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臣下たる者は、君に仕えるのみ

 靖破、シュラ、リナムの三名は、王都陽慶の東に位置する丘霜(キュウソウ)城へ赴く。

かの地には先の決戦を生き延びた南部の将軍 バルチャーがいるとされ、彼は敗残兵をまとめて北鑑軍の侵攻に備えているとの事。


 靖破とシュラにとって、貴重な協力者であるリナムの故郷ケトの安全を確保するべく、まずはバルチャーを味方に誘い、対峙する北鑑軍を蹴散らす必要があった。




丘霜城 軍議の間


「老けたな。靖破殿」


「どうでもよいが、将軍としての第一声がそれか? 舞闘剣(ブトウウケン)のバルチャー」


 城に着いて謁見を頼むなり、即座に通された靖破一行。

そんな彼等を出迎えた紳士的な装いの男性こそ、将軍バルチャーである。

舞うような剣技で畳み掛ける凄腕の剣士として『舞闘剣』の異名を持ち、武将でありながら貴族文化にも精通し、教養と美意識に富んだ名将だ。


 それ故に靖破は、もっと味のある挨拶を期待したのだろう。興味もない自分の容姿を話題に出されても、面白くなかった。


「失礼。えらく雰囲気が変わったものでね。……察するに、隣にいる “人ならざる者” と関わりを持ったというところか」


『おぅ! 話が早ぇな将軍! まぁそういうところだ!』


「……簡潔でよいので、解説を頼んでも宜しいかな? ルーベルズ家のリナム嬢」


「承知いたしました。私の知る限るではありますが、今に至るまでの経緯を説明させていただきます」


 リナムは陽慶陥落から靖破とシュラの契約までを流すように話し、リナムが合流するまでにあげた靖破の武功に関しては、詳細に報告する。


 圧倒的過ぎる武力を前面に主張したリナムの説明は、バルチャーを半ば戦慄させた。一軍をたった一人で撃退するなど、もはや人の為せる技ではない……と。


「……その武力を以て、今度は私を助けてくれるのか。そこは感謝するが……」


「何か、問題がおありでしょうか?」


「貴殿らは私を恒久的な指揮下に加えたいのだろう? 第一にケトを守る盾として、利用したいと。だが私は大虎王家に仕える将軍だ。王家に忠誠を誓えばこそ、王命もなく靖破殿を上官に据える訳にはいかない。リナム嬢は敢えて言わなかったのだろうが……傅磑(フガイ)殿の籠る石岳(セキガク)城に、王弟の虎忙殿が居られるというのだ。先の戦いで大虎王が戦死された今、大虎を導く方はかの虎忙殿になる。……私はこの危機を脱した後、彼の指示に従うつもりだ」


「で、ですが! 王弟様はとても、一國をまとめ上げるような器量を持ち合わせておりません! あの御方では、遅かれ早かれ大虎は本当の滅亡を迎えてしまいます!」


「それこそ、我ら臣の出番ではないかな。虎忙殿が暗愚な王にならぬよう、傍らにて補佐し、正道に導くのが我らの責務と心得る」


「……恐れながら、王弟様は忠言に耳を貸すような方ではないかと……」


「それでも王家に仕えるのが、我ら臣下だ。……私は傅磑殿ほど堅物ではないがね、王と臣下の立場は守らねばならないと思うのだよ。そうでなくては國を治める上で、『秩序』というものが無くなると考えているのだ」


「私は……秩序とは、為政者が為政者たり得てこそ、示されるものだと思います。暗愚な王によって国民が苦しむ惨事が想像できるなら、未然に防ぐのも――」


「そのような発言は、貴族令嬢の一人に過ぎない君が言っていいものではない」


 やや怒気の含んだ制止に、リナムは一瞬だけ肩をビクリと震わせた。

政務に長けた才女として知られる彼女でも、王家と密に関わる重臣とでは、言葉の重みに差がありすぎたのだ。


 しかし見方によれば、バルチャーは「これが直接的な王への進言であれば、行き過ぎた発言で無礼討ちされるところだ」と、暗に教えたのかもしれない。

何にせよ、リナムはバルチャーの一言で押し黙ってしまった。


「リナム、代わりたまえ。武人の説得には、やはり武人が適任だ」


「あっ……靖破様。……申し訳ありません」


 リナムは謝るが、靖破は彼女の失敗を責めるつもりなど毛頭なく、かといってリナムを叱ったバルチャーに仕返しするでもない。


 彼はただ、スッと前に出るや、左手で項垂れるリナムの頭を撫でた後、それをそのままバルチャーに向けた。


「結論を言おう。この城もこの國も、今のままでは先の展望がない」


 向けられた左手と断言された内容を前に、バルチャーは僅かに表情を曇らせる。


「…………わかっているとも。我々が死力を尽くして足掻いたところで、待ち受ける未来は全滅しかない。裏切り者の國を、北鑑や今の剣合国が許す筈もないからな。仮にアダオウ殿の北部軍が南下してきたとしても、いつかは負ける。滅亡を先延ばしにするだけだ」


「だが俺達と協力すれば勝ち続けられる。全滅するのは敵の方だ」


「その根拠は?」


「先ずはこの地に侵入した北鑑軍を根絶やしにする」


「……靖破殿と魔女殿の二人でか?」


「殺ろうと思えばできるが、時間がかかる。敵も馬鹿ではない。そこまで付き合いはしないだろう。ゆえに奇を突く兵と、それを指揮する将軍が要る。そして決めるなら今夜だ。雲が厚く、月を隠し、人知れず風が疾走する小気味良い刻に襲う」


「貴殿らに協力する前提の話……という訳だな。協力してみねばわからぬと」


「それ以外に証明のしようがない。元より降伏する気がないのだから、一戦ぐらい付き合ってくれてもよかろう。それとも、自分の城や領民と再会できぬまま、他人の遺した城で生を諦めるか? もっとも、それを選ぶならここにバルチャーは居ない筈だがな」


「フッ……フハハハ! 官位と無縁になって言うようになったじゃないか。

――だが、至極もっとも。趣味の合わぬ他人の城で果てるつもりはない!」


 それこそバルチャーは小気味良く笑う。武人極めし大虎の武将達とは違う垣根の変人だからこそ、世間体を気にしなくなった靖破の言葉が妙に面白かった。


 しかし、それでも彼が踏ん切りをつけるには至らなかった。


「……残念だ。これが石岳城に居られる虎忙殿の指示であれば、気持ちよく賛同したのだがね。今の話はあくまでも靖破殿個人の考えだ。助けてくれるならその大恩には報いるつもりだが、王家を無視する事は私の矜持に反するのだよ」


「惰弱暗愚な王弟など放っておけ。この時局、強き者のみしか生き残れん」


「確かにそうであろう。しかし先程も言ったように、私は大虎王家に仕える武将だ。如何に貴殿の家の歴史が古く、地位が上だったとしても、独断で臣下になるつもりはない」


「……解釈を間違えているぞ。俺に忠誠を誓ってほしい訳ではない。俺は王位に興味がなければ、バルチャーの力や軍が欲しい訳でもない。ただ北鑑軍の侵攻を食い止めていてくれればそれで良い」


「…………助けに来てくれた事には、本当に礼を言おう。先があるなら必ず恩も返そう。……だが虎忙殿が次の王位に即かれた暁には、彼の命に従って動かねばならん。その時にまだ、貴殿が陽慶に居るようでは……私はここの軍を引き連れて、東から都を攻めねばなるまい」


「破壊され尽くした陽慶に、攻めるほどの価値はないがな……。まぁそうなったらそれでも構わん。気が済むように動いたらいい。とにかく、今は今の話だ」


「今は今か。……ふむ、貴殿がそれで良いというのなら、この時局に限り、私はともに戦おう。……南に居座る北鑑軍をどう撃退するか、という話に切り替えようではないか」


 今後をとやかく話しても、今がなければ意味はない。

これに関して言えば、全てに対する興味関心を失った靖破だからこそ、良い具合のドライ加減で話がまとまった。


「……とは言っても、私も先の戦で主力となる兵団の大半を失った。敗残兵の寄せ集めで何とか戦力は盛り返したが、負傷者が多く編成も疎らだ。今夜までに奇を突く兵を用意するとしても、一千騎が限界だろう。緻密な策を練り、効率よく配備・運用しなければ、一夜で五万は葬れん」


「策は要らんよ。俺とシュラが暴れるだけで事足りる」


『おっ、うちの出番か? 報酬は二月分のアサギでいいぞ』


「アサギ? アサギというと……あの薄緑色の果実の事かな? そんな物でよいのかね?」


「そうではあるが、一日に食べる量を悪く設定して計算すると、国が傾くぞ」


『あぁ、傾くぜ。人呼んで傾国の魔女とはうちの事だ!』


「その謳い文句だと、普通は色気で勝負するところなんだがな。食い気では、ただの大飯食らいな迷惑女に過ぎんぞ」


 色々と次元が違う話にバルチャーは苦笑するが、「戦力は二人だけで充分」という靖破の言葉は、兵力を温存したいバルチャーにとって悪くない話だった。

尤も、靖破の言う事が本当であればだが。


「フフフ、実に頼もしい言葉だ。では前面はお二方に任せ、私は頃合いの良い所で側面から仕掛けよう。矢面に立たせて悪いが、正面きって戦うには数が足らなさ過ぎる故に、どうかご理解いただきたい」


「構わんさ。俺は俺の殺りたいように殺る。バルチャーも好きに殺るといい」


 話は纏まった。バルチャーは早速出陣の準備に取り掛かる。


「あの……靖破様。できましたら、私も一緒に……」


「いくらなんでも戦場は場違いだ。ここにいたまえ」


『そうそう。足引っ張るからここにいな』


「……はい。申し訳ありません」


 素直で聞き分けはいいが、表情に納得の色は感じられなかった。

自分が望んでついてきたのに、役に立つどころか早くも失敗してしまった事が、働き者で真面目な彼女の心に焦りを感じさせていたのだ。


 かつて武将であった靖破には、それが功にあせる新米将校の姿に映って見えた。


「謝る事など何もないのだが……そうだな、一つだけ頼みがある」


「はい。どういったご要件でしょうか?」


「敵を蹴散らした後の話だ。敵の物資を幾らか土産として持ち帰った方が良いだろう。それを陽慶まで運ぶ輸送隊を編成しておいてくれ」


「かしこまりました。バルチャー将軍にお頼みして、人手を回してもらいます。……それでは靖破様、シュラ様。御武運を」


 後方支援こそ、リナムの本領発揮できる場所だ。

後処理をしなくてよくなった靖破は、これで気兼ねなく戦うことができた。


「…………靖破様が……また、お手をくださった……!」


 仰せつかった任務に従事する傍ら、自分の手を頭の上に当てたリナムは、頬に僅かな朱を混ぜて呟いた。

靖破にとっては何気ない挙動の一つだったのだろうが、慰めるように頭を撫でられたリナムにとっては感慨深いもののようだった。








《南部の剣豪将軍 バルチャー》

 大虎南部に位置する(シン)の領主。湾曲した剣から独自の剣術を繰り出して戦う様から、「舞闘剣のバルチャー」の異名を持つ。39歳。


大虎は貴族よりも武家が優遇される國であり、ルーベルズ家を除く領主の殆どは武将の類いである。その中にあってバルチャーは、歴史ある貴族勢力を有する北鑑や白眉との橋渡しを担うかの様に、貴族文化を身に着けていた。

伝統的な武芸を重んじる他の武将からは、彼が異国文化にかぶれた変人と思われただろう。事実、バルチャーの屋敷を好んで訪れる者は少なかったという。


先の北鑑連合軍との本戦では、大虎王の率いる本軍とは別行動する左軍に配属され、側面からの遊撃戦を展開していた。


次の王位には王弟の虎忙が即くべきと主張しているが、これはリナムが案じる國の行く末より、血統を優先した為である。

異国文化に精通する彼であっても、根は伝統を重んじる武人の一人だということか。


階級は四品官。四品官以上から広大な領地の領有が認められ、将軍としても一軍を率いる事が許されるばかりか、時として大軍(3万〜8万)を指揮する大将にも任命される。


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