第8話 みんなの希望
※パトラー視点です。
【政府首都グリードシティ 元老院議事堂 居住エリア オイジュス邸】
私は部屋のベッドでうつ伏せに転がっていた。窓からは明るく、温かい春の陽射しが差し込んでいる。でも、私の心は対照的だった。まだ、沈んだままだった。
結局、サファティは首都に戻ると、すぐにファンタジアシティの方へと去って行った。私には会ってもくれなかった。
失った信頼はもう、取り戻せないのだろうか――?
「パトラー、入るぞ」
お父さんの声がした。部屋の扉が開く音がする。右にスライドして開くタイプのドアだから小さな音がするんだよね。
「……まだ、落ち込んでいるのか?」
私はお父さんの言葉に無言を保つ。声も上げず、頷きもしなかった。無視するつもりじゃないけど、なんというか、何もしたくなかった。
あの事件があって以来、もう何もしたくない。私が何もしなければ、誰にも迷惑がかからないんじゃないのかな……。
「……今、世界は戦争中だ」
お父さんがベッドに腰掛け、話し始める。
「1800年間も続いた平和は終わった。人類は未だかつて経験した事のない大戦に直面して、人の心は大きく揺さぶられている」
そう、1800年の平和は終わった。国際政府が保ってきた平和と安定は2年前、突然終焉を迎えた。戦いは徐々にエスカレートしていっている。人々はいつ自分の住む地が戦火に焼かれるか分からない。不安と恐怖で動揺している。
「頼られ、信頼をおかれるハズのわたしたち国際政府は今や不信感を抱かれている。政治の腐敗。賄賂と汚職が蔓延しているせいだ」
政治の腐敗は戦争前から囁かれていた。何度もニュースになり、メディアが騒いでいるのを目にしてきた。そのほとんどが解決されることなく、流されていった。それも重なって、戦争前から政府に対する不信は広がっていた。
「政府が腐敗し、世界最大の民間企業――財閥連合を中心に起きた大きな事件は、ますます人の心を掻き回し、不安にさせた。……財閥連合は、パトラーも巻き込まれたな」
「…………」
そう。2年前、戦争勃発の直前、私は財閥連合という組織が管理する施設に捕えられた。最初の大失敗だった。それで、自分を信頼してくれるフィルドさんに迷惑をかけた。
フィルドさんは私の師だった。信頼していた。敬愛していた。でも、私のせいで、彼女はパトフォーという男の人に捕えられてしまった。それ以来、一度も会っていない。
連合軍はフィルドさんのクローンを量産している。何百、何千というクローンを量産し、道具として使っている。コマンダー・アレイシアはそのクローンの中でもかなり優れた人らしい。
「人の心は乱された。頼れる存在であるはずの国際政府にさえ、安心して頼ることが出来ない。だから、人々はこの泥沼化し、激化の一途を辿る世界大戦で希望を見失っている」
「なにが、言いたいの……?」
「…………」
お父さんはしばらく黙り込む。私はそっと顔だけをお父さんの方に向ける。私を見ていたけど、少しだけ申し訳なさそうな顔をして言った。
「パトラー、3ヶ月前のこと、覚えているか?」
「……世界各地で暴れていた巨大な生物兵器“ウォゴプル”を倒した時のこと?」
ウォゴプルは連合軍が生み出した巨大なゼリー状の魔物だ。連合軍はそれを使って多くの都市や街を襲撃し、たくさんの人を殺していた。
私はウォゴプルが乗っていた大きな球状をした飛空艇コア・シップに1人で乗り込んだ。そして、最高司令室を破壊し、遂にそれを墜落させた。
「そうだ。お前がいなかったら連合政府は今もアレを使って多くの人を殺していただろう。お前がアレを倒したことで被害は大きく減った。それに、戦争の流れさえも変わった」
ウォゴプルを失った政府軍は急速に勢いを失い、そのまま危機に陥っていた政府軍とファンタジアシティを奪い返した。そして、連合政府に支配された無数の都市や街を奪い返していった。確かに大陸南東部一帯は政府軍によって平定され、連合政府は大きく力を失ったと思うけど……。
「…………」
「…………?」
お父さんはまた黙り込む。しばらくの間、沈黙が続く。
「……希望になって欲しい」
「えっ?」
「泥沼化し、終わりなき戦争を終わらせる希望になって欲しいんだ」
私がみんなの希望に……!? お父さんはなにを言っているんだろう。私は失敗ばかりする能無し。それがみんなの希望になんて……。
「今は無理でも、いずれはそうなって欲しいんだ」
「そんな……!」
「お前は多くの人の希望と信頼を集めている」
「私には……」
「……連合政府を倒す英雄にならなくていい。お前は人々の希望になって欲しい」
「…………」
お父さんの話は難しくて私にはよく分からなかった。それに、私が希望や信頼を集めているなんて到底信じられなかった。
でも、それがみんなの心の助けになるのなら、そうなりたい。それだけは強く思った。
そうだ、今は自分の部屋に引っ込んでる場合じゃない。私だけ安全な場所でぬくぬくと過ごしていていいハズがない!
「……ただ、こんなことを言ってはいけないと思うが、自分の娘がそうなるのは――」
「…………?」
「素直に喜べない」
「えっ……?」
「本当はお前をこの部屋に閉じ込め、戦乱の外には出したくない」
お父さんは少しだけ悲しそうな顔をして言うと、私の部屋から去って行った。
私はお父さんを悲しませたくないし、心配もさせたくない。でも、私のやっていること、やろうとしていることはお父さんを“そういう気持ち”にさせるばかりだった。