彼女の正体?だから何?
「…なるほど。たしかに、春夏秋冬のようだね。その心。その態度。その強さ。人間とはいえさすがだね。しかし、解せないね。なぜ、人間ごときが心器を使える?しかも、…黎明だと?」
軽やかな口調と笑顔で話していた白タキシードの男が、俺の手にある刀を睨みつけた瞬間から真剣な顔つきになった。
「その心器は、…漆黒の牙と謳われている春夏秋冬 望のモノだったはず」
「…今は、親父の心器ではない。俺の心器だ。それ以上でもそれ以下でもない」
黎明を脇に構える。距離を測る。十メートルというところか。
「…なるほどね。彼の心器の一つを受け取ったということか。ふふっ。ははっ。面白くなってきたね。人間だとしても闘いにおける力は充分ということだね。」
…よくしゃべる野郎だ。しかも、今度は後ろにゆらゆらと歩いていきやがる。
「それにしても、槍の心器使いは役に立たなかったね。ははっ。所詮、心人でも心具を出せないのは心が弱いということだね」
白タキの男は綺麗な端正な顔を嘲るように口元を歪め、嗤った。
「心具や心器での闘いは、いわゆる心と心のぶつかり合いだからね。彼は何のために闘っていたと思う?」
その問いは、正面にいる俺に対してではなく、自分の後ろに控えて泣いているサクラに対してだった。
「っく、っえ?」
彼女は涙を流しながらも、白タキの男を見上げた。自分に問いかけていることに気付いたみたいで奴の質問が聞こえていたのか、聞こえていなかったのか、俺には分からなかった。
彼女がよくわかっていない状態のまま、奴はまた彼女に向けてしゃべりだした。
「彼はね、君は知らないと思うが、王室の守護騎士の見習いだよ。たしか、歳は十六だったかな?なんでも、姫様に恩があったそうでね。この任務に加わったんだ。正直、僕一人の方が効率よかったんだけどね。王がどうしてもって言うからね。仕方なく――」
完全に彼を…馬鹿にしている。さっき、俺は心を交わした。だから、…分かる。
彼は、自分でサクラを助けたかったんだ。でも、それは自分のエゴでしかなくて、彼女が幸せにはならないって、気付いただけだ。だから、心が弱くなってしまったんだ。
だって、そうだろ?彼は助けにきた、そして助けた後にサクラが幸せになると思ってた。
だけどそれが間違っていたんだから。
気付くと俺は、自分の刀を、黎明を強く、強く握りしめていた。
「黙れ」
「「え?」」
二人の驚く声が重なる。
「ああ、たしかに。彼はあんたの役には立たなかった。…彼は間違ってたんだ」
刀の輝きが増し、目に視えるほど紅く輝く。
「…何を間違っていたと言うのだい?」
馬鹿にしたように聞き返してくる白タキ男。サクラはもう涙を止め、まっすぐにこっちを見ていた。俺はゆっくりと息を吸って、彼女の綺麗な蒼の瞳を見て、言葉を紡いだ。
「彼女を幸せにする方法を―」
白タキ男は馬鹿にしたように嗤っているが、彼女は驚いたように目を見開いた後、顔を伏せた。
「そんなことには価値などないさ。くだらない」
吐き捨てるように言い放ってきた。俺は一歩進んで、奴に言い返そうと――
「でも、正しくても価値の無いものがあるように、…間違っていても価値のあるものは・・・あると思う」
彼女は白タキ男の方をまっすぐと見て、力強く透き通った声で、そう言った。
「だって、彼は…わたしのために間違いを犯したんだから…」
白タキ男が、顔を歪めたのがわかった。それと同時に自分の刀を握り締める力が弱まり、刀の輝きも収まる。そして、白タキ男は急に彼女の方を向いて、今度は彼女の方へ歩き出して驚くほど低い声で―。
「君にそんなことを言う権利はない。君のような絆人が世界を混沌とさせる。もう少し理解したまえ。自分たちが危険なものであると」
――絆人。
人類のなかでも、希少種といわれている。それほどに数は少ない。しかし、その存在は著しく知られている。なぜなら、第一次・第二次世界大戦において戦果を発揮し、最も殺された人種だからだ。
その力は…絆人自体には及ばないと聞いたことがある。契約をすることにより、契約者の身体能力を向上させ、さらには特殊な能力が使えるようになるらしい。
この特殊能力は絆人、一人ひとりが違う能力を持っているらしい。つまり、契約者の能力は上げられても、自分自身の能力は向上しないとされている。
それによって、最も戦争に利用され、また必要がなくなれば、その存在自体が危険とされ、一番狙われた人種である。
しかし、今現在においてはアリスという国にほぼ世界じゅうの絆人が住んでいると聞き、その国は、完全に閉鎖空間になっており他国との交流はまったく無いといわれる。したがって、今では一目見ることもままならないと言われている。それが――
「絆人」
俺がそう呟くと、びくっと体を震わせるサクラ。それを見て、笑いながら俺の方に振り向いて再び最初に居た位置へ戻る白タキ男。
「そう。彼女は絆人。それも、アリスの姫!王族!これがなにを意味するのかわかるね?」
「……分からないけど?」
ほんとに分からなくて首を傾げてしまう。ぽかーん、としている二人の顔。
「え?なに?俺がおかしいの?」
「…本当に春夏秋冬か?」
呆れるように問いかけてくる白タキ男。それに答える冷たい声の、…妹。
「脳味噌ないんじゃない?」
なに、この子!もう、やだ!この助けに来た人への態度!しかも、そこで白タキ男がなるほどみたいな顔してるし!さっきまでのシリアスムードはどこに!
「で、結局なんなんだよ!」
叫び気味に問いかける。
どっちが説明する?みたいなアイコンタクトを交わした後に、ため息をついて白タキ男が今度は右の方へ歩き出しながら説明しだした。・・・ものすごくあわれむような顔をしながら。
「つまりだ。絆人というだけで、その力ゆえ狙われる。平和主義という名を掲げたやつらが狙ってきたり、その力を利用しようとして狙ってきたり、売るためだったりと、その他いろいろだ。つまり、これらのことに巻き込まれる。不幸になるということだね。そして、………その前に絆人の能力くらいは知っているよ…ね?」
「知ってるよ!そこまで裏世間知らずじゃねぇよ!」
二人とも『ふぅ~よかった』みたいな顔してやがるし!裏世間知らずにはつっこみ無しかよ!俺のボケに対しては突っ込み無しってか!
「そして、二つ目としては彼女が王族、つまり姫様だから」
平然とシリアスに戻りやがった!
「つまり、国際問題に発展するものだね。それを内密に処理しようとしているということだよ。分かるかい?僕はアリスの国王から依頼されて姫を連れ戻そうとしているんだよ。君たちの、春夏秋冬のやっていることは一国の姫を拉致していることになるんだよ」
「……」
「どうやら、事の重大さに気付いたようだね?」
白タキ男が足を止め勝ち誇ったかのように笑っている。でも、俺は、彼女がなんであろうが、こう言うだけだと決めていた。
「それがどうした」
「は?」
「え?」
俺はこの二人を何回呆れさせるんだろうかと頭の隅で考えてしまった。
「お前はさっき、絆人で姫であることが何を意味するか分かるか、と聞いたけど…」
今一度息を深く吸い、再び言った。
「それがどうした。そんなの、妹を、家族を救うことに関係ない。何回も同じことを言わせるな」
サクラは笑っていた。綺麗な笑顔で嬉しそうに。それだけで、俺はここに来て良かったと思った。
「ははっ。もういいや。なんかめんどくさいことしちゃったよ。結局、やり合うことになるんなら最初からやりあえばよかったよ。ちょっとでも、心を揺さぶって心器を弱めてから、遊ぼうと思ったんだけどなぁ。それほど、君の心は弱くはなかったということだね。それじゃあ、春夏秋冬 柊真だっけ?」
急に笑い出したかと思えば態度が、急変した。周りの空気が電気を帯びたように震える。右手を前に出し、手のひらを広げる。
「死んでくれ」
そう奴が言い、手を閉じた途端、俺は条件反射で、左に跳んだ。転がるようにして、車の陰に隠れる。なんだ?今のは?
空間が、歪んだ?
ゴキャ!
という嫌な音が響いたかと思うと俺が背にしていたものがなくなった。文字通りなくなった。つまり、…先ほどまで背にしていた車がなくなった。
振り返ってみると、地面より三十センチほど浮いた所にバスケットボールくらいの大きさの金属の塊があった。
「はずしたか」
抑揚のない声が響く。白タキ男がやったのか。まじかよ…。ということは、
ゴトッ
と金属の塊が落ちた。これが…車、かよ。
「じゃあ、ここらへんかな?」
その声が聞こえた瞬間、また俺は横の車の方に跳んだ。俺が元いた空間はどこか歪んだように見えた。こんなことは、人でも亜人でも心人でも絆人でもできない。
つまり、
「魔人」
「その通りだよ。僕は魔人だ。君らのような下等な人種ではない。だから、さっさと死んでくれ」