第9話 アルゴル
息巻いた玲華が出で立つ。
「裏切るんなら、そっしーとまとめてシメてやるんだから」
「レイ……じゃあ、うちは輝彦君ん家行く」
「だったら俺も!」
八幡、陸は大きい道路沿いでタクシーを拾った。
「じゃ、ワリカンね。河原町の――」
八幡のナビゲーションで若林区内の輝彦宅へ急行する。目的地の数百メートル手前、柄の悪い青年が棘のありそうな婦人に足止めされていた。こちらも信号で停車する。
「……あっ」
八幡は青年の物らしきワゴン車からはのん、久希が下りるのを目の当たりにした。信号も青くなった。
「すみません! あの子達抜かしてって下さい。陸君は輝彦君に電話して」
「あ、あいよー」
「了解! 輝彦? 今さぁ――」
八幡の申し出でタクシーは小走りするはのんと久希を追い越し、住宅街へ入っていく。輝彦がスマートフォンを耳に当てたままこちらへ手を振っているところで止まってもらった。みかんは彼の背中に隠れていた。
「外の2人を乗せて……えっと」
「泉の方へ……ニカん家行くよ」
八幡に替わり、みかんが行き先を願い出た。はのん達とのすれ違いを避けつつ、新川宅へ至る。
八幡とみかん、陸、輝彦を出迎えたのは新川とあみ、玲華だった。
「お待たせ! メッセージありがとね」
みかんはあみに礼を言ったが、八幡は彼女に目を光らせていた。
「うん……あ、あのね、ハチ」
「なに?」
「ママのせいで、ごめんなさいっ!!」
あみが頭を低くした。
彼女の弁解によれば、級友達との交信を母親が盗み見し、はなこからのメールに返信する形でみかんの避難先を密告したそうだ。母親は元々、みかんとその母親を不愉快がっていたらしい。
「それで、あみも祖志継さんを手伝いなさいーって、迎えに来させたんだよ! だから、うち、そんな事する訳ないじゃん! って、そっしー来る前に家出てきたの!」
「そう……そっかぁ。一瞬疑った、ごめん」
八幡もあみに謝った。
「いいって! 急にあんなメール見たら……って、またぁ!?」
メール受信音の合奏だ。
『中江も結局、私達の敵みたい。みかんと支倉も逃げたようね。引き続き、探しに行くわ』
「……って事は、ここ危なくない?」
「そうだね……ごめん」
玲華とあみは、あみが母親と喧嘩する度新川宅に転がり込む事をはなこも心得ていると推測した。
「しかたないよ! ちょっと待って」
新川が、庭でミニトマトを収穫していた父に車を出すよう懇願した。
「――そうか、分かった。すぐ行こう!」
新川の父の運転で、直ちに出発する。
道中では級友からの情報が錯綜していた。
八幡が目にした青年は件の婦人、若林区内をさまよっていた久希も近隣の学生から警察へ引き渡され、その様子がSNSに投稿されていたそうだ。はのん、はなこと熊ケ根は未だに逃げ延びている。
『危なくなったら、ここに来て』
立町から地図が送られてきた。ピンが示す先は仙台市から車で1時間少々、月詠の宿・貴栖屋という山形県内の旅館だった。
『一応朝イチで準備してた』
「って事は、立町君……っ! あれ!!」
新川が窓越しに指したのは、軽自動車に並走されている折葉と樋田だった。
「あの車……おじさん、私だけ降ろして下さい!」
「えっ? あ、あぁ……」
新川の父が自家用車を路肩に停めると、八幡はドアノブに手を掛けた。
「ニカ、みかんちゃんを立町君の所にお願い」
「うん、そのつもり……八幡ちゃんは?」
「祖志継ちゃん達捕まえてくる」
「だったらうちも!」
玲華も歩道に降り立った。自家用車が軽自動車を抜き去るのを確かめ、折葉と樋田を呼ぶ。
「おーい!!」
「そこの2人ーっ!! 横の奴、そっしーでしょーっ!?」
「八幡さーんっ!! 玲華さーんっ!!」
「そうだよーっ!! さっきから、熊ケ根さんも居るーっ!!」
2人が精一杯の大声で応答した。軽自動車もこれに応じるかのように立ち止まった。