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レジェンド・オブ・ダーク  作者: 粗茶
第一章 未知の世界
13/17

冒険者 2

「こんなところにサラマンダーだと?」


 訝しむガストンの言葉にみな一様に重い腰を上げた。

 サラマンダーは冒険者に視線を向けて、長い尻尾を地面に何度も叩きつける。

 それは大地を揺るがし、レオンの元まで振動が伝わってきていた。

 威嚇とも思える行動に、ベイクが言葉を吐き捨てる。


「こっちを威嚇してるのか?舐められたもんだぜ」

「あの様子だと今にも襲ってきそうだな。被害が出てからじゃ遅い。ここで仕留めるぞ」

「僕もガストンさんの意見に賛成です。サラマンダーを野放しにするのは危険ですから」

「ベイク、お前も文句はないな」

「逃げても追ってきそうだしな。背後から襲われるのは御免だぜ」

「よし、各自戦闘準備を整えろ。時間はないぞ」


 冒険者たちは戦いを覚悟する。

 ガストンらが戦いの準備を着々と進める中、レオンだけが呆然と立ち尽くしていた。

 サラマンダーの意味不明な行動に首を傾げるも、いくら考えても答えが見いだせない。


(俺はさっき人間を襲うなと、ノエルに連絡を入れたはずだぞ?うちの子は何がしたいんだ?訳が分からん)


「フィーア、あのサラマンダーは先程から何をしている?」

「恐らく、レオン様にお会い出来て嬉しいのかと」

「へぇ……。ん?今度は首を上下に動かし始めたぞ?あれは何だ?」

「恐らく、レオン様、ここにいますよ。と、アピールをしているのではないでしょうか」

「…………」


(なにそれ?ちょっと可愛いかも。とか思ってしまったろうが!)


 堪えきれなくなったのか、サラマンダーが滑るように接近してくる。

 その素早さに、ガストンが思わず声を上げた。


「こいつ速いぞ!急いで散開しろ!」

「しかも速いだけではありません!今まで見てきた、どのサラマンダーよりも大きい!」

「あぁ、もう、ドラゴンの後だぜ?何でこうも大物ばっか出やがるんだ!」

「ベイク!つべこべ言わずに動け!」

「動いてんだろが!お前は何処を見てやがる!!」

「お二人とも喧嘩は後です!僕のパーティーが正面を請負います!」

「じゃあ俺のパーティーは右だ!ベイクのパーティーは左に回れ!」

「一々言われなくても分かってるよ!レオン!お前らはそっから動くなよ!」


 冒険者は一斉に駆け出し、見る間にレオンたちから遠ざかっていった。

 ドラゴンの時と同じように、ミハイルがサラマンダーに魔法銃を向け、トリガーを引いた。

 魔法の矢(マジックアロー)は見事に命中するも、サラマンダーの勢いは弱まる気配が全くない。

 真っ直ぐミハイル――レオン――に向かって突進してくる。


「ベティ!」

「任せな!!〈不動金剛盾〉」


 ベティと呼ばれる大柄な女性が盾を構え、サラマンダーの前に立ちはだかる。

 盾でサラマンダーの突進を受け止め、左右から一斉に攻撃が繰り出される筈であった。

 しかし、サラマンダーはベティの眼前で直角に曲がり、しかも、速度を緩めることなく後方に駆け抜けていった。

 その動きにベティが信じられないと声を上げる。


巫山戯(ふざけ)るな!!あいつ本当にサラマンダーかよ!あんな動き有り得ないだろ!!」

「不味いです!皆さん早く戻って!!」

「くそがぁあああああ!!待ちやがれぇえええええ!!」


 ミハイルの声にガストンがドカドカと走るも、とても追いつける速度ではない。

 それはベイクも同じこと、走りながら剣技を繰り出すも、距離が遠すぎるのか、命中してもサラマンダーは意に返さない。

 それはミハイルの魔法銃も同じであった。

 雨の様な魔法の矢(マジックアロー)を受けても、サラマンダーの速度が落ちる気配がまるでない。

 遂には魔法銃のカートリッジも空になる。

 レオンに突進するサラマンダーを見て、ミハイルがあらん限りの声を上げた。


「レオンさん逃げて!!」


 ミハイルの悲痛な叫びが草原に木霊する。

 しかし、サラマンダーは目と鼻の先、誰の目から見ても逃げるのは不可能に見えた。

 ポーターが逃げ惑う中、レオンはどうしたものかと俯き思い悩んでいた。


(馬車の件はドラゴンがやったことに出来るし、今更サラマンダーを殺す意味がないんだよな。ちょっとだけ可愛いし……)


 誰もが食べられると思った瞬間、サラマンダーはピタリと足を止めていた。


「きゅう、きゅう」


 可愛らしい声にレオンが顔を上げると、目の前にはサラマンダーの姿があった。

 甘えるように頬を当ててくる様は何とも(いと)おしい。

 その様子にレオンが感激していると、不意にサラマンダーの巨体が吹き飛ばされた。

 サラマンダーは数メートルも吹き飛ばされ「きゅうきゅう」悲しげに鳴いている。

 フィーアはサラマンダーに歩み寄り、許せないと言わんばかりに、その瞳を鋭く睨みつけた。


「レオン様の御身に触れるとは何事ですか!!身の程を(わきま)えなさい!」


 叱られたサラマンダーは、ゴロンと仰向けになり、「きゅきゅう」と鳴き声を上げている。

 その様子にレオンのみならず、その場にいた誰もが目を丸くしていた。


(何やってんだフィーア!!俺たちは初心者の冒険者なんだぞ!)


 だが時既に遅い。最初に駆け付けたミハイルが我が目を疑うようにレオンに訪れる。


「レオンさん。これは一体どういうことですか?フィーアさんがサラマンダーを殴ったように見えたんですが……」

「うむ。殴り飛ばしたな」

「殴り飛ばしたなって……」


 ミハイルはサラマンダーの巨体を見て眉間に皺を寄せた。

 恐らく体重は数千キロ、いや、もっとあるかもしれない。

 そのサラマンダーを力でねじ伏せるには、一体どれ程の筋力が必要だろうか。


「いや、普通無理でしょう?何処にサラマンダーを殴り飛ばす女性がいるんですか?」

「目の前にいるではないか。フィーアはあれで中々強い。サラマンダーに遅れを取るほどやわではない」

「そんな馬鹿な……」


 訝しむミハイルであったが出来ないことはない。

 殴ったように見えただけで、スキルや魔法で吹き飛ばすことは可能であった。

 尤も、あれ程の巨体を吹き飛ばすことが出来るのは、超一流の冒険者のみである。

 つまりそれは、フィーアがそれだけの実力者であることを物語っていた。

 ミハイルが思考を巡らせる間も、何故かサラマンダーは、フィーアから説教を受けている。

 その光景は何処からどう見ても、サラマンダーがフィーアに屈服しているようにしか見えなかった。

 自ずとミハイルの答えも導き出される。


(やはりフィーアさんは只者ではない。もしかしたらレオンさんも……) 


 レオンもフィーアの行動は不味いと感じていた。

 実力を隠して目立たないようにするつもりであったが、少なくとも今回の件で、サラマンダーより強いと認識されてしまったのだから。

 だがレオンは短絡的に、まぁいいか。と、直ぐに開き直っていた。

 所詮はレベル32のサラマンダーである。これより強い人間はいくらでもいるだろう、と。

 

 レオンがサラマンダーに視線を向けると、未だにフィーアの説教が続いていた。

 服従の姿勢なのだろう。ずっと逆さになり「きゅうきゅう」鳴いているサラマンダーが不憫でならない。


(一体いつまで叱るつもりだ?ずっと逆さで可哀想じゃないか……)


「――レオン様の御身に触れて良いのは、レオン様に選ばれし従者のみ。お前の様なトカゲ風情が、気安く触れて良いお方ではないのです。(そもそも)、お前は――」

「フィーア、もう許してやれ。サラマンダーも十分反省をしている」

「ですが、このトカゲには多少きつく言った方が――」

「必要ない。(そもそも)、何でサラマンダーが叱られている?」

「レオン様の御身に触れたからです!」


(……はぁ?それだけ?以前からおかしいとは思っていたが、うちのフィーアさんの頭は大丈夫なんだろうか?)


「フィーア、私はそんなことは気にしていない。今後、このような馬鹿な真似は絶対にするな」

「それでは、レオン様の御身に触れる、不敬な輩を見逃せと仰るのですか?」

「触れるだけなら構わんだろ?過剰に反応するな」

「レオン様がそこまで仰るなら……。トカゲ、レオン様の寛大なご配慮に感謝なさい」

「きゅきゅう、きゅう」


(やっぱり可愛い……。でも、拠点にいるペットはプライドが高いんだよな。連れて行ったら喧嘩になるかもしれない。この子は街で飼えないかな?)


 言葉を理解できるのか、サラマンダーは許しの言葉を貰うと、ゴロンと回転して元に戻った。

 ベティが身構えるも、レオンが直ぐに静止する。


「よせ!サラマンダーに敵意はない」

「んなもん信じられるか!」


 ベティの意見は最もであった。冒険者になりたての新人に何が分かるものか。

 言葉を鵜呑みにして殺されたら、たまったものではない。

 だが次の瞬間、レオンの言葉を後押しするかのように、ミハイルの声が聞こえてきた。


「ベティ!危険はないから武器を下ろして!」


 自分たちのリーダーには逆らえないのか、ベティは渋々武器を収める。

 ドカドカと足音を立てながら、ガストンたちがやってくるも、レオンがサラマンダーを撫でているのを見て、驚きを通り越して呆れていた。

 それはベイクも同様である。レオンに頬ずりをするサラマンダーを怪訝そうに見ると、武器を下ろして溜息を漏らした。


「はぁ~。レオン、そのサラマンダーに危険はないんだな?」

「この通り私に懐いている。可愛いではないか」

「か、可愛い?お前の美的感覚おかしいんじゃないのか?」

「失礼な奴だな。それは暗に、私の妻は可愛くないと言っているのか?」

「ちげぇよ!フィーアちゃんは超絶可愛いに決まってんだろうが!」


 話があらぬ方向に向かい、ガストンが肩を竦めた。


「お前らは何の話をしてるんだ……。ベイク、お前はちょっと黙ってろ。レオン、そのサラマンダーをどうするつもりだ?お前に懐いてるようだが、街には入れんぞ?かと言って、このまま野放しにすることもできん。今すぐ殺すしか手はない」

「馬鹿なことを言うな。人間は殺さぬように言ってある。街に入れても問題はない」

「あのなぁ、どう考えても問題はあるだろ?それに、サラマンダーが人の言葉を理解できると思っているのか?」

「うむ。このサラマンダーは賢い。お前よりも賢い」

「何でだよ!!」

「きゅうきゅう」

「はら、この通り、落ち込むなと励ましているぞ?」

「適当なことを言うな!俺は真剣にだな――」

「ガストンさん落ち着いてください」


 見かねたミハイルが間に入るも、ガストンは納得しかねると、憮然とした表情で俯いていた。

 ミハイルもそれは当然だろうと苦笑するも、先ずは話を進めるためにレオンへと向き合う。


「レオンさん、サラマンダーを街に入れる方法はあります。騎乗魔獣として、ギルドに登録することです」

「騎乗魔獣だと?」

「はい。冒険者の中には、捕らえた魔物を自分の足がわりに使う人もいます。尤も、ギルドの厳しい審査がありますから、誰でも騎乗魔獣を持てる訳ではありませんが……」

「なるほど。ギルドに登録か」


 納得したように何度も頷くレオンを見て、ミハイルは更に話を進める。


「先程から見ていましたが、恐らくレオンさんであれば問題ないかと」

「うむ。では決まりだな。街に戻ったら、早速手続きを行うとしよう」


 しかし、ミハイル以外の冒険者は表情を曇らせた。

 Gランクの冒険者が騎乗魔獣を持つなど前代未聞である。

 ギルドの審査を通るのかと、ベイクが疑問を呈した。


「ミハイル、それはいくらなんでも無理があるんじゃないか?騎乗魔獣にするためには、それを押さえ込むだけの実力が必要なんだぞ?」

「それなら問題ありません。先ほどフィーアさんお一人で、サラマンダーを屈服させていましたから。ギルド派遣のポーターも見ていたので、街に戻ればギルドに報告は上がります」

「まじかよ……。フィーアちゃんって、もしかして凄く強い?」

「少なくとも僕よりはずっと強いですね」

「げっ!お前より強いとか冗談だろ?」


 ベイクが疑うのも無理はない。

 ミハイルは、この国では知らぬ者はいないAランクの冒険者。

 そのミハイルより強いと言うことは、フィーアの実力はSランクに匹敵しておかしくない。

 話を聞いていた他の冒険者も、唯々唖然とする他なかった。

 ミハイルのランクを知らないレオンとフィーアだけが、取り残されたように話について行けずにいた。

 ガストンが呆れたように地面に倒れ込む。


「もう俺は知らん。後はギルドが判断するだろ」

「ふむ。どうやら騎乗魔獣の登録は問題なさそうだな。で?これからどうするのだ?」

「先ずは手分けして、ドラゴンの素材を回収しましょう」


 ミハイルの言葉を皮切りに、ポーターも含めた総出で、ドラゴンの解体が始まる。

 レオンとフィーアも最初は素材の回収に参加していたが、自分たちが貰う分の鱗を回収してからは、ずっと高みの見物を決め込んでいた。

 小振りとはいえドラゴンである。鱗は硬く剥がれ(にく)く、牙や爪も簡単に切り落とせるものではない。

 ドラゴンを討伐したのは昼前にも関わらず、陽が沈むのはあっという間であった。


「今日の作業はこれで終了しませんか?」

「俺も腹が減って死にそうだ。早く飯が食いたい」


 ガストンはミハイルに同意すると、大袈裟に自分の腹を摩って見せた。

 結局、ドラゴンの解体は一日では終わらず、今日はこの場所で野営をすることになった。

 昼からこうなることを予想していたのだろう。

 ミハイルの指示のもと、午後に入ってから数人のポーターが、食事と野営の準備をしていた。

 そのため、既に食事の用意は整っている。

 石で作った即席の(かまど)の上には、大きな鍋が二つ乗せられ、その中では見たこともない具材が、グツグツと音を立てながら煮込まれていた。

 その他にも、串に刺された肉が竈で炙られ油を滴らせている。

 周囲には食欲を(そそ)らせる匂いが立ち込め、いつしか竈を囲うように人が集まっていた。

 二つの鍋を見て、ガストンが「おぉ!」と声を上げる。


「鍋が二つとは随分と豪勢だな」

「依頼は一日で終わりましたからね。水も食料も、まだまだ豊富にあります。今日は沢山食べてくだい」

「流石ミハイルだ。気が利くじゃないか」


 ガストンはドカっと腰を落とすと、早く配膳しろと、ポーターを急かすように見つめた。

 レオンも同じように腰を落とし、鍋に視線を向ける。


(確かドラゴンの肉を入れてたよな……。大丈夫なのか?)


 ずっと高みの見物を決め込んでいたレオンは、切り分けたドラゴンの肉を調理しているところも見ていた。

 そのため、鍋に投入した肉や、竈で焼かれている肉も、全てドラゴンの肉だということは分かっている。

 ただ、この世界では肉に関して良い思い出はない。

 屋台で食べた獣臭い肉の味が脳裏を過ぎる。

 レオンが(しか)めっ面をしていると、隣に座るフィーアも、心配そうに鍋を見つめていた。

 そんな二人が気になったのか、ミハイルはレオンの隣に座ると、心配するように二人の顔を覗き込んだ。


「お二人とも暗い顔をして、どうしたんですか?」

「ミハイルか。屋台で食べた臭い肉を思い出してな……」

「臭い肉ですか?……もしかしてレオンさん、串に刺さった肉を食べませんでしたか?」

「食べたが――よく分かったな?」

「あれはジャイアントラットの肉を使っていて、独特の臭みがあるんですよ。その臭みが好きだと好んで食べる人もいますが、嫌いな人も大勢いますから」

「そうなのか?」

「実は僕も、あの肉は嫌いなんです。でも今回はドラゴンの肉を使っています。多分レオンさんでも大丈夫だと思いますよ」

「ミハイルがそう言うなら食べてみるか……」

「是非、そうしてください。きっと美味しいですから」


 ミハイルはそう告げてレオンに微笑みかける。

 話を聞いていたベイクが、フィーアの隣に腰を落として口を開いた。


「もしかしてフィーアちゃんも肉が嫌い?でもドラゴンの肉って超上手いんだぜ?」


 フィーアはベイクを一瞥すると、無視するようにレオンに視線を移す。


「レオン様、お食事の前に、お体をお清めいたします」

「そうだな。では頼む」

「畏まりました。[洗浄(ウォッシュ)]」


 レオンのみならず、その場にいた全員の体が一瞬で洗い流される。

 血が付着した武具も綺麗になり、汗による匂いやベタつきもなくなっていた。

 突然のことに、その場の誰もが戸惑う。


「うおぉ!なんだこれ?フィーアちゃんの魔法?」


 ベイクが驚き声を上げると、自然とフィーアへ視線が集った。

 しかし、フィーアはそれらを無視。話したくないと言わんばかりに、レオンのことだけを見つめていた。

 ミハイルは小さく溜息を吐き出すと、仕方なしに、フィーアの代わりに説明を始めた。


「フィーアさんが使ったのは洗浄(ウォッシュ)と呼ばれる魔法で、体や衣服を清める効果があります。主に神官が使う魔法ですね」

「こんな便利な魔法もあるのか。汗臭くないぞ」


 ガストンは自分の匂いを嗅ぎながら感心していた。

 数人の男たちが、ガストンを真似て鼻を鳴らし、驚いているのが見て取れる。


「それより早く食事にしましょう。早く食べて眠らないと、明日の朝、起きられなくなりますよ」

「おっと、そうだった。先ずは飯だ。早く持ってきてくれ」


 ガストンに急かされ、ポーターたちがスープの入った器を配りだした。

 一つは黄金色に透き通るスープ。もう一つは、とろ味のあるスパイスの香りが効いたス-プ。どちらも食欲を(そそ)る美味しそうな匂いがする。

 その匂いに誘われたのか、いつの間にかレオンの後ろでは、サラマンダーが(よだれ)をダラダラと垂らしていた。


「きゅうぅぅぅ」


 切なそうなサラマンダーの声に、レオンも思わず振り返る。

 そこには物欲しそうに鍋を見つめるサラマンダーの姿があった。

 その様子にいち早く気付いたガストンが、切り分けてあったドラゴンの肉を指差す。


「レオン、あそこにあるドラゴンの肉を食わせてやれ」

「よいのか?」

「ドラゴンの肉も全部持って帰ることは出来んからな。何より腹を空かせてる奴を放って置けるか。ミハイルとベイクも構わんだろ?」

「勿論です」

「俺も問題ないぜ。どうせ殆どの肉は捨てることになるんだ」

「この通り、二人の許可も取った。早く肉を食わせてやれ」


(ガストンは案外いい奴だな……)


 レオンはサラマンダーに視線を向けると、切り分けてある肉の塊を指差した。


「あの肉を食べても構わん。だが、それ以外の肉は食べるなよ」

「きゅう」


 サラマンダーはひと鳴きすると、レオンの元を離れて肉の塊に齧り付いた。

 美味しそうに肉を頬張るサラマンダーを遠目に見て、レオンも目の前のスープに視線を落とした。


 最初に手にしたのは黄金色(こがねいろ)のスープ。

 中身はドラゴンの肉に根菜と思しき野菜、それに香草と思しき葉が乗せられている。 

 レオンは(さじ)をスープに浸すと、口の中に運び入れた。


 根菜の甘味なのか、口いっぱいにスープの旨味と甘味が広がり、思わず顔が綻んだ。

 恐らく香草が利いているのだろう。後味もすっきりとしていて、何杯飲んでも匙が止まらない。


 次に白い根菜に匙を伸ばす。

 根菜はしっかりと中まで火が通されており、口の中でほろっと崩れた。

 ホクホクとした食感はじゃが芋に似ているが、さつま芋のような甘さもある。じゃが芋に蜂蜜を少し垂らしたような感じだが、これがまた美味い。

 スープと一緒に口に入れると、口の中で、根菜の甘味とスープの旨味が程よく調和する。


 レオンはいよいよドラゴンの肉に匙を向けた。

 匙を入れると肉は簡単にほぐれ、匙の上にちょこんと乗る。それはもう、食べてくださいと言わんばかりだ。

 しかし、レオンは肉に対し若干の抵抗がある。ひと呼吸おいて、恐る恐る口に運んだ。

 すると、肉の油は舌の上で溶け出し、軽く噛んだだけで肉の旨味が溢れ出してくる。

 気付ば、ドラゴンの肉は溶けるようになくなっていた。

 余りの美味しさに何度も匙が往復する。

 食べ進める内に、肉の下に他の根菜が隠れているのが見て取れた。

 薄くスライスされたそれは、食べられる時を待っていたかのように、器の下に沈んでいる。

 レオンは匙ですくい上げると、その根菜に視線を落とした。見た目はゴボウのような、硬い繊維質の根菜に見える。

 口に入れると、やはりゴボウのような歯ごたえがあった。

 噛む度にボリボリと心地良い音がするが、その味はゴボウではなく人参に近い。

 簡単にほぐれる食材が多い中、この程よい歯ごたえが、食感に強弱を与えてくれた。

 ドラゴンの肉と一緒に頬張ると、食感の変化も楽しく、違う味わいになる。

 黙々と食べ進め、黄金色のスープは瞬く間になくなっていった。


 レオンは「ふぅ」と、人心地つくと、今度はとろみあるスープに視線を移す。

 見た目はビーフシチューのようにも見えるが、スパイシーな香りが鼻腔を通り抜ける。

 スープを飲み干したばかりだと言うのに、その食欲を(そそ)る香りに思わず手が伸びた。

 レオンは匙をスープに沈め、口の前に持ってくる。

 唇が触れると、ぴりっとした刺激がレオンに襲い掛かった。だが刺激だけではない。後から波打つように旨みが押し寄せてきた。

 我慢しきれず口に入れると、舌を刺すような刺激が広がる。そして、その刺激を飲み込むように、旨味が口の中を覆い尽くした。

 ビーフシチューを辛くしたような、なんとも癖になる味である。


(これはご飯が欲しくなるな)


 周囲を見渡すと、みなパンのようなものをスープに浸して食べていた。

 レオンもそれに習い、目の前のパンと思しきものに手を伸ばす。それは手頃な大きさにスライスされてはいるが、見た目は黒く、手に持つと固いのが分かる。

 試しに(かじ)ると、味は間違いなくパンであった。

 レオンも周りを真似て、パンをスープに浸してみる。すると、とろみのついたスープがパンに纏わりつき、ズシッと重さを増す。

 見た目はバケットにビーフシチューをつけているのと変わりない。

 堪らずレオンも口の中に放り込んだ。

 僅かにしなっとしたパンと、スープの辛さが絶妙に美味い。

 隣を見れば、フィーアもレオンを真似て美味しそうに食べていた。


 レオンはもう一度パンを手に取ると、スープの中に沈めてみる。

 すると、パンをそのまま寝かせて、スープの具材をすくい上げた。

 最初に口に入ったのは、じゃが芋のような根菜。口の中で崩れると、根菜の甘味が辛さを中和するように広がる。

 そして根菜を飲み込むと、後から辛味が口の中を刺激した。根菜の甘味がスープの辛味を際立たせているのかもしれない。

 この辛さがまた病みつきになる。間髪入れずに、匙がスープの中に飛び込んだ。

 一頻(ひとしき)り根菜を食べ満足すると、いよいよ肉に取り掛かる。

 肉はしっかりと形を残し、少し固そうに見えたが、レオンはお構いなしに、丸ごと一気に頬張った。

 噛む度に肉汁が溢れ、ほど良い弾力で歯を押し返す。肉本来の味と、スープの味が混ざり、口の中で一体となる。

 レオンはひたすら食べ続け、最後にスープの底に沈んだパンをすくい上げた。

 パンはスープをすって膨れ上がり、中まで柔らかくなっている。

 口に運び噛み締めると、じゅわっとスープの旨味が溢れ出した。

 レオンは名残惜しそうに全てを飲み込み、静かに器を地面に置いた。


 その様子を見てミハイルが笑いかける。


「ドラゴンの肉はどうでしたか?」

「美味しいな。これなら毎日食べたいくらいだ」

「ドラゴンが現れることは滅多にありません。食べられるのは今のうちですよ。折角ですから、串焼きも食べてみませんか?」

「うむ。いただくとしよう」


 レオンは肉が刺された串を二本受け取り、その内の一本をフィーアに手渡した。

 直火で焼かれた肉の表面は少し焦げてはいたが、それがまた香ばしい匂いで思わず(よだれ)が溢れ出る。

 齧り付くと、カリッとした食感の後に、じゅわっと肉汁が溢れ出た。

 特に油の旨味が強い。ぎゅっと噛み締めると、溶け出した油の旨味が口の中に広がっていく。

 肉の歯ごたえもあり、一本だけでも十分食べごたえはあった。


 全て食べ終え満足すると、レオンは夜空を見上げて思う。

 たまには食事をするのも悪くないな、と。

 こうして、ドラゴン討伐の一日は過ぎ去っていった。










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