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情け無用の追撃・言葉無用の将軍

「……松明用の松脂はどれほどあるか?」


 深淵の谷底から、良くも悪くも死を免れた北鑑兵の呻き声が木霊する中、不意にバルチャーが側近へ問いかけた。


 側近は具体的な量を直ちに述べ、それを聞いたバルチャーは小さく頷く。


「一部に火を掛け、そこから延焼させるには充分な量だな。……谷の一角に向けて火矢を撃ち込め。連日の晴天で草木もよく乾燥していれば、放火するだけで立派な火計となろう。屍の上に落ちて命拾いした者共を、残さず焼き殺すのだ!」


 畳み掛ける剣技で敵を圧殺するバルチャーには、戦術の面に於いても「容赦が無い」の一言に尽きた。


 側近は僅かに引きつつも、その命令に従って百名の弓手を揃え、一斉に火矢を放つ。


 死の谷は忽ち炎上し、灼熱地獄と化した。先程までとは比べ物にならないほどの悲鳴や呻き声が木霊し、人肉の焼ける匂いが鼻を刺せば、煙は夜空に昇って天をも焦がす。

常人であれば、耳を覆って目を逸らす光景だろう。


「フフフ……! どうだ、明るくなったろう。これで我らが道に迷う事はない。さぁ、もぬけの殻となった敵陣に舞い込むぞ」


 しかしながらバルチャーは、耳を覆わなければ鼻も押さえず、さも満足げに谷底を眺めた後、一片の情をかける事もなく踵を返す。

これにはさすがの側近達も背筋を凍らせ、上官の言葉に返事もできなかった。


 この夜襲で北鑑軍五万は壊滅し、捕虜になる者二百数十名。辛くも戦場を離脱した者も、領民による残党狩りに遭って虐殺された。

丘霜の地に足を踏み入れた者は、誰一人として、友軍のもとへ辿り着くことができなかったのだ。


 この夜の惨劇もとい大勝利を、後世の大虎戦史ではこう記す。

万骨渓(バンコツケイ)の戦いに於いて、靖破とバルチャーは丘霜南部に布陣する北鑑軍五万を夜襲した。驚いた北鑑軍は西の万骨渓へ向かって逃走し、大半が谷に転落した後の火攻めにあって全滅した。

尚、この谷の名称は「渓」を使うが、この谷に川はない。戦死した兵士の遺族達が弔いに訪れた際、川のように流れた涙が火攻めの苦痛を慰めた事に由来する」……と。




 一方、報復を終えた靖破は、いつも通り静かになった戦場に佇み、討ち取った敵将をバラバラにしようと得物を握っていた。


 しかし今夜に限っては珍しく自制が効いたようで、手にした方天戟が止まっていた。

というのも、後続を引き連れて現れたリナムが、まだ息のあるバラガスの助命を願っていたのだ。


「敗者には死あるのみ……! 情けはいらん。早う首を取れ……!」


「……本人はこう言っているぞ、リナム。どうしても殺ってはならぬのかね?」


「っ……靖破様がお気に召さないと承知の上で……もう一度お考えいただけませんか?」


「別に苛立ってなどいない。リナムがどうしても助けたいというなら、命は助けてやるさ。ただ助けてやる理由が解らぬのだよ。北鑑のバラガスと言えば、忠義に厚い猛将として知られる男だ。君が命を助けたからといって、我らに従うような男には思えん」


「は……はい。靖破様の考えはよく、わかるのですが……」


 血塗れの方天戟を持つ靖破が薄ら目を向け、リナムは少なからず恐怖心を抱いていた。

抑々が初陣の彼女にとって、死屍累々の戦場に立つ事だけでも相当な勇気がいる行為なのだ。そこにあって味方とは言え、敵兵を一方的に虐殺した靖破がじっと此方を見つめていれば、リナムならずとも畏縮して当然だろう。


『はぁ……リナムが恐がってるぞ。お前にだ、靖破。得物を降ろせ』


「ん? ……あぁ、これはすまない。つい、戦の余韻に浸ってしまった」


 感情に聡いシュラが言葉を以て制し、靖破に気付かせてやる。


 靖破が方天戟を近くの柵に立て掛け、聞く姿勢をつくったところで、リナムは漸く肩の力を抜くことができた。


「お手を煩わせてしまい、申し訳ありません。……敵将を生かしたい理由ですが……戦はもう終わり、これ以上の流血は無用だと思ったからです。まだ息のある者を執拗に殺めては、靖破様の信頼に傷をつけることになりましょう」


「俺の信頼など、もはやどうでもいいが……本当にそれだけが理由かね?」


『それぐらい察しろや靖破。……リナムは必要無要に限らず、殺生が嫌いなんだよ。こいつがいる前で、わざわざ殺す必要もないだろが』


「なるほどな。理解した。……だが生かすといって、どうするのだ? 放てば再び背き、降伏もしそうにない。捕虜にしても隙を見て暴れるぞ。普通の人間と違って、下手な鉄格子は粘土細工のように破ってしまう。……俺にこそ敗れたが、並の将では太刀打ちできない実力をこいつは持っている。だからこそ、俺の一撃を受けてもこうして生きていたのだ」


「……バラガス様。大虎に降ってください。大虎は剣合国に叛意を翻しましたが、それは私利私欲の為ではなく、剣合国の圧政を正さんとした為です」


「それは承知している。……だが、大虎が攻め込んだのは、我ら北鑑にだ。戦争となればもはや……圧政が云々とかは理由にならぬ。……これは北鑑と大虎の戦だ! ならばこそ我は、大虎に降伏などできぬ!!」


「そこを曲げてお願いいたします。暴虐な剣合国の王の為に、私達が殺し合うのはおかしな話ではありませんか? 大虎が先んじて北鑑に攻め込んだ事に関しては、深く謝罪いたします。その上でどうか、是非ともお仲間になって、民を導いてくださいませんか?」


「くどい! 如何に説得されようとも、生き永らえるつもりはない!」


 大声を放つ度にリナムが畏縮し、応急処置を施した傷口から血が吹き出る。

このまま解決に至らない問答を続ければ、遅かれ早かれバラガスの命は潰えるだろう。


『ぃよっ!』ゴスッ!!


「ウゴオォッ!?」


「シュラ様!? えっ? えっ!? 凄い音がしましたけど、死んでいませんよね?」


 後頭部にシュラの魔女チョップが炸裂。バラガスは一旦意識を失った。


『……取り敢えず、うちの力で拘束しとくよ。説得するのは後でゆっくりやんな』


 リナムの意思を尊重したシュラにより、バラガスは魔力を封じられて捕虜になった。

これなら暴れられる不安もなく、傷を癒やしながら語る事が可能。リナムはシュラに頭を下げて礼を言う。返礼はもちろんアサギの山であった。


「それにしても、魔人の無力化ができるとは驚く。お前が拳以外で役に立つところを、初めて見た気がするぞ」


 ちゃんとした手当てを受けるバラガスと、アサギ箱に腰掛けて戦後のデザートを楽しむシュラを交互に見ながら、靖破が呟いた。


 言葉にやや毒がありつつも、シュラはまったく気にもせず、淡々と返してやる。


『戦力最盛期と言われた剣合国の統一期に、かの猛者どもと殺り合った魔女様を舐めんな。拳以外にも色んな魔法は心得てんのよ。ただ拳使った方が早いからそうしてるだけ』


「……それはもはや、魔女とは言わんだろう」


『いーや。魔力を扱う女だから魔女はあってる。……リナムも魔力が扱えれば立派な魔女だぜ。仲良くやろーじゃねぇか!』


 追加のアサギを持ってきたリナムに、シュラは抱きついた。

魔力が扱えるようになったら同じ魔女として仲良くなのか、単なるアサギ好きとして仲良くなのか、靖破にはよくわからない光景だった。


 確実に言える事は、戦後処理から魔女のご機嫌とりまで、リナムは大変だという事だ。






《水車の如き戦斧使い バラガス》

 北鑑の将軍。戦斧を得物とする猛将であり、その武勇は「百将に勝る」と言われる。

規律に煩い典型的な軍人と言えば、オマケのようについてくる忠誠心の厚さが売り。あと頑丈で声も大きい。図体もドデカい。


大虎軍との本戦ではバルチャー等の大虎左軍と交戦。苦戦する北鑑の友軍や蔡軍を救援したり、剣合国の別働軍と歩調を合わせるなど、他軍との連携を重視してバルチャーの敗退に一躍買っている。


良識を弁えた人物で、剣合国の圧政に民が苦しんでいる事は苦々しく思っていた。それだけにリナムの言わんとしている事は一応理解しているが、典型的な軍人ゆえに戦うしか道はないと考えている。


階級は五品官。五品官は自らの軍を持つ事は許されるものの、独立して動く事はできず、戦争では上位将軍の副将に位置づけられる。


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