2
…………
……
修行が始まって2週間が経った。
「立て。」
修行が始まってから、ガレットさんの雰囲気が変わった。
ガレットさんの声は低く、容赦がなかった。
「剣を振れ。」
「……っ、はい。」
腕はもう限界だった。
何千回振ったか分からない木剣を、また構える。
「剣は“守るものがある奴”ほど鈍る。」
「……!」
「だが、“奪われた奴”は違う。」
ガレットさんは一歩踏み込んできた。
「振れ!!」
「――っ!」
振り下ろした瞬間、弾かれた。
「遅い。」
気づいた時には、俺の喉元に木剣が当てられていた。
「今の一瞬で、三回死んでる。」
「……くっ。」
悔しい。
「怒りを力にするな。」
ガレットさんは剣を引き、静かに言う。
「怒りは“刃”になる前に、己を殺す。」
「……じゃあ、何を力にすればいいんですか。」
「覚悟だ。」
また木剣を構える。
「もう一度来い。」
今度は、力を抜く。
姉さんの顔を思い浮かべる。
――守れなかった。
――奪われた。
「……っ!」
踏み込み、振る。
今度は、止まらなかった。
「……ほう。」
ガレットさんの木剣とぶつかり、火花のような音が鳴った。
「今のは悪くない。」
「まだ……!」
何度も打ち合う。
腕が悲鳴を上げる。
指の感覚がなくなる。
「――もう一回!!」
「よし。」
ガレットさんは、初めて笑った。
「それだ。」
午後。
今度はモスさんの番だった。
「座って。」
地面に魔法陣が描かれる。
「魔法はね、優しくない。」
「……?」
「才能がある子ほど、挫折しやすい。」
嫌な予感しかしない。
「今日は“制御”の訓練。」
「魔力を、限界まで出す。」
「……え?」
「安心して、私が止める。」
信用していいのか、それ。
「目を閉じて。」
従った瞬間――
「全部、出して。」
「――っ!!」
魔力を放出した瞬間、頭が割れそうになった。
「ぐっ……!」
世界が歪む。
視界に、無数の“線”が走る。
地面。
空気。
モスさんの魔力。
自分の心臓の鼓動まで。
「止めるな。」
「……っ、はぁ……!」
膝が震える。
「まだ。」
「……無理……です……!」
「無理の一歩先。」
その言葉に、歯を食いしばった。
「――う゛ぁぁぁぁ!!」
魔力が暴走する。
水が勝手に集まり、空中で渦を巻いた。
「……【成長】が、反応してる。」
モスさんが目を見開く。
「君、魔力の“形”を理解し始めてる。」
水が、刃の形になる。
「……剣……?」
「そう。」
モスさんは小さく笑った。
「魔力武装、普通は数年掛かる。」
次の瞬間、限界が来た。
「――っ!!」
視界が真っ白になる。
倒れる寸前、モスさんに支えられた。
「……よく耐えた、偉いぞ。」
そうして俺は意識を失った。
夜。
体中が痛い。
でも、不思議と心は静かだった。
(……まだ、足りない。)
それでも。
確実に、以前の俺とは違う。
剣が、少し軽い。
魔力が体に馴染んでいる。
「姉さん……。」
闇の中で、呟く。
「俺、ちゃんと強くなってるよ。」
返事はない。
でも。
俺は確かに、強くなってる。
だから──
「待ってて、姉さん。」
…………
………
「今日で修行も終わりか。」
ガレットさんは少し寂しそうに言った。
「セトス、前と比べて格段に強くなった。」
モスさんは誇らしそうにしている。
「ガレットさん、モスさん、1ヶ月ありがとうございました。」
俺はこの2人がいなければ強くなれなかった。
以前と比べて筋肉が付き、最初振るのにも精一杯だった木剣が今は軽く感じる。
「セトス、前言った事、覚えてる?」
「はい、魔力武装について、ですよね。」
魔力武装、あれから何度か試したが、あれは
魔力の消耗が大きすぎて使いすぎると気を失ってしまうから使うのを禁じられている。
「うん、分かってるなら、良い。」
「それでは、これを。」
奥から歩いてきた受付のお姉さんが1枚の
プレートを渡して来た。
「これは……」
「それが貴方の冒険者ライセンスです。」
あぁ……俺、やっと冒険者になれたんだ。
長かった、何度も逃げたくなった。
何度も投げ出したくなった。
それでも――ここまで来た。
「……本当に、ありがとうございます。」
頭を下げる。
ガレットさんは照れたように鼻を鳴らした。
「まだ早い。礼は“生き残ってから”言え。」
モスさんは小さく頷く。
「死んだら意味ない。」
相変わらず容赦がない。
でも、その言葉がありがたかった。
ライセンスプレートを握る。
冷たくて、重い。
俺の覚悟みたいだった。
「ランクはEからだが――」
受付のお姉さんが続ける。
「あなたには“訓練修了推薦”が付いています。通常より高いランクから始められます。」
「えっ。」
ガレットさんとモスさんを見る。
「当然だろ。」「当然。」
断言だった。
少しだけ、胸が熱くなる。
その時――
バンッ!!
扉が乱暴に開いた。
血だらけの男が転がり込んできた。
「た、助けてくれ!!」
ギルドの空気が一変する。
「バザールが――」
息が詰まっている。
「魔物の群れに襲われてる!!」
「数は!?」
「大型がいるのか!?」
「守備隊は!?」
男は震える声で叫んだ。
「でかい……化け物が……屋台も人も……全部……」
心臓が強く打つ。
バザール。
あの場所。
村の皆が世話になっている場所。
「位置は。」
ガレットさんの声が低くなる。
「ここから半刻……!」
「十分だ。」
もう動いていた。
「出るぞ。」
「え――」
「実戦だ、セトス。」
モスさんも杖を握る。
「初任務。逃げてもいい。でも――」
俺を見る。
まっすぐに。
「行くなら、最後までやれ。」
迷いは――なかった。
ライセンスを強く握る。
「行きます。」
姉さんを奪った夜と同じだ。
燃えている。
壊されている。
奪われている。
もう――見てるだけは嫌だ。
…………
……
バザールが見えてきた。
遠くからでも分かる。
黒い柱が空に伸びている。
「そんな……」
昨日まで皆が働いていた場所だ。
笑っていた場所だ。
「走れ。」
ガレットさんの声で我に返る。
バザールに近づくほど、音が増える。
悲鳴。
破壊音。
咆哮。
「うわ……」
屋台が潰されている。
地面が抉れている。
血の匂い。
「散開する。」
「セトスは俺の後ろに付け。」
「はい!」
次の瞬間――
ドゴォン!!
建物が吹き飛んだ。
出てきたのは、見上げるほどの巨体。
岩のような皮膚。
四本腕。
牙だらけの口。
「大型種……!」
ガレットさんが舌打ちする。
「訓練用じゃねえな、こいつは。」
その時。
前に立った人影があった。
見覚えのある背中。
「……村長?」
振り向いた顔は、いつもの穏やかな笑顔じゃなかった。
傷だらけで、血を流している。
でも。
目だけは鋭かった。
「下がれ、セトス。」
「なんでここに――」
村長は外套を脱いだ。
中から現れたのは、古びたが手入れされた剣。
その構え。
その立ち方。
「……え?」
ガレットさんが小さく息を吐いた。
「なるほどな。」
「元冒険者って話、本当だったか。」
村長は苦笑した。
「村を飛び出した馬鹿者でな。」
「ま、昔の話だ。」
頭が真っ白になる。
あの“村を飛び出して冒険者になった人”’は――
巨体が腕を振り上げる。
速い。
でかいのに、速い。
「セトス!!」
押された。
視界が回る。
ドォォン!!!
衝撃。
地面に叩きつけられる。
「……え……」
視界の先。
血。
大量の血。
村長が――潰れていた。
「そ……んちょう……?」
ガレットさんとモスさんが同時に動く。
だが間に合わない。
俺は這って近づいた。
「なんで……なんで……」
村長の胸はもうほとんど動いていない。
それでも。
目だけは、俺を見ていた。
「セトス……」
「しゃべらないでください!」
「聞け。」
手が、俺の胸を掴む。
「強くなれ。」
涙が落ちる。
「泣いていい。迷っていい。」
「だが……止まるな。」
「お前は……行け。」
「……っ」
息が途切れる。
でも最後に、笑った。
いつもの村長の顔で。
「お前は、一人じゃない。」
手が落ちた。
動かない。
「……村長?」
返事はなかった。
世界の音が消えた気がした。
同時に。
魔力が、溢れ出した。
モスさんが叫ぶ。
「セトス、止めて!!それ暴走――」
止まらない。
止めない。
剣を握る。
涙で視界が滲む。
それでも。
はっきり見えた。
「――殺す。」
巨体を見上げて、言った。
「止まれ!セトス!考えずに突っ込むな!」
うるさいうるさいうるさい。
俺はコイツを。
俺からまた大切なものを奪ったこいつを
絶対に殺す。
巨体に剣を突き立てる。
バキンッ!!!!
「!」
剣が硬さに負けて折れた。
「セトス!危ない!」
「ぐぅ……!!!」
気付けば吹き飛ばされていた。
左腕の骨が折れている。
痛い……痛い……!!!
「くそ……!」
魔力武装もモスさんが遠くにいるせいで使えない。
くそ……何でも良いから出てこいよ……!
【それなら、私と契約しない?】
瞬間、脳内に響いた声。
(誰だ……?)
【誰なんて、今はどうでもいいじゃない。】
【私、貴方の事気に入っちゃった。】
今は何でもいい。
アイツを殺せるなら。
「契約……する。」
【契約成立ね。】
【これからよろしく、゛マスター゛】
魔力が一気に吸われて行く。
「がぁっ……!?」
頭が割れる。
視界が歪む。
【最初にしては結構いい感じね。】
「これは……水の……槍?」
【えぇ、正真正銘貴方の力。】
水の槍は、呼吸に合わせて脈打っていた。
握っている感覚がある。
でも、触れているのは“水”のはずだった。
透明なのに、硬い。
流れているのに、折れない。
「……なんだ、それは。」
ガレットさんの声が遠く聞こえる。
巨体の魔物が唸った。
本能で理解したのかもしれない。
危険だと。
【投げてもいいし、突いてもいい。好きに使って。】
「好きにって……!」
【イメージよ。形を“固定”しなさい。】
声は楽しそうだった。
息を吸う。
姉さん。
村長。
奪われた笑顔。
「――貫け。」
【魔力武装・蒼穿】
踏み込んだ。
地面が爆ぜる。
自分でも信じられない加速だった。
「なっ――!」
ガレットさんの驚きの声。
巨体の腹部へ、水の槍を突き込む。
ズドンッ!!!
岩の皮膚が――裂けた。
「ギャァァァァアア!!」
初めて、巨体が悲鳴を上げた。
【ほら、通るでしょ?】
「……っ!」
だが、槍が崩れ始める。
魔力の消耗が激しすぎる。
【まだよ。握り直して。】
水が再び集まり、刃が伸びる。
今度は――跳んだ。
四本の腕の一本を、根元から切り落とす。
ドシャッ!!
「嘘だろ……」
誰かが呟いた。
だが次の瞬間。
ゴォッ!!
残りの腕が振り下ろされる。
避けられない。
「セトス!!」
衝撃――は、来なかった。
水の壁が、俺を包んでいた。
【防御もできるわよ。】
「万能かよ……!」
【違う。あなたが“万能にしてる”。】
魔物の口が開く。
黒い塊が喉で膨れる。
「ブレス来るぞ!!」
モスさんが叫ぶ。
【一点集中。全部、穂先へ。】
魔力を絞る。
意識を一点に集める。
世界が、また“線”で見えた。
弱い場所。
流れの乱れ。
核の位置。
「そこだ。」
投げた。
水槍は回転しながら一直線に走り――
魔物の口から頭部を貫通した。
バァンッ!!!!
巨体が後ろにのけぞり、
ゆっくりと崩れ落ちる。
地面が揺れた。
静寂。
誰も動かない。
俺の手の中で、水が霧になって消えた。
同時に、膝も崩れる。
「……魔力、空っぽ……」
【初回で大型撃破は合格点。】
声が満足そうに笑う。
「お前……何者だ……」
【さあ?今は相棒、とでも呼んで。】
意識が落ちかける。
その直前。
ガレットさんが肩を掴んだ。
「馬鹿野郎。」
声が震えていた。
「死ぬ気か。」
モスさんが額に手を当てる。
「……契約精霊。」
「しかも上位。」
「拾い物どころじゃない……」
遠くで、誰かが泣いている。
誰かが助かったと叫んでいる。
でも。
俺の視界には。
村長の笑顔だけが残っていた。
――守れなかった。
拳を握る。
ガレットさんが低く言った。
「覚えとけ、セトス。」
「はい……」
「今日からお前は――」
少し間を置いた。
「戦場に名が残る。」
「お前がどれだけ否定しようと。」
「世界はお前を英雄にしたがる。」
煙の向こうで、
まだ何かが動いた。
ガレットさんが低く呟く。
「まだ……終わってなかったのか……!?」
倒したはずの巨体の魔物の死骸が――溶けていた。
「溶けてる……?」
黒い泥のように崩れ、地面に吸い込まれていく。
【あーあ。核だけの“器”だったのね。】
頭の中の声が言う。
「器……?」
【本体は別。これはただの外殻。】
その瞬間。
ズン……
地面の奥から振動が来た。
次はもっと重い。
もっと深い。
地割れが走る。
「全員離れろ!!」
ガレットさんが叫ぶ。
地面が割れ、
そこから現れたのは――
黒い結晶で覆われた“心臓”のような塊だった。
脈打っている。
ドクン。
ドクン。
周囲の魔物の死体から黒い霧が吸い込まれていく。
「再生型の核だと……最悪だぞ。」
ガレットさんの顔が険しい。
「周囲の魔物を取り込んで進化するタイプ……」
モスさんが歯を噛む。
【今のあなたじゃ、単独は無理。】
「でも止めないと――」
【分かってる。だから提案。】
嫌な予感しかしない。
「内容次第だ。」
【私を“完全顕現”させなさい。】
「……何が代償だ。」
少しの沈黙。
【私を貴方の傍に置いてもらうわ。】
「それって――」
モスさんが叫ぶ。
「セトス!!核は放置できない!」
「足止めが手一杯!」
時間がない。
核の鼓動が速くなる。
黒い触手が地面から伸び始める。
逃げ遅れた人がいる。
子供だ。
瓦礫に足を挟まれている。
思考は一瞬だった。
「やる。」
【即答、好きよ。】
「セトス!!」
ガレットさんの声。
「死ぬなよ!!」
「はい!!」
胸に手を当てる。
「来い。」
世界が水音に包まれた。
心臓の鼓動が、
波の音に変わる。
背中から、蒼い光が噴き出した。
水が――形を取る。
長い髪。
流れる外套。
槍を持つ、蒼い女の精霊。
周りの皆が息を呑んだ。
「精霊王級……!?」
モスさんが震える。
彼女は笑った。
【初めまして、皆さん。】
俺の肩に手を置く。
【行きましょう、マスター。】
魔力を再び込める。
限界のはずの身体が。
嘘のように軽い。
核の中心。
完全な弱点。
槍を握る。
今度は水じゃない。
蒼い結晶の槍。
「技名、もう一回言いなさい。」
「……。」
「もっと大きく。」
息を吸う。
叫ぶ。
【魔装・グングニール】
放たれた瞬間、音が消える。
蒼い光が、空を裂いた。
次に来たのは――世界が一拍遅れて割れる音。
バギィンッッ!!!
黒い核の中心が、粉々に砕け散った。
ドクン、と最後の脈動を打ち――止まる。
触手が崩れ、黒い霧が霧散していく。
地面に広がっていた汚染も、波が引くように消えていった。
静寂。
風だけが吹いた。
「……終わった……?」
誰かが呟く。
次の瞬間。
ドサッ。
「セトス!」
膝から崩れ落ちた俺を、ガレットさんが抱き止めた。
蒼い精霊が横でため息をつく。
【だから言ったでしょ、反動大きいって。】
「うるせえ……先に言えよ……」
【言ったわよ。あなたが聞いてなかっただけ。】
モスさんが魔力を確認する。
「……魔力残量、ゼロ。」
【最初にしては悪くなかったわ。】
蒼い精霊は、俺の額を指で軽く叩いた。
水音がした。
「名前は。」
モスさんが聞く。
精霊は微笑んだ。
【呼び名はまだ決めてないの。マスターに付けてもらうわ。】
「……勝手だな……」
【契約精霊なんて、だいたい勝手よ。】
その姿が、水の粒になって崩れていく。
【しばらく寝るわ。起こさないで。】
消えた。
同時に、身体が一気に重くなる。
意識が落ちる直前――
遠くで拍手が聞こえた。
ゆっくりと。
一回ずつ。
乾いた音。
「……誰だ。」
ガレットさんが振り向く。
煙の向こうに、男が立っていた。
黒い外套。
仮面。
細身の体。
でも、あの夜姉さんを奪った奴ではない。
「素晴らしい。」
拍手を続けている。
「予定より早いけど、“目覚めた”ね。」
モスさんの声が低くなる。
「……レガリア」
男は軽く礼をした。
「ご名答。」
「その子は貰うよ。」
空気が凍る。
ガレットさんの殺気が跳ね上がる。
「断る。」
「君じゃ止められない。」
男が指を鳴らした。
空間が歪む。
足元に黒い魔法陣。
「転移陣――!?」
モスさんが叫ぶ。
「セトスを離せ!!」
もう動けない。
視界が揺れる。
男が近づいてくる。
「英雄の種は今のうちに処分しないと。」
その手が伸びた瞬間――
ザンッ!!
腕が飛んだ。
血が舞う。
男が一歩下がる。
「……へえ。」
そこに立っていたのは、村長の剣を持った男だった。
セトスの方を見もせずに続ける。
「主役を連れていかれては困る。」
仮面の男が笑う。
「面白い。予定変更だ。」
転移陣が強く光る。
「ではまた会おう、゛英雄候補゛。」
「そして゛成り損ない゛。」
消えた。
静寂が戻る。
ガレットさんが男を見る。
「何者だ。」
男は剣の血を払った。
「―英雄の失敗作だ。」
そして初めて、俺を見る。
「起きたら伝えろ。」
「戦争が始まる、と。」
意識が、完全に落ちた。
2話 完
2話目……ご覧いただきありがとうございました!
本当に展開どうすればいいのかずっと考えてて
最終的には自分が好きな感じに終わらせました。
面白い文を書くには後何回小説を書けばいいのやら…
とにかく、BLOOD BONE2話ご覧いただきありがとうございました!




