第8話 パイ3・オーリオーニス
市街地内でバスを降り、とある一角。既に玲華、菊田、上愛子が到着していた。
「……塩柄は? 直接行くってメッセージ来たけど」
葛岡は別途、塩柄と連絡を取り合っていたようだ。
「あっちから見えないとこで、警察に電話してる……ほら来た」
上愛子の視線の先、建物の陰から塩柄が出てきた。
「すぐ来るってー」
「だってよ。よぉし、逃がさねぇぞ〜」
上愛子、塩柄がはなこ達の元へ突入する。八幡らも彼にお供した。
「……へ?」
「は?」
「え?」
上愛子と玲華、八幡の目も点になった。
「……そっしー達入ったの、見たよね?」
「見た」
「他に出れるとこないのに」
「塀とか越えればなんとか……1人、身代わりってか?」
菊田と玲華が座り込んでいる女の子を見下ろした。
「女友達からも、捨てられたんだな」
も、を強調して塩柄が女の子――自身のガールフレンドに声を掛けた。
「宇彦君? ……違うもん!! うちが、残るって言ったの!!」
「塩柄ぁ、信じちゃ駄目だよ〜? はい、これが現実で〜す!」
玲華が塩柄のガールフレンドに、はなこのメールが表示されたスマートフォンを突き付けた。八幡にも同じ物が届いていた。
『宮町と菊田が見ている時から気付いていたわよ? 警察でも呼ぶんでしょうね。身代わりに1人置いていくわ。お友達と仲よく捕まってなさい、って言ってあるわ』
「……そんな、嘘! はなこちゃん! はのんちゃん! 輝帆ちゃん! 久希先輩!」
塩柄のガールフレンドが混乱する。
「嘘だぁっ!! それじゃあ、うち、宇彦君にも」
「よく分かったな……って、さっき言ったか」
塩柄が冷たく吐き捨てた。
「こっちだって、お前がした事全部知ってんだよ」
彼はグループチャットでガールフレンドが祖志継家と手を組んだ事、誰の家を回るかを把握し、朝から追跡していた。道中、彼女は仲間達に1組の情報をこぼしたが、それは彼が今まで根掘り葉掘り聞かれた事だったらしい。
「うちだって、好きで喋ったんじゃない! 宇彦君が悪いんだよ!? みかんちゃん連れてかれそうになってから、1組、1組って!! だから、早くみかんちゃん捕まっちゃえば」
塩柄のガールフレンドが逆上した。
「……八幡さんっ!!」
塩柄が八幡の手首を握った。我に帰ると、ガールフレンドを平手で叩く寸前だった。
「塩柄君……?」
「叩いた跡でも付いたら、八幡さんが100パー悪くされる……こんな奴にそこまでする必要ないよ? 怒ってるのは俺も同じだから、八幡さんの分も言わせて」
「わ、分かった……」
八幡は引き下がった。
塩柄がガールフレンドの名を呼ぶ。
「今言った事も、分かるよな? 恥ずかしいけど、俺の事好きになってくれたのは嬉しかった。でも、俺の友達とか、クラスの人とか、みんなを邪魔者扱いして……こんな事になるなら、もう我慢するの……お前と付き合うの、ここで辞める」
ガールフレンドの束縛の激しさは1組どころか学年中で有名だ。塩柄はそれが彼女の愛情表現だからと堪忍してきたのだが、たった今、自ら終止符を打った。
「やだ……謝るから! どっ、土下座するから! 許してぇ!!」
「後はこっちで話そうか」
いわゆる草食系男子といった雰囲気の若い刑事が警官と共に姿を見せた。塩柄の元ガールフレンドは警察署へ、八幡達はその場で捜査に応じた。
「あいつが……俺もかな? 迷惑だったよね」
塩柄が目を伏せた。
「……なーに言ってんだ! あの子はあれだけど、塩柄は悪くねぇじゃん!」
「そうだよ! ってか、謝んなきゃなのうちの方だよ! 塩柄にも、上愛子にも……っ!」
玲華、八幡達のスマートフォンが混沌としたメロディを奏でた。
「またそっしーじゃん……嘘でしょおっ!?」
玲華が悲鳴に近い声を上げた。八幡の血も再び逆流し始める。
『中江が、みかんは支倉(輝)の家に居ると教えてくれたわ。そちらにははのんと久希お兄さんを向かわせてる。私と熊ケ根は中江のところに行くわ。他のみんなは、私達の敵である事は忘れていないわよね?』
「あみ……」
「あみちゃん……」
「どういう事!?」
玲華と八幡の嘆きは表を通る車の音にかき消された。