心器開放
「…人と思って甘く見たよ。少年。腐っても、春夏秋冬、だな」
「だが、お終いだ」
黒スーツの内の二人がそう言って、
姿を変える。
亜人。
二人とも、中途半端ではない完全なる狼。ただ、サイズが普通ではない。全長二メートルはあり、人間を軽く砕くことができそうな牙をむき出しにし。今にも襲いかかってきそうな勢いだ。
残りの黒スーツは何だ?
手に、槍。
何もない所からあれを出すってことは、
…心器か、心具か。
つまり、心人。
さっき、俺を吹っ飛ばしたのはこいつだな。
ははっ、笑えるほど、このままじゃ勝ち目がないな。
壁に手をつきながら身体を立たせる。
「かはっ、げはっ」
結局、お前は心を壊すのか?
声が、聞こえる。
また、暴走するぞ?
また、みんな破壊するぞ?
また、みんな亡くなるぞ?
また、独りになるぞ?
また、苦しくなるぞ?
――そんなのは、嫌だ。
なら、どうする?
どうする?どうする?
視線を上げる。彼女がいる。
まっすぐと俺を見ている。
今なら逃げられるぞ?
今なら悲しい思いをしないぞ?
今なら自分を、自分の心を守れるぞ?
――自分を、自分の心を守る?
――彼女を、助けないで?
彼女の蒼の瞳が揺れている。
――そんな自分は、もっと嫌だ。
――だから、…俺は闘う。
――俺の力を使って。
何を?
心器を?
我を?
――自分を。自分の心を。
ならば、呼べ。
心器を。
我の名を。
「黎明」
呟きと同時に、俺の手に一振りの刀の感触。
――懐かしい、感触。
ドクン。ドクン。
心臓が高鳴る。思いだす。
――化物を斬った感触。
――血の匂い。
――叫び声。
意識を乗っ取られそうになる。昔の記憶がよみがえる。
我に汝を委ねよ。
我は汝。
汝は我。
――黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ。
――俺に、力だけを貸せ。
――彼女を、救いたいんだ。
――もう、あんなことはいやだから。
汝が、再び闘う道を選ぶというのなら。
今はまだ、共に存在しよう。
――ああ。お前を使いこなしてやるよ!
能力解放、レベルⅡ。
希望する能力は?
――彼女を助ける力。
受諾。
身体強化レベルⅠ。
だが、忘れるな。
我は、常に貴様の味方ではない。
貴様が昔のようになれば、そのときは――
「ぐ………ぐぅおぉぉおぉッッッ………!!」
身体に力が溢れてくる。今ならできる。簡単だ。
刀に目をやる。
すらりとした銀色に輝く刀身。どことなく日本刀のように見えるが似て非なるもの。刀身は厚く、長さは八十~九十センチといった所で、少し長いくらいだ。鍔などは無く、そのまま柄になっており、色は銀。つまり、全体が銀色の剣、刀。
周りは静まりかえっている。
奴らも、彼女も驚いている。
「ば、ばかな。貴様、心人だったのか!」
黒スーツの奴があわてた声を出している。
しかし、後ろの方にいる彼女の傍にいる奴は面白い、という顔をしている。
…気に入らないな。
「俺は、人だよ」
「人風情が、心を使えるはずがない!」
「…いまはどうでもいいだろそんなこと。それよりも狼がしゃべるなよ」
――想いを、力に。彼女を助ける。春夏秋冬として。家族として。俺として。
刀に伝える。俺の心を。想いを。成したいことを。
刀が鋭い輝きを放つ。
「そいつから、離れろ!」
槍を持つ奴が叫ぶ。
「もう、…遅いよ」
呟いたところで、狼との距離を一気に詰める。
先ほどの動きとは、雲泥の差だ。
まるで、自分の体ではないかのようだ。
足に力を込め地面を蹴る。
全身が鋭い風に変わる。
狼二匹が驚くよりも速く、刀を振るう。
刀が肉に食い込む時の手応えは水よりも軽い。
狼が倒れる音がした。
「ば、ばかな。いったい何を…」
狼からうめき声が聞こえる。
「殺しはしない。両手、両脚の骨を砕いただけだ」
狼二匹を見降ろしながら、言い捨てた。
「ぐ、ぅぅぉぉ」
熱い息をふきだしながら、今、痛みが自覚できたんだろう。必死に身体を起こそうとする狼。
それを一瞥し、視線を前に向ける。
「それは、…間違いなく、心器。しかも、貴様の持つ心器は『黎明』…ありえない!それは――」
槍を持つ奴の表情が歪む。驚愕と、畏怖と、絶望に。
「……」
無言で駆け出す。再び鋭い風となり、刀を振るう。
1振り。2振り。3振り。4振り。
人がとても視認できる速さではない速度で両手足に向けて打ち込む。
キンッ、という甲高い音に阻まれ、
ああ、俺の攻撃が防がれたのかとどこか冷静に理解する。見たところ、刀が両手で構えた槍につかまっていた。
相手の顔を見てみると、『思っていたより、大したことはない』という顔だ。
――なら、もっと心を昂らせろ!
――強く願え!
――彼女を救いたい!
その想いを、心を刀に伝える。刀の輝きが増す。刀身が煌めく。
「こ、これほどの心を引き出すのかよ…」
ぐんぐんと槍が俺の刀に押されていく。
「…なぜ、そこまで、して、たたかう?彼女の、ためか?」
押されているのにもかかわらず、懸命に話しかけてくる。
――こいつ、人の話を聞いてなかったのか?
「家族だからだ」
槍ごと相手を砕く。心を刀で砕いた感覚と共に、その心がおぼろげに伝わってくる。
――悔しい。悔しい。悔しい。悔しい。悔しい。
――姫様はこいつが来たときに、驚きながらもどこか嬉しそうだった。
――きっと、楽しかったんだ。王宮にいるよりも。
――だって、こんなにも表情が変わる姫様を見たことがない。
――私は、姫様の幸せを壊そうとしていたんだ。ははっ。ダメな騎士だ。
――王は、姫様が不幸になると言ったが、違ったんだよ。
――おい、春夏秋冬。姫様を助けろ。いいな?
「……」
人体をも刀で砕いた感覚は先ほどと同様で水よりも軽い。
でも、少しだけ重い、気がした。だから、相手の顔を見たときに、…どこかほほ笑んでいるように見えたのは気のせいだろう。
ドサッ
槍を砕かれ、自身のスーツも裂けた男が膝から崩れ落ちるのを見届けてから、二十メートルは離れている俺の新しい家族に手を差し出した。どうやら、彼女はどこかの王族らしい。だけど、そんなことはどうでもいい。関係ない。
「一緒に家に帰ろう」
彼女は戸惑っていた。それが目に見えてわかるほどの反応だった。
きっと彼女は今自分でもどうしたらいいのか分からないんだ。
自分の気持ちが、どうしたらいいのか、心が分からない。
でも、ほんとは分からないという時点で答えはでているんだ。
ただ、それに自分では気づけないだけだ。
だから、俺は――
「わ、わたし、は」
「国に連れて帰る」
彼女が何かを言おうとした瞬間に、有無を言わせね物言いで白タキシードの男が前に進み出た。
「違う。家に、一緒に帰るんだ。俺と」
俺も一歩進み出て刀をひるがえす。
「君は自分が何を言っているのかわかっているのかい?この子のことを何も知らないのに」
また、一歩相手も踏み出してくる。
「たしかに。俺はその子のことをほとんど知らない。だけど、そんなことは関係ない。あんたも聞いてなかったのか?俺が助けようとしているのは家族だ。助けるのは当然だろ?」
一歩、一歩進む。
「君は…」
「はっきり言って、まだ俺はその妹の性格が好きじゃねぇ。まだ会って二日目だけどなぁ。人にいきなりパンチしてきたし、きしょいとかいらないとか言ってきた」
一歩、一歩、一歩。
「だけどな、そんなことはどうでもいい。何の事情があるのかも詳しくは知らない」
一歩、一歩。
「怒っているのかい?」
相手が問いかけてくる。その足は止まっている。俺の脚も止まる。
「ああ。そうだな。正確にはいらついてる。そこの妹が昔の自分みたいでな!」
また、一歩進む。刀を掲げ、彼女を指し示す。
「心に嘘をついて生きるのはつらい。俺はそれを知っている」
彼女の眼が見開かれる。瞳は潤んでいた。それでも、きれいな蒼がみえる。俺はその目をまっすぐに見つめた。黒と蒼が交差する。
「それに、…それを納得することはもっとつらい」
彼女の瞳が揺れる。
「だけど、…もういいんだ。だって、君は、春夏秋冬に出会えたのだから――」
彼女が必死に言葉を発しようと喉を震わすのがわかる。
「わ、わた、しは、しあわせ、になっていい、の?」
「君が望むのなら」
そう言って、刀を下し、手を差し伸べる。
「さっきも言っただろ?春夏秋冬はな、いったん気に入るとひどい。
覚悟して、諦めろ。俺は諦めたからな」
彼女はついに涙を流していた。その涙はとてもきれいで。地面に落ちていくのがもったいないと感じた。