《一章》一
閑静な住宅街の一画に、怪しげな店があった。
白亜の石塀に囲われて、そのうえ塀の向こうは生い茂った木々によって隠されていたが、鉄製の門から中を覗くことが出来る。
門の前に立つと一番に視界に入るのは、寺院の伽藍のような立派な建物だ。八本の赤い柱が二階建てのそれを支え彩り、柱の赤色をより引き立たせている八面の白壁は常に濁り無く、本瓦葺きの屋根がそれらの美に荘厳を加えている。その楼閣の隣には、純和風の平屋住宅が連なっている。縁側からは、こぢんまりとした砂地の庭に出られるようだ。
閑静な住宅街には似つかわしくないその場所が、店だと判る看板は門の隣の石塀に貼られていた。
『貴方の心の門戸を閉門します。
【心癒茶荘】』
可笑しなキャッチフレーズに店名。その下には注意書のようにこうも書かれている。
『※茶葉の処方承ります。』
そう、ここはありとあらゆる茶葉を取り扱う茶葉専門店なのだ。
「お茶というのは昔は薬として扱われていたのです。様々な種類があり、様々な効能が期待されますので、健康維持の為普段からお茶を飲む習慣をつけられるのをお勧めしますよ。」
歪みの無い八角形の店内で、穏やかな笑みを湛えて言うのは白髪の青年。ほっそりとした長身の紳士である。腰の辺りまで伸びた長髪をゆったりと後ろで結っている。
「これは黄金桂と言う烏龍茶の一種で、リラックス効果が期待されます。キンモクセイの甘い香りが特徴ですので、貴女のような可愛らしいお嬢さんにとてもお似合いだと思いますよ。」
茶葉の袋を手にとってまじまじと見つめていた若い女性客に、白髪の青年は声をかける。女性は顔を赤らめてそのままそれを購入した。これを見ていた周囲の女性客は、我も我もと茶葉の袋を持って青年の傍に集まった。青年は終始笑みを絶やさずに、その全てに丁寧に応対した。
この青年は勿論この店、【心癒茶荘】(シンユチャソウ)の店員だ。
「私にとってはお客様がたの素敵な笑顔が一番の妙薬でございます。その可愛らしい笑顔にまたお会いできる事を、心よりお待ちしております。」
ここ、心癒茶荘は最近巷の若い女性達の話題を呼んでいる。午後八時に最後の客達を見送ったこの白髪の青年は、ここで働く薬師だ。
「本当……玉兎、お前の舌は見事によく回るものだな。」
その接客ぶりを見ていた会計カウンターに立つ青年が呆れながら言った。
「ありがとうございます。天狗。」
玉兎と呼ばれた白髪の青年は、そんな皮肉を物ともせずに振り返って、先程から変わらない笑顔をカウンターの青年へ投げる。おそらく、互いに毎度お馴染みの言葉なのだろう。
「舌先三寸。天狗、このエロ兎には何を言っても無駄だよ。」
そこへ、平屋住宅に繋がる扉から現れたのは銀色の髪の青年。少し癖のある髪が、ふさふさと柔らかく揺れる。見るからに触り心地が良さそうな猫っ毛だ。
「心外ですね、白虎。私はいつも上辺だけでなく本心を申し上げているのですよ?どの世界でも女性というものは素晴らしい。」
玉兎はやはり笑みを崩さず、しみじみと言う。銀髪の青年白虎と、カウンターに立つ青年天狗は、肩をすくめて顔を見合わせた。白虎と天狗はこの紳士ぶった玉兎の性格を昔から理解しているのだ。
「とにかく、門を閉めてくるよ。結界を張っているとは言え、出入り口は念入りに閉めておかないと、いつまたアイツ等が湧いて出るか分からないからね。」
白虎がそう言って、店を出ようとした時だった。
「きゃあ!」
店の二階から微かに女性の声がして、敏感に反応した天狗が目にも留まらぬ早さで階段を駆け上がって行った。残った二人は肩をすくめて言った。
「彼は見事な忠犬だよね。」