六話
その日、僕はぼんやりとしながら自宅に帰った。
(内田百閒、か…。)
いつか本人から話を聞いて、ひいおじいちゃんがどんな人だったか聞いてみたいものだが、果たして実現するのだろうか…。
それに、一つ疑問がある。
それは、「戸口で現代と昔のお金は両替してくれる上、店内の様子も昔の人に錯覚させているのに、何故話の内容は都合よく変えてくれないんだ?」という事だ。
未来を変えてしまうような発言ぐらい、修正してくれればいいのに。
その理由は坂田店長が翌日に教えてくれた。
「いいか、発言っていうのはな、実はある程度修正されているんだよ。」
「そうなんですか?」
「ああ、お前が昔の人と会話できたのは、発音が現代のそれに近かったからだ、それに相手は、現代にしかない言葉でも理解できるんだ。」
しかしだな、と店長は続ける。
「発言の内容までは修正されない。要は翻訳機みたいなものなんだ。翻訳はしてくれるが、単語の内容は直接伝わる。昔の人に『携帯電話』と言っても、単語そのものは伝わるものの、その時代はそんなものは存在しないから、理解できない。」
なるほど、と相槌を打った。正しく英語で「kimono」と伝えても、「着物」そのものがどんな衣服なのかは伝わらない。元々相手は「kimono」が何か、知らないのだから。
「だから気をつけろよ。」
店長はそう言い残して、また鍼灸院へ出かけて行った。
(そうか…。)
細心の注意を払って、会話しなければならないのか。
そう思いながら、今度は太宰治の服を整頓した。三着あり、どれも長い年月を経ていてボロボロだ。中には、「太宰治が自殺するときに着ていた衣服」なんて物もある。
ぼくは身震いしながらそれを掛けなおした。
すると…。
チリーンと、鐘の音が響いてきた。
(またかよ。全く、嫌だな…。)
そう思いながら振り返ると、そこには女性が立っていた。矢羽を縦につなげて、紫と白に塗り分けたような着物を着て、帯をしっかりと締めている。いかにも気の強そうな顔をしている。
「いらっしゃいませ。」
と、とりあえず声をかけた。
「すみません、あの。」
少し息を吐くと、
「上等な筆は、ありませんかな、もし。」
と言ってきた。
(もしって、まさか)
思い切って聞いた。
「あなたは、子規さんの妹である律さんですか。」
正岡子規の妹、正岡律を知っている人は少ないですね。
伊予絣(紫と白の着物)、持っていたんでしょうか。
自信はありません…。