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油断大敵 死は一歩手前にあり

丘霜(キュウソウ)南部 北鑑軍駐屯陣地


 バルチャーを追って丘霜に侵入した北鑑軍五万は、勝ちを確信して警戒を怠っていた。

靖破とシュラ、バルチャーと彼に率いられる騎兵一千騎は、闇夜に乗じて城を発ち、ひっそりと北鑑軍の陣地へ近付いた。


「ハハハハッ! 三日後には城攻めだ! 今夜は飲んで飲んで飲みまくるぞ!」


「そうとも。敵の城を前にしたら、夜もおちおち寝られんからな。今のうちに英気を養っておくべ!」


「うぃ〜、ひっく。飲むのかぁ寝るのかぁ、はっきりしろよぉ〜」


「俺達は五万だ! 勝ちは決まってるんだから、どっちでもいいさ。いらない心配をしたところで、負傷兵だらけの城なんぞすぐ落ちるよ」


「兵の数だじゃない! 将軍の数だってこっちが上だ! 向こうはバルチャー一人だが、こっちにはバラガス将軍に加えて雷寛将軍や韓蒸将軍だって居る! 全軍で総攻撃を掛ければあんな城わけないさ」


「いやいや、もしかしたら降伏するかもしれんぞ。援軍は望めず、大半が負傷兵ともなれば、戦って勝てるとは思わんだろうしな!」


「それは助かるな! 労せずして城に入る事ができるなら、良い女はたくさん残ってる筈だ。好きなだけ抱きまくるぞ! なんたって俺達は官軍様だーー!!」


 北鑑軍の兵士は、陣地外周部の警備隊に至るまでが、気を緩めて酒を食らっていた。

彼等は既に、丘霜城を落とした後の事を話していた。


「…………ん? ……おい、見ろ。誰かこっちに向かってくるぞ」


 靖破とシュラは真正面から、さも当然のように現れた。雲の隙間から覗く月光に、薄く照らされた草道を散歩するが如く。悠々と歩いて現れた。


 そんな二人を見て、北鑑軍の兵士達は怪訝な表情を浮かべながら問い掛ける。


「男と……あれは女だな。こんな時間に誰だ? 男の方は武器を持ってるぞ」


「おい! 何者だお前ら! ここは――っ!?」


 一人の兵士が声を荒げるや、靖破が方天戟を一振りする。

蒼色の真空刃が横一文字の形状で疾駆し、次の瞬間には陣地外周部の防柵ごと、警備隊の体を胴から上と下に切り分けた。


「わ、わあぁーー!? 敵襲! 敵しゅ――うぇっ!?」


 先程まで一緒に楽しんでいた味方が、一瞬にして鮮血をあげる肉達磨に変わり果てた姿を見て、後ろの方にいた兵士が悲鳴ともとれる喚声をあげた。


 だが、この兵士も既に切られており、言葉を言い終わる前に視界が崩れ、動揺の声をあげたと同時に絶命する。その表情は最期に感じた動揺に相応しく、理解しがたい現象を前にして浮かべる困惑顔であった。


『一番槍は静か也! ってか? そんなら二番手は派手さ満開! ワチャァーー!!』


 切り開かれた戦端に、シュラが続いて拳を繰り出す。

動揺冷めやまぬ敵中に、大地を抉り進む衝撃波が猛然と殴り込む。土や柵、兵士も天幕も旗も篝火も関係なしに吹き飛ばした。


「敵襲! 敵襲ゥー! 二人組の魔人が攻めてきたぞーー!!」


「……やれやれ。騒ぎが大きくなったぞ。お前のせいだ、魔女よ」


『白けた攻撃するお前が悪い。うちはいつでも全力だ!』


 スマートに切ろうが、ストレートに殴ろうが、結局は全滅させるのだ。

靖破とシュラはすぐに気を入れ替え、迫りくる雑兵の群れを蹴散らしていく。


「……ふむ、どうやらお二人が始めた様だな。派手にやってくれる分、敵の目が向いて我々は助かるというもの。今のうちに目標地点へ急ごうか」


 靖破とシュラの戦闘開始は、敵陣を迂回して背後に廻ろうとしているバルチャーの騎馬隊にも感じ取れた。


「フフフ。リナム嬢の話を聞いただけでは想像できなかった故、二人の攻撃だけで本当に陽動になるのか心配していたが……大丈夫そうだな」


 夜風に乗って響き渡る、敵兵の悲鳴と陣地の崩壊音は、バルチャーの心配が杞憂そのものであったと物語る。

バルチャーは微笑を浮かべながら敵陣の方角を一瞥し、絶好の機と絶好の場所を狙って間道を駆け抜けた。


 一方、靖破とシュラは、早くも逃げ腰になった北鑑軍の兵士達に役不足を感じていた。


『ドリャアァァーー!! 今のでたぶん千人抜き! もっと骨のある奴来いやぁ!!』


「このメスガキ……つ、強いぞ!?」


『誰がガキじゃおらァァーー!!』


「うわあぁっ!? 助けてくれぇぇーー!?」


 シュラの拳が繰り出されれば、凄まじい衝撃波が発生して数多の敵兵を吹き飛ばす。

格闘家が零距離まで接近して戦うなんて、誰が決めたのかしら? 魔女の攻撃範囲は50メートル先まで届くのが普通なのよ。……と、魔女が申しているだろう。


「ハッ……! 品のない攻撃だが、注目を浴びるにはもってこいだな。見ろ、魔女よ。少しは骨のありそうな奴等が現れたぞ」


『……む!? あれは馬肉か! チクショー! 甘辛い(タレ)を持ってくれば良かったぜ!』


「騎馬隊をどう見れば馬肉になる。それに軍馬など、筋肉質で旨くないぞ」


『知るかぁぁーー!! うちにかかれば肉は肉だ! ホワチャーー!!』


「うわあぁぁぁーーー!!?」「ぎゃアァッ!?」「グボォッ!?」「た、助けてくれぇ!!」


「……拳一発で終わったか。分も持たぬとは、魔女が桁違いというか……北鑑の騎兵どもが弱すぎるのか」


 シュラの手にかかれば、追加メニューの馬肉など一瞬で片付いた。


 文字通り手のつけられようが無い状況を前にして、北鑑軍の兵士達は絶望待ったなしで恐れおののく。靖破の言うように桁違いが過ぎるのだ。


「お……俺達じゃ敵いっこねぇ……! 逃げろぉぉーーー!!」


 一人が逃げ出せば、後は堰を切ったように逃走を始める。

魔人の襲来……否、ただの魔人に非ず。契約の魔人が現れたらそれは、天災と言っても過言ではない。竜巻や津波を前にして、常人は逃げるが吉だろう。


「逃げるな!! この恥知らずがっ!!」


「将ぐ――ぎょわあぁっ!?」


 だが、立ち向かう敵と真逆の方向に逃げる事が、必ずしも吉とは限らない。

黙して従わせるには最も簡単な鉄拳制裁が飛んだ事で、人形の様に宙を舞うことになった兵士達にとって、寧ろ凶と出た。


「……貴様がこの軍の将か」


 靖破が一瞥した先には、鉄拳が抉じ開けた雑兵どもの道を、鈍重な軍靴を響かせながら歩いて来る巨漢の姿があった。

潰走の流れを一撃で防ぎ止め、一瞬で規律を取り戻す。味方を恐怖させる威力と、常時醸し出される威圧感からして、この巨漢は魔人に間違いなかった。


「おうとも。この軍の先鋒を任されたバラガスだ。よくも散々に暴れてくれよったな、この白髪頭め。多少腕に覚えがあるかと言って、良い気になるなよ」


「いや、良い気分だ。今まさに俺の存在理由が生きている」


「ほざくなぁっ!!」


 靖破より巨漢のバラガスは、得物の戦斧で一薙ぎした。

殺人級の威圧が先んじて襲いかかった後、本命の刃が山を穿つほどの勢いで迫り来る。


 常人ならば、まずバラガスの気に当てられただけで泡を吹く。戦慣れした精鋭であっても、先行する威圧の時点で案山子同然。武術に心得がある魔人の段階で、ようやく一撃に対応する事が可能だろう。

ならば契約者となった靖破はどうであるか。


「フッ……!」


(――む!? こやつ……!?)


 彼は威圧も殺意も全く意に介さず、刃すれすれの所を潜り込んでバラガスの懐に入った。


「ハアァァッ……!!!」


 闇がかった嗤い声と気迫の声が混ざり合った一瞬。靖破は微笑を浮かべながら方天戟を振り切り、バラガスの甲冑を粉砕するとともに、彼をそのまま吹き飛ばした。

比較するものに憐れみを感じてしまうほどの、桁違いな動きであった。


「「「バラガス将軍ーーー!!?」」」


 鬼軍曹と恐れられる歴戦の猛将が、たった一合刃を交えることもなく弾き飛ばされた光景は、驚愕する北鑑軍の兵士達にとって「死」を意味するも同じである。


「そ……そんな……。百将に勝ると言われたバラガス様が、たった一撃で敗れるだと!?」


「もうだめだ……逃げろぉぉーー!!」


 唯一頼れる存在が、自分達をこの場に踏み留まらせた存在が、戦闘不能になった。

完全な戦意喪失となった北鑑軍の兵士達は、今度こそ雪崩を打って潰走する。


「正に好機。行くぞ皆の者! 憎き北鑑軍を追い散らしてやれ!!」


「「「オオオオォォォーー!!!」」」


 敵陣の背後に廻ったバルチャー騎馬隊も、ベストタイミングで来襲した。

その突撃を合図として、騎馬隊とは別に放たれた非戦闘の撹乱部隊も、陣地の南側と東側から一斉に鬨の声を上げる。


 真夜中の暗闇がバルチャー勢の実数を暗ませ、広範囲からあがる鬨の声が潰走の波を加速させるとともに、北鑑軍に軍勢規模の夜襲だと錯覚させた。


「大虎軍の夜襲だぁぁーー!! 南から強力な騎馬隊が来てるぞぉぉーー!!」


「東からは歩兵の大軍だ!! あれは二万近くいるぞ!!」


「西だ! 西からは敵が来ていない! 一先ず西へ逃げろ!!」


 バルチャーは更に、自軍の兵士に敵への流言を行わせた。

これも暗闇と混乱が味方して、北鑑軍の兵士には敵の声だとわからなかった。


「に、西だ! 西に逃げれば助かるそうだぞ! 急げぇぇーー!!」


 必死に走る北鑑軍の兵士。それを一千の騎馬隊が牧羊犬のように追い立てる。


 土地勘の無い北鑑軍は、暗闇の峠を言われるがまま、追われるがままに猛進し――


「うっ!? うわああぁぁぁーーー!!?」


「どうした――えっ!? ああぁぁぁーー!!?」


「崖だぁっ!! 押すな! 押すなって――う、ウワァッ!!?」


 断崖絶壁の谷に、どんどんどんどんうわぁうわぁと落下していった。

状況を知らない後続兵に押される形で、最前列の兵士が秒を待たずに入れ替わる様は、地獄谷の獄卒から逃げる罪人の群れの図とでも言うべきか。


 とにかく、面白いように谷底へ落ちていくのだ。バルチャー騎馬隊が追撃の刃を一層繰り出し、最後尾の北鑑兵を前へ前へと押しやれば、それだけ最前列の兵達が悲鳴をあげて暗闇に消えていく。


 こうして北鑑兵の大半は谷底へ転落し、状況を知って立ち止まった者達も余さず殺された。時にして、一時間もかからなかったという。



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