01-01 少年兵編:初陣
大陸歴315年6月10日
アラシ・クジョウ二等兵は、獣道からはずれた小岩の上に腰を下ろし、休憩を挟んだとはいえ、10時間に及ぶ行軍に疲れた身体を休める。そして左手を腰にまわし、半年前に支給された剣に触れ、身を守るための存在に安心し、同時に剣の重さが疲労の原因の一つであることに気づき、顔をしかめた。
アラシ・クジョウ二等兵の生まれた大陸歴300年に始まった、ユーゴ王国とラーリシア帝国の戦争は、ほとんど国境線を変えることなく15年間という時間と莫大な資金、そして大きな人的資源を浪費していた。
当初は志願兵のみで構成された王国軍であったが、15年間続く戦争によって兵士不足が顕著となり、2年前より徴兵制度を設け、16歳から26歳までの健康な男性は、2年間の兵役が義務となっていた。
ユーゴ王国とラーリシア帝国との国境より、約10kmユーゴ王国側に入ったロッテル山地の中腹で、ユーゴ王国軍第101教育師団404訓練大隊は、2日前より行軍訓練を実施していた。新兵への基礎訓練最終過程であり、これを終えれば各自任務地に配属となる。
404訓練大隊は、40人の集団を1個小隊・10個小隊400人を1個中隊・5個中隊2000人で構成され、6か月前に大隊を編成・5カ月の基本訓練の後、初の行軍訓練であり、国境の街であるロッテルワンを出立し、ユーゴ王国とラーリシア帝国の国境となっているロッテル山地を縦走し、ロッテルワンの北東部にあるリーブルまで行軍することを目的としていた。
ロッテル山地は標高2000m前後の高さの山々からなり、1200m付近までは自然林であり、そこから1500m付近までは1m前後の草木がまばらに生えており、1500m以上は石灰岩がむき出しとなった岩場となっている。
「よし、全員揃ったな。今夜はここで野営することとする。2人1組・2時間交代で警備を立てる」
中隊会議から戻ってきたウラガ分隊長の声に、分隊長を除いた19名がそれぞれの行動を開始する。俺たちが夜営する場所は、標高1000m付近の林の中だ。街道沿いということもあり、いくらか開けた場所もある。
「はぁ・・、毎日10時間近く歩いて、こんな干し肉じゃ、そのうちに倒れるよな」
隣に座っていた幼馴染のマキノが疲れた声で嘆く。
「まったくだよ、しかも前も後ろも臭い男ばかりだ。軍人になったらモテモテだと言っていたのは誰だよ」
「クジョウ、お前が言っていた気がするぞ」
クジョウは苦笑しながら、3年前に家の近くの庭園で開催されていた、軍の独身男性と一般女性とのパーティーを思い出した。
長引く戦争により、男性の数が女性に比べて少なく、男性が比較的に女性を選択できる状況になっていた。また、軍の給与は他の公務員の約50%増しであり、これらの理由も独身軍人に人気が集まる理由となっていた。
(あの時の軍人達は着飾った女性に囲まれていたが、みんな士官だったな・・)
「たぶん、士官にならないとモテない気がする。兵役が終わったら士官学校に行こうかな・・・マキノはどうする?」
「出来れば俺も行きたいけど、今じゃ狭き門だしな・・・」
頷きながら、クジョウは最近の士官学校の人気を考える。
士官学校での教育期間の2年間は、徴兵期間の2年と替えることが出来るため、裕福な家では徴兵を避けるために、士官学校を目指す者が多かった。士官学校卒業後5年間は、軍勤務の義務があるものの、徴兵による一般兵より生存率は非常に高かった。
「取りあえず、徴兵期間の2年間を生き延びて、軍の推薦をもらうしか方法はないな」
長い間軍推薦枠は、400人のうち40名だったが、徴兵制度導入と同時に最大100人まで枠が広がっていた。軍としても戦場を経験済みの士官候補生は、若い士官の能力の底上げになると考えていた。
頷きながらマキノが大きな欠伸をする。
「ふあぁぁ・・士官学校を夢見て寝るとするか。警備は5時間後か」
「あぁ、せめて寝ている間だけでも女性に囲まれ・・て・・・」
「クジョウ二等兵、マキノ二等兵、起きろ」
ウラガ分隊長の声に目を覚まし、そして遠くから聞こえる剣と剣を交合わせる金属音と、時おり聞こえる叫び声に気づく。
「ぶ、分隊長これは!」
ウラガ分隊長は人差し指を唇に当てながら、2人に命令する。
「クジョウ二等兵、マキノ二等兵、分隊全員を起こせ。そして戦闘準備をして待機だ」
「りょ、了解です」
クジョウは同じ分隊の仲間を起こしながら、20m程先にいる同じ小隊の別分隊でも同様に、小隊長が隊員を揺すっている姿に気づく。
隊員を起こし終わった小隊長がこちら側に移動し、分隊長と話し始めた声が聞こえる。
「ウラガ兵長、俺は中隊長のところに行ってくる。戻ってくるまでに全員の装備を確認しろ」
「承知しました、ササキ小隊長殿」
ササキ小隊長は、帝国との戦争前からの軍人で、階級は准尉である。
兵卒からのたたき上げであり、佐官級の士官でも一目おかれている。
合流した分隊員の装備を確認している分隊長を見ながら、マキノが小声で囁く。
「おい、クジョウ。あれは戦闘している音だよな・・・前線はずっと山側だったはずだが・・・」
「ああ、ここより5kmくらい山側に防衛線があったはずだ」
だが剣を重ねあう音がする先は、200m前後先だ。あの辺りは先行している中隊が夜営しているはず。
「知っているか、クジョウ。新兵の初陣で生き残るは約7割、つまり10人に3人は生きて帰れないということだ」
「それは平均だろう?今回みたいな遭遇戦だと、もっと高いはずだ」
「くそっ、童貞のままで死にたくはないぜ」
「安心しろ、エリナのことは俺に任せておけ。あいつは俺がもらう」
「な、何言っている。ふざけんなよ、DT野郎」
目前にせまった初陣の恐怖を忘れるために、自然と会話が幼馴染であるエリスの話題になる。エリスはクジョウやマキノと同じ街の出身で、同じ世代の男たちのマドンナ的存在だ。押し黙ったマキノも、おそらくエリナのことを考えていたのだろう。
戦闘準備を整え待機していた場所に、小隊長が戻って来る。全員の顔を一度見まわしてから言った。
「戦闘中の部隊は、先行している第1中隊だ。敵は帝国軍の鎧を着ている。偵察した者の話では同数の敵だが、後方にまだ展開している敵部隊がいる可能性も高い。我々第2中隊は、街道に沿って正面から突入する。同時に街道上方から第3中隊、下方から第4中隊が支援攻撃を行う。第5中隊は、我々の後ろで予備部隊として待機とし、第1中隊を救出後に街道を戻ることとする。」
一呼吸おいて小隊長が続ける。
「入隊半年での初陣は厳しいが、いつかは誰でも経験する。これまでの訓練を思い出せ」
頷く小隊全員の顔を見ながら、剣を抜く。
「よし、街道上下方に展開予定の中隊は、先行して移動中だ。我々も行くぞ」
小隊長の言葉に頷きながら、全員剣を抜く。
クジョウは木の陰に隠れながら、交戦中の周辺を確認する。
目が覚めてから既に20分くらい過ぎているだろう。中隊は400人編成だが、見える範囲で交戦しているのは、敵を含めて200人もいないだろう。見えない範囲にも戦場が広がったのか、それとも倒れたのか。
ササキ小隊長が水平にした剣を、前方に突き出す。
無言で第1小隊と第2小隊80名が、戦闘エリアに走りこむ。第3小隊と第4小隊は、先行する2個小隊が突入後、敵部隊の様子を確認し突入予定だ。
クジョウは味方と戦闘中の敵兵の左後方から、大腿部に剣を振り抜く。血しぶきを下半身に浴びながら、前方の敵兵へ向かう。後ろに倒れこんだ敵兵を、今まで戦っていた味方兵が剣を胸に打ち込むのを見ながら、前方の敵兵へ横から打ち込むが、敵の剣にいなされる。
「王国軍の応援部隊がきたぞー!」
敵兵が叫ぶ。同時に盾をぶつけながら後方に下がる敵兵。新しい状況に冷静に判断し行動するのはベテラン兵だろうか。クジョウは下がりながら別の敵兵へ向かって剣を振り抜く。
クジョウたちが戦闘を開始してどれくらい過ぎただろうか。10分か・・・1時間か・・・。
戦闘を開始したころの余裕は既にない。ただ目の前にある脅威に対して剣を振り抜き、盾
を振り回すだけだ。
剣と剣のぶつかる音、打ち込む度に叫ぶ声、剣に切られ断末魔を叫ぶ声、ひとつひとつの音とともに、赤い色が増えていく。
街道沿いで開始した戦闘だったが、今いるところは林の中だ。既に方向感覚はなく、死の音と赤い色だけが、自分の生存を意識させる。
王国軍の仲間3人と、周辺にいた最後の敵兵を倒し一段落する。周りは敵味方の死体が重なり合う。当初の作戦では街道沿いの上下方向から別中隊が攻撃する予定と聞いていたが、どうなったのか不明だ。
身体全体で息をしながら、同じ二等兵が口を開く。顔に見覚えがあるが名前は不明だ。おそらく先行していた第1中隊の兵だろう。
「ここはどの辺りだろう?街道沿いより下の方かな」
上の方より金属の音が聞こえるから、たぶんそうだろう。
下方より防具の擦れる音が聞こえた。全員で姿勢を低くし警戒をする。背の低い草木から出てきたのは3人の王国軍兵士。一人はマキノだ。
「マキノ、無事だったか」
「おお、クジョウか。打ち身はあるが、切られたところはないよ」
お互いの無事を確認し、安堵する。初陣での死亡率は3割だ。だが、戦闘はまだ続いている。
「よし、俺が一番、階級が上みたいだ。シマダ上等兵だ。全員名乗れ」
「アキヤマ二等兵であります」
「エンドウ二等兵であります」
「トクヤマ二等兵であります」
「オガワ二等兵であります」
「クジョウ二等兵であります」
「マキノ二等兵であります」
「俺以外は新兵か。まぁ、訓練部隊だから当たり前と言えばそうだな・・・。よし、全員武器と防具を点検しろ、確認でき次第戦闘エリアに向かう」
最初に見た戦闘中の兵は、敵味方合わせて200名前後だった。その後王国軍は4個中隊を展開している。第1中隊と合わせると2000名だ。もし敵が1個中隊400名程度あれば、既に戦闘は終わっているはずだ。
小隊長が言っていたように、他に展開していた帝国軍がいたのだろう。
月明かりの中、俺たち7名は再び戦場へ向かった。