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私は、ゆっくりと学校に行く準備をしていた。早くできないことはないのに、友達のように、急ぎながら、ゆっくりと準備をした。お兄様の姿は見えなかった。もう行ってしまったのだろうか。
教室に着くと、ざわざわしていた。
「スランプ大統領が……」
「高石首相が……」という声で騒めいているのだ。
皆の脳裏に若くて背が高いスランプ大統領の姿が、若くて着物姿の高石首相が映っている。
フレームの効果だ。驚くほどのことではない。
「朱音、昨日はありがとう」と啓子が言った。髪の毛が、髪の毛が、黒く輝いている……
「朱音」と真由と里中君が、顔を並べている……二匹のミーアキャットみたいに、顔がそっくりになっている……
「ありがとう」
小橋君は、廊下でお兄様と話しているようだ。背が……お兄様と並んでいる。
嘘だわ、と私は思う。そんなことはない。そんなはずはない。
そんなことがある訳がない。
何なの? なぜなの? どうしてなの? どういうことなの?
彼らは、フレームに入っている……
あの写真の入ったフレームを思い出す。
何で写真をフレームに入れるんだろうとは思ったが、深く考えることはなかった。写真を永久保存するためだと思っていた。
幸せを永久保存するように。
「山下さん、どうしたの?」と藤原加奈が私を心配そうに、覗き込んでいる。
「ううん。何でもない」と私は言った。
「大丈夫?」
私は藤原加奈を、両手で撫でまわしたい気持ちだった。
フレームに入っていない、藤原加奈。
今は、まだ人間の藤原加奈。
「うん」
「起立」という声がして、私は立ち上がった。
「礼」という声がして、私は頭を下げた。
「着席」という声で、私は席に着いた。
この意味のわからない一連の動作が、今日は安心に思えた。
昨日と同じ動作が、安心……なのだろうか。
「今日は、皆さんにお伝えしたいことがあります」と教師が言った。
担任の大石先生。まだ人間だ。
「ニュースを見た人は知っていると思うけど、二本はアマリカとの同盟を強化し、中東戦争に人衛隊を派遣することになりました。これは、人民党の暴挙であり、二本人として、絶対に認めることはできません……」
高石先生の熱弁は、しばらく続き、皆は聞いているふりをして、ひそひそ話をしていた。先生の隣にいる、美しい女性に関心を奪われていたのだ。
「ま、政治の話はこれぐらいにして、転校生を紹介します。時枝祥子さん」
フレームが、フレームがある……
「時枝祥子です」と女性が言うと、周囲が明るく輝いた。
皆は、ぼうっとしていた。どう反応していいのか、わからないのだろう。
「まだ何もわかりませんが、どうぞよろしくお願いします」
「時枝さんは、小さい頃から病気がちで、小学校も休みがちだったそうだ。皆、仲良くしてくれ」
小橋君と里中君、啓子と真由が拍手を始め、それがクラス全体に広がった。
「皆さん、暖かい拍手をありがとうございます」
時枝祥子は、私の方にチラリと視線を走らせた。ゲ……
「席は、山下の後ろが開いてるな。山下、よろしくな」
「は、はい」ゲ。
席に着くまで、時枝祥子の意識は、私に向かっていた。何で?
「山下さん、よろしくね」
「は、はい。こちらこそ」
先生が教室から出て行くと、皆が時枝祥子の周りに集まって来た。
「時枝さんて、どこに住んでるの?」と小橋君が尋ねた。
「あの、山下村に」
え~~~~~。山下村に~~~~!!! どこに~~~~?
ふと、ミーアキャットの姿が脳裏に浮かんだ。
まさか、まさか……ミーアキャットなの~~??
「ああ、山下さんちの温泉旅館にいるんだ」と里中君が言った。
「あそこ、いいよね」
「ええ、本当に、いいところです。お陰で、すっかり元気になれましたし」
「私も、また行きたい」と真由が言った。
「どういうこと?」
「どういうこと?」
「山下さんちの温泉旅館て?」
皆が口々に話し、そして、私の方を見た。
「ずるい」と藤原加奈が言った。
「私も行きたい、山下さんち」
その後、「私も」「俺も」「俺も」「私も」が永遠に続くかと思われた。
「じゃあ、俺が山下先輩に聞いて見る」と小橋君が言った。
「同じ野球部だし」
きゃあああ、という歓声は、「静かに!」という倫理の杉本先生の声にさえぎられた。
「起立」という声がして、皆は慌てて席に戻った。




