八話
正岡律さんが来てから三日、僕は大学へ向かっていた。勿論、授業を受けるためだ。それ以外に目的はない。
現代文の教室に入って鞄からペンケースを出した。紺色の布製で、母親からもらった品だ。火の粉が散って穴が一つ二つ開いたような状態だが、初めからそうだったし、特に気にかけていない。
右隣にはいつものように、友人の比留間 紅葉が座っている。モミジと書く癖にコウヨウと読むのは変だな。とか、出会った頃は勝手にそう思っていたのだが、今は全然気にしていない。むしろ、コウヨウと読むなんてかっこいいじゃないか。と思っている。
「あのさあ、シュン。」
突然、その紅葉が話しかけてきた。
「なんだよ、コウ。」
幼馴染なので、いつの間にかついたそのあだ名が定着していた。
「今日さ、実は現代文の宿題を忘れちゃったんだよね~。」
「おい…、またかよ。」
「いつも気を付けているんだけど、なかなか忘れ物が減らなくて…。」
まったく、おめでたい奴だ。しかし憎めないやつでもある。
「分かったよ。まだ始まるまで少し時間あるし、早く写せよ。」
「は~い。」
すかさず、ノートを写しにかかるコウであった。
最後に苦手な数学の授業が終わったので、急いで部室に向かった。コウも待っているし、後輩たちも副部長が来るのを、心待ちにしているはずだ。たぶん。
「お待たせ~。」
「副部長!遅いですよ。」
「三分の遅刻ですね。」
「おいおい、お前の時計は十秒進んでいるはずだぞ。」
いつもの面々が出迎えてくれた。あやかと真之と佑都だ。コウは部室の後ろで、新作の小説に取り掛かっているようだ。足は見えるのに気配が全くない。
「すまないな、数学の教授に怒られててさ。」
「あいつはだめですよ。もうダメ男中のダメ男。」
あやかが首を振っている。こいつは二期生であるにも関わらず、かなりきつい口をきく。運動神経抜群で、なぜハードル走の県代表なのに小説研究部に入ったのか。小研部七不思議の一つとなっている。
「何せ、あいつはいきなり居眠りしている生徒を定規で襲うんだから…。」
そう言って定規で真之の頭を殴るふりをしている。
「ちょっと待ってくださいよ、先輩。」
一期生の真之はびっくりして、後ろを振り返った。真之は数学の天才にして時計屋の息子。腕時計をはめているが、いつ壊れてもおかしくなさそうな感じで、実際、この時計は常に十秒遅れている。数学オリンピックに出場したことがあるほどなのに、どうして小説研究部に入ったのか…。これも小研部七不思議の一つだ。
心の中でやれやれと首を振りながら、僕は佑都を見た。佑都は純粋にマンガが好きな一期生で、真之にツッコミする以外は無口だ。描いた漫画は素晴らしい出来栄えで、なぜ某有名出版社からスカウトされるほどの腕前なのに小説研究部に入ったのか。これも…(以下略)。
ともかく、この小説研究部には、大学中から変人をかき集めたようなメンバーがそろっているのだ。こんな部がすごいと思う僕もまた、変人なのだろうか。僕はそう思いながら指定席についた。
登場人物が一気に増えてしまいました。
暖かく見守ってやってください。
しばらく大学編が続く予定です。