諦めない。
…その噂は正確ではない。
黎明は特殊な心器だ。
まず、第一に普通は心器というものは心人のみが使用できるが、こいつは違う。
普通、心器は受け渡しが可能で、それは持ち主である心人が自由に行うことができる。
しかし、黎明はこいつ自身が持ち主を選ぶ。そして、強制的に黎明の持ち主とされる。
第二に、普通の心器・心具とは違い、黎明は進化する。
持ち主に合わせて。その心に呼応して。今のこいつはレベル3だ。
俺はレベルがどこまであるのかは知らない。
だけど、こいつの特殊能力は俺の望んだ通りとなる。
だから、きっとこいつの噂は親父がなんでもかんでも斬っていたからに違いない。
…今度、レベルいくつまでいったのか聞いてみるとしよう。
そんなことを考えていると、目の前の男は右手を開き
「なら、こうするとしよう!」
サクラに狙いをつけやがった!彼女が驚きに目を見開く。
「伏せろ!」
俺の声に反応して伏せた彼女の上にある空間の歪を斬った。
その瞬間、視界の片隅に奴が左手を掲げ開き――
閉じた。
ゴキャ
という、嫌な音が響き渡り、空間の歪を斬ったばかりで伸ばしきっていた俺の右腕が変な方向に曲がっている。
折られた!右手だけではなく、左手でも魔法を使えたのかよ!
「ぐっ「まだだ!」
奴の声が聞こえたときには、再びゴキャ、という嫌な音。左腕。
両手、両足をやられた。
それでも、――俺は。
サクラが慌てて寄ってくる。
俺は前のめりの状態で座ったままの状態だ。両手・両脚はだらんとしている。
「っあ、…っく」
彼女が俺の左側に座りこんで、苦しそうに唇を噛んでいる。
「心配するな」
俺は、もう満足に動くこともできないのにも関わらず、落ち着いた声を出していた。
何の根拠もない。
何の自信もない。
確かに、体は満足に動かない。
だけど、諦めない。
完璧に折れている右は使えない。でも、左はまだ動く。左手で刀を持つ。
激痛が走る。
でも、唇をかみしめて、こらえる。
「まだ、勝てるとでも思ってるのかい?」
呆れた声が聞こえる。俺は真っすぐと己己己己を見た。
「ダメだと思っても、勝てないと思っても、届かないと思っても、そこで諦めちゃいけない時がある」
サクラがこちらを潤んだ瞳で見ている。その目からは何を考えているのかは分からない。
「俺にとって、…今がその時だ。だから、諦められないんだ。闘うって決めたんだ」
絶対に諦めない。彼女をまっすぐに見る。
呆れたような、驚いたような顔をしている。なんでかは、分からない。
「目を背けるのは一度だけで十分だから……」
俺はサクラじゃないから。でも、俺は伝わると信じている。
「それに、絶望するのは簡単で、諦めるのも簡単だ。でもさ、それって格好悪いだろ?」
そう言って、サクラに微笑みかける。彼女も小さく儚げな笑みを浮かべ、とても小さな声で「そうね」とおかしそうに呟いた。