最弱魔法が超弩級な威力を発揮している件について
みなさん、物語なんかで大魔王なんかが「初級魔法」使ってるのに超スゴイ威力を発揮させてるシーンとかご記憶にお有りでしょうか。
いわゆる「今のは極大火炎魔法ではない……初級火炎魔法だ……」って言うあれ。
実にかっこいいですよね。
言われた方は絶望の淵に立っちゃう訳ですけど、言う側に一度はなってみたい、そう思いますよね。
正直、そんな夢を見ていた頃も有りました。
「ちっ、こいつ硬ぇ!」
「おい新人!さっさと魔法で援護しろ!」
「早く!!」
現在、冒険者になって初めて組んでもらえたパーティで、害獣退治に出動中なんですけど……。
相手が硬くて前衛の武器が通らないようです。
分厚く硬い皮がまるで鎧のように身体全体を覆い、鼻先に一本、額には横に並んで二本、太く巨大な角が合わせて三本そそり立っている四足魔獣、三角犀。
10キュビトゥスを超える体躯は、僕ら駆け出し冒険者にとってはまさしく巌の如く、である。
「わかりました。防御魔法をパーティーメンバーに発動」
そんな巨体を持つ魔獣に相対して、パーティーメンバーは一気呵成に攻撃を仕掛けたが、悉くがその分厚い鎧のような表皮にはじき返された。
そして、温存されていたこの僕にようやくお鉢が回ってきたのだ。
そんな感じでやってきました実戦本番。
いつもは一人で間引き依頼しか受けられなかったぼっち冒険者の僕ですが、初集団戦闘にいよいよ本格参戦です。
まずは万が一のために、詠唱省略でパーティーメンバー全員に防御系の支援魔法をかけておく。
「てめえ!誰がバフかけろって言った!」
「コレだから新人はっ!」
そしたらとたんに文句を言われた。
いや、その、なんと言いましょうか。
まあいいや。
終わらせてから説明しよう。
どうせ最初に言っても信じてくれなかった人たちだし。
「行きますよ。火炎錐発動」
『火炎錐』、これは火系統の投射魔法で、初歩の初歩の初歩の攻撃魔法。
なんだけれど。
「……何だありゃあ。おい待て新人!」
「待ちやがれ!高位魔法で敵を消し炭にしろたあ言ってねえぞ!」
僕の発動させた火炎錐は、本来長さ十数センチ、太さ数センチ程の大きさの炎を敵に叩きつける魔法だ。
その筈なのだ、僕が発動させたそれは。本来ならば。
「行きますよ」
そういう僕の頭上には、本来の大きさの数十倍はあろうかという巨大な、神殿の主柱のような炎の塊が、轟々と燃え盛りながら浮かびあがっていたのだった。
☆
「……はぁ」
「あら、どうしたの?ため息なんて吐いちゃって」
冒険者ギルドの建物に一人帰還すると、ギルドの受付に座るお姉さんが僕に声をかけてくれた。
いつもの人ではなく、たまに手伝いに来るハイエルフだと思われる女性だ。
いつもの人も美人で人気者なんだけど、彼女はそれに輪をかけてとてもとてもきれいな方で、不定期ながらこのギルドの受付に座る事があるのだ。
その美貌から、彼女が受付に座っていると聞けばこの冒険者ギルドがあるこの都市の住民が用もないのに顔を見るためだけにわざわざやってくる者達までいて、およそこの冒険者ギルドにわずかでも関わりのある人で彼女の顔を知らないものは居ないという、すごい人だそうだ。
何故たまにしか座らないのか、とかは色々と噂がある。
実はギルドのとても偉い人で、抜き打ちチェックしに来てるんだとか、暇つぶしに来てるだけだとか、ひどい話だと男漁りに来てるなんてのもある。
どれが本当なのかはわからないけれど、そんな噂を聞いてもはにかんだように笑うだけで、怒りはしない。
まあどんな噂が出回ろうが、真実が何であろうが、僕にとっては面倒見がよく、明るくて、優しくて、そして怒るととても怖いらしい、ただの綺麗なお姉さんだ。
だいたい綺麗なお姉さんが嫌いな男なんて普通は居るはずがないじゃないか。
「あ。ちょっと貴方!顔怪我してるじゃない!」
「あ、これはその」
そんな事を考えていると、彼女は僕の顔を覗き込み、少し腫れた頬を見咎めてそう言った。
これは、さっきまで組んでいたパーティーメンバーに殴られた痕だ。
『糞ガキが。魔法使いだって言うから組んでやったのに、役に立たねえカスが』
『討伐で貰える金よりもぶっ殺した魔物の素材のが儲かるんだよ!何消し炭にしてやがる!』
そう言って彼らは僕を殴りつけて、その場でパーティーから外したのだ。
「ちょっと仕事でしくじっちゃいまして、パーティー組んでた人達がキレちゃって……」
「それはいいからじっとしてなさい、頭は怖いんだから……【聖なる癒やしの輝きを】」
自虐的に笑うしかない僕に、彼女は真面目な顔で頬に手を当てて、癒やしの魔法をかけてくれた。
「え?それって……いやそんな事までしてもらわなくっても……ありがとうございます」
「ギルドメンバーの体調管理もこちらの仕事のウチです。まったく、臨時とはいえ一度組んだパーティーメンバーを無碍に扱うなんて、ちょっと教育が足りないんじゃないかしら」
そう言って彼女は、魔法で完治した僕の頬を撫で、こう言って立ち上がった。
「うん、男前よ!さあて、貴方とパーティー組んでたって奴らはどこのドイツなのかしらねぇ」
そうして彼女は、事務所の奥へと姿を消したのである。
きっと今日付けの討伐受諾書類を確認しに行ったんだろう。
そこには僕が組んだパーティーメンバーの詳細と今日の討伐受託案件が記載されているはずだから。
どういった対処がなされるのかは気になったが、怒ったお姉さんの怖さは聞いているので、君子危うきに近寄らず、である。
☆
僕は冒険者ギルドの裏にある訓練場で、魔法の練習をしようとしていた。
冒険者ギルドと言うのはこの街を始め近隣各国に存在する、所謂何でも屋の寄り合い所帯だ。
しかしながらその影響力はとても大きくて、幹部の方たちはあちらこちらの王家の方々ともおつきあいがあると言われている程だ。
かく言う自分もその冒険者ギルドの一員として頑張っているのだけれども。
結構な広さのある訓練場には、一角に魔法の練習ができるスペースも設けられている。
結界が張られていて、外に魔法の影響が及ばない様になっているとか。
そこで僕は魔法を発動させた。
「火炎錐、発動」
手のひらの上に浮かぶ、標準的な大きさの炎の錐。
練習だと普通に発動する、と言うより寧ろ実戦の時のようなのを発動させろと言われても何故か出来ない。
「なんで上手く行かないかなぁ」
魔法使いとしての素質はかなりあると、子供の頃から両親に言われていた。
魔法使いに必須の魔力総量も、一度に放出できる魔力量も並じゃないと褒められていたので、魔法使いになることに躊躇いはなかった。
冒険者ギルドに入る事になったのは、両親に勧められたからだ。
魔物が跳梁跋扈する今の御時世、普通の仕事では僕の能力は生かせないからと。
確かに詠唱魔法しか使えない僕では、普通の仕事についても役に立たないだろうけれど。
冒険者になっても役に立たないなんて思いもしなかった。
「新人君!頑張ってるみたいね!」
「あ、お姉さん。先程はありがとうございました」
そんなふうに塞ぎ込んでいたところに、さっきの受付のお姉さんが姿を表したんだ。
にこやかに微笑みながら、僕の手のひらに浮かぶ火炎錐を見つめると、「ふむん?」と首を傾げた。
「あの、なにか?」
「んー、と。火炎系射出型の初級魔法よね、それ」
「あ、はいそうですけど……行け!」
そう言って僕は用意されてある的に向かってそれを発射した。
ちゃんと的に当たって、大きく燃え上がって効果が切れる。
的は耐魔法コートされているらしく無傷だが、効果の程で色が変わる。
「黄色か。そこそこって所だけど」
あの的は、ギルド謹製の耐魔法コーティングを施された逸品だという。
黒い初期状態から魔法が当たると赤→橙→黄→緑→青→藍→紫とその威力によって色が変化していく。
色の変化は魔法の種類によっても意味が変わり、火の魔法だと一段階ごとに、赤で体毛が焦げる、橙で表皮にダメージ、黄だと皮下組織にダメージが通り、緑では骨格にまでダメージが通る事を意味する。
それ以上だと、青が炭化、藍で消し炭、紫だと燃えカスしか残らない、と言うことらしい。
なお基準は、対人である。
何気に怖い。
「はい、でも実戦だと上手く制御できないんです」
制御できないわけじゃない。
詠唱短縮も、無詠唱でも発動させられるし、暴走してないんだから、制御はできてる。
ただ、常識的な威力に抑えられないと言うだけで。
事実、今はマトモに発動しているんだから。
僕がそう言うと、お姉さんは眉間にしわを寄せて僕を上から下まで見つめ始めた。
それはもう頭の天辺からつま先に至るまでじっくりと。
「ふむん。呪いでも受けてるのかしらと思ったけれど、どうも違うみたいねぇ」
「分かるんですか!?まさか」
「うん、ちょっと『見せて』もらったわ」
どうやらお姉さんは僕をじっと見つめて【鑑定】していたようである。
これは『スキル』と呼ばれる、天禀ともギフトとも称される『魔法ではない何か』による能力だ。
スキルは種々雑多に存在し、心技体それぞれにブーストが与えられるのだ。
残念ながら、僕はそんな便利なものを身に着けていないはずなんだけれど。
「貴方、それ『スキル』の影響ね。ちょと変わった『増幅』系のスキルだわ」
「えっ」
聞けば、通常ならステータス確認で表示されるはずのスキルが、隠しステータス扱いになっていたという。
お姉さんの言っている言葉の意味はよくわからなかったが、そう言うスキルがあって僕自身が認識できていなかったということなんだろう。
その増幅スキルは、魔法の威力にボーナスがかかり、威力を爆上げしてくれると言うものらしい。
但し、自分により強い相手限定。
すなわち、魔法抜きで戦った場合に勝てる相手では発動しないと言うことらしい。
「……僕、純粋な魔法使いなんですけど」
「そうね、大概の相手は貴方より強いわね。良かったじゃない、いつでもスキル発動するんだから」
人によっては魔法も使える屈強な戦士なんかもいるが、僕は魔法しか使えない貧弱な坊やだ。
確かにソロで受けてた間引き依頼対象の中でも最弱魔獣と言われているグレートラビット相手にも発動しましたけれど。
「素材取れないと討伐報酬しか貰えなくて経済的に詰んじゃうんです。ていうか現在進行形で激貧チルドレンなんですけれど」
「適当な前衛雇って大物討伐っていうのも有りよ?それなら素材がアウトでも魔晶結石は取れるでしょうから結構なプラスになると思うわ」
切迫した手元不如意状態を力説しても、お姉さんはどこ吹く風と僕に無理難題を提案してくる。
燃えたぎる炉の中の剣を取れば良いと言われても、手が再起不能に大火傷したら剣は振れないんですよ!
「そんな奴相手にするのなんて、そいつらの生息地域に行くまでに僕死ねると思うんですけど」
「んー、そりゃあそうかもしれないけれど。大物始末できれば、レベル上がって死ににくくはなるじゃない?雑魚いくら狩っても、純魔法使いは肉体的には貧弱なままよ?」
それは確かにそうだけれども。
この世界、魔物を倒すとその魔物が蓄えていた『何か』が倒した者に宿るとされている。
その『何か』を得ると、人はより強靭に成っていく。
ギルドの人達はその『何か』を「経験値」と呼び、それを得てより強くなることを「レベルアップ」と言っている。
ある程度レベルが上がると、弱い相手からは「経験値」が得られなくなり、それ以上の「レベルアップ」が出来なくなる。
「レベルアップしてしまえば、普通に魔法が制御できるようになる。そういうことですか」
「そうね。それに、いざ強い敵が出てきたら切り札として使えるわけだし、ちょうどいいんじゃないかしら」
そういうお姉さんは、こんな面倒なスキルを持ってしまった僕にすら、優しい笑顔を向けてくれる。
そしてこの時の僕はどうかしていたんだろう。
ついこんな言葉を口走ってしまったのだ。
「じゃ、じゃあ、お姉さん!僕に雇われてください!」
「ほ?」
「お姉さん強いんですよね?あの、さっき僕を癒やしてくれた神聖魔法、あれ最高位の回復魔法でしょう?」
「んー、それはそうだけど。私高いよ?雇うって言っても」
苦笑いして僕にそういうお姉さんは、とても綺麗だった。
そうして、僕はお姉さんをパーティーメンバーにして、新たにパーティーを組み、より強い魔獣討伐の依頼を受けることと成ったのである。
☆
「お姉さんを雇う為の費用が恐ろしく高額だった件について」
「だから私高いわよって言ったじゃない」
それでも雇った。後払いで。
基本的に、冒険者への支払いは成果報酬なので問題はなかった。
但し、お姉さんを雇うのに、討伐予定の魔獣をかなり上位にしなければいけなかった。
「貴方、無理したわねぇ。そりゃあこれくらいの魔獣じゃなきゃ、私を雇う賃金にもならないけど」
「いえ、良いんです。これでレベルが上がれば、そこらへんの間引き依頼で生計も立つようになるはずですから」
「そっか、なら良いんだけど」
そう言って、お姉さんは僕の横を気楽に歩いてゆく。
もうここは魔獣の巣とも言うべき大森林の中ほどだと言うのにだ。
あの後、僕はお姉さんと一緒にギルドの窓口に向かった。
お姉さんを護衛に雇って強い魔獣の討伐依頼を受けるために。
「魔獣討伐の達成で五金貨、お姉さんの護衛依頼に十金貨……」
「これで魔獣から素材が取れなきゃ大赤字だね、貴方。ふふっ」
「笑い事じゃないんですけどね……」
コレから向かう先に居るのは、森の王とも言われる巨大な熊の魔獣、『メガル・アルクトス』だ。
「幸い、メガル・アルクトスは燃やしても素材の価値は落ちないから大丈夫よ」
「毛は硬そうだし、何かに使えるんじゃ」
「触ると肌を突き刺すような毛が生えた毛皮なんて着たいの?」
「要りませんね……」
そんな事を話しつつ、森を進む。
獣道だろう、ほんの少しだけ踏み固められ草が生えていない道とも言えない森の中を突き進む。
しばらく行くと、巨大な洞穴が崖の途中にポッカリと空いているのが見えてきた。
「あそこ、でしょうか」
「んー、と。そうねあそこね。魔法の射程は?」
「もうちょっと近づかないと届きません」
依頼書に記されていた熊の魔獣が巣にしていると思われる洞穴だ。
まだ森の樹々の切れ間から見える程度だけど、いよいよである。
お姉さんが魔法の射程距離を聞いてきたが、流石にここからだと僕では届かせることは出来ない。
距離が離れすぎると制御出来なくなって、魔力が途中で霧散してしまうだろう。
「じゃあいける距離まで近づこうか。今なら巣には居ないみたいだし、待ち伏せましょう」
「あっ、はい」
やはり討伐の経験も豊富なのだろうお姉さんが、先導してくれる。
崖に近づくために急斜面をお姉さんに続いて登る。
ちょっと視線を上げると、目の前に綺麗なおみ足が。
そしてその先には――ぷりんとした臀部が、分厚い革のパンツに包まれて存在を主張していた。
なんという目の毒。
僕は視線を切って地面だけを見て登っていったのである。
☆
「来た」
「発動させると同時に射出よ。溜めは無し、出来るわよね」
「はい」
辺りが薄暗くなる頃、巨大な熊が巣穴に戻ってきた。
「時期的に冬眠前だから、昼夜関係なく動いてるみたいね。真っ暗になる前に来てくれて助かったわ」
そう語るお姉さんをよそに、僕は魔法の発動に集中し始めた。
崖をよじ登る巨大な熊目掛けて炎が突き刺さるのをイメージし、発動と同時に射出するように、無詠唱で、行け!
ごお、と。
僕の目の前で炎が巻き起こった。
そして次の瞬間、それは崖に取りついた熊目掛けて火の粉を撒き散らしながら飛んでいき。
崖を直撃した。
「あら、外れた」
「そんなはずはっ!」
慌てて次の魔法を用意しようとしたが、お姉さんに止められた。
「もう間に合わないわ。ちょっと待ってなさい」
これだけの距離があるなら、熊がやってくる前にもう一度ぐらいと考えた時には。
「よい、しょっと」
熊が目の前まで迫っていた熊が。
お姉さんによってぶん投げられていた。
「え?」
「ちょっと待っててね、こいつ動けなくするから。『弱肉強食定食』!スキル発動【手加減】」
「え?」
お姉さんは、おそらくは高度な体術で放り投げて地面に転がした巨大熊目掛け、幾つもの弱体化魔法が組み合わさった複雑怪奇な魔法を詠唱短縮で放ち、そして腰に装備していた細身の湾曲刀をするりと抜くと、一閃。
ただそれだけで熊の手足の腱を切り裂いたのか、身動き一つ出来なくさせていた。
「はい、おまたせ。さあここ、ここを狙ってね」
仰向けに倒れた熊のその口腔を捻ってこちらに向けて大きく開かせる。
そうして僕は、一口で僕の身体を美味しくいただけるサイズの口目掛けて、出来るだけ細く絞った炎の錐を、慎重に狙いを定めて射出したのである。
☆
「うん、上等上等」
「はあ」
熊は無残にも口から飛び込んだ炎の柱により、頭部が内側から爆ぜてお亡くなりになったのです。
「熊は内臓も骨も魔晶結石も高く売れるからね。ざっと百金貨にはなるんじゃないかしら」
「はあ」
お姉さんの手助けで、僕は巨大な熊を屠ることが出来た。
曰く、「うん、ちゃんとレベル上がったわね。今なら素手でもグレートラビット殴り殺せるわね」とのことだ。
これで今後の生活費はなんとかなるだろう。
ただ……。
「貴方、今後は私付きになりなさい。後継者作れってみんな煩いのよ」
「は?」
「まあ後でギルドの方からそっちに話を通すことにするから、ちゃんと受けてね?」
「はあ」
何なんだろう、一体この人は。
ただのきれいなお姉さんじゃなかったのか……。
☆
「何なんですこれ」
「こちらが聞きたいです、と言いたいところですが、ご説明しましょう」
巨大熊を討伐した次の日。
お姉さんと一緒にギルドに帰還して討伐証明と共に持ち帰った熊の売却手続きを行った後、彼女と分かれて寝泊まり可能なギルドの宿舎へと戻りベッドに転がったのまでは記憶にある。
そのさらに翌日。
今現在のことだけれど、熊の売却価格の見積もりが出ただろうからその詳細を聞き、支払われる額からお姉さんへのお支払を差し引いてもらっていたところ、窓口の人が僕に声をかけてきたのである。
無論、お姉さんとは違う、いつもの普通に綺麗で人気のある人の方である。
「本日をもって、貴方は硬度4に昇級。ギルドマスター付きになります」
その人にこう言われたのだ。
いきなりそんなことを言われたって、困惑するに決まっている。
誰だってそうなる。僕だってそうなった。
硬度と言うのはギルド内での身分のようなものだ。
ギルドに加入したてホヤホヤの新人だった僕は、当然硬度1だ。
普通は色々と依頼を熟して一つずつ昇級していくもので、硬度4といえば一端の冒険者であり一人前の証でもある。
「なんでいきなり3段階も昇級するんですか……」
「ですからそれをご説明しますと」
説明を受け持ってくれる受付の人も困惑しているのがわかる。
入って間なしのペーペーが、一気に硬度4なんて普通はない。
親から受け継いだ能力が発露しているとかいう場合には稀にあるらしいけれど、実例は一回しか見たことがない。
「と、言うわけです。あの、お聞きになってましたか?」
「あ、いえすいません聞いてませんでした」
「まあお気持ちは私もわかりますけれど、しっかりなさってくださいね?こちらをお持ちください」
「あ、はい」
手渡されたのは、硬度4と刻印された真新しいギルドカード。
僕の名前も記載されている。
そしてそこに書かれている特記事項には。
『ギルドマスター付き』
そう、はっきりと刻まれていたのだ。
「なんなんだよ、いったい」
僕の明日は一体どっちだ。