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かつて、私はメスガキだった。

メスガキ系盗賊は、役立たずお兄ちゃんをわからせたい

作者: モコナッツ
掲載日:2026/05/31

挿絵(By みてみん)


 先日、新しく見つかったダンジョンの第五層。


 未踏破区域に入った時点で空気の質が少し変わった。壁面に埋め込まれた魔石灯はところどころ死んでいて、通路の先は湿った闇だ。低層とはいえここから先は地図がない。人の手で管理された安全な狩場ではなく、ダンジョンが勝手に広げた腹の中だ。


 それでもメイは、そんなことなど気にもしていない顔で振り返った。


 片口まで揃えた綺麗な黒髪の毛先が揺れる。腰の短剣が軽い音を立てる。低い身長を補うように胸を張り、その大きな瞳で挑発的にこちらを見上げた。


「お兄ちゃんこっちこっち〜♡」


 肩の横には小型の配信用カメラが浮いている。


 メイは神谷に向かって話しかけると同時に、半分は画面の向こうへ向けて喋っていた。


「もー、もっと早く歩いてよ。今日中に十層まで行きたいんだから♡ それともお兄ちゃん♡ メイと一緒に居たくてわざとノロノロ歩いてるのかな?」

「冗談抜かせ。未踏破のダンジョンに罠がないか警戒するのは当然だろ」


 神谷は依然として辺りを見回している。


 特A級鑑定士。探索者としての等級はAランク。だが、その肩書きよりも実物を知っている者の方が彼を怖がる。視界に入っていない魔物の位置を当たり前のように言い当て、罠の気配を拾い、必要なら容赦なく相手の首を飛ばす。


 メイもそれを知っていた。

 だからこそ、安心して煽れる。


 本来は互いに別のパーティに所属している顔見知り同士。自分のパーティメンバーが集まらず、たまたまギルドに居合わせた神谷に声をかけて、即席のパーティを組んでいた。


 未踏破ダンジョンの調査。神谷にとっては気まぐれのそれも、メイにとっては名を上げる絶好の機会。ここで尻込みするわけにはいかなかった。


「盗賊と鑑定士だよ? ダンジョン罠なんかに引っかかるわけないじゃん」

「慢心だな。ダンジョンでは油断したやつから死ぬんだ。低層でも気は抜くな」

「あーあ、Aランク探索者って聞いてたのになんかがっかり〜。五層でこんなにビクビクしてる、ビビり君だったなんて」


 メイはそこでカメラへ顔を向けた。

 笑顔の角度が変わる。

 神谷へ向けたからかいと、視聴者へ向けた営業。その二つが綺麗に混ざった顔だった。


「せっかくカメラ回してるんだから、もっとテキパキ進みたいよねー♡ ねぇみんな? みんなもそう思うでしょ♡」


『分かります』

『メイ様今日も可愛い』

『役立たず鑑定士』


「ほら♡ みんなこう言ってるし♡ ほらA級探索者様、このままじゃ炎上しちゃうかもよ♡」


 神谷はコメント欄をちらりと見て、特に表情を変えなかった。


 役立たず鑑定士。罵倒というよりは彼の蔑称に近い。実際は役に立ちすぎて「神谷がいると緊張感がなくなる」と、一部のアンチから定期的に叩かれている。


「メイが応援してあげるから、勇気出そ?」

「結構だ。菅木(すがき)、それよりそのキャラなんだ? 今年で25だろうに、見てて痛々しいんだが」(小声)

「は? うっせし」

「……あー、なるほど。視聴者のみなさーん。皆さんに大事なお知らせがありまーす。メイちゃんのプライベートな話なんですが」

「うおおいっ! 年齢(それ)はやめろおおおっ!」


 メイが素で叫んだ。


 さっきまでの甘ったるい声が一瞬で剥がれ落ちる。その変化を見て、コメント欄が少しだけ速く流れた。


「……この前、はぐれ猫を勝手に拾ってきて、お母さんに怒られたそうです。可愛いですよね。ちなみに飼い主もみつかりました!」


『良かったね』

『メイちゃんは神』

『優しいメスガキ』


「だとよ。良かったなお姉様」

「……ぐぬぬ、歳下のくせに」


 神谷が舌を出すと、メイはカメラから隠れて顔を顰める。


 配信者としては美味しい。視聴者の好感度も上がる。だが、神谷に主導権を握られたのが腹立たしい。本当に恥ずかしい話なら尚更だ。


「あはっ♡ 神谷お兄ちゃん、恥ずかしいからやめてって言ったのに〜〜♡ ホント、人のプライベート守れないざこー♡」

「はいはい。後その左の角、五十メートル先にオーガいるぞ。すぐ終わるからちょっと下がってろ」

「え! わわっ!」


 神谷の声色が変わったわけではない。

 けれど、その一言でメイは反射的に半歩下がった。こういう時の神谷は外さない。冗談と本気の境目が分かりづらい男だが、その手の冗談は何よりも嫌う男だった。


「……全く、相変わらずえげつないわね。何でその距離で分かるのよ」


 小声でぼやいたあと、メイは慌ててカメラへ向き直る。


「あ、五十メートル先に大鬼がいるみたい! 出番だよ〜、ざこざこ神谷お兄ちゃん♡ 頑張れ♡ 大鬼分からせろ♡」

「へいへい」


 左の角を曲がった先で、地面が一度だけ震えた。


 オーガが吠えるより早く、神谷が踏み込む。次の瞬間には巨大な影が壁に叩きつけられ、首から上だけが遅れて床に落ちた。


 何が起こったのか間近で見ていたメイすらよく分からなかったが、戻ってくる神谷は短剣を小さく振って付着したオーガの血を払っていた。


「悪いな、今日は二人なんで遊びは無しだ」

「……すっご。はっ! イェーイ! お兄ちゃん、つっよーい♡ 役立たずなんて言ってごめんねー♡ メイを守るために命懸けで頑張ってくれて、偉い偉い♡」


『神谷そこ代われ』

『相変わらずつええー』

『メイちゃんは神』


「やめ……っ、やっぱり即席パーティなんて組むもんじゃないな」


 頭を撫でられながら、神谷は独り言のように呟いた。

 本気で嫌がっているわけではないし、メイのことも嫌ってはいない。ただ、根が内向的な自分は彼女のようなタイプと一緒にいると少しだけ疲れる。しかも一対一。

 ふいに照れ隠しにも似た皮肉が口から出た。それだけの事だ。


 だがメイにはそれは分からない。

 結果、聞こえないふりをする。


 ほんの少しだけ、胸が痛くなる。


「おい、宝箱出たぞ。俺が開けてもいいけど、どうする?」


 オーガの死骸が消えたところに、古びた宝箱が置かれていた。無機質な洞窟には不釣り合いな、不自然なほどに豪華な装飾が施されている。


 神谷はわずかに目を細める。


 ……罠があるな。おそらく解錠時に作動する類のものだ。まあ、菅木なら見抜けるだろう。

 それは神谷の唯一の弱点、信頼とも取れる慢心だった。


「あっ、みんな〜宝箱が出たみたい♡ メイちゃんの解錠タイム入りまーす♡」


 メイは嬉しそうにしゃがみ込んだ。

 ここは自分の見せ場だ。


 誰が何を言おうと鍵開けだけは自分の領分。先程、神谷に主導権を持っていかれた分を取り返すチャンスでもある。

 そして目の前の余裕ぶった男に、少しだけ格好をつけたい。そんな気持ちもほんの少しだけあった。


「宝箱さんのだーいじな穴を、メイちゃんの秘密の鍵でぐりぐりして、ぜーんぶ出してスッキリしてもらいまーす♡」


『ひょ〜〜』

『エッッッッ』

『分からせろ』


「……きっつ」(小声)

「お兄ちゃ〜〜ん」

「はい、すみません」(小声)


 神谷が肩をすくめた後、メイは勝ち誇ったように鼻を鳴らす。さあ、ここが自分の見せ場だと、意気揚々と細い解錠器具を鍵穴へ差し込む。


「えーと、ここをこうして、っと」


 カチャ。

 カチャ。


 金属の小さな音が、湿った通路に響く。


 手つきは確かだった。メイは口こそ軽いが盗賊としての腕は悪くない。Bランク探索者としてのプライドもある。だからこそ、神谷もそれを尊重していた。


「はい、開いたー♡ 全部出たぁ♡ メイちゃんってばテクニシャン♡」


『いいぞ』

『流石』

『解錠だけはマジで上手いの草』


「お兄ちゃん、開いたよー。メイの事褒めさせてあげる♡」


 メイが振り返ったのとほぼ同時だった。

 宝箱の奥で何かが外れる音がした。


 ガコッ。


 神谷の顔から表情が消える。


「メイ!」

「え? わっ!」


 宝箱を中心に石畳が円形に抜け落ちる。床が崩れてメイの小さな身体が傾く。

 神谷は反射的に手を伸ばしたが、崩れた足場と舞い上がった粉塵が視界を塞ぐ。


「神谷くん、助けっ、、」


 声が途中で切れた。


 下方で硬いものにぶつかる音がした。続けて瓦礫が落ちる音。彼女の配信用カメラも巻き込まれているのか、同時に繋いでいた神谷の映像が大きく乱れている。


「くそっ!」


 大きく舌打ちする。

 自分の油断を悟るが、すでに遅い。


「……崩落トラップか。死にはしないと思うが……急ぐか」


 神谷は崩れた穴の縁へ足をかけた。


 ◇


「っ、痛たた……」


 神谷が降りはじめたのと、ほぼ同時刻。

 メイは瓦礫の上で目を開けた。


 背中を打ち、肘も擦りむいた。けれど幸運にも骨は折れていなかった。ただ、これからどうするか。


『はぁ……やっぱり即席パーティなんて組むもんじゃないな』


 ……あの時、あいつがあんな事言うから。


 毒付いてからカメラを探す。浮遊カメラは斜めに傾きながらも、辛うじて彼女を映していた。


「うわ、焦ったー。五層のくせに二重罠とかマジかー……」


 声が少し震えている。

 だが、まだ笑える。


「カメラカメラ……良かった無事ね♡ みんなー、見えてる? ごめんねぇ♡ ちょっとだけミスったみたい♡」


 膝の痛みを隠して、いつもの強気のメイ様を必死に身体へ戻す。


「メイの事心配した? ざぁこ♡ でも優しいお兄ちゃんたち、大好きー♡」


 コメントが流れる。

 いつもより速い。


『大丈夫?』

『草』

『落ち方ヤバかった』

『神谷は?』

『メイ様泣いてない?』

『後ろ』


「……え、後ろ? なんで?」


 振り返るとそこには暗闇の中に幾つもの濁った目玉が並んでいた。筋骨隆々の丸太のように太い腕。牙の隙間から漏れる粘ついた息。


 オークの群れ。

 落ちた先はハイオークの巣だ。


「……嘘」


 足が引き攣って思うように動かない。

 さっきまで作っていた笑顔が恐怖に染まった。


「や、やめて! 来ないで! あっちいけ!」


『ヤバい』

『逃げてー!』

『わからせ来たな』

『全裸待機』

『人の心とかないんか?』

『神谷はよ』

『これ笑えない』


 コメント欄が危険に呼応するように早くなる。


 他の配信で幾度となく見た光景。

 メイはとうとう、自分にその出番が回ってきたのだと察する。


 メイは震える手を押さえつけながら短剣を構える。


 盗賊として逃げ道を探すべきだった。冷静にさえ動けば、早さはこちらに分がある。そこに気づけば勝てないまでもこの場を脱する事はできただろう。


 だが目の前の異形が一歩近づいた瞬間、選択肢は頭から全部飛んだ。


 怖い


 その感情が身体を支配する。


「やめろぉ、来るなぁ……」


 メイは二歩、三歩と後退する。

 やがてドン、と背中が壁に当たった。


 カメラが彼女の顔を映している。見られている。何千何万という視聴者に今の顔を見られている。


 人気配信者のメイ様。強気で煽って、強気で笑う。

 弱みを見せるのは視聴者へのサービス。

 そういうキャラでここまでやってきた。


 その自分が崩れ、壊れる様をカメラの向こうで目を覆いながら待っている。


「やだぁ、誰か……」


 声が漏れる。


 それはいつもと違う、菅木メイという寂しがりやの女の子の声だった。


「誰か助けて……神谷くんっ……!」


 先頭のオークが手を伸ばし、メイの首に指が掛かる。


 メイの目から光が消える、その瞬間。

 

 オークが膝から崩れ落ちた。血しぶきが床を汚すより早く、黒い影が間に入る。


「お待たせ。待ったかメスガキ」


 神谷だった。


 声はいつも通りだ。少し皮肉で、少し面倒くさそうで、少しだけ優しい。

 ただ、今は少しだけ肩で息を切らしていた。


「神谷くん……」


 視界が滲む。足は震えていて、声も絞り出すようにか細い。だがその顔を見た瞬間、まだ自分がメイでいられる気がした。


「神谷く……お兄ちゃん! お、おそ〜い」


 情けないほどの震え声だった。


 それでもメイは、最後の一枚だけ残っていたメスガキの仮面を必死に被り直した。


『神谷きた! これで勝つる』

『オーク終了のお知らせ』

『こいつ本当有能やな』

『メイ様生きろ』

『お兄ちゃん呼び助かる』


 神谷はコメントを一瞥して、それからメイを見る。


「……はっ、プロだな。それじゃあ妹ちゃん、ちょっとだけ待っててくれよ」


 次の瞬間、オークの群れが崩れた。


 数体のオークが反応するより早く切り伏せられる。奥から現れた一回り大きなオークジェネラルが咆哮を上げたが、その咆哮は途中で途切れた。神谷の刃が喉を裂き、返す刀で胴を断つ。


 それはあまりにも圧倒的で、戦いと呼ぶには短すぎた。


「お待たせ」


 神谷は短剣を払って振り返る。


 メイは壁際に座り込んだまま、短剣を握っていた。膝が震えている。目元は赤い。泣くまいとしているのが、かえって分かりやすかった。


「……大丈夫か? まだ配信回ってるぞ」


 その一言でメイの中の何かが切れた。


「うるさいバカぁ!」


 メイは立ち上がるより先に、神谷の胸元にしがみついた。


 胸元を掴む。額を押しつける。カメラが回っていることやコメントが流れている事など、今はどうでもよかった。


「グスッ、ありがとう神谷お兄ちゃ〜〜ん!!」


『まあコレはしゃあない』

『リア充爆発しろ』

『泣き顔ヤバい』

『メイ様かわいい』

『神谷そこ代われ』

『今日は許す』


 メイの予想外の行動に思わず心臓が跳ねたが、神谷はすぐさま両手を浮かせる。

 おい、こんなので炎上は勘弁してくれ!

 そう思ったが、今この状態のメイを突き放すほど薄情でもなかった。


「……まあ、無事で良かったけど」


 少しだけ落ち着いた頃合いを見計らって、メイを少しだけ引き離す。


「油断しすぎだ。菅……メイちゃんなら、ちゃんとやれば回避できただろ。まったく、次から気をつけろよな」


 叱責だった。

 けれど、その奥には評価がある。

 お前なら上手く出来たはずだ。次は頑張れ、と。

 少なくともメイにはそう聞こえていた。


 嬉しいやら恥ずかしいやら、悔しいわでみるみるうちに顔が赤くなる。混乱の後、メイのたどり着いた結論はこうだ。


 この男最悪、本当もう、信じられない!


「はあ? すぐダメ出しとか、お兄ちゃん冷たすぎ! ざーこ! ざーこ! 朴念仁! 器ミトコンドリア! もっと優しくして!」

「へいへい。ほら……歩けるか? 今日はもう戻るぞ。十層にはまた今度、付き合ってやるから」


「も、もう最悪〜〜♡ メイ疲れたから、今日はもう帰るまで神谷お兄ちゃんにキャリーしてもらいまーす♡」


 メイは腕にしがみついた。

 いつもより少し強く。

 配信用の甘え。

 視聴者向けのサービス。


 そういうことにしておけば、これは全部冗談になる。


 怖かったことも。

 本気で助けを求めたことも。

 神谷の顔を見た瞬間に泣きそうになったことも。


 少しだけ……本当にくっついていたい、この気持ちも。


「ちょ、くっつくなよ! 配信で見られてんだぞ!」

「えへへ〜、照れちゃってる? ざぁこ♡」


 カメラの向こうで、コメントがまた流れ始める。


『メイ様頑張れ』

『神谷が悪い』

『メイちゃんは神』


 メイは神谷の腕にくっついたまま、いつもの顔で舌を出した。


 怖くても。

 泣いても。

 諦めない。へこたれない。

 今日も菅木メイは、メイ様をやめなかった。

三人称視点で練習のつもりで書きましたが、難しいですね。メイちゃんが可愛いと言うことだけ分かっていただければOKです^^

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