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律儀な悪魔

作者: 山田結貴
掲載日:2014/11/21

 昔あるところに、王様が治めている国がありました。

 その国は土地や資源に恵まれていて、人々は豊かな暮らしを送っていました。

 王様の元には、とてもかわいがられている姫が一人いました。

 その姫はたいそう美しく、誰からも愛されていました。

 このままずっと平和な日々が続くと誰もが信じていたのですが、ある日、誰もが予想していなかったことが起きました。大きなドラゴンがどこからか現れて、国を荒らし始めたのです。

 このままでは、国が滅びてしまう。困り果てた王様は、このようなおふれを出しました。

『ドラゴンを退治し、国に平和を取り戻した者を姫の婿とする』

 これを見た多くの強者が、姫を妻にするためにとドラゴンに戦いを挑みました。しかし、ドラゴン退治に向かって帰ってきた者は誰一人としていませんでした。

 もはやこれまでか。誰もがあきらめかけた時、一人の男が城を訪れました。その男はみすぼらしい身なりをしていたのですが、おふれを見て城に来たというので、兵士達は男を中に通しました。

「ふむ、見慣れない顔だが、遠い国からわざわざ来たのかね」

 王様はたくわえられたひげをなでながら、男のことをじっくり眺めました。

 男は何度見てもドラゴンを倒せるほど強そうには見えず、おふれを見てこの城に来たことが不思議で仕方がなかったのです。

「ええ。風の便りに、おふれの話を聞きまして。この国を荒らしているドラゴンを倒せば、姫と結婚できるという話は本当ですか」

「そうとも。ドラゴンを倒せるほどの者であれば、姫の夫として申し分ない。だが既に、ドラゴンに挑んで帰って来なかった者達はたくさんいる。もう誰も、ドラゴンを倒せないのかもしれないとあきらめかけていたところだ」

「この私なら、ドラゴンを倒すことができます。ただし、王様が約束を果たして下さることが条件ですが」

 男の話し方は、まるで王様がおふれに書いたことを守らないことを見据えているような言い方でした。

 これに怒った王様は、つい大声で言い返しました。

「失礼な。私は仮にも、一国の王なのだぞ。一度約束したことを、破るわけがないだろう」

「もしこの国の危機を救えたら、姫は私の妻になる。間違いないですね」

「そうとも。その時は間違いなく、お前に姫をやろう」

「そうですか。それでは早速、ドラゴンを倒しに行くとしましょう」

 男がそう言ったかと思うと、男の身体はみるみるうちに黒い煙に包まれていきました。

 しばらくすると煙が消え、その中からこうもりのような翼をつけた悪魔が姿を現しました。

「お、お前はまさか……」

「では、行って参ります。三日もあれば、ドラゴンを倒すことができるでしょう」

 びっくりしたまま動けないでいる王様達の前で、悪魔は煙になって消えていきました。


「ああ、何ということだ」

 王様は悪魔に出会ってから、ずっと頭を抱えたままでした。このままでは、かわいい姫が悪魔と結婚することになってしまうからです。

「王様、お気を確かに。いくら悪魔とはいえ、あのドラゴンを倒せるとは限りません」

「しかし……」

 兵士の気休めの言葉も、何の効き目もありません。さらに悩み続けていると、いつの間にか目の前に悪魔が立っていました。

「お、お前は。一体、何をしにやってきたのだ」

「お忘れになったのですか。三日前に、この城に来た者です。ドラゴンを倒したので、約束通り姫をいただきに参ったのです」

 悪魔はニヤリと笑いながら、軽く頭を下げました。その手には確かに、国を荒らしていたドラゴンの首が握られていました。

「ふざけるな。悪魔なんかに、姫をやれるわけがないだろう。汚らわしい悪魔め、早く城から出ていけ!」

「おや、約束と違うじゃないですか。私は確かに、ドラゴンを倒してこの国の平和を取り戻したのですよ」

「うるさい。どうせドラゴンだって、お前がけしかけたのだろう。卑怯な悪魔め、お前なんかに姫をやるわけにはいかない。兵士達よ、こいつの首をはねてしまえ!」

 王様の一声で、剣を持った兵士たちが悪魔の周りをぐるりと囲みました。

 そして、兵士達が一斉に悪魔を切りつけようとした時、「待って下さい!」という声が城の中に響きました。

 何と姫が、兵士達のことを止めたのです。

「どうして止めるのだ。お前は部屋にいなさい」

「この方は、国を救って下さった恩人です。そんな方を、お父様は殺そうというのですか」

「しかし、こいつは悪魔なのだぞ。悪魔なんかを、お前の夫にしてたまるものか」

「でも、お父様は約束されたではないですか。ドラゴンを倒して国に平和を取り戻した者と、私は結婚する。いくら相手が悪魔でも、約束してしまった以上守らないわけにはいきませんわ」

 姫はそう言うと、兵士達を退けて悪魔の元へ歩み寄りました。

「約束通り、私はあなたの元に行きます。早く連れて行って下さい」

「お姫様は、王様と違って立派心構えの持ち主でいらっしゃるようですね。では、私の城にお連れしましょう」

 悪魔は姫を抱き寄せると、翼を広げて兵士達の前を飛び去っていきました。そして、山を二つ越えたところにある古城の中で、姫と夫婦として暮らし始めました。


 姫がいなくなってからは、国から活気がすっかりなくなってしまいました。

 一人娘を悪魔に連れて行かれてしまった王様は嘆くばかりで、国民達も姫のことを思い出すたびに胸が痛みます。鳥のさえずりまでもどこか悲しそうで、まるで国に灯っていた光が失われてしまったようでした。

 悪魔なんかと一緒で、姫は大丈夫なのだろうか。ちゃんと暮らしているのだろうか。

 皆の不安が高まりきった時、苦しい気持ちに耐えられなくなった王様はとうとうこんなおふれを出しました。

『姫を悪魔から救い出した者に、王位を譲る』

 姫さえ戻ってきてさえくれたら、この国を譲ってもいい。そう考えるほど、王様は思い悩んでいたのです。 

 おふれを出してから数日、城に一人の若者が訪れました。若者がおふれを見て来たと言ったため、王様の元まで案内されました。

「おお、おふれを見て城に来たのはそなたが初めてだ」

 王様は、期待に満ちた目で若者を眺めます。

 若者は非常に旅慣れた様子でありながら、どこか気品に満ち溢れている。彼ならひょっとして、本当に姫を救ってくれるのではないか。そう思わせるような佇まいをしていたからです。

「この国で出されているおふれの噂を聞き、立ち寄ったのですが。悪魔から姫を救えば、王位を譲っていただけるというお話は本当なのですか」

「もちろん本当だ。山の向こうにある古城に今すぐ行き、必ずや憎き悪魔を打ち倒して姫を救ってまいれ」

 王様は若者に悪魔に立ち向かうための武具を与えて、悪魔の元へ送り出しました。

 数日後、若者は城に戻ってきました。しかし、戻ってきたのは若者だけで、肝心の姫の姿はどこにもありません。

 カッとなった王様は、若者を目の前に呼びつけて怒りをぶつけました。

「おい、姫はどこだ! お前一人だけで戻ってくるとは何事だ!」

「いや、それが……」

 若者はうろたえながらも、古城で何があったのかを順を追って話し始めました。

「私は確かに、悪魔と姫がいるという古城に行きました。そして、悪魔に戦いを挑んだのです。ですが、悪魔は私と戦う気はないと言って相手にしなかったのです。何故戦わないのかと問い詰めたところ、悪魔はただ、自分は律儀に約束を果たし、その褒美として姫と結婚しただけと言うのです。悪魔とともにいた姫に確かめたところ、奴が国の危機を救ったのは事実であるとのこと。悪魔が姫を貰い受けたことは至極真っ当なことで、どうにも責めようがありません。正論をぶつけられては、私にも奴と戦う理由がなくなってしまったということです」

「何だと。お前は悪魔に言い負かされて戻ってきたというのか。この役立たずめ。今すぐこの城から出ていけ!」

 これを聞いた王様はますます怒り、兵士に命じて若者を城からつまみ出してしまいました。

 この若者の後にも、姫を救い出してみせると意気込んだ者達が次々に城を訪れました。しかし、悪魔の住む古城から姫を連れてくることができたものは誰一人としていませんでした。

 姫がいなくなった国からはさらに活気がなくなっていき、王様の心にも姫に会えない悲しみが募るばかり。

 そしてとうとう、しびれを切らした王様は自らの手で姫を連れ戻すことにしました。

「おふれを出しては見たものの、集まったのは頼りない者達ばかり。全くもって頼りにならぬ。私は軍を率いて、悪魔の古城を攻め落とそうと思う。姫を取り戻したいと考えている者がいるならば、共に行こうではないか!」

 王様の号令が国中に行き渡ると、国民のほとんどが軍隊に入りたいと志願してきました。この国に住む誰もが、姫を取り戻したいと考えていたからです。悪魔が国を救ったという変えがたい事実は、いつのまにやら忘れ去られていました。

 王様達は頑丈な武具を身につけ、国旗を掲げた大軍を率いて悪魔が住む古城へと向かって行きました。山を二つも越えなければいけない大変な旅でしたが、もうすぐ姫を取り戻せると考えれば、ちっとも辛くはありませんでした。

 もうすぐ古城に辿り着くというところで、偶然窓辺に立っていた悪魔が、古城に向かってくる大軍に気がつきました。

 まだ遠くにうっすらと見えているだけなのでよくわかりませんでしたが、とにかく自分のことを狙っているということだけは察しがつきました。

 殺されるなんてたまったものではない。悪魔は古城の窓から顔を出し、大軍に向かって熱い炎を大量に吐きつけました。

 いくら頑丈な武具を身につけているとはいえ、軍隊にいるのはか弱い人間ばかり。いきなり炎に包まれては、どうしようもありません。大軍にいた人々は、一瞬にして焼き尽くされてしまいました。

「一体、何があったのですか」

 騒ぎを聞きつけた姫が古城の窓から見たものは、一面火の海になった山の姿。そして遠くに、故郷の国旗が微かになびいているのが目に映りました。

「まあ、何てことなの!」

 炎に包まれているのが故郷から来た軍だということを知り、姫は泣き崩れてしまいました。

「一体、どうしたというのです」

 悪魔はすぐに姫の元に行き、肩を支えました。

「どうして、こんな。ひどい、ひどいわ」

「ひどいと言われましても。あの大軍は、この城を攻め落とそうとこちらに向かっていたのです。私が先手を打たなければ、今頃この城が火に包まれていたことでしょう」

「でもあの軍は、私の故郷の国旗を持っていたわ。あれだけの大軍ならきっと、国民のほとんどがいたはず……」

「何ですって。あの大軍は、あなたの国の者達だったのですか」

 悪魔はそう言うと、姫の肩からそっと手を放しました。

「ああ、何ということでしょう。知らなかったとはいえ、国の平和を取り戻す約束をしながら、その国の軍隊を炎で焼いてしまっただなんて。これでは、私があの国を滅ぼしてしまったも同然。あの約束を果たしたとは言えません。お姫様、あなたとは今日でお別れです。約束を違えてしまった以上、私はあなたの夫ではいられません。さようなら」

 律儀な悪魔は悲しそうにしながら、その身を黒い煙に変えて姿を消してしまいました。

 一人取り残された姫は、窓から外をずっと眺め続けました。

 いつまでもいつまでも、空に昇ってく黒い煙を眺め続けておりましたとさ。

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― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして。律儀な悪魔、読ませて頂きました。 なんとも言えない虚無感が残るお話でした。 分かりやすく読みやすい童話調で進みながらも、そこに描かれた内容はなかなかに皮肉めいていて、悪魔の言…
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