《序章》四
母が死んだその日から、村では飢饉と疫病が蔓延した。
娘の命を狙う者は次第に居なくなったが、飢饉や疫病はあの儚げな一本桜の女の呪いだと嘆き、その娘であり、化け物の千罪佳人は更に罪深い存在だと囁かれる事となった。
片や、それらの一部始終をただ傍観するしか出来なかったのは神だ。
神が天啓以外で人の治世に直接関わる事は禁忌であった。これを冒せば世は乱れ、更に冒せば全てが滅びる。既に自ら女に生命を与えるという禁忌を一つ冒していた神は、それ以上女に助力する事が出来なかった。
女が死んだあの日から、神は憂戚と狂気に捲かれた。
延いては、唯一愛した女を永遠に失ってしまったのは、娘である千罪佳人の所為だと、その責と狂気を擦り付けるようになる。父の存在さえ知らない娘は、当然そんな事を知る由もない。
神はその狂気から、女を奪った人を憎み、娘である千罪佳人をも憎んだ。そして、狂気はひとつの凄絶な思惑へと流れ着く。
所変わって王都では、先頃崩御した今上の王の跡目がどうなるのかと騒がれていた。
王は子に恵まれなかった。よって、直系の血を引く者は途絶えてしまっていた。直系の血というものを何よりも重んじる傾向があった人々は頭を悩ませた。
そこで候補に挙がったのは、王のただ一人の妹君である。王妹殿下は非常に誇り高く、且つ欲深な人物であった。王妹殿下が即位すれば、国はたちまち立ち行かなくなるだろう事は目に見えていた。されど、それ以上に直系の血を離れてしまう事を憂苦した先王の側近達は思案に暮れた。
そんな折り、神よりの天啓とおぼしき声が届いた。
山麓の村を疫病から救え、と。
更に、その鍵となるのは山小屋の兎だ、と。
新王を定める前にその声に従う信心深い側近達は村に赴く。
周囲から見放されていた村は壊滅的であり、発見した山小屋にはかつて千罪佳人と呼ばれ世を騒がせた娘と、それを一心に護る犬と虎、それに白い兎が居た。
実の所、神はある思惑から、従属していた薬師の白兎を娘に与えていた。娘は突然現れた不思議な兎を受け入れた。神の使いとも知らずに。兎は命じられた通りに、山小屋にて薬を煎じた。
白い兎が薬を煎 じるという奇妙な姿と、恐ろしい犬と瑞獣とおぼしき虎。そして、桜色の髪を持つ美しい娘。
その不可思議で神秘に似た光景に側近達は圧倒され、同時に側近の一人が娘の桜色の髪にとある事を思い出したのだ。