第1話 ナオス
2012年7月27日。普通の一日が終わった。
「みかんちゃん、家寄ってく?」
「もちろん!」
八幡がいつも通りみかんを自宅に誘い、彼女がそれに乗った。
課外授業とは名ばかりで夏休み前となにも――中山と台を巻き込んで喋っている1軍も、午後の部活動やバンド練習の準備をする2軍も、気が付けば教室にはもう居ない3軍、規格外の男子達も変わらなかった。
昇降口に来た八幡とみかんはそれぞれ履き慣れたスニーカー、ローファーを下駄箱から取り出した。
「みかん、ちょっといいかしら」
珍しい事に、はなこがみかんを名前で呼んだ。
「祖志継ちゃん、どうしたの?」
「貴方を迎えに来たの」
はなこが扉の方に目をやると、同級生の親にしては若い男と、みかんに似た少女――協二、はのんがこちらに近付いてきた。
「そんな……なんで」
「知ってはいたのね。私の妹だって八幡には話していなかったかしら? 他のみんなにも」
「あっ」
みかんの顔が青ざめた。昇降口に着いたところだったクラスメイト数人が引いていく。
「ま、待って。なんでもない、関係ないから……」
その場に残ったのはみかんとはなこ一家、八幡だけになった。
「シカトされちゃったね〜。みかんもはな姉と同じぼっちになったんだし、こっち来ちゃいなよ〜」
「はのん。私はぼっちなんかじゃないわよ?」
「どっちでもいいけどさぁ、みかんちゃんにはうちが居るんだけど」
八幡が姉妹を制した時、中山が現れた。
「八幡、滝道、下がれ!」
「はっ、はい!」
八幡はみかんを庇いながらはなこ達から離れた。
「警察呼びましたよー!!」
この声は台だ。
「警察だと?」
協二が車の鍵をはなこに渡すと、彼女とはのんは校舎を出た。間もなく外からエンジン音と野次が聞こえ、協二は中山に捕らえられた。
「抵抗しないんだな」
「娘を逃がす為だからな」
「そうか……すぐに警察が来るぞ」
5分も経たない内に警察が到着すると、協二は未成年者誘拐未遂の疑いで現行犯逮捕された。正午過ぎまで捜査が行われ、みかんは連絡を受けた母と下校した。
捜査後、八幡は屋上の天文台にこもっていた。忘れ物だと言って鍵を借りればここに入られるのは地学部の特権だ。
(みかんちゃん……あんなんじゃ言えないか)
彼女とはなこ達の関係は初耳だったが、それを隠していたみかんを責められない。
家庭の事情というデリケートな話題であるし、彼女らのクラスでの立ち位置――2軍で平和な学校生活を送るみかん、3軍かつ嫌われ者のはなこに考慮すればなおさらだ。
(みんなにもバラされたようなもんだよなぁ……そうなると)
姉が疎まれているならその妹も――中学時代の経験から想像するのは3軍に落とされたみかんの姿。彼女を助ければ自分もそうされるに違いない。
(悪くはないな)
そこにはなこから級友宛てのメッセージが届いた。
『さっきは騒がせてしまったわね。でも、ああするしかない位私達にはみかんが必要なの。それに私は貴方達との関係が嫌だった。親戚達もみんなの事を許さないそうよ。覚悟していなさい』
(ああしてまで? なんで……なんて、クラスの事だって関係ない! うちは絶対、どうなったって、みかんちゃんを守る!!)
八幡は改めて誓い、立ち上がった。
祖志継家 祖志継協二
祖志継家 祖志継はのん