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レジェンド・オブ・ダーク  作者: 粗茶
第一章 未知の世界
12/17

冒険者 1

 時刻は正午前。

 繁華街を通り抜けながら、レオンとフィーアは昨日よりも人が少ないことに少し違和感を覚えた。

 目を擦り眠そうにしている住民が彼方此方(あちこち)に見受けられる。

 恐らくレオンの魔法による影響であろうが、そんなことは二人にとって然したる問題ではない。

 気に止めることもなく冒険者ギルドへとやってきた。


 しかし、冒険者ギルドの中は昨日とは一変していた。

 掲示板の前は大勢の冒険者で溢れ返り、移動するのも困難な状態である。

 レオンは人混みを掻き分け、比較的空いているカウンターの前で一息ついた。


(なんだこの人集(ひとだかり)は?掲示板の前に人が集まっているということは、何か報酬のいい仕事でもあったのか?まぁ、どうでもいいや。早く手続きを済ませよう)


 レオンがカウンターに振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべるニナがいた。


「いらっしゃいませレオンさん、今日はどのようなご要件でしょうか?」

「冒険者になりたい。手続きをしてくれないか?」

「冒険者?レオンさんがですか?」

「私と妻の二人だ。お前は他国の人間でも冒険者になれると言っていたな。問題はないはずだ」

「確かにそうですが、冒険者には危険が(ともな)います。本当によろしいのですか?」

「構わん」

「……畏まりました。それでは冒険者ギルドへの入会金として、銀貨4枚いただきます」


 レオンは懐に手を入れ、手の中に銀貨を8枚取り出した。

 それをカウンターの上に置いてニナに視線を向ける。


「これでよいか?」

「あの……、二人分で銀貨4枚になります」

「そうなのか?では残りの4枚は手間賃としてお前にやろう。私の代わりに書類の記入もしてもらうことになるしな」

「えっ!いいんですか?」

「構わん」

「それでは遠慮なくいただきますね。ここは少し騒がしいので、昨日と同じ部屋にご案内いたします」


 ニナはホクホク顔で隣に座る同僚に視線を移す。

 「エミー、後はよろしくね」と、告げて席を立つと、同僚のエミーは射殺さんばかりにニナを睨みつけていた。

 だが当の本人はまるで気にする様子もない。その視線を飄々(ひょうひょう)と受け流し、二人を奥の部屋へと案内していった。

 通された部屋は相変わらずの狭さではあるが、扉を閉めると外の喧騒とは無縁の空間になる。

 この部屋が防音であると確信させるには十分な判断材料であった。


「やはりこの部屋は防音なのか……」


 何気なく呟いたレオンの言葉をニナは拾い上げた。

 昨日の時点でレオンとフィーアの情報は入手しているため、普通に会話をしながらニナは書類を書き進めていた。


「その通りです。よくお分かりになりましたね」

「外の声が全く聞こえないからな。今日は随分人が多いが何かあったのか?」

「何でも西の街道にドラゴンが出たそうです。それで昨日の夕方から冒険者が押しかけてきているんですよ。お陰で私も昨日はここに泊まり込みです。朝は中々起きられないし、一階に顔を出したらみんな床で寝てるし、もう散々ですよ」


(それは俺の魔法のせいです。ごめんなさい……。それにしても西の街道にドラゴンか、まさかな……)


 レオンには何となく心当たりがある。

 昨日の今日で自分たちが来た街道でドラゴン騒ぎ、レオンの脳裏を張り切っているサラマンダーの姿が過ぎった。


「なるほどな。それでドラゴンの討伐に人が群がっていたのか」

「えっ?いや、逆ですよ。ドラゴンの討伐は上位ランクの冒険者でも命懸けです。一般の冒険者は見向きもしません」

「ん?おかしいではないか?ではなぜ掲示板の前に人が群がっていたのだ?」

「あれは依頼を受けたくても受けられない冒険者です。外に出るのは危険なので、街中の依頼が来るまで張り込んでいるんですよ」

「ちょっと待て!では、サ……、ドラゴンは放置するのか?」


 ニナは「まさか」と、乾いた笑い声を上げた。


「流石に放置はいたしません。上位ランクの冒険者が集まり次第、討伐に向かわれます」


(上位ランクの冒険者か……。この世界独自の魔法やスキルが見られるかも知れないな)


「ドラゴン討伐に私たちも参加できるか?」

「それは無理かと……。初心者が入ると足手纏(あしでまと)いになりますし、報酬が減ることで嫌がる冒険者もいますから」

「報酬は必要ない。それに私たちは二人とも魔法が使える。後方支援をするだけなら問題はないはずだ」

「それでしたら確かに……。参加できるかは分かりませんが、話だけはしてみます」

「よろしく頼む」


 話しをしている間に書類は完成したのだろう。ニナは書類を持って部屋を出て行った。

 暫くすると、金属の腕輪(ブレスレット)を持って戻ってくる。それを二人に手渡し冒険者としての基礎知識を話し始めた。

 冒険者になる際に必ず行われる説明なのだとか。

 ギルドについて長々しい説明が行われたが、要点を言えば、依頼の最中に命を失っても、冒険者ギルドは責任を負わないということ。

 全ての依頼は自己責任の元に行われるという内容であった。

 その他にも、冒険者のランクのことや依頼の受け方など、多岐に渡って丁寧に説明が行われた。


「――と、いうわけです。ここまでに質問はございますか?」


(なるほど。要は冒険者ギルドは一切責任を取らない。仲間が死のうが手足を失おうが、保証は何もないと言いたいわけだな)


「問題ない。話を続けてくれ」

「では最後に、先ほど渡した金属の腕輪(ブレスレット)は、冒険者の身分を明かすものです。冒険者のランクが一目で分かるように、ランクにより異なる金属が使用されています。これは街への出入りなど、頻繁に見せる機会がありますので、手首に付けることを推奨しています。自分の手首から外れないよう、しっかりと固定してください。また、紛失した際には再発行もできますが、戒めのため高額な手数料を取られますので、十分ご注意ください」


 ニナの助言に従い、レオンは腕輪(ブレスレット)を利き腕とは逆の左手首に()めた。

 利き腕に嵌めた場合、激しい戦闘の際に外れてしまう恐れがあるとのこと。

 レオンとフィーアが腕輪(ブレスレット)を嵌めたのを確認して、ニナは最後に問いかける。


「これまでに質問はございますか?」

「問題ない」

「では、説明はこれで終了いたします。上位ランクの冒険者が集まりましたら、お二人のことを話してみますね。それまでこの部屋でお待ちいただけますか?」

「無論構わん。無理を言っているのはこちらだしな」

「時間が掛かるかもしれません。後でお茶をお持ちします」

「すまないな」


 ニナは微笑み返し部屋を後にする。

 レオンはその後ろ姿を見送り、腕輪(ブレスレット)に視線を向けた。

 それは、鉄で出来た何の変哲(へんてつ)もない腕輪(ブレスレット)。そこには、レオン・ガーデンと名前が刻み込まれているだけであった。


(最低のGランクか……。俺だったら初心者は絶対に断る。それを考慮するなら、ドラゴン討伐に参加できる可能性は低いのかもしれない。尤も、透明化の魔法で尾行することもできるんだが――どうしたもんかな……)


 そう、討伐に参加せずとも、近くで冒険者を観察する方法はいくつかあった。

 しかし、冒険者がそれらの魔法を看破しないとも限らない。隠れて高みの見物をしても、見つかる可能性は十分にある。

 もし見つかろうものなら、怪しまれるのは勿論のこと、その言い訳に困るのも明白である。

 討伐に参加し、堂々と冒険者の側にいることが最良であった。

 そのためレオンは切に願う。

 出来ればドラゴン討伐に参加できますように、と。


 ニナがお茶を持ってきてから、どれだけの時間が経つだろうか。

 レオンは懐中時計を取り出し視線を落とす。時計の針は16時を過ぎ、陽が沈む時間帯へと入っていた。

 レオンが溜息を漏らすと、フィーアは堪え切れずに言葉を荒げた。


「遅い!レオン様をこれ程長い時間待たせるとは!あの女、絶対に楽には殺さない……」


 それを聞いたレオンは頭を抱えたくなった。

 あれ程目立つなと言ってあるのに、まさかの殺人予告である。

 こいつは人の話を聞いていないのかと、思わずフィーアに訝しげな視線を向けていた。


(はぁ~、参った。ニナ、頼むから早く来てくれ。うちのフィーアさんが今にもお前を殺しそうだ……)


「フィーア、分かっていると思うが問題は起こすなよ」

「承知しております。問題が起きないよう速やかに処理いたします。ご安心ください」


(あっ、駄目だ……。この子なんにも分かってない。間違いなく()る気だ)


「私の許可無く街の人間を傷つけることは許さん。よいな?」

「…………」


 レオンの言葉は届いているはずだが、フィーアは視線を落とし答えようとはしない。黙ったまま時間だけが過ぎていった。

 突然訪れたフィーアの反抗期に、流石のレオンも不安になる。


(何だよ!返事しろよ!お前どんだけ()る気なの?)


 本人の知らぬ間に、何故かニナの命は風前の灯火(ともしび)である。

 このままでは不味いとレオンは再度釘を刺す。


「フィーア、よいな?」

「……畏まりました」


 返事は聞こえたが、納得はしていないのだろう。

 フィーアは拳を強く握り締め、俯いたまま顔を上げようとしない。

 その仕草にレオンはがっくりと肩を落とす。


(もうどうでもいいや。フィーアも返事を返したし、ニナを傷つけることはしないだろ……。それにしても遅いな。まだ冒険者は集まらないのか?)


 レオンの願いが通じたのか、その直後に扉を叩く音が聞こえてきた。

 扉の隙間からニナが顔を覗かせ、言葉を発しようと口を開きかけたが、それより早くフィーアの声が耳に届いた。


「遅い!こんなに長い時間レオン様をお待たせさせるなんて!本来であればその命で償ってもらうところを、レオン様の寛大なご配慮で貴方は生かされているのよ!よく覚えておきなさい!」

「……えっ?」


 ニナにとっては、まさに寝耳に水である。

 何を言っているんだとレオンも慌てふためいた。


(余計なことを言うんじゃない!ニナが戸惑ってるだろうが!)


「妻の言葉は忘れてくれ。長時間待たされて気が立っているだけだ。お前も失礼なことを言うものではない。早く謝らないか」


 レオンはそう言いながら、フィーアの頭をポンポン叩いた。

 すると、フィーアの顔は瞬く間に耳まで真っ赤になる。


「もも、申し訳ございません」


 フィーアは(ども)りながらも謝罪の言葉を口にした。

 レオンに叩かれた頭に手を置き、にへら笑いを浮かべている。その姿はどう見ても反省しているようには見えない。


「この通り妻も反省している。許して欲しい」


 ニナも内心では(いやぁ、全く反省してないよね?)と、思ってはいたが、そこは一癖も二癖もある冒険者相手の受付嬢、見て見ぬふりで会話を合わせた。

 何せ相手は羽振りの良い上客である。嫌われるような愚を冒すほど、ニナは馬鹿ではなかった。


「いえいえ、お気になさらないでください。奥様の仰る通り、随分とお待たせしましたから」

「そう言ってもらうと助かる。……それで?私たちはドラゴン討伐に参加できるのか?」

「そのことなのですが……。冒険者の方々は、レオンさんに直接合ってお話がしたいそうです。その上で判断すると仰っています」

「私は別に構わんぞ。頼んでいるのは此方だしな」

「それでは私の後についてきてください」


 レオンは頷き立ち上がり、ニナの後を追って部屋を後にした。

 ニナの案内で二階の一室に通されると、そこには長方形のテーブルが置かれ、十四人の男女が椅子に腰を落としていた。

 その視線の先にいるのは勿論レオンとフィーアである。二人を観察するように、絶えず視線が向けられていた。


「お二人も空いている椅子に座ってください」


 ニナの言葉に従い、二人は空いている椅子に腰を落とし、冒険者と思しき男女に視線を移した。

 男性が十一人、女性が三人、その殆どが剣を携え、鎧を身につけている。

 手首に嵌めている腕輪(ブレスレット)の色は金色が大半を占めており、その輝きだけで自分たちより数段上のランクであると認識させられた。


 同じように相手もレオンの腕輪(ブレスレット)を確認したのだろう。顔を顰めているのが見て取れた。

 空気が重くなる中、ニナが場を和ませるように口を開いた。


「お互いの名前が分からなくては困るでしょうし、先ずは自己紹介をしませんか?」


 そう告げると、ニナは視線をレオンに向けた。

 その仕草は名乗ってくださいと物語っている。恐らくランクが下の者から名乗るのが礼儀なのだろう。

 レオンはニナに頷き返すと、胸を張り自己紹介をする。


「私の名はレオン・ガーデン。隣に座るのは妻のフィーア・ガーデンだ。よろしく頼む」


 レオンの尊大な物言いに、ニナが僅かに顔を引き攣らせていた。

 偉そうな態度に耐えかねたのだろう。ブラウンの髪をした偉丈夫が、訝しげに口を開いた。


「随分と偉そうな奴だな?お前Gランクだろ?」

「ガストンさん、先ずは自己紹介ですよ」

「……まぁ、ニナちゃんがそう言うなら仕方ない。俺の名前はガストン、戦空の(つるぎ)のリーダーをしている」


 レオンは筋肉隆々の男を見て頷いた。


(こいつは筋肉馬鹿って感じだな。真っ先に突っ込んで、最初に死ぬに違いない。今うちに拝んでおこう。南無南無南無――生意気だから地獄に落ちますように……)


 ガストンが視線を隣に移すと、20代前半と思しき優男も自己紹介を始めた。

 金髪が綺麗な青年で、何処か中性的な顔立ちをしている。


「僕の名前はミハイルです。竜の牙(ドラゴンファング)のリーダーをやっています。若輩者ですがよろしくお願いします」


(随分と細いな。接近戦は無理だろうから、もしかしたら魔術師かもしれない。礼儀正しい好青年じゃないか、危なくなったら守ってやろう)


 ミハイルが丁寧に頭を下げると、隣に座る20代後半と思しき男が口を開いた。

 金髪碧眼で見るからに軽薄そうな男は、先程からずっとフィーアのことだけを見ている。


「俺の名前はベイクだ。獣狩り(ビーストハンター)のリーダーでもある。よろしくな」


 ニカッと笑みを浮かべて、あからさまにフィーアへとアピールをする。


(フィーアは俺の妻だって言っただろ!こいつは許せん!ノエルに連絡して、真っ先にサラマンダーの餌にしてやる!)


 ベイクの紹介が終わると、ニナが一同を見渡した。

 重苦しい空気は僅かに緩んではいるが、なんとも微妙である。

 そんな空気を払拭するかのように、ニナは努めて明るく声を上げた。


「パーティーリーダーの紹介も終わりましたし、ドラゴン討伐にガーデン夫妻を参加させるか話し合いましょうか」


 その言葉を聞いて、レオンも心機一転気持ちを切り替える。


(さて、つまらん冗談もここまでだ。どうにかしてドラゴン討伐に潜り込まないとな)


「では、ガーデン夫妻に何か聞きたいことはございますか?」


 ニナの問いに先ず最初に動いたのはガストンであった。

 訝しむようにレオンを見ては何かを考え、それを数回繰り返した後、重い口を開いた。


「レオンと言ったな。報酬は必要ないと聞いたが本当か?」

「本当だ。金には困っていないからな」

「じゃ、何のためにドラゴン討伐に参加する。お前に何の利益がある?」


(何のためって、そりゃ、この世界独自の魔法やスキルを見たいからだ)


 尤も、そんなことを言えるはずもない。

 注目を集める中、レオンは予め考えていた理由をつらつらと述べた。


「ドラゴンの鱗は防具に加工できると聞いたことがある。報酬は必要ないが、ドラゴンを討伐した(あかつき)には、大きい鱗を数枚譲って欲しい」


 するとガストンは「むぅ」と唸り、考え込む仕草を見せる。そして顔を上げると、ひと呼吸置いてから話しはじめた。


「討伐部位も報酬に当たる。それでは約束が違うんじゃないか?」


巫山戯(ふざけ)るな!普通はギルドの報酬とアイテムは別に考えるだろ?何で一緒にするんだよ!少なくとも俺がやってきたゲームでは別だったぞ!くそっ!今更撤回もできないし、強引に推し進めるしかないか)


 レオンは動揺を悟られないよう平静を取り繕い、さも当然のように答える。


「必要ないと言ったのは、あくまでギルドから出る報酬金のことだ。討伐部位は含まれていない。それにドラゴンの鱗数枚なら、それほど大きな損失にもならないだろ?」

「確かにそうなんだが……」


 考え込むガストンにベイクが「いいじゃないか」と、笑いかける。


「鱗数枚なら痛くも痒くもないだろ?ミハイル、お前も問題ないよな?」

「僕は別に構いませんよ」

「……お前ら二人がそう言うなら仕方ない」


 ガストンは、ムッと顔を顰めるも、二人の言葉を聞き入れた。

 だからと言って同行を許したわけではない。実力不明な冒険者を連れて行く程、ドラゴンの討伐は甘くはないからだ。

 それはベイクやミハイルも同じであった。

 何が命取りになるか分からない戦闘に、実力が不十分な冒険者を連れて行く程、二人とも愚かではない。

 今度はミハイルから質問が投げかけられた。


「レオンさんとフィーアさんは魔法が使えるとお聞きしました。どのような魔法が使えるのでしょうか?」

「最もな意見だな。全ては言えないが、私と妻は少なくとも、回復(ヒーリング)魔法の矢(マジックアロー)を使える。見たところ、そちらは魔術師が少ないように見える。私たちを連れて行って損はないと思うぞ?」


 レオンの言葉に部屋中がざわめき出す。

 「嘘だろ?」「有り得ない」「馬鹿げている」「騙されるな」、否定の言葉が飛び交い、明らかに怪しんでいるのが見て取れた。

 それにはレオンも落ち込んでしまう。


(何でだよ!俺が何かおかしな事を言ったのか?お前らちょっと酷すぎない?)


 レオンの気持ちを知ってか知らずか、喧騒を収めるため、ミハイルが声を張り上げた。


「みなさん少し落ち着いてください。疑う気持ちも分かりますが、最初から決め付けるのはよくありません。論より証拠、実際に魔法を使ってもらいましょう。レオンさんも構いませんよね?」


(ミハイルも疑う気持ちは分かるのか。ちょっとショックだ……)


 ミハイルの視線を受けて、レオンは鷹揚に頷いた。


「無論、構わんとも。ちょうど怪我人がいるみたいだしな。ガストン、その包帯は飾りではないのだろう?」


 レオンはガストンの左腕に視線を向ける。

 腕にびっしりと巻かれた包帯は、その大部分が赤黒く変色しており、傷の深さを物語っていた。


「あぁ?お前にこの傷が治せるってのか?」

「無論だ。さっさと包帯を取れ。そのままでは他の奴らが傷が治ったのか分からんからな」

「くそっ!何でお前はそんなに偉そうなんだ!」


 文句を言いながらもガストンは包帯を取り外した。

 腕は黒く腫れあがり、傷には薬草と思しきものが塗られている。見るからに痛々しい姿に、隣に座るミハイルは背を向けていた。

 他の冒険者もガストンの傍に集まり、傷を見ては顔を顰めている。

 そんな中で、ベイクだけはからかう様に笑みを浮かべてガストンをはやし立てた。


「随分とヘマをしたな。そんな傷でドラゴン討伐に参加するとか。お前アホだろ?」

「うっさいベイク!この程度の傷なんでもないわ!おいレオン!いつまで俺を晒し者にするつもりだ!治せないなら治せないと早く言え!」


 レオンは「やれやれ」と、溜息を吐くと、右手をガストンに差し向けた。


「全く(うるさ)い奴だ。[回復(ヒーリング)]」


 すると腕の腫れは引いていき、黒かった肌は本来の色を取り戻す。

 その様子に周囲からは驚きと感嘆の声が漏れる。

 だが、最も驚いていたのはガストンであった。

 見る間に痛みは引き、腕にあった違和感はなくなる。塗ってあった薬草を退けると、傷は跡形もなくなくなっていた。

 ガストンは完治した腕を動かして思わず「凄い」と、声を上げていた。


「さて、これでもまだ疑うつもりか?」


 流石にこれだけの魔法を見せられては反論の余地もない。

 レオンの言葉にガストンも頷くしかなかった。


「いや、俺はお前の参加を歓迎するが――その前に一つ聞きたい。もしかして、お前の妻も同じように傷が癒せるのか?」

「お前は馬鹿なのか?私は妻も回復(ヒーリング)が使えると言ったはずだぞ?」

「いや、そうなんだが……」


 馬鹿と言われたのにはカチンときたが、それはさておき、この回復力は異常だろうと、ガストンは自分の腕を見つめた。


(ん?歯切れが悪いな。俺が何か失敗したのか?それにあいつ自分の腕ばかり見て――あぁ、そういう事か。つまりフィーアの魔法も実際に見ないと信用できないというわけだな)


「なるほど。妻の魔法も実際に使って見せろということか。別に構わんぞ。なぁ、フィーア?」

「非常に不本意ですが、レオン様のご命令とあらば致し方ありません」

「レオン様?」


 自分の夫に敬称をつけているのが気になったらしく、ベイクがオウム返しのようにレオンの名前を呟いた。

 フィーアのレオンに対する言葉使いは、怪しまれることこの上ない。レオンもそのことは街に入る時に身を持って知っているため、ベイクの呟きにもいち早く反応する。


「元々妻は私の屋敷に使えていた使用人でな。その時の癖で、今でも私のことを敬称をつけて呼んでいる。気にするな」

「へぇ~、お屋敷住まいとは何処かの金持ちか?どうりで偉そうにしているわけだ。フィーアちゃんも大変だね」


 ベイクはそう言いながらフィーアに近づくと、肩に手を回そうと手を伸ばした。

 しかし、それより先にフィーアの持つ金属の杖がベイクの顔に突きつけられた。

 それによりベイクは動きを止め、フィーアはレオンに視線を向ける。


「レオン様、この男を殴ってもよろしいでしょうか?」


(街の人間を傷つけるなとは言ったが、この軽薄男は少し痛い目にあった方がいいのかもしれない。夫の目の前で堂々と妻を口説こうとするのは流石に駄目だろ?)


「そうだな。今度その男がお前に触ろうとしたら殴っていいぞ」

「ありがとうございます」


 何を勘違いしたのかベイクが笑みを浮かべる。


「おっ!本気(マジ)で?殴られた程度で触っていいなら安いもんだよ。旦那公認だから問題ないよな」


 ベイクが手を伸ばした次の瞬間、ゴキッと音を鳴らしながら、ベイクの体が壁に叩きつけられ動かなくなる。

 仲間と思しき数人の冒険者が慌てて傍に駆け寄り、容態を確認して胸を撫で下ろしていた。どうやら命に別状はないらしく、鼻から血を流して気を失っているだけらしい。

 動かないベイクを見てガストンが顔を顰める。


「ちょっと待て!いくらなんでもやり過ぎだろ?お前の妻は加減って言葉を知らないのか?」

「馬鹿を言うな。ちゃんと死なないように加減しているではないか。私の妻に気安く触れようとしたその男が悪い」


 追従するようにフィーアも口を開く。レオンを擁護するというよりは本心なのだろう。眉間に皺を寄せ、(さげす)んだ目でベイクを見ていた。


「私に触れてよいのはレオン様だけです。それなのにこの男は――全く汚らわしい……」

「いや、確かにベイクの奴も悪いんだが、少しやりすぎなんじゃないか?」

「まぁ、よいではないか。妻の回復魔法もこれで確かめることが出来るだろ?フィーア、傷を治してやれ」


 レオンの言葉を聞いて、フィーアは心の底から嫌そうな顔を見せた。

 ゴミを見るようにベイクを見下ろして舌打ちをする。


「ちっ!レオン様のご命令とは言え、こんなゴミ男の傷を癒す羽目になろうとは。よく見ておきなさい。[回復(ヒーリング)]」


 フィーアの魔法は直ぐに効果を発揮する。

 仲間に数回体を揺らされると、ベイクは目を覚まして周囲を見渡す。どうやら状況が飲み込めていないらしい。

 仲間の男達がベイクの手を引いて、無理やり席に戻していた。

 その様子を見る限り、鼻から出ていた血も止まり、痛みもなさそうに見える。

 レオンはガストンとミハイルの顔を交互に覗き込んだ。


「これで回復魔法は信じてもらえたと思うが、攻撃魔法はどうする?」

「必要ない。(そもそも)、街中での攻撃魔法は使用が禁止されている。二人の回復魔法だけでも連れて行く価値は十分にある」

「僕もガストンさんと同意見です。貴重な回復魔法の使い手が二人もいるのは心強いです」


 二人はベイクに視線を向けて意見を求める。

 ベイクは血を拭いながら、何を今更と言った面持ちで肩を竦めた。


「俺は賛成だぜ。ガストンの傷を治した時点で、連れて行かないのはおかしいだろ?」


 他の冒険者たちも同意するように頷く。

 回復魔法の使い手は国で管理されており、人数も極端に少ない。そんな貴重な魔法の使い手を誰が拒むだろうか。 

 話も纏まった事で、ニナも会話に参加してきた。


「それでは、ギルドからの討伐依頼を詳しくお伝えします。討伐対象はドラゴン一匹。討伐期間は二週間。討伐参加人数は十六人になりましたので、ギルドの規定に基づき荷運び(ポーター)は八人ご用意いたします。それと同時に、二週間分の食料や水もギルドでご用意しますが、これはあくまで一般的な保存食のみです。嗜好品(しこうひん)が必要な方は各自ご用意してください。ドラゴンが討伐できなかった場合、当然ですが報酬は支払われません。これはドラゴンを発見できなくても同じです。出発は明日の朝5時、街の西門集合になります。何か質問はございますか?」


(俺が用意するものは何もなさそうだな。それにしても討伐期間が二週間?随分と長いな……)


「一つ聞きたい。討伐期間は二週間も必要なのか?」

「そう言えばレオンさんは初心者でしたね。目撃した場所にドラゴンがずっといるとは限りません。魔物は基本的に常に移動をしていますから、見つけるのには時間が掛かるんですよ」


(それで二週間か……)


「他に質問はございますか?」


 ニナのその言葉を最後に、それぞれが冒険者ギルドを後にした。

 恐らく明日からの長旅に備えて買い出しを行うのだろう。殆どの冒険者が、陽の沈みかけた繁華街へと足を向けている。

 レオンはそれを横目に思う。ドラゴン討伐は一日で終わるのに、と。


 翌朝。西門の前には、昨日顔を合わせた冒険者と、荷物を背負った人間(ポーター)が集まっていた。

 どうやらレオンたちが最後らしく、ガストンが近づいて呆れたように溜息を漏らした。


「はぁ~。何でお前らが一番最後なんだ?普通こういうのはランクの低い奴ほど早く来るもんだぞ?」

「俺は時間通りに来ている。文句を言われる筋合いはない」

「ああ、分かったよ。それより、もう出発するぞ。みんなお前らを首を長くして待ってたんだからな」

「待っていたのは、早く来た奴らが悪いからだろ?それを私のせいにするとは、全く恩義せがましい奴らだ」


 レオンの言葉を聞いて、ガストンは処置なしとばかりに再度深い溜息を漏らす。


「……時々お前を無性に殴りたくなるよ」


 そんな言葉を吐きながら、ガストンは仲間の元へと戻っていった。

 同時に長い隊列が動き出す。

 先頭を進むのはベイクの率いる獣狩り(ビーストハンター)、次にガストンの率いる戦空の(つるぎ)、その後ろにミハイルの率いる竜の牙(ドラゴンファング)が警戒に当たっている。

 その後ろに荷物を背負ったポーターが続いていた。

 レオンはガストンの横を並んで歩き、気になることを訪ねる。


「ガストン、馬は使わないのか?歩いてドラゴンを探していたら時間が掛かるだろ?」

「あ?街道ばかり歩くわけじゃないんだぞ?馬が通れない場所だって探すんだ。馬を使えるわけが無いだろ」


(そうなのか?冒険者と言えば、馬に乗って颯爽(さっそう)と移動するのが普通だろ?この世界の冒険者は随分と地味だな)


 レオンはそんなことを考えつつも、ガストンの装備品に視線を移した。

 余程筋力に自信があるのだろう。全身を覆うのは頑丈な金属の鎧、見るからに重そうな鎧で、ガストンは平然と歩みを進めていた。

 背中には先が尖った西洋風の槍を背負い、左の腰には剣を指している。

 右の腰には、持ち手部分と鉄球を鎖で繋いだ武器、フレイルを下げ、腰の後ろには短剣も差していた。

 ガストンのパーティーは全部で五人、全員男性で、装備もガストン同様、複数の武器を身に着けている。

 見るからに物理攻撃一択の脳筋パーティーに、レオンは予想通りと苦笑いを隠せずにいた。


 レオンは先頭に視線を向けてベイクのパーティーを観察してみた。

 ベイクは剣士なのだろう。上半身には金属の胸当てをつけ、腰には見るからに日本刀と思しき刀が差されていた。

 ガストンのように全身鎧(フルプレート)を身につけていないのは、筋力がないというよりも、速度を重視しているのかもしれない。

 他には同じような剣士が一人と、魔術師と思しき初老の男が一人。そして弓矢を背負った男が二人であった。

 計五人のパーティーで、前衛と後衛のバランスも良さそうに見える。


 レオンは振り返り後方を確認して、そして羨望の眼差しをミハイルに向けた。


(ハーレムかよ!なんだあの羨まけしからん状態は!しかも若い女性が多い!)


 ミハイルの周りには三人の女性が寄り添い、イチャイチャと楽しそうに話をしながら歩いていた。

 一番目立つのは大柄な女性で、歳は30前後だろうか。巨大な盾を背負い、腰には剣を差している。

 他は魔術師と思しき女性と、弓矢を背負った女性、どちらも20代前半と見て間違いないだろう。

 その中心でミハイルが楽しげに笑っているのを見て、レオンの中で、ミハイルの好感度パラメーターが、ぐんぐん下がっていくのが感じられた。

 

(ミハイルは好青年だと思っていたのに……。それにあいつ何も武器を持っていないじゃないか。まさか女に戦わせて自分は高みの見物か?)


 レオンは歩みを緩めてミハイルと横並びになる。

 間近で確認するも、やはり武器らしきものは何も持っていない。

 レオンの視線が気になっていたのだろう。ミハイルが堪らず話しかけてきた。


「レオンさんどうかされましたか?」

「うむ。少し気になることがあってな。ミハイルは剣や杖と言った武器を持っていないようだが――まさか戦わないのか?」

「ああ、確かに僕の武器は特殊ですから分かりづらいですね。僕の武器はこれなんですよ」


 ミハイルは腰に下げていた小物入れの留め具を外すと、中から金属で出来た魔道具(マジックアイテム)を取り出した。

 その形状はレオンがよく見知ったもの、まさかとは思いつつも、ミハイルの口から出たのは予想通りの答えであった。


「これは魔法銃と呼ばれる武器です。とても希少な魔道具(マジックアイテム)で、滅多にお目にかかれない代物なんですよ」

「魔法銃だと?」

「はい。このカートリッジと呼ばれる物に魔法を込めることで、誰でも魔法を放つことができます。ちなみに、このカートリッジには魔法の矢(マジックアロー)が20発入っています」


(なに?ってことはまさか……)


「それはつまり、連続で20発魔法を放てるという事か?」

「その通りです。カートリッジを魔法銃にセットして、後はこの引き金と呼ばれる部分を引くだけです。撃ち尽くしても、カートリッジに魔法を込めることで再度使えます。僕も魔法を使えるので、魔法の充填には事欠きません。カートリッジは全部で5つ持っていますから、魔法の矢(マジックアロー)は最大で100発打つことができるんです」


 魔法を連続で100発も撃つなど夢のような話であった。

 レオンが食いつかないわけがない。


(何だそれは!?絶対に手に入れたい!でも希少な魔道具(マジックアイテム)か、店には売ってないんだろうな。……いや、諦めるのはまだ早い。この世界の人間が作れるなら、俺――従者――も作れるはずだ。材料に封魔石を使っているのは間違いないとして。他には、カートリッジがミスリルで、銃身はオリハルコンってとこか。材料だけなら既に持っている。後は従者に丸投げすれば完了だ)


 丸投げするあたりがレオンらしいと言えなくもないが、丸投げされた従者はたまったものではないだろう。

 レオンは暫く考え込むと、満面の笑みでミハイルに答えた。


「貴重な物を見せてもらった。ミハイルには感謝してもしきれないな」

「レオンさん大げさですよ。それに戦闘になれば嫌でも見せることになるんですから」

「そう言えばそうだったな。では私はガストンのところへ戻る。隊列を乱すと(うるさ)そうだ」

「そうですね。いつドラゴンが襲ってこないとも限りません。油断は禁物ですよ」

「うむ。ではまたな」


 レオンは意気揚々とガストンの元へと戻った。

 その横顔を見て、ガストンは眉間に皺を寄せることになる。

 この、にへら笑いを浮かべる気色の悪い男は誰なんだ?と。


 歩き続けて何時間になるだろうか。

 不意に先頭を歩くベイクが足を止め、手を横に払い後ろの動きを静止させた。

 それだけで周囲の緊張は一気に高まり、みな警戒心を最大まで引き上げた。

 各々が武器を取り身構え、周囲に目を凝らすも、ドラゴンの影は見当たらない。

 だが、ベイクは微かにドラゴンの咆哮を聞いた気がした。聞き間違いではないと己を信じて空を見上げ、そして声を張り上げた。


「上だ!!」


 ベイクの声と同時に一斉に空を見上げる。

 太陽の眩しさに一瞬視界を見失うも、確かに太陽と重なるように黒い影が見えた。

 相手もこちらに気付いたのだろう。上空を旋回しながら、黒い影は次第に大きさを増し、レオンらの元に迫り来る。

 その影を見てガストンも声を張り上げた。


「散開!!予定通りミハイルは奴を引きつけろ!俺は右に回り込む!ベイクは左だ!」

「了解しました!」

「分かってるって!」

「レオンたちはポーターと一緒に離れていろ!俺らが呼ぶまで待機だ!」


 離れていくガストンらの背中を見送り、レオンは空の主を見上げた。


(うちの子じゃない!?お前どこの子だよ!!)


 其処に居たのは紛れもないドラゴン。

 小振りではあるが、悠然と空を飛ぶ様は、まさに天空の王に相応しい姿であった。


(くそっ!誤算だ!まさか本当にドラゴンが出てくるとは……)


 レオンがサラマンダーはどうしよう。などと考えている間に、戦いの火蓋は切られた。

 先ず最初に動いたのはミハイル。

 魔法銃を放つが、それはドラゴンの体を掠めるに留まった。

 攻撃を受けたことで敵と認識したのだろう。咆哮を上げ、迫り来るドラゴンを見て、ミハイルはしてやったりとほくそ笑む。

 ドラゴンはミハイルに近づくと、その巨大な顎門(アギト)を開いて大きく息を吸い込んだ。

 次の瞬間、凄まじい炎のブレスがミハイルを襲う。

 だが、それを予見していたかのようにミハイルの魔法が放たれた。


「お見通しですよ![水の盾(ウォーターシールド)]」


 ミハイルの前に現れた分厚い水の壁は、ドラゴンの炎を難なく遮断した。

 自分のブレスが効かないと知ると、ドラゴンは急降下をして、その鋭い爪を突き立てる。


「ベティ!」


 ミハイルの声が届くよりも早く、大柄な女性が巨大な盾を構えて、ドラゴンの前に立ち塞がった。


「させるかよ!!〈不動金剛盾〉」


 巨大な盾は甲高い音を上げ、ドラゴンの一撃を防いで見せた。

 間髪入れずにミハイルの激が飛ぶ。


「今です!!翼に集中攻撃を!」


 その声と同時に、ガストンとベイクも動き出す。

 ガストンのパーティーはドラゴンに駆け寄ると、思い思いに右の翼に武器を叩き込んだ。


「うおぉぉおおおおお!!〈重撃列波〉」

「くたばれぇえええ!〈圧殺破砕〉」


 大剣で翼が切り裂かれ、巨大な槌で押し潰す。

 見る間に右の翼はボロボロになる。

 その一方で、ベイクのパーティーはドラゴンとの距離を保ち、遠距離からの波状攻撃を行っていた。


「貫け!〈疾風ノ矢〉」

「我らが敵を切り裂け![風の刃(ウィンドカッター)]」

「覚悟しな!〈烈空斬〉」


 左の翼は矢で貫かれ、魔法で切り裂かれ、そして剣技により先端が切り落とされた。

 その後も次々と左の翼を魔法や斬撃が襲う。

 こうなっては最早、飛んで逃げることも(かな)わない。


 ガストンらが翼を攻撃している間、ミハイルのパーティーは何もしていないわけではない。

 ドラゴンの注意を常に引き付けるため、頭部に攻撃を繰り返していた。

 如何に最強の種族と言われるドラゴンであっても、雨のように降り注ぐ魔法の矢(マジックアロー)は無視できない。

 脚で受け止め、時にはブレスで迎撃する。


 そんな中で、ドラゴンも自分が窮地に立たされていることに焦り始めた。

 翼を大きく羽ばたかせるも上空には上がらず、翼からは激しい痛みが伝わってくる。初めて身近に死を感じて、遂には形振(なりふ)り構わず炎のブレスを撒き散らす。

 だが、それすらも予見していたかのように、ミハイルが水の盾(ウォーターシールド)を唱えていた。


 次第に弱まるドラゴンの隙を突いて、ガストンはドラゴンの背に飛び乗った。

 その手に握られているのは、鋭く先の尖った西洋風の槍。それを大きく振り被ると、ドラゴンの首元に照準を合わせた。


「これで仕舞いだ!!〈千枚通し〉」


 ガストンは腕を(ねじ)り、槍を回転させながら、ドラゴンの首元に突き立てた。

 槍はドラゴンの鱗を貫いて深々と突き刺さり、ドラゴンは断末魔の咆哮を上げながら暴れ狂う。

 だがそれも束の間であった。

 槍の一撃が致命傷となり、ドラゴンは遂に力尽き、地面に倒れ伏して息絶えた。

 レオンは冒険者の戦いを見て感心する。


(この世界の冒険者もやるじゃないか。ただ、残念なことに(ろく)なスキルがないな。この分だと、魔法も期待するだけ無駄かも知れない)


 ガストンらは戦いが終わると一箇所に集まり、互の安否を確認していた。

 そして、全員の無事を確認すると、もう動けないと言わんばかりに地面に倒れ込んだ。

 僅か十数分ではあったが、それでも命懸けの戦闘である。

 体力的にも精神的にも、消耗が激しいのは言わずと知れたことであった。

 大の字になる冒険者の元に、レオンとフィーアも合流する。


「お前たち怪我はないか?」

「ああ、みんな無事だ。悪いがお前さんの出番はないぞ」

「それは何よりだな」

「それにしても、まさか一日で依頼が完了するとは思いませんでしたよ」

「ミハイルの言う通りだ。俺たちは運がいい。ベイクもそう思うだろ?」


 だが、ベイクはガストンの問いに答えない。

 街道の先を見て、返答の代わりに舌打ちをした。

 釣られるように視線を動かすと、そこにはひょっこりと顔を覗かせるサラマンダーの姿があった。















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