次なる戦場は何処だと、解放の声が聞こえる
谷底へ北鑑軍を追いやったバルチャーが、奪い取った陣地に悠々と入った頃。
靖破、シュラ、リナムは既に、幾らかいただける物資を馬車に積み込んでいた。
「お三方、お疲れでございましたな。貴殿らの力添えで上手く事が運び、北鑑軍を追い払えた。改めて礼をしたい故、城に来てもらえるだろうか」
「……と、言っているが。どうするのだ、魔女よ」
『うちはどっちでもいいぞ。リナムはどうしたい?』
「私はできるだけ早く、陽慶に戻った方が良いと思います。李嶷軍の残党が陽慶の南にまだ居ますから。留守を長引かせるのは得策ではないと思うんです」
「という訳だ。俺達は帰る」
「うむ……そうか。……そうだな、状況が状況だったな。無理に引き止める訳にはいくまい。私も私で軍を立て直さねばならぬし、宴にはもう少し落ち着いてから招待しよう」
歴史的な大勝利を収め、勝利の美酒に酔いしれたいところではあるが、状況を今一度考えれば浮かれている暇はない。
溜め息まじりに肩を落とすバルチャーは、実に残念そうだった。
その姿からは、彼が本気で靖破と酒を酌み交わしたかったのだとわかる。
余談だが、彼等四人の中で酒を嗜むのはバルチャーぐらいだろう。それも大虎國内では一風変わった貴族流の楽しみ方で酒を飲む。
靖破は元々飲み気より食い気の男で、シュラと契約した今は飲食に興味を示さない。
シュラも一応酒は飲めるが、彼女に関してはアサギと肉があればそれでよし。酒は魔女アイテムの調合に使う程度の認識だ。
リナムは未成年。そこら辺の教育に厳しい父親からしっかりと言われており、リナム本人も自分は飲む側より御酌する側だと思っている為、飲みたいとすら思っていない。
「……ところでバルチャーが現れた西の方角だが、何やら山火事のようなボヤが見えるぞ。火計でもしてきたのか?」
「左様。未だ歯向かう力を残した者共がおった故、火を掛けて追い払って参った」
「それは驚く。あれほど一方的な潰走となって尚、まだ闘志を燃やす兵がいたとはな。北鑑の蛆虫どもの中に、蝿となれる者がいたか」
「それはもう……何を隠す事があるか、鬼軍曹バラガスの部隊ゆえ、末端の兵士だろうと気概は持ち合わせておるだろうよ。だが羽が燃えれば、成虫とて蛆に等しかろう」
「フッ、かもしれんな」
「うむ、そうだろうとも」
珍しく微笑を浮かべた靖破を、リナムは注視した。
だが、バルチャーの発言から何かを察している靖破の言動に何処となく闇を感じ、深く考えてはいけないと、戦後処理の方に意識を切り替えた。
(私は果たすべき役目を果たす。靖破様がどのような御方でも、私は身を捧げて御力になる事だけを考えればいい)
靖破やバルチャー、武人達の戦い方に、自分は口を挟むべきではないと考える。
リナムはあくまでも、後方支援という職分を優先した。
「リナムお嬢様は居られますか!? リナムお嬢様は何処!」
「私……? あっ! キクズナ!」
「おぉ、リナムお嬢様! またお会いする事ができるとは……!」
そんなリナムの許へ、一人の負傷者がバルチャー兵の肩を借りながら現れた。
ハッと気付いて陽の気を纏うリナムの声に、靖破とシュラとバルチャーも反応し、皆の意識が自然と集まる。
『おっ? ボロボロだなぁ。リナム、誰だそいつ?』
「私の兄 ロキの副官を務めていたキクズナです。兄とともに戦死したと聞いていましたが……貴方だけでも、無事で良かった……!」
紹介しながら、リナムの瞳に一筋の涙が浮かぶ。
純粋にして健気な様子に、シュラとバルチャーも心を熱くした。
だが、当のキクズナは感動の再会も程々にといった様子で、普段から見せる真剣な面持ちを浮かべて話を区切る。
「お待ちを、リナムお嬢様。ロキ隊長は死んではおりませぬ」
「えっ? 兄様が……生きているのですか!? ですが兄様は、北鑑軍との決戦で……」
「確かに我らは敗れました。父君 ジオン様も、壮絶なる戦死を遂げられて……ですが! ロキ隊長はまだ生きておられます! 討たれたというのは、我らを混乱させるための敵の流言飛語! 私は負傷した隊長とともに捕縛され、つい先日まで眞城の于雲夏軍に捕まっていました。隙を見て逃げ出し、何とかリナムお嬢様へこの事をお伝えしようとしたのですが……まさか北鑑軍が丘霜まで侵出していたとは。不覚にもこの地で、再び捕らわれてしまったのです」
「そうだったの……貴方には苦労を掛けましたね、キクズナ。ありがとうございます。……でも……そうですか。兄様は生きて……良かった……兄様っ……!!」
堪えていた涙が溢れ出し、それが止まってくれない。
父の死は変わらないものの、兄はまだ生きている。戦死と聞いて領民や家臣の為に当主とならざるを得ず、喪に服してから数日も経たずに乱世に挑んだ少女にとっては、この上なく嬉しい一報だった。
「……魔女よ、次の戦場は俺が決めるぞ」
『あぁ、構わねぇよ。どっちにしろ同じだろうからな』
「靖破様……?」
「次は眞城の于雲夏軍を討つ。ロキを助けるぞ」
「!? 靖破様……! 本当に……本当に兄を助けてくださるのですか……!?」
リナムの表情にパッと花が咲く。やはり靖破にとってもシュラにとっても、リナムには笑っていてほしかった。
「泣くな、リナム。憂い顔も魅力的だが、君には花のような笑顔が向いている。……そう、魔女が言っているぞ」
『おぅ! うちもそう思うぜ! まぁ大船に乗った気で任せろや! お前の兄ぐらいサクッとドドンと救い出してやらぁ!!』
「はいっ……!! ありがとうございます……ありがとうございます、靖破様……シュラ様!」
『だから泣くなって! ……よっし! いっちょ、うちの胸を貸してやる! ど~んと甘えていいぞ! リナムだけの特別だ!』
「……やめた方がいいぞ。魔女の胸に、アサギの汁が落ちているからな」
『そんな汚ぇ食べ方するわけ……うっわマジだわ。ちょっと油断してた』
「ここぞという時に限って、締まらん魔女だ。……が、言っている事に違いはない。リナム、君はもっと俺と魔女を頼っていい。利用するぐらいに考えた方が、謙虚な君には丁度良いだろう」
「利用するだなんて……とても罪深い事です。……ですが、ありがとうございます!」
「うむ、では気も晴れたところで、早速準備に取り掛かりたまえ」
「はいっ! キクズナ。傷だらけの体に無茶を言いますが、貴方も力を貸して下さい」
「ははっ! お任せ下さい。この程度のかすり傷で根を上げる程、ルーベルズ兵団の男はやわではありません」
味方も増えて、良い具合に士気が高まった。
靖破達は次の標的を眞城に据え、リナム主導の下、準備に取り掛かかろうとした。
「暫し待たれよ。一つよいかな?」
そこで、先程まで黙っていたバルチャーが話の輪に入る。
「眞城は元々私の城だ。当然、内部構造も良く知っている。……私は同行できぬが、部下の中から城内に詳しい者を選出し、私の代わりに道案内をさせよう」
「昨夜と同じように、正面から攻め込むつもりだ。案内は不要」
「貴殿はそれでも構わんだろうが、捕虜やリナム嬢の事を想えば、助け出す寸前まで姿は眩ませた方が良いだろう。なぁに、腕にも自信がある器用者を選ぶ故、足手まといにはならん。リナム嬢の護衛といった解釈で連れて行かれよ」
「……いいのか?」
「何か問題があるのかね?」
「後々敵になるやもしれん相手に、自らの城の弱点を教える事になるぞ」
その返事を聞いて、バルチャーは微笑を浮かべる。
いの一番に戦う事を考えているとは剛毅な奴だ、と。
「“今は今”。貴殿はそう言ったであろう。私も恩を返すつもりだが、本当に返せるかどうかはまだ予想がつかん。故に返せるうちに、少しでも返そうかと思っている。……それよりも、貴殿こそ安易に私を信じていいのか? 同行させた部下にリナム嬢を人質に取らせ、敵にも情報を流して貴殿を待ち伏せするかも……とは思ったりしないのかね? 私が謀士なら、後々敵になるかもしれない強者を北鑑軍と同士討ちさせるが」
「武人ながらよくそんな策が思いつくものだ。……だが、わざわざ言う時点で裏切る気はないのだろう。眞領主 バルチャーは、恩義に反する行いはしない。するような奴なら、先の戦で既に裏切っている」
「フフフ、よく言ってくれた。……家柄と才能で天狗になった若武者と思っていたが、中々に気に入ったよ。時節が来たら、また供に戦おう」
奇特にして曲者と名高い武将 バルチャー。
靖破に一目置いた彼は、これから先の展開に愉快さを感じるや、同僚達に向けたことのない澄んだ笑みを浮かべて見せた。
《ロキの片腕 キクズナ》
ルーベルズ家に仕える武人。ロキの副将を務めている。26歳でロキより5つ歳上。ロキが子供の頃から側近だった為、二人の仲は良好である。
文武に長けた真面目な人物であり、ロキやリナム、二人の父であるジオンの信頼も厚い。
騎兵を好んで用いるロキに代わり、歩兵大隊を指揮する事が多く、用兵術や兵法にも精通している。要するに地に足のついた安定感が売りの武将。
北鑑軍との本戦では、ロキと共に最前線で奮戦したが、ジオンの戦死に伴う敗走の流れには抗えず、敵将に捕縛されたロキを助けようとした過程で共に捕まってしまった。
階級は九品官。九品制最下位は原則3,000〜5,000人を指揮する大隊長クラスという位置づけにあり、将軍の副将のそのまた副将といった具合。




