強制施行
~第3章(強制施行)~
7月22日時刻は深夜0時―――。
ドンドンドンッ!
それは突然やってきた。公務員になるとか悠長なことを言いながらも、不安でどうしようもなくなっていた和人は部屋の隅で蹲っていた。母親は、家を出たきり戻ってこなかった。
「はーい」
妹の真紀もこの時ばかりは、一大事だと思い和人を心配しこの時間まで起きていた。部屋にいる和人の変わりに真紀が玄関へ向う。
「どちら様でしょうか?」
真紀が少し怯えた表情でドアを開けた。
「夜分遅くに失礼いたします。」
黒いスーツを来た男性が二人、玄関前で立っている。奥に居る一人は体格が良く色黒でいかにも怪しい人のような風貌であるが、手前に居るもう一人は身長がスラッと高く肌が白い。サラッとした髪で俗に言うイケメンであった。
「私、日本政府より派遣されてきました、谷川仁と申します」
イケメン黒服が微笑んで真紀に名刺を渡した。真紀は兄の一大事というのに、顔を少し赤らめながら少し下を向いて名刺を受取った。
「和人の妹の真紀です。あ、あの、本当にお兄ちゃんはどこかに連れて行かれるんですか?帰ってこれるんですか?」
「ごめんね、真紀ちゃん。政府の極秘事項になってるから僕達は答えることができないし、僕達もある場所に連れて行った後はどうなるか知らないんだ。」
「ある場所?」
「ごめんね。それも教えてあげられないんだ。お兄さんを呼んでくれるかな?・・・もし拒否したりしてしまうと、強制的に後ろの怖いお兄さんが連れてくことになってしまうから、出来れば丁重にお連れしたいな」
「あ、、、分かりました。今呼んでみますね。」
後ろのコワイ黒服は何も言わず後ろで立っている。
「おにー!政府の人来たから、部屋から出てきて!」
真紀が玄関から和人を呼ぶ。
「・・・。」
和人からの返事がない。
「すいません。今連れてきますので!」
真紀は小走りで階段を上り和人の部屋へ向う。
トントントンッ ガチャッ
「おにー、政府の人来てるよ。行かないと無理やり連れて行かれちゃうみたいだから早く来て。」
「う、うん」
和人は重い腰を上げ準備していた荷物を手に取り、自分の部屋を出た。今更ではあるが、自分の情けなさに涙が出て止まらない。この歳になってこんなことになるなんて本当に情けねーな。。。メールをちゃんと読んでおけば、手紙をちゃんと読んでおけば、就職をちゃんとしておけばこんなことにはならなかったんだろうな・・・。よし!公務員になるんだ俺!大丈夫!どうにかなる。涙を拭いながら、玄関へと向かった。
「こんばんは、和人様。お迎えの車がありますので、こちらへお願い致します。」
和人は黒服に全面スモークガラスの黒い車に連れられて行った。
「おにー!ちゃんと戻ってきてね!おうちに帰ってきてね!」
和人が車に乗り込む背に真紀が呼びかけた。和人が言葉を発する間もなく車のドアが閉められ発進した。真紀は家から遠ざかっていく車を見えなくなるまで見ていた。
「和人様。」
車が出発してからしばらくすると、イケメン黒服が和人に話しかけた。
「現在向っている場所はヘリポートとになります。お荷物を持って来て頂いたようですが、そちらのバックも含めてスマホ・財布等の荷物は一切持って行くことは出来ませんのでご了承ください。荷物につきましては、後日御自宅へとお届けしておきますので、ご安心ください。」
「え?スマホもですか?」
思わず和人は聞き返した。着替えならまだしも、スマホもゲーム機も持って行けないとか休みの日は何すんだよ。少しいらだちを覚える和人。
「はい。スマホ等の電子機器も全てです。どちらにせよ、これから向う場所は電波等が一切入らず一 般家庭用コンセントなどもございませんので、あまりお役には立たないかと思いますが」
はあー?!この時代にスマホも使えなくなるとか、電気がないとかどんな場所に連れていかれんだよ。そもそも公務員じゃないの?!え?本気で、本当に地下強制労働施設みたいなとこ連れてかれんの?考えれば考えるほど和人は生気を失い自分の想像とかけ離れた所に連れて行かれるフラグが立っていると思った。
「あと、20分ほどでヘリポートへ到着しますので、到着まで今しばらくお待ちください」
家を出てから30分ほど経過している。ヘリポートまでは50分から1時間ってとこか。となると、家から一番近い空港でも最低1時間30分は掛かるから、空港ではないのか?一体どこに連れてかれてるんだ?全面スモークだし、前の席と後ろの席では間仕切りが設けられてて外の様子が全く見えない。まぁ、着いてみれば分かるか。
しばらく車に揺られている間に和人は眠りに落ちていた。
バタンッ
車のドアを閉める音で和人は目が覚めた。
「和人様、ヘリポートに到着しましたので、車から降りてください」
ドアを開けて黒服が降りるよう促している。少し寝ぼけながら和人は車の外に出た。
ハッ―――。
一瞬息を飲む。和人が周りを見渡すと明らかに森の中であった。時刻は真夜中で周りは暗いが待機しているヘリの周りの光でそれが瞬時に認識出来た。周りは木ばかりで一部ヘリポートらしき円形の平地がぽつんと存在している。現在地を確認するも、やはり木ばかりである。恐らくどこかちょっとした山の頂上付近であることは認識出来た。
「さあ、あちらにヘリを用意してありますので、移動をお願いします。」
イケメン黒服にそう促されるが、和人は状況の理解が出来ずに足が止まっている。すると、ゴツイ黒服が和人の腕を引き多少強引にヘリへと連れて行かれた。ヘリの周辺まで行くとものすごい風圧で髪がかき乱され、音は和人の鼓膜を破りそうな勢いである。たまらず、和人はヘリに乗り込んだ。
あれ?俺一人?俺意外にも何人か居るかと思ってたけど。・・・・ってあれ?黒服の人も乗らない?というか操縦する人はどこ?!?!
「*#$%!」
何かイケメン黒服が大声で和人に話しているが、全く声が聞こえない。何を言っているか聞き返す間もなくヘリのドアが閉められ、何故か操縦席のハンドル達が動き出す。
ファ?!怪奇現象?俺に見えてないだけ?!まぢなに?!何が起きてるのこれ。和人がてんぱっている間にヘリが離陸していく。和人の心配をかき消すかのように、高度はどんどん上がっていく。状況整理も出来ないうちに地面はどんどん遠ざかり、気づけば街が見えるほどに上昇していた。和人が確認出来た建物から、自宅がある街からは結構遠くにある山だということは分かったが、それ以上のことは思考が追いつかなかった。
ウィーン、ガッ、ガッ
?!ヘリが上昇しきったかと思うと、みるみる内に全面の窓ガラスが黒いシャッターで覆われ、街明かりすらも見えなくなり、漆黒の闇の中にヘリの大きな音だけが響いた。和人は不安になりそわそわし始めると、頭上前方からディスプレイが降りてくる。
「ようこそ和人様」
突如降りて来たディスプレイから、これまた突然テーブルのみが映し出された画面から声が聞こえた。どんな演出だよ、本当に大掛かりすぎじゃね?まじライアー○―ムの製作者に訴えられるよ政府。本当に。
「これより、手短に今後の行動について、ご説明させていただきます。と言いましてもほとんど説明 するようなことはありませんが・・・。」
「なに?!これから俺はどこに連れてかれるの?虐殺とか動物実験のモルモットになったりとかする の俺?国の機関なんだから人権の保護とか反故にしたりしないよね?いや、ダジャレじゃないか ら、まじで。プライバシーとか守られるよね?」
あくせくしながら、興奮気味に和人はディスプレイに向って同意を求めた。
「はい?和人様は何か勘違いをされているようですので、その辺から手短にご説明させていただきま す。政府よりの通知にも書いてあったかと存じますが・・・。日本国憲法30条の政策適用が施行 された場合、国民の義務を破棄したと見なし、国民の権利が剥奪されることは御存じかと思いま す。」
「え?はー、あ!」
「そうです、御察しの通り、国民の権利が剥奪された和人様に対しましては、国籍はもちろんのこと 基本的人権やプライバシーなどというものは存在しません。日本国における法律による保護下から 完全に排除されます。」
「え、つまり、俺が虐殺されようが何されようが誰も守ってくれない?ん、、、逆に俺が何かを犯し ても裁ける法はないってことか!!」
「はい、もちろん和人様を裁く法は国籍すら持っておりませんので、存在しません。そもそも[和人 様自身の存在が無い]という扱いになりますので、国籍を持つ者に殺害されたとしても、それを裁 くことも出来ませんし、殺害した者が何ら罪となることもありません。[そこには存在していない 者]というのが正しい認識ですので、まさに[ニート]と呼ばれる方々には至れりつくせりの政策で はないでしょうか。」
「いや、、、そういう問題じゃないだろ、ここ日本だろ、そんなことがあるわけないだろ!そんなの が通るわけない!これは日本政府とかじゃなくてどっかのクソみたいなマフィアとかがやってんだ ろ!ふざけんな!早く家に帰せ!」
溜めていた思いが一気に口をついて溢れる。
「和人様、何度も同じことを申し上げるのは大変恐縮ですが、先ほど申しました通り、貴殿は日本国 民としての権利を剥奪されたので、日本国民としての主張が出来ないのです。」
「・・・。」
和人はうなだれて下を向いた。
「さて、本題に移らせていただきます。現在向っている先はとある島でございます。政府の働きかけ により、G-Mapなどによる位置情報および、地図には記載されていない場所となり、極限られた一 部の者のみその存在を認識しております。もちろん今回の件に関しましては日本国内の問題である ため、この島は日本国領土ではありますが、特別法治外区に認定されており法的期間が関与出来な い場所となります。つまり、そこでは何をしても法で裁くことはおろか裁く者も居ませんので、ご 了承ください。今回の政策により日本国民権を剥奪され黒札が施行された数はおよそ10万人であ り、順次こちらへ移送しております」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!10万人?!ニートの数は3000万人越えてんだろ?!なんでそん なに少ないんだよ。」
「はい、確かに政策施行前のニートの数は3000万人を超えておりました。ただし、黒札配布後ニートから脱却した方がほとんどでございます。現状10万人ではありますが、経過観察期間を乗り切れない者が1500万人は居ると考えられており、その方々につきましても随時強制的に島送りとなります。」
「そ、そうなんだ。それにしてもどんな島か知らないけど10万人も住める規模の島が地図にないとかおかしいだろ?有り得ないって!」
「はい?住む?もう一度言いますが、居住とは人権ありきで議論されることであり、人権なきあなた方には住むという選択肢はございません。例えは古くて恐縮ですが、姥捨て山の認識が一番近い所ではないでしょうか」
「ふざけんなよ!俺まだ24だぞ!将来ある青年を見殺しにする政府とかおかしいだろ!!やりたいこと全然やってないし、彼女だって居ないし、自分の子供の顔だって見てみたかったし・・・・」
和人を怒涛のような後悔が襲うとともに、涙が滲んできた。
「さて、そろそろ、到着いたします。もう一度だけ申しますが、到着した先は無法地帯となっており、帰還の可能性を残すことが許されておりませんので、無人ヘリは到着から10分後爆破という処理をさせて頂いております。余生を楽しむのでしたら、到着次第ヘリより30mほど離れることをお勧めします。まぁ余生を楽しむ前にその気が削がれる光景を見ることになるかと思いますが。それでは失礼いたします。」
・・・そういうことか、だからリモートで操縦されていたのか。なるほどな、だから黒札の噂は噂しか流れてなかったのか。これが真実か。これは完全にゴミ捨てだ。俺はゴミとして、捨てられるのか。どうせなら、色々やりたいことやってくれば良かったな。このまま到着してヘリから降りなければそのまま楽になれるならそうしようかな。もうなんかどうでもよくなってきたな・・・。