表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編ホラー

スピリチュアルプリンセス・るうしぃの突撃心霊体験!

作者: 久陽灯

 私はハンディカムに向かって、笑顔で話しかけた。


「ここは酷いです〜!!

 煉獄れんごくへもいけない魂がひしめき合っています!

 入るのすっごく嫌〜!

 こんなの今まで見たことがない!」


 見たことがないに決まっている。

 実際汚い廃墟以外、何も見えていない。

 強いていうなら、汚くてかび臭い場所に入りたくない。


「はい、カット!」


 マネージャーの鳴瀬のきびきびした声がとぶ。


「るぅしぃ、今のじゃあまり怖くないから、もうちょっとテンション低めでお願い。

 後、煉獄じゃ視聴者がよくわからないんで、成仏できない霊、にして。

 今はリハだからいいけれど、本番でそれやっちゃうと番組がめちゃくちゃになるよ」

「ごめんね〜。私、仏教あんまり知らないから」


 私はにっこり笑顔で謝った。心の中では、今更と思っている。

 この番組は最初からめちゃくちゃなのである。

 しかし、レポーターくらいならなんとかこなせると思っていたが、いつものキャラと違うものを求められるとなかなか難しい。


 心霊ドキュメンタリーのレポーター役なんて今回が初めてだ。

 しかも、霊能力のある設定つきなんて!

 大体、この仕事を受けたのはワイプで『キャーキャー怖ーい!』と叫ぶだけの役で、特別なことは何もしなくていい、と聞いたからだ。

 その後、諸事情でコロコロと予定が変わった。

 スポンサーが下り、予算が削減され、制作会社が傾き、あげくの果てに来るはずの霊能力者は二日前にキャンセル。代わりを探したが、見つからなかったらしい。

 こういうのに慣れっこの私達のほうが恐いが、業界って基本は綱渡り。いつかくるはずの不運が全部一緒に来ただけである。

 そして、『キャーキャー要員』として呼ばれた私は、昨日とんでもない大役を任されてしまった。

 『ひな壇タレントるぅしぃに、実は霊能力があった』という設定で番組に出て欲しい、と頼まれたときには、さすがにマネージャーの鳴瀬も言葉を失ったらしい。

 私はその場にいなかったけれど、いたら絶対に断っていただろう。


 自分から言うのはちょっと照れるけれど『天然オモシロカワイイ』が私ことるぅしぃにつけられたキャッチコピーだ。

 霊能者なんてそんな暗そうなキャラを背負わなきゃいけないのは嫌だった。

 が、馴染みのADさんに頭を下げて頼まれると、敏腕マネの鳴瀬も断りづらかったらしい。

 それに、ハーフキャラは流星のように出て来ては消えていく存在だ、ということも身にしみている。仕事もピークより減ってきているのを実感している今、そういうキャラ付けも悪くないかもしれない、というのがマネの鳴瀬の意見だった。

 まあ、るんるん星から来た宇宙人設定よりは息が長いと思う。

 そういうわけで私は、廃墟でハンディカムを持ち、頭にライト付きヘルメットを被って、オカルトっぽいことを口から出まかせにぺらぺらとしゃべるレポーターに抜擢されたのだ。


 しかもトラブルは、収録当日の朝にまで起こった。

 本当に呪われているんじゃないかってくらい。

 私とマネージャーの鳴瀬が、朝十時の集合時間ぴったりについたとき、廃墟の周りには人っ子一人いなかったのだ。

 監督さんも音響さんもいない。集合時間に誰もいないなんて、今までにないことだった。

 二人だけでぼけっと廃屋の前に立ってしばらくぽかんとしていた。

 と、とたんに鳴瀬が真っ青な顔で謝り始めた。


「ほんとうにごめんなさい! 私……時間を十二時間間違えてた!」


 ぺこぺこと頭を下げられたけれど、それは私も悪かったと思う。

 予定は鳴瀬に任せっきりで、朝ご飯から送迎まで全部やってもらっているのだ。

 もし鳴瀬がいなかったら、絶対に約束の時間に遅れる。

 というか、約束の時間など覚えられないのが私の悪いところなのだ。


「うん、しょうがないよ〜。私も気付けばよかった〜」


 それにしても鳴瀬が集合時間を間違うことなんて初めてだ。

 忘れっぽくて無計画な私には考えられないほど、いつもの鳴瀬は几帳面だ。

 鳴瀬もハーフっぽい美形で、モデルでもやっていけそうな女の子。

 でも、アッシュ系カラーのショートカットに黒縁眼鏡をびしっとかけていて、いかにも出来る女なのだ。

 同じハーフ系と言ったって、ぽやや〜んとした私とは雰囲気が全然違う。

 多分プライベートでよっぽどのことがあったのかな、と私は思った。


「いや、よく考えれば分かるはずだった!

 朝の十時入りじゃなくて、夜の十時入りだってことは!

 だって心霊特番だもの! 昼行ったところで盛り上がりも何もないよ!」


 鳴瀬はまだショックを受けているらしいが、私はべつに気にしない。

 自虐になるけれど、今週の予定はこの収録で終わるから。まだ火曜なのに。

 売れっ子というほど売れてもいないけれど、時たま呼ばれるカワイイハーフタレント枠要員。

 それが私、るぅしぃである。

 そして私の唯一の長所は、何事にもポジティブであるところだ。


「鳴瀬、せっかく朝早くにC県に来たことだし、テーマパークにでも行こうよ〜!

 夜のパレード見てからでも十分戻れるよ。私、何だか楽しみになってきた!」

「オッケー、私のミスだしね……チケット代もつよ」


 鳴瀬がまだしょげながらそう言った。が、なにか思い出したかのように、いきなり背筋がしゃんと伸びた。


「るぅしぃ。でも、その前にせっかくだからリハーサルしよう」


 その提案に、私はぎくっとする。


「レポーター役は初めてでしょ?

 しかも、『るぅしぃ♥駆け出し霊能力者♥』ってブログのプロフィール欄も更新しちゃったからね。

 それらしいこと言わなきゃだめだよ?」


 鳴瀬が顔を近付けて追い詰めてくる。

 う〜ん、それらしく演技できるかなあ。我ながら不安になってくる。

 幽霊なんて一度も見たことないし、第一そんなの信じてないし。

 しかし、ぶっつけ本番で暗闇を進むよりは、昼間リハをしておいたほうがいいだろう。


 私がうなづくと、鳴瀬はポケットから鍵を取り出して、鉄の門をぎしぎし音を立てて開けた。

 監督より早く着いたときのために、管理人さんから家の合い鍵をもらっていたらしい。

 さすがマネージャー、段取りはいい。

 西洋風に作られた大きな家だったが、煉瓦の壁にはつるくさが延び放題にのび、陰気臭い雰囲気を醸し出している。窓は全て、緑色の雨戸が閉まっていた。

 いかにも陰気な廃墟ってかんじ。




 そして、冒頭のリハに戻る。

 三時間スペシャルのひと枠、『突撃心霊体験!』は、霊能力のあるレポーター自らがハンディカムと自分の顔を映すヘルメット型のカメラをつけて、いわくつきの物件に入るという設定である。

 あくまでも設定で、勿論監督さんは後ろから見て指示をだしているし、照明さんも音声さんもついて来る。

 ……時間を間違えたせいで、今はいないけれどね。


 さてさて、この豪邸は、十年前に夫婦殺人事件がおきた場所だ。

 その後、買手がつかないらしく、不動産屋も持て余しているらしい。

 犯人がまだ捕まっていないところもネックのようだ。

 そういう情報が入ると確かに買うのは嫌だけれど、だからといって霊なんて信じていない私から見れば、ただの大きな廃屋だ。

 それより、ライトとカメラがついたヘルメットを被らなきゃならないってのが気になる。

 私のイメージ的に、許容範囲ギリギリだ。

 今はリハだからいいものの、目元が影になってブスに映っていたらどうしよう。

 後で編集さんが直してくれるといいのだけれど。


「はい、スタート!」


 私の思考を遮って、鳴瀬がぱんと手を鳴らした。

 さて、私もヘルメットのライトとハンディカムのスイッチを入れ、今度は真面目な顔で言った。


「ここは酷いです〜。

 成仏できない霊がひしめき合っています……入るのすっごく嫌〜。

 こんなの今まで見たことがないです……」


 重厚な扉を開けると、暗い廊下が続いている。

 あちこちに蜘蛛の巣が張っていて、汚かった。

 しかし、へんな花瓶や天使の銅像が玄関の戸棚に置かれていたりして、昔ここで暮らしていた人の気配を感じさせる。

 こんなの私のイメージじゃないのに、という言葉が出かかるが、それでも仕事だ。


「やだ〜」といいながら、眉をひそめて廊下の奥の階段に向かう。


 夫婦惨殺は、二階の寝室で起きた。

 この家に住んでいた夫妻は、深夜に刺し殺されたのだ。

 夫婦には子供が一人いたが、その子は都内の高校の寮に入っていたため無事だった。

 私が知っている情報はそこまで。


 私、るぅしぃの仕事は、なるべく怖がりながら二階へ行き、寝室の扉を開けて「もう無理! こっちをずっと見ています、入れません!」とか適当なことを言って一目散に逃げ出せばそれですむ。

 これでテレビ的にはいい絵が撮れるだろう。

 ハンディカムをしっかり持ちながら、私はゆっくりと傾斜が急な階段をのぼる。

 古い木製の階段は、一足ごとにぎしぎしいい、場を盛り上げた。

 本番は、もっと足音を立てて上ればマイクに音が入っていいかもしれないと思った。

 しかし埃っぽくて汚いのにはうんざりする。

 幽霊はともかく、ゴキブリとかネズミとかが出てきたらどうしよう、という不安もある。

 オカルトよりそっちのが百倍怖い。


「うわ〜、なにかやだ〜。気配がする〜」


 私はゴキブリが私の部屋にいたときの絶望感を思い出しながら語った。

 そのトーンに、雰囲気が出てきたな、と自画自讃する。

 鳴瀬も文句がないようで、さっきから後をついてきているけれど、カットの声がかからない。

 私って心霊レポーターに向いているのも。霊感がないことを除けば。

 そう思いながら、私は二階の廊下を進み始めた。

 二階に行くと、玄関から入っていた光は完全になくなり、ヘルメットのライトがぼんやりと木の廊下といくつかの扉を映し出す。

 しかし壊れかけた雨戸から光が漏れているので、やっぱり心霊的な怖さは感じなかった。


 正直、お化け屋敷でもあまり驚かないタイプなのだ。

 デートのつき合いで入ったこともあるけれど、終始ぽやや〜んとしているからか、脅かそうとしてくるお化け役の人にあまり興味がないからか、怖いと思ったことがない。


 でも、今の私は霊が見える人!

 この設定は忘れないようにしなくちゃ、と私は気合いを入れて、すこしハンディカムをがたがた揺らしてみせる。

 演出である。


「やだやだ、ほんと無理なんだけど……怖いんだけど!」


 レポーターなら、テレビ的なクライマックスも用意しなければならない。

 究極に怖いのは、やっぱりここだろう。

 私は、そろそろと廊下を歩き、端から二番目のドアの取っ手を握った。


「……ここから、すっごい怨念を感じるかも……」


 カチリ、と音を立てて、私は扉を開き——


「だめ、この寝室はとても入れないよ!

 殺された夫婦の霊がいる! こっちを見てる!

 キャー! 一旦外へ!! 追ってくる!」


 私は走って階段の縁まで行き、ぽちっとハンディカムの電源を切った。後でちゃんと撮れているか見てみよう。

 ある程度リアルにふらついていたほうがウケがいいけれど、あまりにガタガタだとテレビ的に使いようがない映像になってしまう。

 このあたりが今回の仕事で難しいところだ。


「どうだった、鳴瀬? もうちょっと怖がったほうがいい?」


 素に戻った私を、信じられないと言った眼差しで鳴瀬が見ていた。

 迫真の演技にびっくりしたのだろう。

 私だって、ちょっとくらいは演技の練習をしたのだ。


「霊能力者っぽく話せてた?」


 こういうときに、鳴瀬の意見はとても参考になる。

 でも鳴瀬は私の質問に答えなかった。


「あれ、駄目だった?」


 鳴瀬があまりにも黙っているので、私は上目使いに鳴瀬の瞳を見て、ぞっとした。

 私が見えていないように、ぶつぶつと何かつぶやいている。


「もしかして、取り憑かれちゃったの?」

「そんなわけないでしょ」

「じゃあ、何か見たの? 私は何も見なかったけど」


「そう」と鳴瀬は言った。

 そして、私の右腕を痛いほど掴んだ。


「るぅしぃ、答えて。

 どうして、こんなにある扉の中で、ここが夫婦の寝室だと一発で当てたの?」

「そういえばそうね、たまたまじゃない?」


 とっておきの笑顔を浮かべて私は答えた。

 私は運がいいほうなのだ。


「寝室を一発で当てるなんて、素敵な霊能力じゃない」

「あんたは霊能力者なんかじゃないのは、私が一番よく知ってる」


 ここ数年、聞いたことがなかった鳴瀬の不機嫌な調子に、私はびっくりした。


「どうしたの? 私、何か気に障ることでもした?」

「したよ!」


 突然彼女は爆発した。


「あんた、何て言ったか分かる? 殺された夫婦の霊って言ったのよ!

 どうしてオカルトマニアでもないあなたが、この館で起こった事件を知っているの?」


 そんなことで怒られると思わなかった私は、慌てて鳴瀬をなだめた。


「そんなに怒ることないじゃない。昨日ネットで調べたの。ちゃ〜んとこの事件がのってた」

「そう、ネットの情報なんだ」


 鳴瀬はおもむろにスマホを出した。

 その場でスマホを操作し、こちらへ画面をつきつける。

 私は明るい顔で指さした。


「ほら、載ってたでしょ」

「タイトルをよく見なさい」


 鳴瀬が怖い顔で言った。

 タイトルは『原因不明? C市夫婦失踪事件』。


 失踪? 私は首をかしげる。


「そう、死体なんて見つかっていない。

 夫が妻を殺して逃げたんじゃないかっていう説ものっているけれど。

 どうしてるぅしぃは、夫婦二人が殺害されているってわかったの?」

「……私、他の事件と勘違いしちゃったかも。ほら、私ってそのへん適当だから」

「……そうなの」


 そういえば、鳴瀬はドラマやバラエティーのとき、鳴瀬はいつだって自前で調べてきた分厚い資料をくれた。私はかわいく文句を言ってみた。


「どうして、いつもみたいに資料をくれなかったの? そしたら間違わなかったのに」

「……確かめたかったから。両親を殺した犯人が、あんただってことを確かめたかったから!」

「私が、殺人? そんなことできないよ!」


 あんまりな鳴瀬の言葉に、思わず、こちらも大声を上げてしまった。


「どうしてそんなことを言うの?」

「私、鳴瀬っていうのは養子に入った先の名字なんだ。

 本当の名前は、利香・マクレーン。ここの元持ち主の子供だよ」


 確かに、この屋敷に住んでいた夫婦には寮に入っていた子供がいた。

 たしか十年前は高校生。本当に、そのときの子供が鳴瀬なのだろうか。

 鳴瀬はぎらぎらとした目で、私を追い詰める。


「高校の寮にいるとき両親から電話がかかってきた。

 理由は話せないけれど、一ヶ月別のマンションに住むんだって言ってた。

 それから一年経って、両親は失踪してしまった。

 そのとき通帳をしらべたら、変なお金が振り込まれていることに気付いたの。

 あなたが以前所属していたプロダクションから、二百万円も振り込まれてた。

 出演料にしても素人に払うにはおかしい金額だし、プロダクションに問い合わせても言葉を濁されるし。

 ……でも、警察も殺人じゃなくて大人の失踪だからって本気で調べてくれなかった。

 たぶん、事業に失敗して夜逃げをした人と思われてたんだ。

 でも私は諦めなかった。片っ端から一年前のテレビ番組を調べて、やっと自分の両親が出ているバラエティーを見つけた。

 ……私の両親が、あんたの親として出演してた。

 実は、心霊突撃レポートでこの廃墟レポを提案したのは私。

 霊能者をわざと怒らせて、ドタキャンさせたのもそう。

 ADだって私が『るぅしぃって実は霊とか見えるタイプなんです』って言ったら、すぐレポーター役をくれたよ。

 集合時間を間違えたのもわざと。

 自分の目で、あんたが殺人犯かどうか確かめてみようと思ったんだ」

「う〜ん、人違いじゃないかな」


 私は興奮している鳴瀬を何とかなだめようとした。


「私、今二十二歳だし。

 十年前って言ったら、十二歳じゃない。子供に大人を殺せると思う?」

「当時の番組を見たって言ったじゃない」


 鳴瀬は冷たい声で答えた。


「あんたは十年前、十七歳だった。

 今は二十七歳のはず。いやもっと上かもね。

 芸能界ではサバを読むのが当たり前、ってあんたも話していたじゃない」


 そういえば言ったような気がする。

 所属事務所を変えたとき、芸名も年齢も変えた。

 これで偽装は完璧だと思ったのに、探偵でも雇ったのだろうか。


「でもでも、私が殺したって、どうして決めつけるの? 何も証拠がないじゃん」

「一発で寝室を当てた。ここの家も、まるで一度入ったことがあるみたい。

 なにより……どうして殺されたって言ったのよ。誰も知らないはずなのに」

「……ひどい、ひどいよ鳴瀬……」


 鳴瀬の言葉に打ちのめされた私は、大粒の涙を浮かべた。


「前の事務所の経営管理がずさんで、私がちょっとネットの情報を勘違いしただけで疑うなんて……」

「……じゃあ、どうして私の親があんたの親としてテレビに出ていたわけ?」


 質問に答えずに、私は鼻をすする。


「……ひどいよ……一年も一緒にいたのに、私、鳴瀬をすごく信頼していたのに、その間ずっと私を疑ってたの?」


 私はゆっくりと歩いて場所を変え、顔を上げて自分の位置を確認した。

 私。鳴瀬。そしてその背後。

 位置どりは完璧。


「ひどいよ!」


 言うなり、私は階段から鳴瀬を突き落とした。

 がたがたきしむ音を立て、鳴瀬が一階まで転がり落ちていく。

 それを追うように私は階段を駆け降りる。

 鳴瀬が立ち上がる前に。

 私は玄関で見た天使の銅像を持ち、脳天目がけて振り下ろす。

 何度も。何度も。

 私の前に彼女が立ちはだからないように。





 この世界では設定がものをいう。

 設定を逸脱すれば視聴者に敬遠されるし、新たな設定が受け入れられれば喜ばれる。

 十年前、以前の事務所のマネさんが、タレントの親をドッキリで訪問するバラエティ企画を受けてきた。

 地方番組だけど有名ディレクターの企画で、私には断るという選択肢なんてなかった。

 このディレクターに気に入られたら、仕事は雨あられと降ってくるはずだったから。


 しかし、絶対に本当の親を映すわけにはいかなかった。

 中学から家出した娘のことは忘れて、彼らは離婚したあげく別々の家庭を作ってたから。

 しかも両親ともにアルコールとドラッグ、パチンコの三大中毒にかかっていた。

 そんなの私の設定には合わないのだ。

 お涙頂戴の悲劇なんて、天然オモシロカワイイ私のコンセプトに合うはずがない。


 だから、事務所に頼んで別の親を用意した。父がアメリカ人、母は日本人の夫婦だ。

 そのためだけに、一ヶ月K県に住んでもらった。

 とってもウィットにとんだ人達で、バラエティー企画は無事成功した。


 でも、その人達は調子に乗ってしまった。

 タレントならもっとお金が払えるはずだって、私を脅しにかかった。

 払えなければ全部ばらすって。

 だから夜中に押し入って殺した。


 だってしょうがないじゃない。

 私は天然オモシロカワイイ、がコンセプトのハーフタレント。

 年齢のサバ読みや親の詐欺なんて、私のイメージじゃない。

 これからブレイクするってときに殺人事件の犯人になるのも致命的だけど、背に腹は変えられない。


 もう動かない鳴瀬を、ずるずると引きずって運び出す。

 隠し場所は決まっている。

 十年間警察にも見つけられなかった、庭の杉の木の下だ。

 二つの死体の横に、鳴瀬も一緒に埋めてやろう。

 鳴瀬はマネージャーが嫌になって飛んだってことにすればいい。

 この業界は最初からめちゃくちゃなので、そういう人はごまんといる。


 でも、霊能力者って設定はよかったな、と私は思う。

 そうだ、この仕事が終わったら久しぶりに自分でブログの更新をしよう。

 霊能力者って名前よりも、もっとカワイイものがいい。

 スピリチュアルプリンセス・るうしぃなんてどうだろう。

 うん、こっちのが断然カワイイ。

 キャッチーでちょっとしたギャップのあるタレントに、視聴者は簡単に飛びつく。


 私はるぅしぃ、K県育ちの二十二歳。

 アメリカ人の父と日本人の母の元に生まれたハーフタレント。

 長所は、なにごとにもポジティブなところ。

 コンセプトは、『天然オモシロカワイイ』かつ、駆け出し霊能力者。

 私が次に出る番組はね。

 心霊三時間スペシャルのひと枠、スピリチュアルプリンセス・るうしぃの突撃心霊体験!

 C県の元豪邸廃墟へGO!

 こうご期待!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] なんとなく3時間スペシャルってところが引っかかりました最近は長くても2時間くらいですし企画的に3時間はもたないんじゃないかな?と、それも含めてめちゃくちゃな番組なんですかね? [一言]…
[良い点] 前半の明るさからの一転した後半のダーク感に魅力を感じました。後から考えると、キャラ的にはゆるい感じっぽいるうしぃの思考がずっと冷静だったのは布石だったのかなと思います。勉強になります。 […
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ