国家の策略・ニート排出計画
ここ日本国において、ヒトはこの世に産み落とされた瞬間から負わされる枷がある。
日本国憲法、「国民の三大義務」
○26条2項――― 保護する子女に普通教育を受けさせる義務。
○27条1項――― 勤労の義務。
○30条――― 納税の義務。
日本国は、戦乱の世を経て平和が訪れるとともに、国民が国民であるための義務であることを忘れ放棄する者達が後を絶たなかった。
そういった彼らを人々はこう呼んだ。通称「ニート」。勤労及び、納税の義務を放棄した者たちである。
2015年時点でその数約56万人ーーーーー
日本国民総人口1億2537万2千人。法治国家の礎となり安心を作り上げる国民が多く存在する日本国で、その存在は忌み嫌われるようになる。
ある者は、ネット掲示板に1日中張り付き、論争を繰り広げて自分のモチベーションを挙げ、他者より勝っていると誇示することで優越感に浸り
また、ある者は、オンラインゲームに没頭しその世界での優位性を示すことに躍起になる。
働くことを辞め引き籠っても、何もせずひたすら365日寝続ける者は居ない。いずれも共通してくるのは、現実社会での自分の立ち位置を見定められない者達が、次元の異なる世界で居場所を見つけ出そうと必死にもがく姿である。
だが、世間は甘くない―――。
現実世界で折り合いがつけられず、逃げだしたニートへ対する日本国民の反感は強くなる一方であった。
2030年、東京オリンピックから10年が経った頃、一時的な利潤を得られた日本国であったが、ついに衰退期を迎え、日本国全土は躁鬱とした雰囲気が蔓延する。
喪失感が強くなり、ニートとなる者が後を絶たず、その数は実に3562万人まで増えた。
国を支えるため、必死で働く国民の行き場のない負の感情は、人生を諦めた者達へと向かう。
この頃、民衆の負の感情を緩和し、経済成長を果たすため日本政府も様々な政策を打ち出すようになる。
1.経済活性化
2.雇用の安定化
3.国力の増強
3つの指針について、具体的対策が政府より告げられた。
1.経済活性化のため、一般消費税0%とし嗜好品(アルコールを含まない飲食は除外)に関する税を20%とする。国内で登記されている企業が、海外進出している場合の法人税を倍化。日本国籍を持つ者が、海外で企業した場合または、海外支店による利益が発生した場合の法人税を追加。
生活保護の全廃を実施。精神的・身体的障害により就労が困難な者に対しては別途特別措置を実施することで対応とする。また、子供手当についても全廃とし、出産費用(出産に掛かる費用通院・入院費等全て含む)・高校卒業までの全ての教育費・医療費を国が全額補助とする。
海外企業が日本国籍を持つものへ物を販売する場合、輸送に掛かる関税の他、販売税を追加とし、国内産業活性化と国内消費を増加させることで経済の立て直しを図る。なお、地方公務員(役所関連)に関しては、一部機能を残して全て解任とし、2.のプロジェクトへ参加するか、一般企業への斡旋を行う。これまでの役所業務に関しては、全てシステム化されたAI-クラウド-サーバー3点管理とし人員工数を80%削減する。
2.雇用の安定化のため、日本国籍を持つものを雇用している企業に対しては、人数に応じた別途法人税減額措置を導入。20~30代については、これより大々的なプログラマー養成所を設立し、国の定める規定に当てはまる者は参加可能であり養成所を経て国家公務員としての職務を与える(応募予定人数500万人)。これにより、サイバーテロ対策として国レベルで増強し、雇用の確保と国力増強へと繋げる。
3.先の協定で中立国となった日本は、軍事力増強を行い国力の増強を図る。軍事に関わる特殊材料部品を作製している企業へは国からの援助を行い、さらなる軍事力構築を図る。また、サイバーテロ対策による国家プロジェクトへ参加可能な企業・人員に関しては別途特別援助を行うこととする。
4.特別な理由なく国民の義務(日本国憲法に準じる)を放棄した者に関しては、日本国民としての権利を剥奪し、それ相応の政策を施行することとする。
決定された政策の中には、3000万人を超える「ニート」にも矛先が向けられたものが存在した。
「1億人総括日本」を目指すため、日本国憲法を行使することが決定される。つまり、国民の義務を果たしていないとされるニートは日本国民としての権利が奪われることになるのである。
そして、政府から1通の手紙が届く―――。
「黒札」人々は政府通知をそう呼んだ。
黒札を受け取ったものは、国のため監獄島へ追放され、強制労働させられるという噂だけは一人歩きしていたが、その詳細について知る者はほとんど居なかった。
黒札なるものが制定され、ニート達の動きは2分化した。
ある者は国のプロジェクトへ参画しようと意を決して動き出し、
またある者は、そんな黒札なんかただの脅しで、何か実際に起きる訳ないと気にせず、生活保護によりニート生活を満喫する者と・・・
とある1人の青年、檜山和人は後者であった。
ニート生活から抜け出せずに、相も変わらず自宅PC前から動かずニート生活を続ける一人であった。
高校まではどうにか卒業したが、その後大学へ進学することもなく、就職もしなかった。ニート歴6年、24歳となった。
和人は、実家で母親と妹と3人で暮らし、父親は和人が中学生になる頃に消失。母親のパート代と生活保護を受給しぎりぎりの生活を送っていた。
母親(檜山妙子)は、昼と夜の仕事を掛け持ち働きづめで家にもほとんど帰ってこなかった。無理をしすぎたせいなのか、未だ47歳であったが、声に覇気はなくいつも疲れた顔で、すっぴんになると肌はぼろぼろで、皺も多く、髪も染めていなければほとんど白髪であった。
5歳年下の妹(檜山真紀)は兄とは正反対でしっかりしており、勉学に励み成績優秀なため、奨学金のみで大学生活を送っていた。
夜中1時過ぎ、和人はいつも通り、オンライゲームでニート仲間と素材集めに熱中していた(オンラインゲームでの武具・装備品などを作るための道具。主にモンスターを討伐することで得られる)。
「最近さぁ、黒札?みたいなのが来るとか来ないとか世の中騒いでるけど、ミルミルさんはどう思う?」
*ミルミル・・・和人のオンラインゲーム仲間の一人。
和人はオンラインゲームのボイスチャット機能で、おもむろにニート仲間に聞いた。
「んー、どうなんどろー。実際私の所にも何も来てないし、他の人も特に変わったことはないって言ってたよ?」
「そーなんだー、やっぱり俺らを働かせようとして、政府が仕掛けた脅し?みたいなものなのかなー」
「あっ・・・」
一瞬、ミルミルは何かを思い出したようにボソッとつぶやいた。
「え?どうしたの?」
「そう言えば、私がずっとパテ組んで周回してた銀ちゃんいるでしょ?」
「あー、銀ね!そう言えばここ最近見てないな・・・脱ニートでもしたのかなー?」
「んー、それが変なこと言ってて、それからずっとインしてないんだよね・・・」
「変なこと?・・・って?」
「何か、母親が血相変えて部屋に無理やり入って来て、何か怒鳴ってるーとか言ってて、その時銀ちゃんはヘッドホンしてたから、ほとんど何言っているか聞こえなかったらしくて、怒鳴った後、母親は部屋を出てどこかに急いで出かけたんだって。いつもは、全然そんなことをするような母親じゃないらしいんだけど。。。その話を聞いてからなんだよね、夜中1時には必ずインしてきた銀ちゃんが、次の日から全く来なくなったの。」
「え、銀にそんなことが?何だろ?仕事しろー!的な?―――まぁ言われた所で、あの銀がするとは思わないけどなー。実際あいつの家って超金持ちで働く必要性皆無とか言ってたしな―。」
「んーっ、分かんないけど、もしかして例の黒札だったりしてねー(笑)」
ミルミルは少し馬鹿にしたような感じで、笑いながらおどけた声で答えた。
「ぷっ、いやいやあんなの都市伝説的なやつだろ?手紙みたいなのも来たけどさー、あんなのただの脅しみたいなもんでしょ?お役所がいちいち個人の生活状態とか確認する訳ないって。他の連中からもそれっぽい感じのやつ聞いたことないしなー」
そんなことはない、と自分に言い聞かせるかのように和人はミルミルに同意を促す。
「そうだよねー、あ、そろそろマンティ周回に行こうーよー、スケルトン狩り飽きちゃった」
「うし!今日も朝まで付き合うよ!」
こうして、和人は普段と変わらない一夜を過ごしたのであった。
翌日―――。
ドンドンドンッ
「和人!!!起きなさい!開けるわよ!!」
午前10時頃、突然血相を変えて母親は和人の部屋に押し入る。和人は朝8時までオンライゲームをしていたため、全く起きる気配がない。
パンッ
母親のビンタが、和人の頬に爽快な音とともにダイレクトヒットを叩きだす。
一瞬何が起きているか分からなかった和人は半分夢の中に居ながら目をうっすらと開けた。そこには目が充血し涙目にも見える母親の姿が映る。
これは夢か?まだ俺は夢の中でボケているという夢を見ているのか?と和人の頭の中は混乱している。
「あんた、何してんのよ」
バサッ
母親は、和人の顔に手紙らしきものが投げつけた。やっと頭が周りはじめ、状況を理解し始めた和人。
「え、何してんのよって。。。見て分かる通り、何もしてないよ?」
少しふざけて答える和人。
「ふざけてる場合じゃない!!!その手紙見なさい!!」
先ほど顔に投げつけられた封筒を拾い上げる和人。
封筒には檜山和人様宛になっている。割と作りのしっかりした固めの封筒だった。
中身を取り出すと、そこには真っ黒の紙が2つ折りで入っている。この時和人は、通知表を母親に見せる時以上の心臓の鼓動を感じていた。久しぶりの動機に動揺する和人。
ドクンッ
ドクンッ
・・・まさかな。
黒い固めの紙は、和人が疑心暗鬼にうわさ程度と思っていた、まさに、それだと確信した。おそるおそる、二つ折りの紙を開く。
檜山和人殿
貴殿には憲法施行による政府公式発表日後、お届けした封書及び電子メールによる通達を致しましたが、通達後60日経過しても国民として存在する意思を示していないことを確認致しました。
明日、夜中12時00分にお迎えにあがります。
注意:日本国憲法第30条に関するの政策施行のため、貴殿には拒否権等は存在せず、強制施行とさせていただきます。いかなる事由がある場合でもその旨を返書または指定の手続きが行われなかったため、ご家族の方も同意したものとみなします。また、逃亡などの行為を図った場合、それ相応の対応をさせて頂きますので、御理解と御協力のほどお願い申し上げます。
日本政府
ウソだろ、いや、やっぱりまだ夢だ。これは夢の中だったんだ。
そもそも封書による通達?あんなのにこんな大事なこと書いてないだろ。あれだけ何かの契約書みたいに十数ページもあるのに、全部目通せってのがどうかしてるだろ!!しかもメールなんて来てたか?
PCに向い和人はメールフォルダをすぐに開いた。
カタカタッ
それらしいメールを見つける和人。これウィルス入ってないよな?大丈夫だよな?って、んなこと言ってる場合じゃないか・・・。とりあえず開いてみるか。
えいっ!!
件名:*重要*日本政府からのお知らせ
・・・・・・・・・
以上、ご確認と返信いただきますよう何卒お願い申し上げます。
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日本政府
日本国憲法政策施行係り
e-mail:xxx@nihon.co.jp
TEL:0x2-5xx1-1111
--------------------------------
・・・・・っておい!こんなの迷惑メールか何かかと思うだろ普通。有り得ないって。おかしいだろ。
しかも文章長すぎだし、添付ファイル重いし・・・一応添付ファイルも確認してみるか。
ぽちっぽちっ
憲法に関する政策施行について
2030年5月1日
日本政府
日本国憲法政策施行係
貴殿、檜山和人様におきましては、今回の日本国憲法政策施行に準じ日本政府より対応をさせていただきますので、必ず下記文章を御一読いただくようお願い申し上げます。
1.日本国憲法30条における、国民の義務を放棄したとみなし、檜山和人様の今後の動向及び身辺調査を60日に渡り実施させていただきます。
2.調査範囲は、貴殿所有のネットワーク及び実生活行動がその対象となります。
3.貴殿所有のネットワークに関しましては、サイバー法特別措置法を適用とし、インターネットによる閲覧及び行動範囲を60日間記録させていただきますので、ご了承いただきますようお願い申し上げます。
4.調査内容につきましては、調査完了後提出させて頂き、外部に漏れることは一切漏れることはありませんので、ご安心ください。万が一、個人情報の流出などが発生した場合、個人保護プログラムの適用及び・被害状況により都度日本政府よりご対応させていただきます。
5.60日の調査機関中に日本国憲法30条の国民の義務を果たす行動が見られた場合*、貴殿行動の程度により猶予期間を設ける場合があります。
6.上述5に該当しなかった場合は、誠に残念ではございますが、国民の義務を放棄したとみなし、強制施行が実施されることとなりますので、ご注意ください。
7.上述5.におきまして、貴殿が就職及び内定が確定した場合におきましては、そのご経過観察処分となり6カ月間職場状況の確認だけとなります。6カ月間経過後は、その後3年間定期的に職場への確認が行われますが、周知されることは絶対にありませんのでご安心ください。また、3年以内に職場を辞めた・蒸発した場合につきましては、再度60日間の調査対象となりますので、ご了承ください。
8.病気等の止むを得ない事情がある場合につきましては、適選調査員による定期報告にて調査対象から外します。
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*5・・・国民の義務を果たす行動の例として、インターネット等による求人広告の閲覧または、転職活動サイトへの登録、及び職務経歴書・履歴書の作成、広告求人への応募。
・・・なんだよこれ、ちゃんと来てるのかよ。PDFを一読した和人は俯いた。
母親は部屋の入り口に項垂れるように座り、下を向いている。
どうにかならないものか、いや、多分もうどうにもならない。今晩12時に自分はどこかに連れていかれる。
そう言えば、なんかのマンガでも地下強制労働施設みたいな所で働く、みたいなやつあったなぁ―――。あんな感じで一生島に閉じ込められて生活するくらいなら一層ここで・・・。
出来る訳がない、和人が自ら命立つほどの勇気があれば今頃ニートなどやっていないだろう。ただ楽な方へ楽な方へと逃げの一手を差してきた和人にとって、今回のことはどうにも対応出来そうにない。
どうする。逃げるか、いや、ここまで来たら国家権力の前で逃走図ってもあまり意味はないだろう・・・
そもそも言うほどの地獄絵図が待っているとも限らないか?なんだかんだ言ってもこれって、公務員的な?!
強制労働って言っても公務員的な扱いなのかも!寧ろラッキーと捉えるべきか・・・
うん、そうだなきっと、9時-6時の8時間労働で土日祝日休みの飯付きなら、最高だな。特に言うことないし、まぁ公務員なら給料もそこそこもらえたりして、ぐふふ。
そうである、和人は無駄にニート生活が長いため、楽観的な偏った思考回路に陥りやすい。気づくと母親は何も言わずに部屋を出ていた。
よし、準備をしなきゃな。
何を持って行けば良いんだろうか。
とりあえず、着替えだろ、洗面道具一式に、PSV(小型ゲーム機1)、D5(小型ゲーム機2)、にソフト一式、イヤホン、スマホ、財布、とまぁこれだけ準備しておけばとりあえず問題ないだろ。
ノートPCは、、、かさばるからなぁ、とりあえずタブだけ持ってくかー。まぁしばらくオンゲー(オンラインゲーム)は出来なくなるけど、まぁ俺公務員なるんだし。