第6話 サファティの悲劇
【レーフェンス城 廊下】
全く、“優しい兵隊パトラー”と呼ばれるウラで“独走失敗魔バカラー”と呼ばれているのを知らんのかいな。
俺はライフルを片手にそっと歩く。後ろから2体の戦闘用アンドロイドと2人の傭兵が歩いてくる。レーフェンス城内の警備網が重厚過ぎてビビったぜ。
「城内の警備網が解かれたのはアタシたちには幸いだったねぇ、ディズトロイ」
「ああ、そうだな。バカラー少将に礼状でも書かんと失礼かな?」
「そうしときな。アタシらはホント、ついてるよ」
女傭兵フェイシアの言う通りだな。もし、警備網が解かれなかったら俺らはここに忍び込めなかったぜ。こうラッキーなことが起こると、不幸な目に合いそうだ。
「ビズ、警備兵は親衛騎士以外は外に行っただろうな?」
「リーダー・ディズトロイ。イエッス。もちろん! バカラーの命令を“拡張”しときやした!」
身長が140センチぐらいしかないその男はやたら高い声で言う。パトラー=オイジュスの命令は政府親衛部隊と親衛騎士部隊以外は、レーフェンス市内及び周辺地域の警備を行え、というもの。それを少しだけ変えて親衛騎士以外の全部隊を城外に派遣させたのだ。
まぁ、こういうハッキングが出来たのも、“無能な貴族軍人サファティ=ファンタジア”のおかげだ。あの女、サイバーセキュリティを無能なファンタジア一族の男に任せた。だから、我らは命令を書き換えられた。
「よぉし。んじゃ、カネの塊マグフェルト総統に会って来るかな。それまでにここの防御システムをハッキングしとけよ」
「アイアイサー!」
今日はカネをたんまりと貰いに来た。メンバーは俺とビズとフェイシアの3人。2体の戦闘用アンドロイド――バトル=パラディンは連合軍の軍用兵器だが、パクって再プログラムした。
最初は城内の警備があんまりにも複雑だから断念しようかと思ったが、パトラーさんのお陰で、いやサファティのお陰でずいぶん楽に成功しそうだ……。
「ほら、マグフェルトの部屋だ」
廊下の角からフェイシアはこっそりと言う。部屋の前には2人の親衛騎士が立っている。
俺はビズに無言で合図する。彼は左腕に付けたコンピューターを操作する。その瞬間、明かりが消え、辺りは真っ暗になる。それと同時に全ての部屋に電子ロックがかかる。
「お、おい!?」
「なんだ?」
親衛騎士たちが慌てふためく。フェイシアはすかさずライフルで親衛騎士の1人を狙い撃ちする。高度に改造されたライフルから銃弾が飛ぶ。それは彼の頭を貫いた。
「なッ!?」
仲間が突然やられ、怯んだ隙を突いて俺もライフルで彼を撃つ。銃弾は心臓を貫いた。血が飛び散り、音を立てて倒れる。
それが済むと、俺らはマグフェルトがいる部屋の扉に向かって走る。ビズが走りながらその扉のロックを解除する。
俺は扉をけ破るようにして開ける。中ではレーフェンス長官のガートナーと国際政府総統のマグフェルト、政府特殊軍将軍のサファティがいた。
「どうもどうも、マグフェルト総統閣下。お会いできて恐悦至極に御座います」
「なんだお前たちは? 早急に立ち去れ」
マグフェルトは落ち着いた声で俺を指差しながら言う。立ち去れと言われて立ち去るバカはいないでしょうに。
「何者だ?」
赤い装甲服を着た若い女将軍サファティが槍を片手に近づいてくる。ファンタジア一族というコネで将軍の地位を手にしたと噂のあるサファティ。大したヤツじゃない。
「サファティ将軍、賄賂と汚職の蔓延する元老院議会と政府官僚を釣る餌はなにが効果的でしたかな?」
「は、はッ!?」
「……おカネですな」
俺は動揺したサファティの隙を突いて槍を奪い取る。彼女はそのまま俺の足元に倒れ込む。白いマントで覆われたその背中を踏みつけて動きを抑える。
「マグフェルト総統、物事は丁重に進めたい。おカネはこの世で最も信頼あるモノ。それを分けて頂きたい」
「それはならぬ。わたしが持つおカネは市民の血税だ。お前たちの様な夜盗に渡すモノではない」
まぁ、そう返事すると思ったぜ。俺はフェイシアに手で合図する。彼女はサファティに近づくと、彼女の装甲服と衣服を剥ぎ取っていく。
「人間の信頼などアテになりませんなぁ、マグフェルト総統。かの連合政府リーダー・ララーベルも連合政府を裏切ろうとしていたともっぱらのウワサ」
「…………」
「一番信頼出来るのはカネだ。カネこそが全てなのだ」
バトル=パラディンとフェイシアはサファティを上半身裸にすると、その場で無理やりうつ伏せにする。両腕は左右1体ずつバトル=パラディンが抑え付ける。
「あんたは何を信じてる? やっぱカネか? それとも、部下かな?」
フェイシアは血の付いた鞭を取り出すと、それでサファティの背中に振り下ろす。乾いた音と共にサファティの悲鳴が上がる。鮮血が床に飛び散る。
「早く決断しねぇとサファティが死んじまうぜ?」
「ひぃ、痛い痛い痛い! やめてぇ! 痛いぃ!」
フェイシアはサファティの悲鳴や泣き叫ぶ声には全く動じずに何度も鞭を振り下ろす。彼女の背中から流れ出る血は脇腹を伝って床にまで流れ落ちる。
「……いくらだ?」
「そうだな、10億だ。あと俺らの逃走手段もよろしくな」
「……ガートナー、要求通りにしろ」
「は、はい、閣下!」
ガートナーは急ぎ足で部屋から出て行く。楽なもんだ。ファンタジア一族であるというだけで愚かな人間をサイバーセキュリティ担当にしたが故に、自分自身が痛い目に合うのはなんとも言えないねぇ。
「待て、我らはもう要求を呑んだぞ。どういうつもりかな?」
ガートナーが部屋を出て行っても鞭打ちを続けるフェイシアを見て、マグフェルトは声を上げる。おお、さすがフェイシア。サドなヤツだ。
「カネと逃走手段の準備が出来るまでだ」
「た、助けッ! 痛い痛いッ! もう許しッ――!」
拷問大好きなフェイシアが鞭打ちをやめるハズもなく、俺らはサファティの悲鳴を耳に、無言で待つ事となった。
もし、彼女が生き延びたら、コイツは自分のミスは棚に上げて、全部パトラーのせいにするんだろうなぁ……。