《一章》三
「もう店は閉店だ。こんな時間から“行く”のは桜姫に負担が掛かる。」
天狗は女性客から目を逸らさずに小声でそう続け、玉兎は「本当に過保護ですね」と呆れた。
「白虎が門を閉めようとしたら、前に立っていらっしゃったんですよ。」
「あ、あの……ここの事を知り合いから聞いて……」
内気な女性客は原田真子と名乗った。相変わらず顔は下ばかり向いている。おそらく小心な上、いかにも怪しいこの店に半信半疑な思いを抱いているのだろう。
「そうですか。」
里桜は気にもしていない様子だ。そんな反応には慣れている。
「あっ、知り合いって言っても、ネットで知り合っただけで顔も知らないのですが……その……その方は私と同じような思いを持っていて……その方だけには話せたというか……あれ?私何言ってるんだろう……や、やっぱり私帰ります!」
ひとりで勝手に話すと、急に勢いよく立ち上がって帰ろうとする真子。どうして良いのか解らず自分自身に混乱している。それさえも理解しているような里桜は、彼女の腕を掴んでその背に優しく問いかける。
「“違和感”……ですか?」
その言葉を聞いた真子は、掴まれた腕を払って出て行くことが出来なかった。それは、里桜がたった一言で、自分を長年悩ませ続けた正体を突き止めたような気持ちになったからだ。この人なら解ってくれるかもしれない、そう感じた。
「日本に……いえ、“この世界”に幼い頃から違和感を感じていたのではないですか?」
真子は微かに震え始め、里桜はその腕をそっと離した。
「でも、それが何かが解らない。解らないけれど、何かが自分を引き留める。“自分はここに居るべきじゃない”と。
だから人と上手く馴染めない……或いは、上辺は合わせられたとしても、永遠に心が拒絶する。
誰に話しても理解はしてもらえないから、誰にも話さなくなる。」
里桜の言う事は全て真子の言いたかった事だった。誰かに理解して貰いたい、そしてこの思いを消し去って欲しいと、藁にも縋る思いでここへ来たのだ。
真子は心を病んでいた。今まで特につらい思いを経験した事は無かったし、親にも愛され、少ないが友人にも恵まれた。
それにも関わらず、自分の心はその全てを拒絶する。家族と食事をしていても、友人と遊んでいても、心から楽しいとは思えない。それどころか、酷い時は吐いてしまう事もある。幾つもの病院に足を運んだが、原因も解らず何の解決にもならなかった。
このままでは一生得体の知れない思いに蝕まれ、いつか自ら命を絶ってしまうような、そんな違和感に似た何かを抱き続ていた。そんな時、インターネットで自分と同じような症状の人間が、ここで処方されたお茶を飲んで改善したと言っているのを知ったのだ。