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破滅の都へ来訪する者

 靖破は祠の跡地に簡易的な小屋を築き、自警団から敵襲の報せがない時は無為な時間を過ごしていた。

全てに於いて興味関心を無くした彼には、時間を潰したいと思えるものがなく、自分からする事といえば、崩壊した町の様子を観察するぐらい。


 その一方で、シュラは数百年ぶりのシャバを楽しみたくて仕方がなかったが、宿主の靖破が外出しないから彼女も小屋から離れられない。

シュラは当然のように不満を訴えるものの、その不満すらどうでも良さげな靖破には何を言っても無駄と思うようになり、小屋の周辺で楽しめる事を探す日々だった。


『薪割り。パッカーン! ほら持ってけ』


「わーい! ありがとー魔女さまー!」


 今日は近所の子供が持ってきた薪をチョップで割っていく。

子供伝いにその話は広がり、戦火を生き延びた女性や老人が、同じように薪割りを頼みにやってくる。中には手土産を持参する者もいた。


「……飽きずによくやるな。もうじき三時を回るぞ」


『お前がもっと外に出れば色々やれるんだよ。お前こそ飽きもせずに、ずっとヌボーっとしてんじゃねぇか』


「敵がいつ攻めて来るかわからん。ここを離れる訳にはいかんだろう」


『それでも普通、近場の散歩ぐらいはするだろ。ワチャー! ……あぁーあ、終わっちまった。薪もうねぇや。良い時間潰しだったのによー』


 割れるものがもう無い。民も感謝して帰っていった。

シュラは次の暇潰しを見つけるべく、もう何度やったかわからない小屋の散策を行う。

変わらぬ風景は何も生んではいなかった。ただ靖破がヌボーっとしているだけ。


『つーかお前、朝から一歩も動いてなくね!? うちが左右に置いた石、まだ同じ場所にあんだけど!? どんだけやる気ねぇんだよ!』


「敵がいつ攻めて来るかわからん。ここを離れる訳にはいかんだろう」


『よし、わかった。わかったから立て。今からうちと一緒に鍛錬だ』


「敵がいつ攻めて来るかわからん。ここを離れる訳にはいかんだろう」


『おーい、とうとう返事考えるのも面倒ってかー。誰かこいつをどうにかしてくれー!』


「敵がいつ攻めて来るかわからん。ここを離れる訳にはいかんだろう」


『……なんか殴りたくなってきたぞ、こいつ』


「あの……失礼します。お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」


『おっ! 道場破りか! いい根性してやがる! ドーンと来やがれ!』


「えっ!? 違います! お話をしたくて来ただけです!」


 靖破が見せる怠惰。その呆れが一際大きかっただけに、今しがた現れた客人の挨拶を、シュラは宣戦布告と解釈して体を動かす口実とした。尚、拳を向ける先は靖破である。


『んっ? あれ、お前は確か……一昨日そこで会ったような』


 シュラが動揺を見せた事で、靖破の視線も今しがた現れた少女に向く。

少女はアサギと同じ薄緑色の髪をしていた。


「ルーベルズ家の令嬢 リナムと申します。一昨日(イッサクジツ)は偶然の事とはいえ、ろくな挨拶も致さず失礼しました。父と兄の喪に服する途中だった為に、ご容赦ください」


 ペコリと丁寧に頭を下げる姿は、靖破の中に幾つかの面影を浮かばせた。

近くは一昨日の事。新手の北鑑軍を撃滅した後、祠の跡地へ帰る途中の道で、数人の護衛兵を引き連れた髪の長かった少女の姿である。

確かにあの時は、会釈だけして言葉を交わす事もなかった。髪も腰辺りまでの長さがあったが、今は肩にかかるぐらいまで切られていた。


『ルーベルズっていうと……』


 リナムの姓を聞いて、シュラが訝しげな表情を浮かべた。

数百年前のお婆ちゃんだからなと、靖破は解説してやる。


「都の北東に位置する、ケトを治める貴族だ。残念ながら、先の戦で現当主と次期当主は揃って討ち死にしている。親子ともに優れた武人だった故、惜しいな」


『…………ふぅん。それで髪切ったのか。親父と兄の手向けってとこか?』


「それもありますが……これは私の覚悟の証です」


『覚悟?』


「はい。父と兄亡き今、ケトは私が治める事になりました。大虎の王が御隠れになった為、正式な承認を頂いておりませんが……家来や領民の望みとあっては断れません。そして都にあっては、靖家の次期当主様が皆の仇を討っていると聞き、それならば私もお力添えしなくてはと思ったのです」


「……今の俺は、大虎の為に戦っている訳ではない。ただの憂さ晴らしが目的だ。その無道にお前が付き合う必要はないぞ」


「いえ、付き合わせてください。父と兄の仇を討ってくださった靖破様に、御恩返しがしたいのです。亡き二人に代わって、私が靖破様のお力になります。なんなりと御命令下さい」


「……ふむ。……どうするんだ、魔女よ。俺はどうでもいいぞ」


『言ったろ。“アサギ好きは愚かな事はしねぇ” って。リナムのやりたいようにさせてやれば良い。うちらの邪魔にはならねぇよ』


「……そういう事らしい。好きにしたまえ」


「!! ありがとうございます! 精一杯、勤めさせていただきますっ!」


 真剣な面持ちから一変。リナムは歳相応な笑顔を浮かべて喜んだ。

暴勇の化身と、封印された魔女が話相手という事で、相当緊張していたのだろう。

その緊張の糸がほぐれた今の彼女は、シュラが眩しさを覚えるほどに可憐だった。


「……時に魔女よ。お前、あの貢物に釣られた訳ではないだろうな」


 話がまとまった後、靖破はずっと気になっていた物に視線を移す。

それはリナムの後方で待機している護衛兵が、話の最中にどんどん運び込む木箱の山。

蓋の空いた箱からは、シュラの大好物であるアサギがコンニチハしていた。


『……アァタッチャーー!!』


「…………釣られたのだな。単純な魔女め」


 アサギの山に突撃し、頬袋を作りながら喫食するシュラを見て、靖破は交渉の成否が貢物によって確定する事を理解した。


 こうして一人、無道を進む靖破の下で忠誠を誓う者が加わった。

個人的な武力は一切持っていないが、若くして政務に長け、後の歴史に名を残すほどの才女であった。








《アサギ髪の貴族令嬢 リナム》

大虎北東部の要害 ケトを治めるルーベルズ家の令嬢。

18歳という若さで領地経営に携わる手腕と、可憐な容姿や慈愛に満ちた性格から、家臣や領民の支持を集めている。


当主を含む一家の有力者が戦死あるいは行方不明となった為、家臣達に推される形でケトの新領主となり、父と兄の仇を討った靖破の許へ馳せ参じた。

父と兄の仇は、李嶷の増援として陽慶に駆け付けた援軍の将であったが、シュラと契約して凄まじい武力を手にした靖破の敵ではなく、方天戟で両断された後に更に細切れにされた。今頃は無惨極まりない腐乱死体となって、野犬の餌にでもなっているだろう。


リナムの出生地ケトは山岳地帯であり、友好國の(オン)との国境も兼ねている。

ルーベルズ家は所謂、辺境伯のような存在だ。大虎成立以前からの重鎮である靖家に、地位や名声こそ劣るものの、大虎の王からは厚く信頼され、重用されていた事は間違いない。いずれはリナムも、大虎王家と縁を結ぶ将来が約束されていたようだ。

しかし、国家存亡の戦に王家もルーベルズ家も総力を注ぎ込み、敗れた今となっては、意味のないものになってしまった。


尚、敗戦前のルーベルズ家は四万を数える兵団を有していたが、今は国許に七千ほどしか残っておらず、陽慶を訪れたリナムもニ百名しか連れて来れなかった。


初対面時は喪服姿という事もあり、丈の長いスカートを履いていたが、普段は “膝上” 程度の長さのものを愛着しているという。

改めて挨拶に現れた際も、明るめの色調で統一された服装に身を包み、スカートの丈も上記の長さであった。


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