第11話 60・ヘルクリス
太白区某所。警察や救急隊、野次馬で騒然とする中、八幡達は県内に留まった同級生――夏椰、飛奈、聡斗、花壇、笹ノ上、大針、新坂、芋沢、柏木、菊田、上愛子、葛岡、天馬、四ツ谷と立ち混じった。
「はのんちゃん、まだやってんの?」
八幡は警官と対峙するはのんを注視した。彼女の右手にはナイフ、左手には特殊警棒が握られている。
「病院行くんだ……大丈夫そうじゃんな」
笹ノ上の声で目線をはのん達の先へ移すと、若く派手な男女が自力で救急車に乗り込んでいた。
「そうだけどねぇ……頭ぶたれたから、一応じゃない? ハチ達、あの2人は――」
夏椰によると、派手な男女はここで待ち合わせ、立ち話をしていたところ、はのんに特殊警棒で殴られたそうだ。言い争う内容から、男性が久希を引致させた学生だったと判明していた。
「君以外、みんな捕まったんだぞ! いい加減、諦めたらどうだ!!」
「嫌だねっ!! どうしても、っていうならここで……」
はのんは警官に従わず、ナイフを掲げた。
「……死んでやる、って言うつもり?」
八幡ははのんの答えを聞く間もなく、彼女の背中を目掛けて走り出した。
八幡を止める声は聞こえない。そのままはのんの腰を後ろから抱え引き倒すと、凶器が彼女の手から地面に落ちた。
「っ……は、八幡、だっけぇ? セコいっつうの」
「セコい? 散々好き勝手やって、死んで逃げようとする子に言われたくないんだけど」
「……ウゼぇ」
この期に及んで憎まれ口を叩くはのんであったが、彼女の自由はすぐに失われた。パトカーの後部座席でうなだれた彼女に、玲華が物申す。
「待って! うちも言う事あるっ……はのん達さぁ、みかんが来ないからってこんな事すんの、おかしいよ? なんでかは聞かないであげるけど、みかんの……クロや、うちらの前にも、2度と現れないでよね!」
「……そう言われてもさぁ」
はのんの最後の一言は負け惜しみだった。先に救急車、次いでパトカー、野次馬達が現場を離れていく。
「素直じゃないなぁ……まぁ、ここでは誰も死ななかっただけマシかぁ」
「本当、それ」
玲華と夏椰がぼやく。
「そうだな……っしゃあ!! 終わったぁ!!」
「よっしゃあーっ!!」
花壇、他の男子達も雄叫びを上げた。
「ハチが終わらせたんだよ! やるじゃん!!」
「みかんへの愛の力だよね〜」
「愛だねぇ」
飛奈、片平と柏木が八幡に歓声を浴びせる。
「愛だよ〜……そうだ! 終わったら貴栖屋行こうと思ってたんだ! 行く人行こうよ!」
八幡は駆け出した。
貴栖屋へは現場で合流した19人に加え、出発間際に来合わせた中山も身を運んだ。最寄りのバス停留所ではみかん、奏、陸、輝彦、錦ケ丘、吉成、星陵、大霜、針金が八幡達を迎えた。
「みかんちゃん!!」
「ハチ!!」
八幡はみかんと抱き合った。
「……って、暑いよね! ごめんごめん!」
「全然だよ〜。ハチ、ありがとね」
「みかんちゃん……いいって事よ! みかんちゃん、それから1組の為だもん!」
「そう言うと思った……先生も、みんなもありがとう。案内するね」
みかんが八幡の手を引いた。
「輝彦〜」
「妬くなよ〜?」
新坂と大霜が輝彦を茶化した。
「妬いてねぇよ〜……って、大霜、そんなキャラだっけ?」
「今の1組でなら、かなっ!」
針金も肯んずる。彼らもまた中学時代がきっかけで階級を作りいがみ合う同級生、特に女子を怖がり、規格外に逃れていたのだ。
「これなら夏休み明けても天国だな! そろそろ悪い奴らがどうなったか分かりそうだし……ただいま〜」
貴栖屋に来着すると、大霜が飛び出て挨拶をした。純和風で上質な空間に、彼はすぐに馴染んだようだ。
「家か! 完全に家帰ったノリでしょ今の……うちらよりちょっと早く来たんだよねぇ?」
八幡はフロントを眺め回した。椅子や装飾品、置かれている物全てが高級そうだ。
(うちら若者アウェイでしょ……立町君、本当によかったの?)
「みんな来たのねぇ」
着物姿の女性が顔を見せた。
「あっ……は、はい! 大勢ですみません」
「いいのよぉ、翔太郎ちゃんのお友達なら大歓迎よ?」
女性は立町の伯母、この宿の女将であった。八幡も名乗り返す。
「八幡宇美ちゃん……貴方がハチちゃん、ね? 他のみんなもどうぞ、こちらへ」
女将が八幡達を大広間へ導く。