理由なんかいらない
俺は、店に入って、一度注文してから、
母さんから向かって左斜めの一番隅の席に陣取った。
……しかし、会話は聞こえないし。なんか母さんは笑ったり、真剣な顔をしたりとしている。
母さんの真剣な顔なんて、人を叱るときくらいだなぁ、とか考えていたけど。
それよりも、母さんに対して、あの子は何を話して、どんな表情をしているのかが気になった。
だって、温和な母さんを真剣な顔にさせるんだからね…。
近所では菩薩様的な存在ですよ。…いや、まじで。
そんなことを考えてると、母さんが席を立ったので、
俺も追加で注文してこようと席を離れた。
――この考えが甘かったんだと、俺は思う。
注文が終わって、ハンバーガーを受け取って席に戻るやいなや、
「柊、サクラちゃんはどこ?」
と母さんが話しかけてきた。
「………」
「あなたが尾行してたことなんか、バレバレよ。そんなことより、サクラちゃんは?」
…俺は多少の不満を覚えながらも
「知らないよ」
と返した。
すると、母さんは少し考え込んで
「…まずいわね」
と、呟いた。
……まずい?いったいどういうことだ?ハンバーガーが不味かったのか?それとも、ポテトか?
「……予想よりも早いわね。サクラちゃんも、今さっき言ったばっかりなのに!」
…母さんは何を言っているのだ。あの子がどうしたというのだ。
「のこのこと付いていくなんて!…しかたないわね」
と、ため息をつきながら、次に真剣な顔で、俺に向かってこう言った。
「柊、久しぶりに……仕事よ」
……………………………………………………
「………なに?そのあたかも、俺がマンガの主人公のようにかっこよく
助け家の仕事を常日頃、やっているみたいなノリ…。そんな仕事やったことねぇよ!
え?なに?その顔?なんで俺が間違ってるみたいになってんの!」
「…そんな…まさか、柊、あなた…記憶を…」
「なくしてねぇよ!なにさっきから勝手な設定作ってんの!」
「………」
「だから、なんで俺がおかしいみたいな空気になってんの!」
「………」
「………」
「いいから、さっさと探しに行きなさい」
……初めからそうしろよ!とは、口にはださないけどね!
「…なんで、俺が…」
と呆れていると、母さんは笑顔で
「決まっているでしょ? わたしたちは、家族だからよ」
と言った。
家族。
『俺たちは家族だ!だったらなぁ、
どんなに迷惑かけようが許されるだろうがっ!
…俺たちを、家族を頼れ!
お前が思っているほど、俺らはやわじゃねぇよ』
支えてくれる家族。叱ってくれる家族。
あのときの俺が…どれだけ救われたか。
きっと、――誰にも分からないし、――分かってもらおうなんて思わない。
だから、…だからこそ、俺は、…俺を救ってくれた――
――この家族のように
「あなたもわかるでしょ?…あの子は苦しんでる。独りで闘ってる。
そして、何よりも心の奥では、助けてほしいと願ってる。だから――」
――母さんの言葉は、もう俺には聞こえていなかった。
―――熱くなった。どこが?と聞かれても分からない。
手が。足が。腕が。背中が。体が。
なによりも、心が。
「助ける」
ただ一言。
それだけを呟いて、俺は走り出した。
親父から、メールがあった。
『お前が守るんだ』
ただ、それだけのメール。
何を守るとか。
何から守るとか。
そんなものは一切書いていない、ただ一文のメール。
だけど、それで十分だ。それだけで、充分だ。
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「柊はちゃんと行ったわよ。…本当に、これで良かったの?」
『…後悔してるのか?』
「……いいえ。ただ、」
『あの子が望んだことだ』
「…それは柊のこと?それともサクラちゃんのこと?」
『……』
「…あなたこそ、後悔してるんじゃないの?」
『後悔はしない…。ただ、反省はしているよ』
「懐かしいわね、柊があなたを殺しに来たときが…」
『あいつは、誰よりも助け家に向いているよ。保障する』
「そんなことは分かってるわよ。でも、柊は昔と違うわ」
『大丈夫だ。保険にお姉ちゃんに依頼してる』
「…掃除屋の仕事が増えそうね」
『……高くつきそうだ』
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――なんで、こんなことになったんだろう。
――ああ、そうか。
――やっぱり、わたしがここにいるからだ。
――だから、この少年も傷つくんだ。
千春が席を離れて、すぐにあいつらはやってきた。
見事なまでに、この場の雰囲気に似合わない黒スーツの男が三人。
二人は髪が灰色でぼさぼさ。顔立ちは肉食系という感じ。
一人はサングラスをかけてて、まだ青年という感じ。
その後ろに、白のタキシードに身を包み、綺麗な、優しい笑顔をしていて金髪を後ろで束ねた男。
けれど、顔は笑っていても目は笑っていない。
「ミネルヴァ、だね?」
「……」
――やっぱり、…逃げるなんてできなかったんだ。
――いくら、有名な助け家でも…。
この家族が…。――助けてくれるとしても、
…もうわたしのせいで誰かが傷つくのは、イヤだ。
「ついてきてもらう。抵抗すれば、周りも巻き込む」
「……」
わたしは黙って、席を立った。
――ごめんなさい。
わたしが連れて行かれたのは、職員専用の地下駐車場だった。
うす暗くて、暑苦しく、いかにも人が来ないだろう場所だった。
「…おとなしいね、君」
白のタキシードの男が話しかけてきた。
「……」
「何も話す気は…無し、ね。
こっちとしては、あの、有名な助け家である春夏秋冬と一戦交えることができると思っていたんだけどね。期待はずれだったなぁ」
と、どこか子供のようにふて腐れて言いつつ、顔は笑っている。
きっと、わたしを助けに来ると思ってるんだろう。
「助け、なんか、…来ない」
顔を伏せながら、そう告げた。
「知らないのかい?春夏秋冬はこっちの世界では、かなり有名だよ?」
……その名だけは頻繁に聞いていた。仕事は、小さいことから大きいことまで、なんでもやる。
でも、仕事は選ぶし、頼んでも無いことをすることも…ある。
今回のわたしも、その後者だ。
「なによりも、…やつらは諦めない。そして、…強い」
白のタキシードの男は、真剣な口調と顔でそう言った。
まるで、戦ったことがあるかのような口ぶりだ。
「…強そうには見えなかった」
「……見た目はね。ただの…家族だ。」
ちがう。ただの、家族なんかじゃない。
あの家族は―
「…幸せそうな、家族」
その言葉に、驚いたのか。男はキョトンとした顔をしていた。
「だから、黙ってついてきたのかい。もう、姉のように失いたくないと言うことかい?
…愚かだね。君たちは所詮、…道具だ」
冷たく言い放っていたが、言葉に怒気が含まれていく。
「…それに、普通に生活する上には何の不自由もなかったはずだよ。むしろ、幸せと言えただろう?なのに、君はそれ以上を望んだ!その結果が、これだ!なのに、また幸せを掴もうとするのか?周りを不幸にしてまでも!」
急にわたしの胸倉を掴んで怒気を露わにする。
――この人も、わたしのせいで。
「…ごめんなさい」
ただ、一言だけわたしは呟いた。
「…謝るくらいなら、はじめから籠の鳥でいろ」
乱暴な言葉と共に、握られていた胸倉を解放される。
――ガシャン。
扉の開く音が聞こえた。
――歩いてくる。
――わたしのほうに。
「な、…んで」
なんで。あんなにつらく当たってたのに。
あんなにわたしに対して怒っていたのに。
――こいつとは仲良くやっていけないって言ってたのに。
なんで。なんで。こいつはバカなの?バカだ。ばかだ!ばかだ!
「春夏秋冬、かい?…ほら、言った通りでしょ?…奴らは諦めない、と」
そう言って、白の男は、黒スーツの男三人に指示していた。
…気づいたら、わたしは声を張り上げていた。
「なんで、来たのよ!」
「……」
「答えなさいよ!」
すると、彼は立ち止まり、息を深く吸って、叫んだ。
「世界中の妹萌えの皆さんに泣いて謝れ!」
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…………………「は?」
…わたしだけではなく、まわりすべてがフリーズした。