第46話 元女王と新女王
※前半はコメット視点です。
※後半はサファティ視点です。
「っ……!」
私は左手でズキズキと痛む頭を抑えながらゆっくりと立ち上がる。あれ、なんで私こんな所にいるんだ……? 私はビリオン・ポート本部でパトラーに負けて、それから――。
「お目覚めかしら?」
「…………!」
ふと耳に若い女の声が入ってくる。冷たく聞く者を恐怖させる声――。この声を私は知っている。忘れるワケがない。なぜなら、彼女は私の――。
「――ヒ、“ヒライルー”?」
私は薄暗いあたりを見まわす。声の主は――私から少し離れた位置にいた。彼女は足を組んでイスに座り、ワイングラスを振りながら私を見下ろしていた。
「あ、あなたなぜここに……? “ウロボロス本部”の工事で――」
「コメット、そろそろ交代よ」
「…………!?」
交代? 何を言っている? ヒライルーは私の命令で“天空要塞”――ウロボロス本部の建設を行っている。完成は間近のハズだ。
天空要塞ウロボロス本部が完成したら、私は連合政府を離脱するつもりだった。連合政府を離脱し、パトフォーとティワードたちを殺す。そういう計画だった。
「ふふっ、状況が読めてないみたいね、ロボットの女王様」
「当たり前でしょう? ケイレイトを差し向けたのは、まさかお前の命令?」
「その読み、アタリだわ」
「…………!」
私の心に、怒りの感情が一気に芽生える。ケイレイトは私の右腕をブーメランで斬り飛ばし、そのあと、電撃で私の意識を失わせた。
あのクソ女に、こんな荒々しいことが出来るハズがない。恐らくは、この女が――ヒライルーの命令でやったんだろう。
「どういうつもりかしら? お前、誰に何してるのか――」
「ええ、もちろん分かってるわ。――ビリオン総帥コメット」
「…………! お前ぇっ!」
私は右腕のない体で、バランスを崩しそうになりながらも立ち上がり、余裕そうな表情をしているヒライルーの胸ぐらを掴む。
「なぁに、怖い顔して」
「お前、少し油断してない? いくらお前が私の――」
「――あなたこそ、なぜそんなに強気なのかしら?」
「なに?」
「ビリオン総帥という地位に如何ほどの価値があるのかしら?」
「…………!」
私はヒライルーの胸ぐらから手を離す。数歩後ろに下がり、私は彼女を見下しながら冷たく一言、言葉を発した。
「ヒライルー。お前をビリオン総帥代行から解任する。今までご苦労だったわね」
ビリオン総帥代行。それはビリオン社の中でナンバー2の地位だった。万が一、私に何かあれば、総帥の地位は自動的に引き継がれる。それほどにまで高い地位だった。
「あら困ったわ。これで私、職なしね」
「お前、職どころか命の心配をしなさい。――元総帥代行が許されると? ビリオンや連合政府に命を狙われないとでも?」
「ふふっ、そうね。でも、もしビリオンという組織が解体されたらどうかしら? 連合政府が、私ではなく、あなたを切り捨てたら?」
「なっ……!?」
そのとき、私の腹部に鋭い痛みが走る。
「えっ……?」
私はそっと下に視線を向ける。真っ赤に染まった細長い鋼の棒――剣が、私の腹部から突き出ていた。刃から鮮血が垂れていく。不意に剣が引き抜かれる。私は口からも血を滴らせながら、その場に膝をつく。
「ふふっ、ご苦労さま。コメット総帥。後は私が引き継ぐわ。あなたはもう休みなさい」
「あっ、がっ……!」
「ヒライルー閣下、本当によろしかったのですかな?」
「ええ、最初からその予定だったから、何も問題ないわ。……ローリング」
「ロー……リングっ?」
私はヒライルーに向かって、ゆっくりと歩いていくスーツ姿の男を視界に入れる。彼の手には、真っ赤な剣が握られていた。私を刺したのはビリオン軍総督のローリング……?
「さぁ、始めるわよローリング。――「ビリオン=レナトゥス」という新しい組織を」
「はい、ヒライルー総帥」
「ビリオ…ン、……レナ、…ス?」
次第に私の意識が遠くなっていく。身体の先々から血の気が失われていく。だけど、それよりも私の心が壊れていく方が早かった。
「あなたはゆっくり休みなさい。――コメット姉さん」
もう、声も出なかった。目から溢れる涙が私の顔を汚しながら血染めの床に流れていく。たった1人残された最愛の家族が、実の妹が椅子から立ち上がり、私に背を向けて歩き出す。
「さようならコメット姉さん――」
コメットとローリングが部屋を出ていく。彼女たちが部屋の扉を閉じると同時に、私の意識は闇へと消えていった――。
◆◇◆
【ファンタジアシティ ファンタジア防衛師団本部要塞 最高司令室】
私は立体映像投影台を前にして椅子に腰かけていた。その立体映像に映るのは国際政府を支配する男――マグフェルト総統の姿。非ファンタジア系の男――。
[バカなマネはやめたまえ、サファティ“中将”]
「ははッ、なにを抜かしてるジジイ」
立体映像投影台を取り囲むのは、私をファンタジア一族と一族を支持する部下たちだった。この地もまたファンタジアの名を持つ土地。
2000年も昔、世界を支配していたサキュバス帝国を滅ぼし、ファンタジア帝国が世界を支配した。そのファンタジア帝国は、この地に拠点をおき、世界に号令をかけていた。
「そうだな、私の降格処分を取消し、逆に政府特殊軍長官の地位をくれるなら、考え直してやってもよい。ああ、それとパトラーの処刑も、な」
[そのようなことは認めん! どうしても実行するというのなら、国家反逆者の汚名を被る事になるぞ]
「勝手にやってろ。もう、1800年続いた国際政府も終わりさ。スキピア=ファンタジア初代政府代表には申し訳ないが……」
[ならば、やむ負えないな。サファティ=ファンタジアとそれに付き従う者たちを国家反逆者とする!]
私はニヤリと笑う。望むところだ。もう、国際政府は取り戻せない。ならば、壊してしまえ。非ファンタジア系に乗っ取られた国際政府に価値などない――。
「EF2013年6月29日、私はここに“ファンタジア王国”建国を、宣言するッ――!」
[…………!]
集まっていた大勢の部下たちから歓声が上がる。私はファンタジア王となる少年に跪く。むろん、真の支配者は私。彼はただの奴隷人形だ。
「オーダー=ファンタジア陛下、私はあなたの手足となり、戦う事をここに誓います」
「……よ、よくぞ言ってくれた。ぼく、いや、わたしは、――」
まだ13歳のオーダーはおどおどしながら喋る。全部、事前に私が教えたセリフだ。こんなものは形式の儀式でしかない。
私が軍事総督。私の叔父が宰相となり政治を担当する。他の地位もあっという間に決まった。全て私と叔父で決めていたことだ。
オーダーがファンタジア城のテラスに出る。そこから広場の方を見ると、大勢の市民が歓声を上げて集まっていた。
少年王が両手をゆっくりと上げていく。これまで何度も政府・連合の戦争に巻き込まれてきた“王国首都ファンタジアシティ”の市民は狂喜していた。他の都市も同様に支配してやる。
「ファンタジア王国万歳!!」
「オーダー=ファンタジア王!!」
「サファティ=ファンタジア閣下!!」
「グレゴリウス=ファンタジア宰相!!」
マグフェルト、ティワード、パトラー、お前たちにこの勢いを止められるか? 世界を支配するのは私たちファンタジア王族。その他の誰でもない。
私は、ファンタジアの女王サファティ。世界を奪い取る新たな勢力・ファンタジア王国のトップに立つ者――!
【ファンタジア一族と国際政府】
ファンタジア帝国。中央大陸にてその名を知らぬ者はいない。
EFより前の時代、中央大陸は『サキュバス帝国』によって支配されていた。だが、あるときから帝国の暴政が始まり、大陸各地の民と地方豪族が帝国に戦いを仕掛け始める。
当初は『サキュバスの帝国』が優勢に戦いを進めていたが、一民でしかなかったファンタジアの若き女性――イヴ=ファンタジアが立ち上がり、戦況は徐々に変化していく。
やがて崩壊の時がきた。帝国はファンタジアのイヴ=ファンタジアが率いる軍勢に下り、永劫の時を治めた帝国は終焉を迎えた。
イヴ=ファンタジアは帝国の直轄地に『ファンタジア王国』を創設する。やがて反乱で台頭した中央大陸各地の諸国を滅ぼし、遂に中央大陸全域を統治するに至った。『ファンタジア王国』が『ファンタジア帝国』となり、「EF」と称する新たな暦が出来たのもこの時である。
EF歴の誕生より200年の後、時の女帝――スキピア=ファンタジアは民の参加する新たな統治機構「国際政府」の創設を行う。
「国際政府」創設後もファンタジア一族は元老院議会内で多数派を形成し続けたが、歴史の経過と共に少数派となり、現在では長らく政権の座に就いていない。
今や政権の奪取はファンタジア一族にとって悲願となっている。……そこに、かつての女帝スキピア=ファンタジアの目指した理念は存在していないが、サファティらは気づいていない。




