天狩る鳳 VS 藤原の華武者
「ヒソン将軍討ち死に! ヒソン将軍、討ち死にィィーー!!」
「そんな……ヒソンが!?」
もたらされた凶報に、奚范は激しく動揺した。
長年に亘って縁の下の力持ちを担ってくれたヒソンは、奚范にとって代えのきかない存在だったのだ。
「……すまない事をしてしまいましたね、ヒソン。嶄條という男の実力を見誤った、私の手落ちです」
「奚范様……ヒソン将軍なくば、我等は背後を脅かされます。北部軍と嶄條から挟撃を受ける前に、どうにかしなければなりませんが……」
「…………大虎の牙は、いまどうしています?」
「本陣に戻って以降、不気味な沈黙を保ったままです」
リナムの安全を最優先した靖破は、戦局が大虎軍に傾いて尚、再出撃しなかった。
本陣に堂々と構え、ロキとキクズナが交戦している于雲夏と経清の大隊に、睨みを利かせているのみ。
これは北部軍が来援し、嶄條に勝るとも劣らないアダオウが現れた事で、彼等に任せたとも言える。とにかく靖破は、動く素振りをまったく見せなかった。
(…………この好機に動かない理由は解りませんが、大虎の牙が本陣に留まっているなら、軍を撤退させても被害は最小限に抑えられるでしょう)
于雲夏の進言を突っぱねた様に、奚范には、仮にも一軍の大将たる靖破が一人の少女を優先する事が理解できなかったのである。
それでも北鑑軍にとって、靖破の沈黙が不幸中の幸いである事に変わりはない。
奚范は全軍に、牟区市内への撤退命令を下した。
「そうか……退けか。賢明な判断やもしれぬ。北部軍の将・祝鉱よ、勝負は預けた!」
「……奚范め、我先に逃げおって。経清殿に伝えるのだ! バラガス殿の後ろを守るように引き上げようぞ!」
「于雲夏殿より退却の指示だ! 私が殿を務める! 皆は先に退けっ!」
最前線で戦っているバラガス、于雲夏、経清の各隊は、奚范本隊から僅かに遅れる形で退却を始めた。
そして彼等が背を向ければ、相対していた者達が当然のように牙を剥く。
「追うぞ! 預けたと言われて黙って見逃すほど、北の猛虎は優しくねェぜ!!」
「総員、よく耐えた! 今こそ反撃の刻だ!! 遠慮なく喰い破れェェーー!!」
「隊長の騎馬隊が出た! 我等も呼応するぞ! 全体、前進!!」
祝鉱、ロキ、キクズナの三隊が一斉に突撃を開始する。
個々で後退を始める北鑑軍に、これを防ぐ事はできなかった。敵も味方も入り乱れすぎて、組織的な動きがとれなかったのだ。
「……敵の反攻が激しい。誰かが身を捨てた殿を果たさねば」
「于雲夏殿! お引きあれ! 敵は私が防ぎます!」
「経清殿!? 何を、客将の貴殿にそのような役目は!?」
「遠慮はいりませぬ! お引きあれ! 皆も于雲夏殿の為に命を張るのだ!」
「「「おおぉっ!!!」」」
経清の檄を受け、彼女が直接率いる二千ほどの兵が反転する。
経清隊が後軍に位置する為、彼女が殿となるのは半ば自然な形ではあるが、経清は于雲夏が自分に頼まないと見越した上で動いている節があった。
「……すまぬ。恩に着る。努々、命だけは落とされるな! ……全軍、退けぇっ!!」
経清を信じて、于雲夏は敗軍の指揮を執る。
バラガスやヒソン隊残兵もこれに連合し、彼等は大きな被害を出しつつも、なんとか祝鉱や嶄條の追撃を振り切った。
そうなると、後は最前線に留まった経清隊二千の存在だが、殿を務める彼女らの命数は、大虎軍の完全包囲を受けて風前の灯火だった。
「……命捨てるなと言われはしたが、虜囚となるのも本意に非ず。于雲夏殿の枷になるのも御免だ。
――女といえども武者なれば、命捨てるは今! 于雲夏殿に助けられた我が命、存分に燃やしてくれる! 藤原経清が魂! とくと見よ!」
恩人である于雲夏の退却が完了したと分かるや、経清は玉砕に近い形で靖破本陣に向かって突撃する。
経清の側面に廻りかけていたロキは、その姿を見て感嘆した。
「自分が長く生き残れば生き残るほど、于雲夏に再出撃を考えさせてしまう。故に死に急ぐのか、藤原経清。……見上げた魂だ。死なせるのは実に惜しい」
靖破と当たれば、彼は迷いなく切り捨てるだろう。
だがそれでは、認めた者を犬死にさせるようで面白くない。
ロキは単騎駆けに近い状態の経清を追う為に、自らも部下と離れてひた駆けた。
その様子は当然ながら、リナムが控え、靖破とシュラが守る本陣からも見て取れた。
「敵将を追って、兄様もこちらへ向かってきます。どうなされますか、靖破様?」
『ロキの奴、決める気だぞ。靖破、ここはあいつに任せたらどうだ?』
「……良かろう。では魔女よ、二人に相応しい舞台を整えてやれ」
『よし来たぁっ! アタッチャーー!!』
ロキの意を汲んで、靖破とシュラは不戦を貫いた。
そしてスリットから覗かせるシュラの生足が大地に炸裂するや、地中を通して伝わった衝撃が経清の前方に局所的な隆起を引き起こし、硬く高い岩盤の防壁を以て道を阻んだ。
「これは……!? くっ、簡単に破れるものではないな!」
「追いついたぞ、藤原経清! 勝負の続きだ!」
「……雁技のロキ。貴殿を討ち、この壁を越えねば、大虎の牙とは打ち合えぬ訳だな」
「この上なき難所だろ? 無理に登る事もない。お前はもう充分戦ったんだから、ここらで降伏しても誰も責めはしないと思うぞ」
「戯言に貸す耳はない! 今の私は死する事に意味があるのだ! 問答無用で参る!!」
「仕方ない。乱暴に扱うが恨むなよ! 綺麗なままで生け捕る自信はないからな!」
経清の業物と、ロキの青釭の双剣が再び火花を散らす。
両者とも既に、何合もの打ち合いを果たした上での再戦である。互いの戦法は概ね知っていた。
唯一つ違うのは、今回はロキが圧倒的優勢な状況で戦えるという事。
経清も先程までは優勢だったが、それとは比べ物にならないくらい、勝負運がロキに味方している。何せ経清の周りに彼女の味方はおらず、シュラが作った舞台もロキにとっては良い足場になったからだ。
「流石は蒼髪の魔女様だ。よくわかってらっしゃる。
――経清! 今までが俺の全力だとは思ってないよな! ケトの山岳で鍛えられた雁技の真価!! 今こそ見せてやるッ!!」
鐙の上から跳躍し、経清の頭上を越えて岩場を高速で飛び廻るロキ。
その行動に、二人の一騎討ちを見守る者の殆どが、ロキは馬上の優位性を捨てたのかと勘違いした。
『……なるほどな。おもしれぇ戦り方するじゃねぇか』
「おぉ! これは隊長の本気! 皆、久々に良いものが見れるぞ!」
唯二人、ロキにとって “足場” 足り得るものを造ったシュラと、長年ロキの副将を務めているキクズナを除いて。
「猿の如く跳び跳ねて何のつもりだ! 私はここにいるぞ! ロキィ!!」
「うるせぇ! 誰が猿だ! 俺は空高く獲物を狩る鳳! 言われなくてもお前の首ぐらい――」
「「『!!?』」」
「――喰い破ラァァァ!!!」
シュラすらも驚き、靖破の目を以てしても追うのが困難な程の、正に光速と言える急降下。真空を縦に切り裂き、空気中に衝撃の残像を生み出す雁技が繰り出された。
獲物の頭上を飛び廻っていたのは、ロキにとって助走であり、自分の戦略範囲を体に覚えさせる為のものだったのだ。
「――ぐぅっ!? うあぁぁっ!!? ……くっ……! ふ……不覚……!!」
ロキが決めの雄叫びを上げた時、経清は既に馬上から突き落とされていた。
事前に言っていた通り、かなり乱暴な生け捕りとなった為、彼女の体はまたもや全身打撲に近い形で負傷した。
《靖破軍劇場》
ここはとある古城。魔王に拐われた姫を助ける為に、勇者は…………飽きた。魔女よ、あとは任せたぞ。
ヨッシャー! うちがやってやる! 勇者なんかいなくても解説がババっと解決だ! さぁて、囚われた脛毛足の姫はどこだぁ!! 全部むしってやらぁ!!
魔女よ、待て。やはり俺が解説する。……リナム、次は君の番だ。
「えっと……祝覧姫。お助けに参りました。ご武士で……ごめんなさい。間違えました。ご無事でしたか?」
「おぉ、勇者リナム。確かに武士だが気になさるな…………ではなくて!! なんだこの配役はぁぁっ!!?」
姫は再び激昂した。一度目の激昂は、脛毛を剃る間もなく、無理やりドレスを着せられた恥辱に頭の血管を何本か破ってしまった時だ。頭に花の冠ではなく、包帯を巻いているのはその為だ。
「そこは解説しなくても結構です靖破殿」
はははははwww 武士姫・爆・誕!!
「おっさぁーーん。似合ってんぞぉーー!! かわいいかわいい」
「喧しい! もう一人の解説と魔王! あと魔王はまだ出てこん!」
「ナマハハハハハ。なんじゃぁ……勇者が来たか。なら儂の出番だな」
姫を監視する魔王軍兵士が現れた。巨大な剣を持った獅子面の巨漢だ。もう一度言うが、魔王軍 “兵士” だ。幹部ではないぞ。
「いきなりラスボスではないか! 明らかに魔王よりも強い奴がしれって出てきたぞ! こんな兵士を抱える魔王軍があってたまるか! 勝てる要素無さすぎて詰むわ! まったくどんな人生歩めばこんな配役のおとぎ話が出来るんだ!? 脚本家は誰だ! 出てこい!」
「はっ! このキクズナが作りました!」
「出てこないと思ったらお前かぁっ!!?」
その後、実は勇者と魔王が生き別れの兄妹で、魔王よりも強い魔王軍兵士が大量に出てきて世界滅亡まっしぐらになり、祝覧姫が最後まで脛毛丸出しの状態で……色々あるが取り敢えずめでたしめでたし。
おまけ
まんざらでもない配役のルーベルズ兄妹
魔王「へへへへ(^ω^)」
勇者「ふふふふ(.❛ ᴗ ❛.)」




