その場の誰もが戸惑う。
「うおぉ!なんだこれ?フィーアちゃんの魔法?」
ベイクが驚き声を上げると、自然とフィーアへ視線が集った。
しかし、フィーアはそれらを無視。話したくないと言わんばかりに、レオンのことだけを見つめていた。
ミハイルは小さく溜息を吐き出すと、仕方なしに、フィーアの代わりに説明を始めた。
「フィーアさんが使ったのは洗浄と呼ばれる魔法で、体や衣服を清める効果があります。主に神官が使う魔法ですね」
「こんな便利な魔法もあるのか。汗臭くないぞ」
ガストンは自分の匂いを嗅ぎながら感心していた。
数人の男たちが、ガストンを真似て鼻を鳴らし、驚いているのが見て取れる。
「それより早く食事にしましょう。早く食べて眠らないと、明日の朝、起きられなくなりますよ」
「おっと、そうだった。先ずは飯だ。早く持ってきてくれ」
ガストンに急かされ、ポーターたちがスープの入った器を配りだした。
一つは黄金色に透き通るスープ。もう一つは、とろ味のあるスパイスの香りが効いたス-プ。どちらも食欲を唆る美味しそうな匂いがする。
その匂いに誘われたのか、いつの間にかレオンの後ろでは、サラマンダーが涎をダラダラと垂らしていた。
「きゅうぅぅぅ」
切なそうなサラマンダーの声に、レオンも思わず振り返る。
そこには物欲しそうに鍋を見つめるサラマンダーの姿があった。
その様子にいち早く気付いたガストンが、切り分けてあったドラゴンの肉を指差す。
「レオン、あそこにあるドラゴンの肉を食わせてやれ」
「よいのか?」
「ドラゴンの肉も全部持って帰ることは出来んからな。何より腹を空かせてる奴を放って置けるか。ミハイルとベイクも構わんだろ?」
「勿論です」
「俺も問題ないぜ。どうせ殆どの肉は捨てることになるんだ」
「この通り、二人の許可も取った。早く肉を食わせてやれ」
(ガストンは案外いい奴だな……)
レオンはサラマンダーに視線を向けると、切り分けてある肉の塊を指差した。
「あの肉を食べても構わん。だが、それ以外の肉は食べるなよ」
「きゅう」
サラマンダーはひと鳴きすると、レオンの元を離れて肉の塊に齧り付いた。
美味しそうに肉を頬張るサラマンダーを遠目に見て、レオンも目の前のスープに視線を落とした。
最初に手にしたのは黄金色のスープ。
中身はドラゴンの肉に根菜と思しき野菜、それに香草と思しき葉が乗せられている。
レオンは匙をスープに浸すと、口の中に運び入れた。
根菜の甘味なのか、口いっぱいにスープの旨味と甘味が広がり、思わず顔が綻んだ。
恐らく香草が利いているのだろう。後味もすっきりとしていて、何杯飲んでも匙が止まらない。
次に白い根菜に匙を伸ばす。
根菜はしっかりと中まで火が通されており、口の中でほろっと崩れた。
ホクホクとした食感はじゃが芋に似ているが、さつま芋のような甘さもある。じゃが芋に蜂蜜を少し垂らしたような感じだが、これがまた美味い。
スープと一緒に口に入れると、口の中で、根菜の甘味とスープの旨味が程よく調和する。
レオンはいよいよドラゴンの肉に匙を向けた。
匙を入れると肉は簡単にほぐれ、匙の上にちょこんと乗る。それはもう、食べてくださいと言わんばかりだ。
しかし、レオンは肉に対し若干の抵抗がある。ひと呼吸おいて、恐る恐る口に運んだ。
すると、肉の油は舌の上で溶け出し、軽く噛んだだけで肉の旨味が溢れ出してくる。
気付ば、ドラゴンの肉は溶けるようになくなっていた。
余りの美味しさに何度も匙が往復する。
食べ進める内に、肉の下に他の根菜が隠れているのが見て取れた。
薄くスライスされたそれは、食べられる時を待っていたかのように、器の下に沈んでいる。
レオンは匙ですくい上げると、その根菜に視線を落とした。見た目はゴボウのような、硬い繊維質の根菜に見える。
口に入れると、やはりゴボウのような歯ごたえがあった。
噛む度にボリボリと心地良い音がするが、その味はゴボウではなく人参に近い。
簡単にほぐれる食材が多い中、この程よい歯ごたえが、食感に強弱を与えてくれた。
ドラゴンの肉と一緒に頬張ると、食感の変化も楽しく、違う味わいになる。
黙々と食べ進め、黄金色のスープは瞬く間になくなっていった。
レオンは「ふぅ」と、人心地つくと、今度はとろみあるスープに視線を移す。
見た目はビーフシチューのようにも見えるが、スパイシーな香りが鼻腔を通り抜ける。
スープを飲み干したばかりだと言うのに、その食欲を唆る香りに思わず手が伸びた。
レオンは匙をスープに沈め、口の前に持ってくる。
唇が触れると、ぴりっとした刺激がレオンに襲い掛かった。だが刺激だけではない。後から波打つように旨みが押し寄せてきた。
我慢しきれず口に入れると、舌を刺すような刺激が広がる。そして、その刺激を飲み込むように、旨味が口の中を覆い尽くした。
ビーフシチューを辛くしたような、なんとも癖になる味である。
(これはご飯が欲しくなるな)
周囲を見渡すと、みなパンのようなものをスープに浸して食べていた。
レオンもそれに習い、目の前のパンと思しきものに手を伸ばす。それは手頃な大きさにスライスされてはいるが、見た目は黒く、手に持つと固いのが分かる。
試しに齧ると、味は間違いなくパンであった。
レオンも周りを真似て、パンをスープに浸してみる。すると、とろみのついたスープがパンに纏わりつき、ズシッと重さを増す。
見た目はバケットにビーフシチューをつけているのと変わりない。
堪らずレオンも口の中に放り込んだ。
僅かにしなっとしたパンと、スープの辛さが絶妙に美味い。
隣を見れば、フィーアもレオンを真似て美味しそうに食べていた。
レオンはもう一度パンを手に取ると、スープの中に沈めてみる。
すると、パンをそのまま寝かせて、スープの具材をすくい上げた。
最初に口に入ったのは、じゃが芋のような根菜。口の中で崩れると、根菜の甘味が辛さを中和するように広がる。
そして根菜を飲み込むと、後から辛味が口の中を刺激した。根菜の甘味がスープの辛味を際立たせているのかもしれない。
この辛さがまた病みつきになる。間髪入れずに、匙がスープの中に飛び込んだ。
一頻り根菜を食べ満足すると、いよいよ肉に取り掛かる。
肉はしっかりと形を残し、少し固そうに見えたが、レオンはお構いなしに、丸ごと一気に頬張った。
噛む度に肉汁が溢れ、ほど良い弾力で歯を押し返す。肉本来の味と、スープの味が混ざり、口の中で一体となる。
レオンはひたすら食べ続け、最後にスープの底に沈んだパンをすくい上げた。
パンはスープをすって膨れ上がり、中まで柔らかくなっている。
口に運び噛み締めると、じゅわっとスープの旨味が溢れ出した。
レオンは名残惜しそうに全てを飲み込み、静かに器を地面に置いた。
その様子を見てミハイルが笑いかける。
「ドラゴンの肉はどうでしたか?」
「美味しいな。これなら毎日食べたいくらいだ」
「ドラゴンが現れることは滅多にありません。食べられるのは今のうちですよ。折角ですから、串焼きも食べてみませんか?」
「うむ。いただくとしよう」
レオンは肉が刺された串を二本受け取り、その内の一本をフィーアに手渡した。
直火で焼かれた肉の表面は少し焦げてはいたが、それがまた香ばしい匂いで思わず涎が溢れ出る。
齧り付くと、カリッとした食感の後に、じゅわっと肉汁が溢れ出た。
特に油の旨味が強い。ぎゅっと噛み締めると、溶け出した油の旨味が口の中に広がっていく。
肉の歯ごたえもあり、一本だけでも十分食べごたえはあった。
全て食べ終え満足すると、レオンは夜空を見上げて思う。
たまには食事をするのも悪くないな、と。
こうして、ドラゴン討伐の一日は過ぎ去っていった。