侵略された大虎は如何に
薔薇の月 祠の跡地にて
靖破とシュラが立てた小屋は小さく、中は当然ながら狭い。
リナムは活動域を拡張する為、外に調度品を置き、仮のテントを設置して雨風から守ると同時に、そこを仮の拠点として軍議を開こうとした。
「それでは新しい政庁が出来上がるまでの間、ここで軍議を行いたいと思いま……」
「魔女たま〜、何してるの? 一緒に遊ぼ〜」
「魔女たま〜来たよ〜。遊んで遊んで!」
『うちは近所のガキと遊ぶのに忙しいからな。小難しい事は無しで』
開口一番に、シュラが近所の子供達の許へ消えた。
「えっ!? あ、あの……」
「気にするな。あれはああいう奴だ。俺が聞いている故、続けたまえ」
「は……はい。わかりました。……それでは、現在の大虎の状況について報告します」
「あぁ、よろしく頼む」
古の魔女に国家間の争いなど関係ない。無理やり同席させたところで詮無き事だった。
靖破とリナムは勝手に話を進めることにした。
「まずは残存している大虎軍についてです。王都陽慶より西側の石岳城に、傅磑将軍と三万の兵が籠っておられます。城は十万を超える北鑑軍に包囲され、城内には負傷兵も多いようです」
「ほぅ……あの堅物将軍が生きていたか。大虎王に殉じて、戦場の露に消えたと思っていたのだがな」
「断腸の思いで戦線を離脱したそうです。大虎王直々の命令で、王弟の虎忙様を守るように言われたとか……」
「愚直な男だ。暗愚の王弟など無視して王に殉ずれば、まだ将軍としての華もあっただろうに。……という事は、石岳城の城主は王家の生き残りである虎忙という訳か。……その他に、生き残った者はいるのか?」
「本戦に参加できなかったアダオウ様がまだ、一軍の戦力を残したまま北部に張っておられます。それと王都東の丘霜城に、別働軍を指揮したバルチャー様が入城したそうです。本戦で敗れた後、残った兵をまとめて要所の守りに移ってくださいました」
「北部軍長官のアダオウに、領地を奪われた南部の将軍 バルチャーか。……なるほどな。君がここに来られたのは、偏にバルチャーのお陰か」
「はい。ルーベルズ家は隣國の榲と、有事の際に不可侵条約を交えていますので、ケトの東は安泰。そして北鑑に侵攻される恐れがある南側は、バルチャー将軍が守りを固めてくださいました。だから私はケトから動く事ができたのです」
陽慶を中心に、西に傅磑、北にアダオウ、東にバルチャー。
大虎軍は完膚なきまで敗れ去ったと思っていたが、存外骨のある武将達が生き残ったな……と、靖破は思った。
それと同時に、自分に味方するリナムにとって絶対外せない人物が、バルチャーである事も理解した。
「……北鑑軍はどのように展開している? 先程、石岳城を包囲する奴等が十万を超えていると言ったが、そいつ等以外に主力と思える群れはあるのか?」
「北鑑との国境の地 礎鋲にて、後続の大軍が集結しつつあるそうです。詳細な数は不明ですが、少なくとも二十万は超えるかと」
「そうか。他には?」
二十万と聞いて恐れないあたり、流石は靖破だとリナムは思った。
彼女は事前に得た情報の全てを伝えても、靖破なら冷静に考えてくれると確信する。
「陽慶の南にも、軍が二つ居ます。一つは李嶷軍の残党と周辺の中・小隊が集まってできた混合軍。数は一万三千ほど。もう一つは更に南で陥落した眞城に駐屯する、于雲夏軍四万です。また、バルチャー将軍の籠る丘霜城を狙う軍もあるとの事でして……國内に侵入している北鑑軍の総数だけでも、二十万は超えているでしょう」
「アダオウの北部正規軍が、確か八万はいた筈だ。傅磑率いる王軍の残りが三万。バルチャーがせいぜい二万と見て、ここにはリナムの私兵が二百。ケトのルーベルズ兵七千は動かせないものとして……國内での戦いは多くて十三万 対 五十万といったところか」
戦力差を概算で把握して、靖破は唇の端を上げた。感情に乏しい彼が、僅かに武者震いを覚えたのだ。
「初戦でだいぶ減らしてやったというのに、さすが大国。“寄せも寄せたり” とは正にこれを言うか」
「……靖破様はどのように動きますか?」
「堅実無比な傅磑が王軍を指揮して籠城するならば、十万の兵で攻めても簡単には落ちぬだろう。李嶷の残党軍も、飽きるほどの屍を築いた。すぐに此方へ向かってくる事はあるまい。それよりも放っておけば敗れかねないバルチャーをどうにかせねば、背後に控えるケトが危うい」
「それではっ……!!」
靖破の言葉を前にして、リナムの目が輝いた。
やはりと言うか、嬉しさを見せる時の彼女は、歳相応な笑顔を浮かべるのだった。
「丘霜城を狙う北鑑軍を討つ。バルチャーに恩を売って、今後もアサギ山を有するケトの盾になってもらおうか」
『アサギがどうかしたか? アサギの為なら、うちも腕を振るうぞ』
「……現金な魔女だ。単語一つで釣れるのか」
『アサギはただの単語じゃねぇ! うちの魂だ!』
「わかったから、その玩具を返してこい。お前のではないだろう」
さっきまで子供の相手をしていたシュラだが、好物の話となれば何のその。
瞬間移動に驚く子供達を無視して軍議に割り込むや、靖破に向かって手に持つ笹棒の玩具をズイッ! と押し付ける。靖破にとっては文言ともに要らぬ押し売りだ。
「私もお供します! 戦いでは役に立たないですが、バルチャー将軍へ遣わす使者としてお使いください! 靖破様の御力になってくれるように、話を纏めてみせます!」
その一方で、始めからやる気に富んだリナムの熱意は、シュラを優に凌いでいた。
彼女には「敵を討つ」という単純な動機以前に、今後の展開についても視野が及んでいる。それこそ靖破の行動を導くかのように。
「……君はここにいたまえ。バルチャーへの遣いは、安全になってから来るといい」
「いえ、交渉には頃合いというものが付き物です。丘霜城が北鑑軍の恐怖に怯んでいる今だからこそ、恩を売り、靖破様の武勇を示しやすいのです。北鑑軍を押し返して安全が確保されてから赴いては、自尊心の高いバルチャー将軍は耳を貸さないでしょう。……今が『話し刻』です!」
「“刻” か。……あどけなさが残る可憐な顔をしながら、気立ては立派な武将になったな」
「え!? ……はっ! し、失礼しましたっ! ……つい、出しゃばった真似を……」
不意に褒められて、リナムは盛大に顔を赤らめた。
それでも数秒後には身を引いた言動に戻り、自分が靖破に意見した事の否を詫びる。
無論、靖破にはリナムの姿勢に角を立てるつもりなど毛頭ないのだが。
「何を謝る必要がある。隣國・榲にまで名を轟かすルーベルズ家の令嬢は、流石と思っただけだ。……リナムも連れて行く。いいな、魔女よ」
『おぅ! うちに異論はない。……ただ、殺りすぎて引かれないようにしろよ。リナムみたいな器量良しを敵に回したら、溜まったもんじゃねぇからな』
「わかった。心に留めておこう。
――では早速、支度を整えたまえ。俺と魔女は何時でも出られるぞ」
「はい。ニ時間ほど、お待ちください。留守の備えを固めて参ります」
動揺していたリナムの表情は、既に平静そのものだった。
この切り替えの早さこそ、時局に機敏なルーベルズ家で培われた武器と言えるだろう。
リナムは連れてきた私兵隊の隊長に陽慶の守備を任せ、危急を報せる早馬の用意から、民の避難誘導先を素早く確保するなど、辣腕ぶりを遺憾なく発揮した。




